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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第七十八話 独白

 昼下がりのロボスブルク城の一室――エルガイア王国の王太子バルカ・アダマントは椅子に腰掛けて、ある人物と対話していた。


「やあ、今日も元気そうだね。それより、髪が伸びたんじゃないか?」


バルカは話し相手の変化に気付き指摘する。しかし、相手は首を横に振った。


「そうかなぁ?伸びて来た気がするけど……まあいいや。それより聞いてくれよ、さっきメリオルド公爵と会ってきたのだけど……」


ただこちらを見つめる相手にバルカは話し続ける。


「相変わらずの親バカって感じだったよ。本人達は隠してるつもりだろうけど、ライラの事が心配でしょうがないみたいだ」


メリオルド公爵とその夫人マルチダと先程面会したバルカ。三人で話し合ったのは、バルカの兄、ゲルトの暗殺計画についてだが、公爵夫妻が娘の近況を尋ねるのを兼ねていた事を、バルカは見抜いていた。


「ライラは両親とあまり関わりたがらないからね。代わりに俺に娘の事を聞きに来たのだろうな。

ライラが俺にだけ従順なのは公爵夫妻もよく分かっているからな」


話し相手がバルカに対して目を細める。するとバルカは嘲るような笑みを口端に浮かべた。


「乙女の純情を弄んでる自覚はあるさ。でもね、スレイド家という異質な存在を制御するには、その一族の誰かを取り込む必要があるのさ。その点で言えば、ライラは都合の良い存在だ」


スレイド家という呪縛から解放される為に自身の実力を示したいライラは、バルカの期待に応える為に必死で働いている。しかし、その働きはスレイドの名を持っているからこそ成り立つ物とも言える。

この矛盾はライラを悩ませていた。


そんな彼女の悩みを、バルカは知っていた。

知っていて、その状況を自身の為に利用していた。


「スレイド家はアレクサンダーが健在な限り異質であり続ける。俺はその力を支配しようとは思わないし、出来るとも思わない。しかし、俺にスレイドの災いが降り掛かる事は避けたい。そこで必要になって来るのがライラなのさ」


ライラがどれだけ生家と距離を置きつつも、その名は紛れも無くスレイドである。ライラがどれだけ両親と距離を置こうとも、その両親はライラの事を放っては置けない。


バルカがスレイド家の力を間接的に制御するのに、ライラの存在は都合が良かった。


「ライラの事は10年前から知っていた。スレイド家にはみ出し者の令嬢がいるってね。いずれこの国を支配する身としてはスレイド家の制御は大きな課題だった」


傍に置かれたテーブルの上の地図を指でなぞるバルカ。エルガイア王国の国土が描かれている。


「そこで俺が思い付いたのは、このはみ出し令嬢を手玉に取って俺の駒とする事だ。メリオルド公爵家の一人娘を虜にして手元に置いておけば、謂わば人質のような役割にもなる」


6年前の舞踏会――ライラと初めて会ったあの日から、バルカの策略は始動していた。


愛娘の夢を応援したい気持ちがありつつも、彼女の事を心配し、見守っていたい公爵夫妻の愛情。

そして、一族の名を借りずに功績を挙げたいという理想を掲げつつも、一族の名を借りなければ、バルカの期待に応えられないライラの葛藤。


これらを見抜いた上で、バルカはその全てを利用していた。


「娘への愛ゆえに、見捨てる事も干渉する事もできない親。俺への愛ゆえに、一族の名を捨てきれないライラ。この絶妙なしがらみが、メリオルド公爵家を味方につける事ができた要因さ。そしてスレイド家総帥である公爵家さえ味方に出来れば、あの怪物も俺に手を出す事はない」


得意げな顔を話し相手に見せるバルカ。


エルガイア王国支配において、障壁とも恩恵ともなり得る怪物、アレクサンダー・スレイドの存在。

現時点で、バルカはそれを恩恵へと昇華させていた。


「アレクサンダーは基本的に兄であるメリオルド公爵かメールデン宮中伯の言う事しか聞かないからね。公爵を通して何か命じれば、従ってくれるって訳さ」


実際、病に伏せる王に代わって摂政を務めるバルカが東域に関する差配をした所、アレクサンダーは公爵を挟んでそれに従った。


「確かにアレクサンダーは恐ろしい存在だが、行動原理は読みやすい。()()()()とは違って、使いようがあるのさ」


バルカの言葉に、話し相手がコクリと頷いた。

その首肯に「やはり君も分かっているようだね」と言って嬉しそうに笑みを浮かべるバルカは、本来なら誰にも言うべきでは無いある策略についても語り出す。


「そう言えば……メリセントにプロウス家を継がせる計画も上手く行ったよ……え、その話は聞かなくても分かってるって?まあまあ、ちょっと付き合ってよ」


バルカの話し相手はその件についても深く知っていたが、バルカは今一度吐露しないと気が済まなかった。


「あの件に関して言えば、やはりマテウス・デュエルハルトを殺せたのが上手くいった要因だね。ちなみにマテウスを殺したのはメリオルド公爵の妻マルチダさ」


およそ2ヶ月前、自由都市グラディウスで起きた未曾有の天災の影響で、マテウスは命の危機に瀕した。

バルカはメリセントの頼みで、マテウスを治療の為にエルガイアに連れて帰った。

その時、バルカの依頼で治療を担当したのがマルチダだった。


「まさに僥倖ってやつだったよ。もしこのままマテウスが死ねば、メリセントは故郷と共に本当に帰る場所を失う。だから公爵夫人に命じて、治療と見せかけた毒殺を施して貰った訳さ」


その結果、メリセントは故郷グラディウスと共に唯一の肉親を失った。

途方に暮れて嘆く彼女に手を差し伸べたのはバルカだった。

バルカは言葉巧みにメリセント出生の事実やバルカ自身の大義を語り、失意のメリセントの心に火をつけた。


「今では彼女も俺の駒さ。メリセント・プロウスとして俺への忠義を誓ってくれている」


冷酷な策略だった。しかし、バルカに罪悪感などは無い。

自分の目標を実現するに当たって必要なことをしたに過ぎない。


「人の心を弄ぶ酷い野郎だと思うかい?だが、そんな事はどうでもいいのさ。俺の夢への道を進むのに必要な施しをしたまでだ」


冷酷な思考、非情な手段。バルカはそれが最善と判断できれば、容赦なく実行した。

ただ淡々と、夢の為に淡々と。


「君も理解しているだろう?俺の夢は壮大なんだ。多少の犠牲を払わないと割に合わない」


そう言った後、バルカが自分の言葉に対して頷くと、目の前に座る話し相手も同じように頷いてみせた。


「その為には他人に本当の自分を見せる訳にはいかない。正直かなりのストレスだ……だから本音で気兼ねなく会話を出来るのは君しかいないんだよ」


バルカが話し相手を指差すと、相手も同じようにバルカを指差した。


「ふぅ……たまにはこうして部屋に篭って君と話さなきゃね。気分が良くなったよ」


自分以外に誰もいない自室をぐるりと見回すバルカ。

そして、目の前に置かれた姿()()()を覗き、前髪を撫でながら呟く。


「……やっぱり髪の毛だいぶ伸びて来てるよね?」



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