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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第七十六話 ライラの記憶②

 ライラ・スレイドは18歳の時、自分の人生を大きく変える出会いを果たす。

それは半ば強引に連れてこられた王城での舞踏会にて訪れた出会いだった。


 この舞踏会はエルガイアの王太子の誕生日を祝う名目で開かれたものであったが、その他に王太子の婚約者を見繕う為に王が開催したという側面もあった。


不本意ながらドレスで着飾り、両親に伴われてやってきた会場には、数多の貴族の令嬢が色鮮やかなドレスを着てめかし込んでいた。


「貴女も負けてないわよ」


会場にいる令嬢達を見渡した後、ライラの母マルチダがそう言った。

ライラは仏頂面でそれを無視した。

会場に来て尚不機嫌なライラを見兼ねた父ランクが、呆れた顔でライラに語り掛ける。


「何も実際に王太子と結婚しろと言っているのではない。お前を舞踏会に参加させるのは、王に対する臣下としての礼儀を守る為だ」


「分かってます。大人しくして舞踏会が終わるのをただ待っています」


父と目を合わせず、ライラが言った。


「恐らく王太子殿下に挨拶する順番が回って来るだろうから、その時だけは愛想良くしてくれよ」


ランクが念押しする。この言葉は王城に来る途中にも何度も聞かされていた。

ライラは面倒くさそうに頷くと、それから黙りこくってしまった。



 そして少しした後、メリオルド公爵家が王や王太子に挨拶する順番が回ってきた。

両親に連れられて、渋々王達の前に姿を見せたライラは、暗い表情のまま、両親と共に挨拶をする。


「陛下、ご機嫌麗しゅうございます……そして殿下、お誕生日おめでとうございます」


父が恭しく王族に一礼する。母もそれに倣い、ライラも不貞腐れた顔でスカートの裾を持ち上げ、お辞儀をした。


「メリオルド公爵、よくぞ参られた」


それから王と両親は何か言葉を交わし始めたが、興味の無いライラは俯いて足元を見つめていた。

そんな彼女に対して声を掛けて来たのは、王太子バルカだった。


「ライラ殿、とても退屈そうだな」


ライラが名を呼ばれてそちらを向くと、王太子が笑顔をこちらに向けていた。

近くで見た王太子は、女子と見紛う程に優しげな顔立ちをしており、端正で麗しい見た目をしていた。

バルカはまだ13歳だ。ライラから見た彼のあどけなさの残るその表情は何とも可愛らしく思えた。


「お目にかかれて光栄でございます」


何だか気恥ずかしくなったライラは目を逸らしてそう言った。

そんな彼女の内心を知ってか知らずか、バルカはライラを見つめたまま話を続ける。


「実は君の噂は以前から耳にしててね。王都の学校では武芸の成績がトップだったらしいな。その腕前は教論すらも凌ぐ程だとか」


バルカの言葉を聞いて、ライラは耳を疑った。

一国の王太子である人が、自分の事を知ってくれていたのだ。

ライラは一瞬心が騒めいたが、よくよく考えると、自分がスレイド家の人間だから王族にも知られているだけなのだろうと思い直した。


「成績はトップでしたが、両親は私が武芸を習得する事をよく思っていません……」


卑屈な態度でライラが言った。

そんな彼女の暗い顔を見て、バルカが尋ねる。


「その様子だと、もっと武芸について学んで行きたいようだな」


「まあ、そうですが……両親が許しません」


「ふむ、左様か。ならば、私が口添えしよう」


「……えっ?」


ライラは口をポカンと開けた。

そんな唖然とするライラに対して、バルカは話を続ける。


「君ほど戦いの才能に溢れる者を、ただのレディとして扱うには惜しい。君のような人こそ、活躍できる場所があるはずだ」


「で、殿下……?」


バルカが何を言っているのか少々理解が追いつかなかったが、彼は行動でその意味を示した。


「メリオルド公爵、私から一つ頼みがあるのだが、聞いてくれまいか?」


王と公爵の会話に割って入ったバルカ。

目を丸くした公爵が、バルカに尋ねる。


「頼みですか?臣下として出来る限りの事はしたいと存じます」


「そうか、ならば言う。ライラに武芸を学ばせる為、再び王都の学校に通わせてあげて欲しい」


「何ですって……?」


目をパチクリさせてバルカに聞き返す公爵。


「聞いた所、ライラは類い稀なる戦闘の才能を持つと言うではないか。そんな人材が武芸の道を志すなんて、まさに神が示した天啓……これを遮るには惜し過ぎる」


バルカが爽やかな笑顔をたたえて公爵に言った。

公爵は妻と視線を交わした後、渋い顔を見せた。

そして、「お言葉ですが」とバルカに対して一言述べようとした時だった。


「私も王太子殿下と同じ意見です」


不意にそんな声が届いてきた。バルカやライラの意見を擁護するその声は思わぬ人物のものだった。


「アレックス……」


公爵が驚いた顔を見せる。この会話に入ってきたのは、彼の弟、アレクサンダー・スレイドだった。


「ほぉ、スレイド卿か。珍しく式典に参加しにきたのか」


アレクサンダーの登場に最も驚いているのは、国王だった。近衛兵でありながら普段は城下にすら駐留しない彼は、王ですら滅多に会う事ができなかった。


「ご機嫌よう、陛下。それに殿下もお誕生日おめでとうございます」


冷めた声で簡単に挨拶を済ませると、アレクサンダーは本題に入る。


「ランク兄様、ライラが可愛いから良家に嫁がせて安全で平穏な暮らしをさせてやりたい気持ちは分かります。しかし、ライラもライラなりの考えがあって、騎士を目指す道を選んだのです。子の決めた道を見守るのも、親の務めなのではないですか?」


アレクサンダーの思いもしない言葉に、この場の誰もが唖然としていた。

だがそんな事は気にせずに、アレクサンダーは続ける。


「少し前、ライラの剣の稽古に付き合った事があるのですが、この子は私にも臆せず果敢に斬りかかってきました。充分な素質は持っていると思います」


「誰もが恐れる"鉄血の騎士"に立ち向かったのか……」


国王が感心したように笑みを浮かべた。それに追従して、バルカが言葉を添える。


「古今の英雄にも劣らない類稀な勇者です」


バルカの大袈裟な褒め言葉に、ライラは少々恥ずかしくなったが、この状況は嬉しかった。

叔父の思わぬ助太刀に、王太子からの推薦。

今しかないと考えたライラは、両親に向き合って自分の思いを述べ始める。


「父上、母上。私は確かに二人への反発心がきっかけで騎士を目指すようになりました……騎士への純粋な憧れがある訳ではないです。でも、家柄に左右されず自分の力で道を進んで行きたいと考えた時、身分問わず武功を挙げる事で得られる騎士の称号は、自分だけの力を示す証拠となると思ったのです」


現代において騎士とは、単に騎乗する兵士を指すのではなく、武功を挙げた者に王侯から送られる栄誉の称号であった。


「私は自分の実力を証明したい。そういう生き方がしたいのです」


深い青色の目で真っ直ぐに両親を見つめるライラ。

公爵と妻は彼女の強い意志に胸を打たれた。


「……分かった。学校で武芸を学ぶ事を許そう」

「どうやら仕方ないようね」


父と母の言葉に、ライラは花の咲いたような明るい笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます……!」


両親と叔父、そしてこのキッカケ作ってくれた王太子に感謝を述べた。

ライラの様子を見た王太子バルカはこんな言葉を囁いた。


「君は笑顔が美しいんだね」


今日の舞踏会に来て、ライラは初めて笑っていた。

バルカの甘い囁きに顔を赤くするライラ。

そんな彼女の手を取ると、バルカは笑顔を見せて言った。


「今日は舞踏会だ、私と踊ってくれないか?」


「は、はい……」


ライラが頷くと、バルカはその手を引いて会場の中央に躍り出た。


二人は密着して、音楽合わせて優雅に踊る。


互いの心臓の音が聞こえてきそうな距離で、ライラはバルカの端正な顔にただ見惚れていた。




 会場の真ん中で踊る二人の様子を遠目に眺めつつ、メリオルド公爵は弟のアレクサンダーに語り掛ける。


「まさかお前がライラの味方をするとはな」


公爵は溜息をつきつつも、どこか嬉しそうな表情だった。


「兄様はライラが可愛くて仕方ないのは分かっています。しかし、私にとっても可愛い姪っ子なのです」


アレクサンダーの口角が僅かに上がっていた。その表情はいつもとは違って、どこか温かみのあるものだった。

そんな彼に対して、公爵の妻マルチダが目を細めた。


「家族の事になると貴方は急に人間臭くなるのですね」


「誰しも家族は大切に思うものでしょう?私は一族の者が望む道を、できうる限り作って行きたいだけです」


アレクサンダーは微笑みを浮かべたまま、そう言った。



 一方、優雅な踊りを披露しているバルカとライラは二人だけが聞こえる声で、会話を楽しんでいた。


「私は今日、君に出会えて事を心から嬉しく思っている。君のような高潔な志を持った女性には中々出会う事ができない」


バルカがライラの耳元で囁く。

それはライラにとって脳を痺れさすような甘味な褒め言葉だった。


「嬉しいですわ……」


目を潤ませ、とろけるような表情を見せるライラ。


思えばこの時既に、ライラはバルカに対して恋に落ちていたと言えるだろう。


はたまた術中に嵌っていたと言うべきか。


バルカは自分の力を蓄える為の策略を、この時から巡らしていた。


しかし、ライラがそんな事を知る由もない。

バルカが囁いた甘い言葉を聞いて、彼の虜になって行く。

そして、自分の忠誠をこの男に捧げる事を自然と考えるようになっていた。


「殿下の為に、立派な騎士になってみせます……」


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