表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷鳴の武神  作者: ジュレー
第一章 巡り帰りしもの
8/87

第八話 竜使いのレミロフ

 「俺はその三戦帝と戦ってみたい」


唸る獣のような声だった。


「何を無謀な事を言うんだ…殺されるぞ。そもそも彼らは根無草の傭兵だ。戦争が終わってから行方は分かってない」


呆れと恐れ、両方がこもった声でローラが答える。

東域戦争の後、三戦帝の名はアポロヌス中に広まった。彼らを臣下の列に加えようと諸侯は破格の報酬を提示した。しかし、傭兵として最低限の報酬を受け取った彼らはそのまま行方をくらましていた。

往々にして、強者は群れる事を嫌う。


「なれば、探すまでよ」


 15の時、強者との戦いを求めて故郷を出た。ひたすらにそれだけを追い求めていた。そして一息つくため故郷に帰ろうとしていた矢先、思わぬ事からこのアトラニアにやって来た。


――歩みを止めず戦い続ける事は、俺にとって天命なのだ


故郷になど戻らず、このアトラニアでまだ見ぬ強者と戦う。それが己に課せられた…己自身が課した新しい生きる意味。


「ローラよ、アトラニアの地図持ってるか?」


一転、朗らかな調子で三郎が尋ねた。


「えっ?ああ、私の部屋にあったと思うけど…」


急な変わりように少し戸惑いながらローラが答える。


「そしたらとりあえずお前の部屋に行こう。どっち?」

「え…えと、こっち」


勢いのまま、ローラは三郎を部屋に案内した。



――ヴェネット城 監獄塔――


仄暗い牢獄の中、ただ死を待つだけの男がいた。


「う、うぅ……」


厳しい拷問を受け、全身に生傷を負っている。敵国への罵倒や恨みの言葉はもう出せない程に衰弱していた。


(俺はこのまま死ぬのか……)


東域の諜報員としてトルミアに潜入したはいいが、思わぬ災いに遭遇し、今じゃこの有様だ。


「……し、しに、たく…ない…」


レミロフは掠れた声を絞り出す。

東域特有の特殊な魔術を使い、その実力は祖国でも指折りの物だった。傭兵を生業としており、高い報酬に目が眩み、トルミア潜入に手を挙げた。

元々愛国心は薄い。もうどうでもいい、ただ生き永らえたい。レミロフの頬を涙がつたった。


「哀れだなあ」


不意に声が響く、見張りの兵士か?いや、檻の中からその声は聞こえた。

(俺以外にも誰か檻に入れられたのか?いや、それならすぐに気付くはずだ)

事実、この牢に囚われているのはレミロフだけだった。


「こんなにもボロボロになって、いっそ死んだ方が楽になれるだろうに……それでも生に執着するとは」


嘲笑が牢に響く。しかし、その主の姿は暗くて視認できない。


「だ、れだ…たす…けて…」


藁にもすがる思いで、レミロフが助けを求める。

牢屋にさらに笑い声が響く。


「人間とはこうも醜かったのか。見に来て良かったよ」


その言葉と共に、闇の中から溶け出すようにして声の主が姿を見せた。人の姿をしているが、その瞳は焔のように赤く光り、邪悪な瘴気を全身に漲らせていた。端正に整った気品のある顔は、まるで死人のように白く妖しげだった。


「助けてあげよう」


その男が、床に這いつくばるレミロフに手をかざす。たちまち、夜が生み出した影にレミロフが包まれる。

影に包まれたレミロフは恐怖と共に、不思議な力が湧き上がってくるのを感じていた。


「さあ、思う存分楽しむといい」


男が冷たい笑みを浮かべた。



――ヴェネット城 騎士団宿舎――

 ローラの部屋にズカズカと上がり込んだ三郎は、彼女の持っていたアトラニアの地図を食い入るように見ていた。


「ふむふむ…ここがトルミアで……」


地図に示されたトルミアの地を指でなぞる。


「貴様、地図見たところで三戦帝の居場所が分かる訳ないだろ」

「……やっぱそうだよね」

「こいつ馬鹿だ」


そんな冗談を三郎は言っているが、本心は違った。

とりあえず、この地図と共にこの城から出て人の多く集まる街へ向かう。三郎は今、脱出する隙を伺っているのだ。


「ちょっとー、うるさいんですけど」


そんな時だった、ローラにとってのもう一人の厄介者が部屋に上がり込んで来た。


「マリー・ミシュレ……」


だるそうにローラがその名を呟く。


「なんですかローラさん、男なんか連れ込んじゃって」


サラサラしたショートボブの金髪を揺らしながら、顎をくいっとあげ、見下すようにローラに詰め寄る。

くりっとした大きな目を細め、可愛らしい小さな顔に得意げに笑みを浮かべている。


「誰?」


その女を指差して、三郎がローラに訊く。


「ねえ指差さないでくれる?」

三郎の手を女が叩き払い、続けて名を名乗った。


「私はマリー・ミシュレ。高名な魔術士一族ミシュレ家の一員にして、トルミア騎士団1番隊隊長よ」


 マリー・ミシュレ。古くからトルミアに仕える魔術士の一族、ミシュレ家の次女で炎の魔術を操る。その実力を見込まれ、18の時騎士団に入団。先の戦争での手柄が認められ、5つある騎士団の部隊のうち最も優れた騎士の集まる1番隊の隊長に19歳で昇進したエリート中のエリートだ。


「このガキが隊長?」


三郎がマリーを指差す。


「ああ、このガキが隊長だ」


ローラもマリーを指差して頷く。


「ガキって言うな!あと指差すな!」


マリーが喚き散らす。


「それより、あんたこそ誰よ?ローラさんの愛人?」


挑発するようにマリーが二人に目配せする。


「いや違うよ。俺は日ノ本から来た神崎三郎だ」


三郎が僅かに会釈して、名乗った。

マリーは一瞬首を傾げたが、


「あ〜、城内で噂になってる辺境の異邦人ってあんただったのね」


ハッとした様子で、辺境から来た妙な風体の男の噂を思い出した。


「で、そのあんたが何でローラさんの部屋に?」

「あー、そのちょっと地図を見せてもらおうと」

「地図?」


机の上に広げられたアトラニアの地図をマリーが覗く。


「私が翻薬飲んでるからあんたと言葉が通じるのは分かる。でもあんたって翻薬飲んでるの?そうじゃないと地図読めないはずだけど」


確かに言えている。三郎は翻薬を飲んでいないはずだ。

翻薬を飲んだ者と話す事はできても、三郎自身はこの国の言葉を理解できないはずだ。


「実は、浜辺で罪人の荷物から怪しげな小瓶をくすねておいたのじゃ。美味そうないい匂いだったからさっき中身をこっそり開けて飲んでみた」


ローラから宿舎の案内を受けている時、腹が減った三郎はこっそりそれを口にしていた。それが翻薬だったようだ。


「貴様、いつの間に」


「いやー、飲んだ途端周りの文字とか読めるようになったから、たまげたよ」


日ノ本の険しい山野を旅していた三郎にとって、食料調達は重要なものだった。とにかく食える時に食っておく、それが飢えとの戦いで重要な事だと彼は考えていた。その癖がさっき出てしまったのだ。


「ふぅん、て事は今牢獄にいる"竜使い"のレミロフはやっぱりあんたが仕留めた訳ね」


マリーが腕を組み、三郎を凝視する。


(魔力はそう感じないわね…半神の血脈かしら?)


「まあいいわ、うちの副長に変わってレミロフを捕らえてくれた事感謝するわ」


マリーがローラを一瞥して、皮肉のこもった言葉を吐く。


「ああ、全然いいよ!礼には及ばん」


感謝の言葉だとシンプルに受け取った三郎が明るく言った。


「ミシュレ…あまり調子に乗るなよ」


一方、ローラはマリーに対して怒りを顕にしている。


「だって、事実ですもの」


マリーがローラを睨み返す。


(いつかこの人を追い抜いて私が副長の座を奪ってやる、そしてその後は団長の座も……)


いずれ騎士団のトップに立ち、ミシュレ家に栄光を飾る。そんな強い上昇志向がマリーにはあった。その為、マリーはローラに対して強いライバル意識を持っていた。

今にも2人が剣を抜くのではないかという張り詰めた空気の中、


(きたー!絶好の機会!)


脱出のチャンスと見た三郎は地図を手に取ると、壁をぶち破り、部屋を飛び出した。


「……え?」


突如として、二人の前から三郎が消えた。

部屋の壁には穴があき、星空が覗いている。

ローラの部屋は宿舎の2階にあった。普通なら落っこちて地面に叩きつけられるだろう。しかし、


「追うぞ!」


奴を逃してはならない、そう直感したローラは壁の穴から外に飛び出した、華麗に着地を決めると三郎を追った。

マリーも負けじと飛び降りる。日頃厳しい訓練を受けいてるとはいえ、着地と同時に強い衝撃が足に響く。しかし、気にせずローラの後に続いて駆けた。


「奴は監獄塔の方へ向かったぞ!」


ローラの声が闇夜の城に響いた。


――ヴェネット城 監獄塔付近――

勢い良く飛び出したはいいものの、城の構造を知らない三郎は早速道に迷った。目の前には不気味さを漂わす、巨大な塔が行手を阻むように(そび)えていた。


「あー!もう面倒くさい!城壁をぶち抜いて城を出るか!」

頭をわしゃわしゃと掻いてから、拳を固める。


「いや待て、そんな手荒な真似をせずとも飛び越えればいいだけか」


ふと我に帰る。

塔と繋がって広がっている壁に目を向けて、見上げる。


「あ、行けるわこれ」

ぐっ、としゃがみ込むと勢いよく跳ね上がった。三郎の体は重力を無視するかのように浮き上がり、たちまち城壁を超え城の外へと出た。

城壁を囲う濠端に着地する三郎。


「あっぶね、ギリギリ」


振り返って足下を見ると、暗い闇の中に水の音が聞こえた。


「さて、どこを目指すかな」


改めて地図を見る。


「おい、てめぇ……」


不意に声を掛けられた。城壁の上からだ。三郎がそちらへ顔を向ける。


「お前は……ああ!浜辺で会った奴か」


三郎を呼び止めたのは他でもない、東域の諜報員レミロフだった。だが、三郎が会った時とは違い、禍々しい魔力と殺気に満ちていた。体には拷問で受けたであろう生傷が残っている。


「俺はてめぇのせいでこんな酷い仕打ちを受けたんだ!

借りを返させて貰うぜ!」


レミロフが傷をなぞりながら叫んだ後、指笛を吹いた。

すると辺りの闇から溶け出すようにして、巨大な生物が姿を現した。


「グオオオオオオオオ」


三郎はその生物を初めて目にした。

爬虫類を思わせるような鱗に覆われた体に、蝙蝠に似た大きな翼、手足には鋭い鉤爪があり、頭には鬼のような角が生え、大きく開かれ咆哮を上げる口には槍の穂先のような牙が見える。


「俺は竜使いのレミロフ。あの時はドラゴンが近くにいなかったせいで魔術は使えなかったが……今は違うぜ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ