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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第七十五話 ライラの記憶

 ライラ・スレイドはエルガイア屈指の名門、スレイド家当主の娘として生を受けた。

幼い頃から何不自由なく生活し、両親の愛を一身に受けて育った。

ライラは幸せだった。そして、自分の出自と、スレイド家の栄光を築いた両親を誇らしく思っていた。


 ライラが15歳の時、両親はライラに公爵家令嬢としてより良い教育を受けさせる為に王都の学校に留学させた。

学校では様々な学問に精通した優秀な教論が多く在籍しており、立派なレディになるのに役立つと考えたのだ。

ライラも愛する両親の期待に応えるべく、喜び勇んで王都に向かった。

それに自分自身、王都での華やかな生活に憧れを抱いていた。名門スレイド家の令嬢である自分は、きっと皆んなから歓迎され、友達も沢山できるだろう。


王都に向かうライラの目には夢と希望が満ちていた。


 しかし、王都で待っていたのはライラにとって酷な現実だった。

学校では、ライラに対する教論や生徒の態度が何故かよそよそしかった。誰もライラと積極的に関わろうとしなかった。


ライラは途端に孤独になった。


寂しさに暮れる中、ある日他の生徒が自分の陰口をしている場面に出くわしてしまう。


「ライラってメリオルド公爵の娘なんでしょ?」


「あー、その公爵って弟のコネだけで出世したっていう……大した手柄もない無能な男だって父上が言ってた」


「しーっ!あまりスレイドの悪口を言うな!"鉄血の騎士"の怒りを買って殺されるぞ!」


「そうだぞ……!だから無闇にライラと関わらない方がいい、アイツは疫病神だ」


「はーあ……アイツがいるだけで気が気じゃないよ。さっさとメリオルドに帰ってくれないかなー」


生徒達の言葉を聞いたライラは、心臓をを抉られるようなショックを受けた。

あまりの驚きで、手に持っていた荷物を落としてまう。


その音で、生徒達は物陰にライラが居たことに気付いた。


「うわっ!聞かれてたのかよ!」


「ど、どうする?」


生徒達が顔を見合わせる中、その内の一人が少し怯えたような表情を見せつつも、ライラの方に詰め寄る。


「もうこうなったら言ってやるけどな……正直お前、鬱陶しいんだよ!父上が言っていたけど、スレイド家は王国の疫病神だ!お前らなんて消えてしまえ!」


そういって、その生徒はライラを突き飛ばした。


ライラに罵声を浴びせたのは、とある公爵家令息だった。

彼の家はスレイド家への反感を持つ一族でもあった。


今まで両親からの愛のみを受けて育ってきたライラに向けられた、初めての悪意と敵意だった。


突き飛ばされて尻もちをついたライラは、体の痛みよりも、心の痛みによって涙を流した。


「おい、もう行こうぜ……!」


バツの悪そうに顔を歪めた公爵令息は、涙を流すライラを放って仲間達と共に去っていた。


ライラは自分が途方もない孤独の中にいる事を、この時ひしと理解した。


そんな時だった。校舎の陰で一人泣きじゃくるライラに、何者かが声を掛けてきた。


「君、どうしたんだい?何故泣いているんだい?」


低く、抑揚のない声だった。


ライラが声の方を見上げると、見知らぬ大男が立っていた。

大柄な父よりも明らかに大きな男だった。彼程大きな男をライラは見た事がなかった。

張り付いたような冷たい表情をして、ゴワゴワとした金髪を風に靡かせていた。


「何でもない……ひぐっ……」


涙を拭い鼻水を啜りながら、ライラは首を振った。

どうせこの男も、自分の正体を知れば冷たい態度を取って嫌な顔をするのが目に見えていた。

今は誰とも話す気になれなかった。


しかし、男はそれでもライラと向き合った。


ライラの目線に合わせ、膝を曲げて大きな体を屈めると、ライラの頭を優しく撫でながら尋ねた。


「君の名前は?」


ライラはこの男に対して、妙な親近感を覚えた。

自分と同じ金髪だからであろうか。

その親近感故に、ライラは目に涙を浮かべたまま自身の名を答えた。


「ライラ……ライラ・スレイド……」


ライラは自分の名前を聞いた男の凍りついた表情が、僅かに動いたように感じた。


「そうか君が……」


男はそう呟いた後に再び尋ねる。


「ライラ、何故泣いているんだい」


ライラはその男に、ことの顛末を全て話した。すると男はライラに罵声を浴びせた公爵令息の名を確認すると、ライラの手を取って立ち上がった。


「私は明日、この学校で特別講師として授業を行う事になっていてね。その挨拶で今日もここへ立ち寄ったんだ……そして是非君にも明日の授業に参加して欲しい。だから怖がらずに学校に来るんだ。いいね?」


そう言った男の声は、どこか慣れ親しんだような声音だった。

ライラは赤くなった目を男に向けて、力強く頷いた。

それを見て男は微笑んでいた。



 そして次の日――宿舎からライラが学校に来ると、教室の様子がいつもより騒がしかった。


「なあヘルマンが休みの理由聞いたか?」


「ああ聞いたさ、何でもお父様が大怪我を負って家が大変なんだろ?」


ヘルマン――昨日ライラに罵声を浴びせた公爵令息である。


違和感を覚えつつライラが教室へと入ると、皆の視線がライラへと吸い込まれる。


「なあ、ヘルマンってライラに悪口言ってたよな……」

「ああ、昨日確かに言ってた……」

「もしかしてヘルマンのお父様が怪我したのって……」


ヒソヒソとした声が、ライラの耳に入って来た。

心臓の鼓動が酷く早くなっていた。この時点でライラには何が起きたのか見当もつかなかったが、嫌な予感がしていたのは確かであった。


嫌な汗をかきつつライラが自分の席につくと、丁度教論が

教室に入ってきた。

その顔色はいつもより悪く、酷く緊張しているようだった。


「今日は君たちの為、王家が特別講師を学校に呼んでくれた」


教論がそう言うと、教室の外にいた()()()()を中に招き入れる。


ライラはその男を知っていた。


(この人は昨日の……!)


特別講師は教室に入ると生徒達を見渡しながら、低く抑揚のない声で名乗った。


「やあ諸君。私はアレクサンダー・スレイド。本日の特別授業を担当する」


教室にかつてない緊張が走ったのは言うまでもない。

そして、この時ライラは両親からも聞かされていなかった、自身の叔父の正体を知る事となったのだ。


 アレクサンダーは戦闘訓練の特別講師として呼ばれていた。因みに参加するのは軍人たる貴族の令息のみで、令嬢達が参加する事はなかった。


その授業の中で、アレクサンダーは今日学校を休んだヘルマンと親しい生徒達を指名して、自分の前に並ばせた。

皆、ヘルマンと共にライラの悪口を言っていた者達だ。


「君達は、ヘルマン・パウルと仲が良いらしいな」


抑揚なくアレクサンダーが尋ねると、生徒たちは青ざめた顔で頷いた。


「私の聞く限り……彼や彼の父である公爵閣下は無礼な人物らしいな。故に君たちや、その親御さんに向けて私から一つアドバイスしておこう。このアドバイスは親御さんにちゃんと伝えるんだぞ」


アレクサンダーが冷たい口調で生徒達に言うと、彼らは再び青ざめた顔で頷いた。

それを見た後、アレクサンダーが告げる。


「パウル家とは親しくするな。そして、敬意を払うべき相手はしかと見極めろ……」


その言葉から滲む怒りは、生徒達の恐怖を煽り、それが彼らの親である貴族に伝染したのは言うまでもない。




――――――――――――――――――――――




 授業が終わった後、ライラはアレクサンダーの元を訪れた。


「お、叔父上!」


学校の門から出て行こうとするアレクサンダーを呼び止めた。

アレクサンダーがゆっくりとライラの方を振り向く。

その顔には無機質な微笑みが浮かんでいた。


「やあライラ」


呼び止めたはいい物の、アレクサンダーの異様な雰囲気に気圧されるライラ。

彼に聞きたい事は山程あるのに、言葉が出てこなかった。


「あ、あの……」


ライラが口籠っていると、アレクサンダーが何か察した様子で口を開く。


「ヘルマンの父を痛め付けたのは私だ」


「えっ……」


絶句するライラに対して、アレクサンダーは更に続ける。


「ヘルマンの父、ヴァイトブルク公爵は……23箇所の骨折、15箇所の打撲、それに脳の損傷をしている。おそらく今まで通りの生活は送れないだろう」


淡々とした口調だった。無機質な微笑みのまま、アレクサンダーは自身が公爵に負わせた怪我について語った。


ライラはただ恐ろしかった。恐怖で体が震えていた。

それでもアレクサンダーに問い掛ける。


「何故……そんな事を……」


その問いにアレクサンダーは無機質な表情のまま首を傾げた。


「何故?決まっている……ヴァイトブルク公爵は君の父の敵だ。そしてその敵の息子が、私の姪を傷付けた――」


変わらぬ抑揚の無い口調、しかし彼の表情には僅かに怒りが滲んでいるように見えた。


「私は……家族を傷付ける者は誰であろうとも許さない……故に報いを受けて貰った」


「わ、私はそんな事頼んでいない……」


アレクサンダーの怒りに満ちた言葉に対して、ライラは何度か首を横に振った。

そんなライラにアレクサンダーは、身を屈めて目線を合わせる。

アレクサンダーの深い青色の目は父ランクにそっくりだが、その奥に潜んでいるのは言い表せない何か恐ろしい物であった。


「何も心配する事は無い。スレイド一族はこの私が守る。安全も栄光も……私は君達に全てを与えよう」


そう言って、アレクサンダーは再び笑みを浮かべた。

そんな彼を見て、ライラの脳裏に浮かんでいた疑問が声となって吐き出された。


「栄光を与えるって……やっぱり父の爵位は叔父上の口利きで得た物なの……?」


アレクサンダーはライラの目を覗き込んだまま、口を歪めて答えた。


「あー……あの時の兄様はとても喜んでくれたよ。私も本当に嬉しかった」


その時、ライラは学んだ。

ああ、これが失望という感情なのか、と。


今までメリオルド公爵家という名門の栄光は、父ランクと母マルチダの尽力で形作られた物と信じ、ライラ自身それを誇りに思っていた。


しかし、その栄光はハリボテだった。

両親は後ろめたい気持ちから、ライラにずっと黙っていたのだろう。


全ては叔父の名声のお溢れによって得たもの――

そして、その叔父は圧倒的な"力"によって全てを黙らせる、紛う事なき怪物だ。


歪んだ一族の形を、ライラは知る事になった。


(私は……ずっと孤独だったんだ……)



 そしてこの日を境に、ライラは両親に対して反抗的な態度を取るようになって行った。




――――――――――――――――――――――




 アレクサンダーから話を聞いた日から、ライラは両親に期待されていた品位に満ちる淑やかな令嬢を目指す事はやめて、男子のように剣を握って武芸の腕を磨いた。訓練の中で怪我を負う事もしばしばあった。

それでも両親への反発心から、剣を握り続けた。


元々スレイド家は半神の血脈を持つ一族である。

ライラにも例外なくその血が流れており、その戦闘能力は目覚ましい成長を遂げた。


 ライラが学校に通い出して1年が経ったある日、王都の学校に父であるメリオルド公爵が訪ねてきた。


ライラの噂を耳にしたからだ。


久しぶりに愛娘と再会した公爵は驚愕した。

家を出る時鮮やかなドレスを着ていたライラは、今や兵士が着るようなシャツやズボンにブーツを身につけ、腰には剣を提げていた。


驚く父に対して、ライラは冷たい目を向けて言い放った。


「私は()()()()()で自分の人生を切り開きます。貴方達の力添えは不要です」


その後しばらく父と言い争いになったが、ライラは引き下がらず、結果として公爵は強引にライラを学校から退学させ、メリオルドに連れ帰った。

 しかしメリオルドに帰っても、ライラが武芸の訓練を止めることはなかった。



 

 そして――ライラが学校を退学してから2年が経った日の事だった。

スレイド邸の庭でライラがいつも通り剣の素振りをしていると、不意に声を掛けられる。


「久しぶりだね、ライラ」


聞き覚えのある、抑揚のない声だった。

それは――かつて感じた恐怖心を否応なく呼び覚ました。


「お、叔父上……」


「剣の稽古か。精が出るな」


アレクサンダーはライラの握る両手剣に目を向けていた。

地上最強の男からライラに向けられる視線は、かつての恐怖心と共に、以前とは違う緊張感を感じさせた。


「騎士を目指しているそうだな」


何を考えているか分からない無機質な表情で、アレクサンダーが言った。

ライラは俯き加減のまま頷いた。

アレクサンダーは「ふぅん」と相槌を打ったあと、急に話題を切り替える。


「兄様から君を()()()に参加させるよう説得を頼まれた」


アレクサンダーの言う舞踏会とは、エルガイア王国の王太子の誕生日を祝う為に国王が近々開催するという物だ。

しかし他の目的として、名門貴族の娘を集めて王太子の花嫁を見繕う為という事情もあった。


これは王命によって、国中の諸侯に通達されていた為、メリオルド公爵もそれに従うつもりだった。


しかし、勿論ライラはこれに反発し、父や母に言われても舞踏会に向かう準備をしようとせず、武芸の訓練に勤しんでいた。

そこで父は、アレクサンダーにライラの説得を頼んだのだ。



「ライラ、たまにはドレスを着るのも悪くないと思うよ」


兄の意向を汲み、アレクサンダーがライラの説得に入る。

ライラを見据えるその深い青色の目の奥からは、()()()のように恐ろしい何かがこちらを覗いているようだった。


「嫌です!私は……騎士になりたい。王族の花嫁なんて真っ平御免だ……」


恐怖に抗うように、ライラは激しく首を振った。

しかし、アレクサンダーは無機質な表情のままライラを見据えて言った。


「騎士になりたいなんて事は、父上や母上に反発する為の口実に過ぎないんだろ?君は騎士への憧れなんか持っていない、無理をするな」


図星だった。ライラは騎士に憧れている訳ではなかった。

それを見抜かれて焦りを隠せなかった。


「わ、私は本気で騎士を目指しています!」


「そうか……それなら特別に、私が稽古をつけてあげよう」


それは意外な言葉だった。

深い青色の目が、ライラを貫くように捉えていた。

ライラは答えに窮した。


「どうしたんだい?君が本気なら良い機会だと思うが」


ライラを煽るようなその言葉に、彼女は引き下がれなくなってしまった。


「分かりました……!剣を抜いてください」


ライラは白刃の切先をアレクサンダーに向けた。


「よろしい……でも、私は剣を握らない」


アレクサンダーは両手を広げて、素手のままライラと向き合った。


「馬鹿にしないでっ!」


思わずカッとなったライラが、剣を振り翳してアレクサンダーに斬り掛かる。

しかし突如として、アレクサンダーの姿がライラの前から消えた。


「まだやるかい?」


ライラの背中に冷たい感触があった。それと同時に聞こえてきたのは抑揚のない低い声。


「嘘……なんで……」


ライラの背中に突き付けられていたのは、ライラが手に持っていたはずの両手剣だった。

アレクサンダーはライラが意識する間も無く、彼女の剣を奪ってその背後に周り、剣を突き付けていた。


理解が及ばない程の実力差だった。

そして、理解の及ばない事態に遭遇した人間は、皆恐怖に陥る。

ライラの恐怖の元凶たる怪物が、底冷えするような冷たい声で告げた。


「ライラ、父上の言うことを聞け。私が言えるのはただそれだけだ」



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