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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第七十四話 スレイド一族

 アポロヌス四大国の一つ、エルガイア王国。領土の東は武器の製作に欠かせない鉱石が多く採取できる鉱山と、外敵の侵入を阻む自然の城壁"ダンケル山地"が存在する。

そして領土の西側には肥沃な穀倉地帯が広がり、その果てには"ルクス海"が広がっている。

 そんなエルガイア王国の王都は、海を望む西端に位置する。



――エルガイア王国 王都ロボスブルク――


 ロボスブクル――約300年前、ルクス海の玄関口である角笛湾の側に建てられた城塞都市。

海を背にして、街を囲む城壁を巡らした巨大な都市で、天然の良港である角笛湾を擁する。

都市の中心部には深い環濠と高い石壁に囲まれた白亜の城が建っており、国王の玉座はそこにあった。


 王城、玉座の間――エルガイア王国建国より数多の王が座ってきた玉座の前に、バルカ・アダマントは立っていた。

壇上に設置された鋼鉄製の玉座。新たなる国王が戴冠する日には、エルガイア中の諸侯が玉座の前で平伏し、王に忠誠を誓う。


壇上の鉄の椅子を見つめながら、バルカは自身の戴冠式の光景を想像した。


「しかし、これが終着点では無い」


そんな時、玉座の間の扉が開いて誰かが入って来た。

バルカが後ろを振り返る。


玉座の間に入って来たのは二人の男女。質の良い高価な衣装に身を包んだ彼らはエルガイア王国指折りの貴族だった。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下」


貴族の男が恭しく一礼する。獅子のような金髪に、大柄で屈強な体躯。歳の頃は中年、しかし若々しく力強い雰囲気を持っていた。そして右目にある金創の痕は彼が戦士である事を示していた。

彼こそがメリオルド公爵、ランク・スレイドである。


「やあメリオルド公爵。それにご夫人も一緒だったか」


バルカが微笑みを浮かべて挨拶をする。

それに応じて、公爵の隣に寄り添う女がドレスの裾を軽く持ち上げてお辞儀をする。


「ご機嫌よう、殿下」


年の頃は公爵と変わらないだろう。艶やかな美しい黒髪に透き通るように白い肌。落ち着いた大人の色気を漂わせていた。

彼女の名はマルチダ・ヴィンケル。メリオルド公爵の妻であり、"アトラニア(いち)の癒し手"と呼ばれる大地の魔術士である。


そんな二人と挨拶もそこそこに、バルカが来訪の理由を尋ねる。


「私に何か用かな?」


「雑事にて城に上ったのですが……折角なので殿下にご挨拶をと」


メリオルド公爵がそう答えると、バルカは嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「わざわざ悪いな、公爵。貴方はやっぱり律儀な人だ」


その言葉を受けて、公爵は僅かに口角を上げる。


「滅相もありません。スレイド家は殿下に賭ける事にしたのですから、挨拶をしない訳には参りません」


公爵が言った。

そんな夫の事を肘でつついたのは公爵夫人マルチダだった。眉間に皺を寄せ、何か催促している様子だ。


「わ、分かっている……して、殿下――本題なのですが」


妻に促されて唐突に話題を切り替える公爵。

不器用なこの男に対して、バルカは相変わらず微笑みを浮かべながら、彼の話に耳を傾けた。


「単刀直入に伺います殿下……ゲルト様はいつ殺りますか?」


その言葉に、バルカは思わず大きく口を歪めた。


「流石、察しが良いな。力を失ったとは言え兄上がいる限り私の継承権は絶対的盤石では無い。近々消えて貰おうと思っていた所さ」


「まあ私というか……妻にそう尋ねよと言われたので」


公爵が気まずそうに言うと、マルチダが再び夫の事を肘でつついた。


「余計な事は言わなくていいのです……!」


「いやでも……今日までの一連の功は君にある。俺が殿下に褒められるのは違う気がするんだ」


公爵が困り顔をマルチダに向けると、彼女は呆れたように溜息をついた。


「もういいですわ、私が殿下と話します」


暗い策謀を弄する事に関して、実直な夫が向いていないのはマルチダも重々承知していた。


そんな夫婦の様子を微笑ましく見つめていたバルカが、兄の暗殺計画についてマルチダに尋ねる。


「では公爵夫人、話の続きを聞かせて貰えるかな?」




―――――――――――――――――――




 エルガイア王国の王太子バルカには、13年先に生まれた兄がいた。名をゲルト。


王の長子であるゲルトが王太子に選ばれなかったのには理由がある。彼の母が身分の低い平民であったからだ。


エルガイア王は最初の正妻を病で亡くした後、暫く妻を娶らなかったが、のちに後妻を新たな王妃として迎え入れ、その王妃との間にもうけたのが、今日の王太子バルカである。


バルカが生まれる前は、亡くなった前王妃との間に生まれた王女を後継者にと考えていた王だったが、男子であるバルカが生まれた事によって、正当な継承権は彼に移った。


しかし、これを不服としたのが落とし子であるゲルトだった。

 

 ゲルトは落とし子でありながらも、王の計らいで英才教育を受けており、知性と品格に満ちた立派な王族として成長していた。

それもあって貴族からの人望も厚く、ゲルトを支持する声も少なくなかった。


王家の長男として生まれ、英才教育を受けたにも関わらず、母の身分が低いだけで王位継承者に選ばれなかった惜悔と屈辱は怒りへと変わり、それは別腹弟であるバルカに向けられた。


王によってバルカを王太子にする旨が公に報じられても、ゲルトは王位を諦めず、自分を支持する貴族らと共にバルカを廃嫡する為の機会を伺っていた。


それをバルカが無視できるはずなく、自ら選抜した親衛隊やバルカを支持する貴族と共にゲルトの力を抑えようと画策した。


ゲルトとバルカ、互いの勢力を削ぐ為の水面下の謀略戦が始まった。


そして、その結果はバルカの勝利に終わった。


バルカの勝因として大きな物が二つある。


一つはゲルトの最大の支持者であるバレーベルク公爵、ロドリック・プロウスを失脚させた事。

 ロドリックはプロウス家前当主の弟であり、本来なら家を継ぐ立場にはなく、後継者は当主の息子アルガーであった。

 しかしロドリックは兄を暗殺し、その罪を甥であるアルガーになすり付けた。アルガーは罪人として追われる身となり、エルガイアから出奔。

その結果、大悪党ロドリックがプロウス家を継いだ。


バルカは兄の力を削ぐ為に、彼の支持者に関する情報を集めていたが、そんな中でロドリックが隠蔽した罪の証拠を手に入れる。

更に自分に味方する諜報員を使ってアルガーの足跡を辿らせた結果、彼の子供が自由都市グラディウスに住んでいる事も知った。


兄殺しの罪の証拠とプロウス家の正統な後継者の存在は、ロドリックを失脚させるのに充分な効力を発揮した。


結果としてロドリックはバルカがグラディウスから連れて来たプロウス家新当主の裁量によって死罪となり、ゲルトは最大の後ろ盾を失った。

これがバルカの勝利の要因一つ目。

 

 もう一つの要因は、エルガイア王国でも異質の存在、スレイド家がバルカ派に与することを表明したからである。


 およそ2ヶ月前、()()()()エルガイア王はそれでも自らの健在をアピールすべく、大規模な茶会を開催した。

王国中の諸侯がこれに参加して、王への変わらぬ忠誠を誓った。

そして、諸侯が忠誠を誓い挨拶に赴くのは王だけではない。

王が死んだ後に王になる者。

諸侯は自らの進退を賭けるに値すると思う王子の元にご機嫌伺いをした。


ロドリック・プロウスが死んだ後にも関わらず、ゲルトの元には多くの諸侯が集まっていた。

支持者の数で見ればバルカとそう変わらない。


しかし、ある貴族がバルカの元に参じる事により、遂に均衡は崩れる。


メリオルド公爵、ランク・スレイド。

彼を当主とするスレイド一族は今まで中立を保っていたが、茶会の中でバルカに挨拶をする事で、その立場を公に明らかにした。

 メリオルド公爵はエルガイア有数の大領主である。

そして彼の弟は、誰もが知る()()()()()――

公爵がバルカの側に付くという事は、"怪物"がその後ろ盾になるという事に等しい。


こうして、王位継承権を巡る謀略戦は決着した。

バルカが王位継承者である事に異を唱える者は消え、ゲルトは敗北の失意の中、自身の領地に引き篭もってしまった。




――――――――――――――――――――――――




 王位継承権を巡る戦いに勝利したバルカであったが、徹底したリアリストである彼は、僅かでも禍の芽が残っているのなら、それを摘み取る事に妥協するつもりは無かった。


「そちらから気を利かせてくれたが、私からも兄の暗殺はお願いしようと考えていた」


バルカはマルチダの目を覗きながら言った。彼女の鳶色の目には、美しくも暗い怪しい光が宿っているようだった。


「王家専属の癒し手の一人に私の弟子がいるのはご存知だと思いますが……既に彼女をゲルト様の領地に潜り込ませております」


ゲルトは病という名目で自身の領地に引き篭もっている。バルカとの闘争に敗れた今、ゲルトを助ける者はおらず、領地の外に出ればバルカの手の者に暗殺される恐れがあったからだ。


しかし、自領であれば安全だと思い込んだゲルトはそれが命取りとなった。


「兄上の母が見舞いの為に癒し手を送ったと聞いたが、その中に貴女の息がかかった者を忍ばせておいたのだな」


バルカが口を歪める。


平民出身のゲルトの母は、一応は王族としてロボスブルク城で暮らしている。その為王家の癒し手を息子の領地に送れる程度の権限は持っていた。

 だが恐らく息子の見舞いというのは建前で、実際は外の情勢をゲルトに伝えるための密使を送り込んだのだろう。


その状況をマルチダは利用した。


「意外と私の弟子は多いのです。皆私の教えをよく聞く良い子ばかりですしね」


アトラニア(いち)の癒し手に教えを乞うた者は多く存在する。ゲルトの母はその内の一人が王家専属の癒し手の中にいる事を知らなかった。


「殿下がやれ仰るのなら、いつでもその準備はできています。治療と称してゲルト様に触れる事ができる機会は沢山あるようですから」


マルチダがニコリと笑みを浮かべた。


「流石だマルチダ殿……()()()()()()()()()()()を殺した時といい、惚れ惚れする手際の良さだ」


感服したように頷いて見せるバルカ。

その言葉を受けて、マルチダは小首を傾げる。


「さて……何の事でしょうか?」


マルチダのわざとらしい演技に、バルカは思わず大笑した。


「はははっ!本当に愉快な人だ!あの時は本当に助かったよ。お陰でメリセントは本当の意味で帰る場所を失った」


「殿下も悪いお人ですわ。まさか治療と称して傷病者の暗殺をさせられるとは思ってもいませんでした」


恐ろしい会話だった。しかし、二人を見るとまるで茶を飲みながら世間話をしているかのような和やかな雰囲気だった。


メリオルド公爵ランク・スレイドは、この手の事に関しては凡人である。故に、心胆を寒からしむような思いでこの場に立ち尽くしていた。

そして同時に、二人の謀略に巻き込まれたゲルトや、グラディウスから来た少年少女の事を不憫に思った。


(アレクサンダーだけじゃない……エルガイアには間違いなく怪物が住んでいる)


しかし、2ヶ月前の()()()からランクの腹は決まっていた。

スレイド家の行く末を、この怪物に賭けたのだ。


否、賭けざるを得なかった。


それを承知の上で、バルカはマルチダにマテウスの暗殺を命じたのだ。


()()()()()()()()がバルカの近くにいる時点で、彼らは人質を取られているに等しい状況にある。


「……ところで殿下、娘は殿下のお役に立っていますか?」


ランクが愛娘の姿を思い浮かべていた時、偶然にもマルチダがバルカにそう尋ねた。


「ああ、勿論だ。ライラは私にとって無くてはならない存在さ」




―――――――――――――――――――――――




――ロボスブルク城下 角笛港地区――


 交易船の水夫達が、威勢の良い声を響かせ、船の積み荷を運び出していた。


ライラ・スレイドは心地の良い潮風を受けながら、港の様子を静かに眺めていた。


普段は多忙な王太子親衛隊の彼女であるが、たまの休暇は何も考えずに外を散歩するのが趣味だった。

そんな折にこの港に立ち寄ったのである。

特に理由はない。


「おや?スレイドのお嬢様ではないか」


不意にライラに声が掛けられた。

休暇であろうとも帯刀する剣に手を掛けながら、ライラが後ろを振り向く。


「……ヴェルンドか」


振り向いた先にいたのは、太陽に照らされた白金色の長い髪を靡かせる美麗な容姿の男。透き通るように白い肌、先の尖った耳は彼らの種族の特徴でもあった。


「剣に手をかけるとは物騒だな。俺は今から斬られるのかい?」


()()()の血は白いと言うから見てみたくてな」


ライラは軽口を叩いた後、剣の柄から手を離した。

ヴェルンドはそれに対して苦笑いを浮かべてからライラに尋ねた。


「軍服を着ていないのを見ると今日は休暇かい?」


「まあな……でもお前ら商会の者が弛んでいないか心配で港に来てしまった訳だ」


「これはこれは……仕事熱心だこと」


ヴェルンドが目を細めて笑った。

普段堅気なライラも珍しく頬を緩めていた。

仕事を通して知り合った中だが、二人は妙に気が合った。


 そしてヴェルンドは、ライラが休暇の日に街中を散歩する趣味があるのは勿論知っていた。

この女騎士は公務の時は忙しくても、プライベートでは遊んでくれる相手もいないようだ。


「そうだ。商会の屯所で茶でも飲んでいかないか?」


ヴェルンドが気を利かせて尋ねる。

ライラは嬉しい気持ちを抑え、クールな笑みを浮かべてで頷く。


「丁度喉が渇いていた所だ。頂くとしよう」



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