第七十一話 怪物の話
神崎三郎とジャック・レインがアルベルクにやって来る2ヶ月程前――二人はトルミア王国の王都、ヴェネットに逗留していた。
三郎がヴェネットに来たのはグラディウスの難民を受け入れて貰うようトルミア王を説得する目的だったのだが、それはすぐに達成できた。
目的を果たした三郎だったが、同時にアトラニアでの次なる目的を失ってしまったのも事実である。
――ヴェネット 泉の広場――
昼下がり、冷たい秋風が吹いていた。市民の憩いの場である泉の広場のベンチ座る人も疎らである。
広場中央にある噴水をぼーっと眺めていた三郎が脚を投げ出して大欠伸をかいた。
「暇だ」
投げ出した脚を今度は組んでみる。やや裾が足りないズボンから覗くくるぶしを爪で引っ掻きながら呟く。
「このシャツやらズボンというのはどうにも落ち着かん」
三郎が今着用しているのは、アトラニアの服である。
いつも着ている濃紺色の直垂はジャックとの戦いでボロボロになったので、ヴェネットの仕立て屋に頼んで修復中なのである。
代わりに街で買ったシャツとズボンを着ているものの若干サイズが小さかった。
無理もない、三郎のような巨大な肉体の男は滅多にいない。自分にあったサイズの服を探すだけでも一苦労である。
「早く直してくれないかなぁ」
ぼやく三郎。しかし、見慣れない異国の衣服を直す仕立て屋が四苦八苦している姿が目に浮かぶようだった。
「キリアン殿が王室御用達の仕立て屋を紹介してくれたけど……ちゃんと直るのかなぁ」
独り言をぶつぶつと並べる三郎だったが、暇潰しに王城に行ってみようかと思い立つ。
「城にでも行ってキリアン殿達と話してみるか」
三郎はいつになくゆったりとした動きでベンチから立ち上がると、王城に向かってのそのそと歩き出した。
――ヴェネット 王城 騎士団詰所――
王城内にある騎士団の詰所。騎士団団長の執務室にて、ローラ・アンジュとマリー・ミシュレは神崎三郎追跡に着いての報告をしていた。
「――以上が神代の遺物に関する報告になります」
ローラは厳粛な面持ちで報告を述べた。
隣に立つマリーも自然と真面目な面構えになっていた。
「ご苦労様。詳細は理解したよ」
そう言った後キリアンはテーブルの上で手を組んで、しばし目を瞑った。
(過ぎたる力は災いを招く恐れがあるという事か……)
神崎三郎と、彼が持つ神代の遺物。
強大なその力はトルミアの為に是非とも利用したい所。
しかし、不用意に近づけばトルミアの崩壊に繋がりかねない。
「難しい所だねぇ……」
キリアンは目を開けて席から立ち上がると、後ろにある窓を開けて外の空気を吸った。
「天気いいね。ちょっと歩こうか」
何か難しい事に出会したら、一息ついて外の空気を吸うのが一番である。
キリアンはローラとマリーを伴い、城の敷地を散歩する事にした。
キリアンの提案にローラが二つ返事で了承したのは言うまでもない。
詰所の外に出たキリアン達だったが、城門からこちらに手を振る人影を見つける。
神崎三郎だ。
ローラは露骨に嫌な顔をしていたが、キリアンは笑顔で手を振り返した。
「やあやあ諸君!」
三郎は上機嫌な様子で三人に挨拶した。
「やあ三郎殿。今日はジャックはいないみたいだね」
「ああ、奴なら女を連れてどこかに行ってるよ」
キリアンは三郎と柔和な表情で会話しつつも、警戒心を拭いきれずにいた。
三郎はグラディウスを崩壊させた天災とも言える存在。その思惑や行動原理は掴みきれていない。
(もし彼がトルミア敵に回ったとなったら、どうやって戦うべきか)
ふとした瞬間にも、そんな事を考えてしまう。
神崎三郎を敵に回せば、トルミアだろうが何だろうが、崩壊の一途を辿るだろう。
(ん、待てよ……敵に回せば、か)
三郎は危険な存在だ。しかし、味方にせずとも敵対する勢力に彼の力をぶつける事ができれば――
「そう言えば三郎殿、服が直ったら次はどこの国へ行くつもりなんだい?」
キリアンが尋ねる。それに対して三郎は腕を組んで何か考えるような素振りを見せた。
「うーん……それが特に無くての。本当はあと一人の三戦帝を探したい所だが、酒場とかに行っても全く情報が無い」
ここ最近、三郎がヴェネットの酒場に通って三戦帝の情報を探しているのはキリアンも知っていた。
三郎はとにかく強者との戦いを求めているのだ。
「三戦帝ね……でも、それにこだわる必要ってあるのかな?」
「……というと?」
三郎が訝しげな視線をキリアンに送る。
キリアンは微笑みを浮かべたまま三郎に答える。
「アトラニアには、三戦帝以外にも強い人が沢山いるという事さ」
「例えば?」
三郎がキリアンの言葉に食いついた。
キリアンは、次に三郎が目を輝かせる事を容易に想像できた。
「エルガイア王国に、"地上最強の男"と呼ばれる騎士がいる」
「地上最強……だと」
三郎の目に鋭い光が宿った。
およそ半年前に起きた東域戦争の英雄、三戦帝。
今でこそ巷は彼らの話題で持ちきりだが、三戦帝の名が知られる以前より、アトラニアで噂される恐ろしい騎士がいた。
「その名もアレクサンダー・スレイド。20年前に起きた第五次東域戦争で、その力を世に知らしめたエルガイア王国の騎士さ」
キリアンは勿論、ローラやマリーもアレクサンダー・スレイドの事は知っていた。
エルガイア王国最強にして、最恐の騎士。
その圧倒的な強さと冷酷な戦い振りから、"鉄血の騎士"とも呼ばれている。
キリアンからアレクサンダーの話を聞いた三郎は、彼についての質問を続ける。
「その男は、エルガイア王国にいるのか?」
「そうだね。ただ彼については謎が多くてね。強いのは確かなんだけど……噂ではオスカー・アルベルクっていう商人と親しいみたい」
「ではそのオスカーとかいう商人に聞けばアレクサンダーの居所が掴めるかもしれぬのだな?」
「そういう事になるね」
キリアンは、内心でほくそ笑んでいた。
エルガイア王国はトルミア王が敵視する仮想敵国。
その力の中枢には、アトラニアの武器の流通ルートを牛耳る武器商人、オスカー・アルベルクと地上最強の男、アレクサンダー・スレイドがいる。
この両雄に制御不能の狂人、神崎三郎をぶつける事ができれば――
(どうなるかは分からないけど、エルガイア王国に混乱が起きるのは間違い無いだろう……)
あわよくば、エルガイアの国力を削ぐ事ができるかもしれない。
一方、キリアンの謀を知る由もない三郎は嬉しそうな顔でキリアンに礼を述べる。
「キリアン殿ありがとう!血湧き肉躍る新たな目標ができた。俺はエルガイア王国に向かう」
「そう……良かったよ」
爽やかな笑顔を浮かべるキリアン。そんな彼に恭しく一礼した三郎は足をばたつかせて城門から出て行った。
三郎を見送った後、ローラがキリアンにある事を尋ねてきた。
「団長、オスカー・アルベルクとアレクサンダー・スレイドが親しいという情報はどこから?」
「私もそんな話聞いた事が無いですよ」
ローラの質問に、マリーも同調する。
そんな二人にキリアンは笑顔のまま答えた。
「僕も聞いた事ない」
ローラとマリーは驚き、顔を見合わせた。
「で、ではさっきの話は……」
「僕がでっち上げた嘘の情報さ。三郎殿にオスカーとアレクサンダーを潰して貰う為のね」
ローラは愕然としていた。
そんな彼女の事は気にせず、キリアンは続ける。
「東域が再びきな臭くなっている今、他の敵に構っていられる余裕は無い。だから破壊工作をかねて三郎殿を利用するのさ」
キリアン・ユロー ――トルミア騎士団の団長にして、政局における王の懐刀。
彼の策謀は思い掛け無い結果を生むことになる。
―――――――――――――――――
そして、現在――
神崎三郎はオスカー・アルベルクと対峙していた。
これについてはキリアンの想定内。しかし、予想だにしない事実として、実際にオスカーはスレイド一族と深い関わりがあった。
まさに嘘から出た真。偶然の一致。
実の所、三郎はヴェネットからアルベルクに来る途中に、自分でもアレクサンダーの情報を聞いて回っていた。
その時得られたのはオスカーがスレイド家と懇意であるという話だった。
これはキリアンからの情報と一致する。
三郎は確信を持ってアルベルクまでやって来たのだ。
「スレイドは怪物か」
オスカーはアレクサンダーを怪物と呼んだ。故に三郎の中で期待が膨らんで行く。
「ああ、紛う事なき怪物さ。冷酷で恐ろしい怪物」
そう言うオスカーの目に恐怖の色が浮かんで見えた。
そんな彼に対して三郎は更に質問を続ける。
「スレイドは魔術士か?」
「違う、半神の血脈だ。いや最早"神"と言っていい強さだ」
「ほほう、神か」
三郎の猛禽類のような目が鋭い光を帯びる。まるで獲物を見据えるかのように。
そんな視線を向けられたオスカーは怯えた目のまま、過去に起きたアレクサンダーによる制裁の一端を語り出す。
「ベルバード……聞きたくなかったら席を外せ、例の事件について今から二人に話す」
オスカーのその言葉に、ベルバードは黙って頷き応接間を出て行った。
三郎とジャックは好奇に満ちた目をオスカーに向ける。
「なあ、お二人さん……アンタらは人間が人間の手で挽肉になるのを見た事があるかい?」




