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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第七十話 オスカー・アルベルク

 奴隷市場での騒動から数時間後、オスカーは街の中心部にある自身の邸宅に帰っていた。


 高い石壁に囲まれた階層建の邸宅は、まるで貴族の城のようだった。


 そんな邸宅の一室で、オスカーは砂埃に塗れた衣装から、贅を尽くした煌びやかな衣装に着替えていた。

 オスカー程の富を備えれば、着替えですらメイドに手伝わせる事ができる。そして、富を備えるには着替え中であろうとも仕事を忘れる事はできない。

 

メイドが手に持った上着に袖を通しつつ、側に控える配下の男にオスカーは尋ねた。


「それで、奴隷どもは全員檻の中にブチ込んだのか?」


「ああ!お頭の言う通り全員鎖でグルグル巻きにして猿轡噛ませた上でブチ込んでやったぜ」


荒っぽい口調でそう答えた男。彼の背丈はオスカーの背の半分程しかないが、がっしりとした頑強な体格。オレンジ色の髪を肩口まで無造作に伸ばしていた。顔の下半分はゴワゴワした髭に覆われ、毛先に金属製の留め具を付けてる。


「ドレジス、鎖と猿轡は頼んでいないぞ」


オスカーが苦笑いを浮かべて言った。

ドレジスと呼ばれたその男は、髭の中に白い歯を見せて笑った。


「お頭も知っての通り、"ドワーフ"はお節介焼きなのさ」


「だが大切な商品だ、中にはお偉いさん向けの娼館に売る女だっている。あまり鎖の跡は残したかねぇ」


「鎖の跡も何も……男も女も縛る前からボコボコに殴られてタンコブだらけだったぞ?」


ドワーフの言葉を聞いて、オスカーが首を傾げる。


「?……市場で奴隷を制圧した時はそこまで痛めつけちゃねーぞ」


オスカー含めて、あの場にいた商会の人間は奴隷制圧の場面に立ち会ったが、過剰な暴力は振るっていない。

むしろ商品の取り扱いには慎重になっていた。

 一体いつ奴隷達がタンコブだらけになったのか、オスカーが顎に手を当てて考えると、一つ思い当たる節があった。


「ドレジスお前……反乱の知らせを受けて、市場に誰を応援に向かわせた?」


オスカーが尋ねる。

ドレジスは顰めっ面で指折りながら、当番の名前を挙げて行く。


「えーと確か……トルゲ、ハインツ、ヨハン、リック、それから……メヌ」


ドレジスが最後に挙げた名前を聞いて、オスカーは頭を抱えた。


「メヌだ……アイツは嗜虐趣味がある。奴隷商隊に関する仕事はさせちゃならんって言ってるだろうが!」


「すまねぇお頭!でも俺に知らせが来た時には一大事だって事だったんで、とにかく腕の立つ奴らを送る事にしたんだ!」


オスカーは商売をする上で、部下の適性を見て任せる仕事を判断する。

その判断基準はかなり細かく、用心棒目的で雇っている傭兵の人事も、配下の商人同様に細かく割り振られていた。


「メヌは俺直属の護衛だ。これからは、よっぽどの事が無い限り商品の扱いをさせるな」


厳しい口調でドレジスに言いつけるオスカー。

ドレジスは頭を掻きながら「申し訳ねぇ」と謝りつつも、一言述べた。


「でもお頭、いつまでもあんな蛮族に護衛任せるのはやっぱり危ないと思うぜ」


ドレジスが声を潜めてそう言った瞬間、彼の耳先を何かが掠めた。

次いで聞こえた「ドスン」という音と共に見えたのは、壁に突き刺さった弓矢だった。


「きゃあああっ!」


オスカーに服を着せていたメイド達が悲鳴を上げた。

ドレジスが固い動きで後ろを振り返ると、部屋の出入り口に、弓を手にした一人の女が立っていた。


「良い声で鳴くじゃん……あの奴隷達にも引けを取らないね」


独特の紋様の刺青を体中に彫り、長い黒髪を色とりどりの髪留めで留めた長身の女。袖の無い衣服から見える肩や腕はしなやかな筋肉で覆われ、琥珀色の双眸から矢のように鋭い眼光を放っていた。


「メヌ、家の中で矢を放つな……」


最早怒るというよりも、呆れ顔でその女を嗜めるオスカー。


「私、悪口嫌いなの。それに毛むくじゃらの小人もね」


女がドレジスを鋭い眼差しで見下ろした。

ドレジスは引き攣った笑みを浮かべる事しかできなかった。

 女の名はカノスバーのメヌ。ドワーフであるドレジス同様、亜人種と呼ばれる"アマゾネス"である。


「そこまでにしろメヌ。この商会では、ドレジスは一応お前の上役だ」


ピリついたメヌの空気を和らげようと、オスカーが割って入る。


「知ってる。だからドレジスの頼みを聞いて市場に駆け付けたのよ。ま、駆け付けた時には反乱は片付いていたけど」


オスカーはメヌのそんな言葉を聞いて、ある事を察した。


(アマゾネスは戦闘民族だ。血が昂ってしょうがないんだろう)


アマゾネスの真価を発揮できる戦いの場に赴いたは良いものの、敵は既に倒れていた。

血祭りに参戦できなかった鬱憤が、元来の嗜虐性が相まって、奴隷を痛ぶるという衝動を起こしたのだろう。


「はあ、アマゾネスは繊細だなぁ……」


オスカーが溜め息混じりに呟いた。

面倒ではあるが、部下のメンタルケアも上役の仕事の一つである。

オスカーはメヌの鬱憤を晴らす機会を与える事にした。


「メヌ、市場の牢獄にブチ込んだ中に今回の反乱を指導した女がいたよな?」


「んー……いたね」


「そいつ拷問しろ。色々吐かせてスレイドの旦那に報告しなくちゃならんからよ」


拷問という言葉を聞いて、メヌの目がキラキラと輝いた。


「いいの!?やったね!お頭大好き!」


そう言ってオスカーの事を抱きしめた。オスカーは「グェッ」という苦しそうな声を上げて、メヌの背中をタップした。


「じゃあ私は市場に向かうわ!」


メヌはひとしきりオスカーを剛腕で抱き締めた後、部屋から走り去って行った。


「お頭、大丈夫か?」


ゴホゴホと咳き込むオスカーに、ドレジスが訊く。


「ふぅ……ああ、慣れたもんだ」


乱れた衣服と息を整えつつ、オスカーが答えた。

そして、白髪の混じる黒髪に手櫛を入れた後、ドレジスに告げる。


「かなり客人を待たせてる。ベルバードも一緒だ。ドレジス、お前も着いてこい」


そうしてオスカーはドレジスと共に、命の恩人が待つ応接間へと向かった。




――――――――――――――――――――




オスカーの邸宅一階に、客人を迎える応接間がある。

背筋を伸ばして革の椅子に鎮座する三郎と、リラックスした様子で足を組んで座るジャック。

そして、戦々恐々とした様子で二人の側に控えるベルバード。


沈黙が漂う応接間に、その扉が開く音が響いた。


「すまないお二人さん。随分と待たせてしまった」


オスカーが部屋に入ってきた。その後ろに続くのはドワーフのドレジスと、この邸宅で働く使用人達。

 真っ先に三郎の目に留まったのは煌びやか衣装を纏ったオスカーではなく、毛むくじゃらの小人の姿だった。


「いやいや……さっきは本当に助かったよ。聞けばベルバードの友人らしいじゃないか」


そう言いながら三郎達と対面する形で席に着くオスカー。


「ええ、まあ……」


オスカーに対して生返事する三郎。その視線はドレジスに釘付けになっていた。

ドレジスは顔を顰めて三郎に視線を返した。


そんな様子に気づいたらオスカーが、三郎に尋ねる。


「アンタ、ドワーフを見るのが初めてかい?」


「ドワーフというのか、この毛玉は」


三郎がドレジスを見たままそう言った。


「誰が毛玉じゃい!」


ドレジスが目くじらを立てる。それをオスカーが「まあまあ」と宥める。


「うちの商会は色んな奴らが働いている。エルドア人にドワーフやアマゾネスあとは……エルフなんかもいるぜ」


「アマゾネスにエルフまでいるのか!?」


オスカーの言葉に驚いたのはジャックだった。

アトラニアの住人からしてみれば、アマゾネスもエルフも御伽話の中でしか耳にしない珍しい種族なのだ。


「エルフは港の担当だからここにはいないが、アマゾネスならこの街に住んでいるぜ」


オスカーのその言葉に、女好きジャックは頬を緩めた。


「アマゾネスにエルフ……会ってみたいね」


そんなジャックに見て、親切心から物を言ったのはドレジスだった。


「エルフは男だし、アマゾネスは男よりも男みてーなデカ女だ。期待はすんなよ」


その言葉を聞いて、ジャックは苦笑いを浮かべていた。


そんなやり取りの中で、オスカーは二人に対して何か礼をしたいと持ち掛けた。

二人は命の恩人だ。形があって、尚且つ値打ちのする物で返すのが商人ならではの恩返しの方法である。


「例えばこの宝石とかはどうだろう?」


そう言ってオスカーが指を鳴らすと、使用人の男が木箱一杯に入った宝石をテーブルの上に置いた。


「うーん……」


三郎は腕を組んで口を尖らせた。

その様子を見て、オスカーはまた指を鳴らす。


「ではいっそのこと現金を渡そう、金貨をたんまり用意した」


別の使用人がテーブルの上に置いたのは、麻袋に詰め込まれた大量の金貨だった。


「うーん……」


しかし、三郎は腕を組んだままだ。

それを見て、オスカーは目を細めた。


「ははぁ分かったぞ……三郎さん、アンタ女をお望みかな?」


そう言うと、オスカーがもう一度指を鳴らした。

すると応接間の入り口に控えていた使用人が扉を開ける。


扉から入ってきたのは、色欲を煽るような煌びやかで際どい衣装を纏った女達だった。


「アルベルクにある最高級の娼館の女達だ!好きなだけ遊んでくれて構わねぇ!」


オスカーのその言葉に応じて、娼婦達が三郎とジャックの周りに集まって来る。


「おいおい!最高じゃねーか!」


大喜びのジャックである。両腕に娼婦を抱き、太陽のような笑顔を見せている。

一方、腕を組んだまま口を尖らせる三郎。彼の周りにも妖艶な香りを漂わせながら娼婦が侍る。


「お兄さん、一緒に遊びましょ……」

「凄いいい身体してるわね……」


娼婦達が甘い言葉を囁き、豊満な胸を三郎の顔に寄せる。

しかし三郎はその一切を無視して、オスカーに目を向けた。


「うーん……違うのよなぁオスカー殿。貴殿には俺の人探しを手伝って欲しいのだ」


「人探しだって?」


思いもしない三郎の言葉に、怪訝な顔を見せるオスカー。

そんな彼に対して、ベルバードが三郎達がアルベルクに来た理由を教える。


「オスカー様……実はこの二人、オスカー様に会う為にこのアルベルクにやって来たらしいのです」


「ほう……この俺にか。何の為に?武器の買い付けか?」


「そ、それは……」


言葉を詰まらせるベルバード。

オスカーは探るような視線をベルバードに向けていたが、それを三郎に移した。

三郎は僅かに口角を上げて話を続ける。


「貴殿が懇意にしているという男の居場所が知りたい。アルベルクに来たのはそういう理由さ」


どこかきな臭い。オスカーは数々の修羅場を潜り抜け、空気を読む嗅覚が誰よりも磨かれてきた。

不敵に微笑む三郎を前にして、オスカーの目に歴戦の戦士のような鋭い光が宿っていた。


「アンタは命の恩人だが、俺も商売人としての流儀ってもんがある。俺が不利益を被るような事は流石に協力できないぜ」


「左様か……なれば、その男の名前を聞いて判断してくれぬか?」


「……いいだろう。聞くだけならタダだしな」


オスカーが三郎の提案に頷いた。

三郎は満足げな顔をして、探し人の名を口にする。


「アレクサンダー・スレイド」


この場にいた全ての者の表情が変わった。

艶っぽい笑みを浮かべていた娼婦達も顔を強張らせ、三郎から距離を取る。

館の使用人達は、目を見開いた後、顔を床に背ける。

ドレジスの髭に覆われている顔から血の気が引く。


「……何故その男を探している」


オスカーはしばし言葉を失っていたが、息を飲み込んでから三郎に尋ねた。


「俺はその男と戦いたい」


淀みの無い笑顔を浮かべて、三郎が答えた。


静まり返る応接間。


少し間をおいて、オスカーは重苦しい表情で三郎に訊く。


「何を言ってるのかよく分からんのだが……とりあえず聞こう。俺とアレクサンダー・スレイドの関係は誰から聞いたんだ」


「誰というか……()()()、かな」


「風の噂、ねぇ……」


そう言ってからオスカーは黙り込んだ。何かを考えている様子だった。

そんな彼に対して語り掛けたのはジャックだった。


「なあオスカーさん。別に俺らは見返り欲しくてアンタを助けた訳じゃない。ただ単に困ってる人を放って置けないから助けたんだ。特にぃ!アンタみたいな善人が困ってたら放って置けるはずもねぇ」


ジャックの言葉を聞いて、オスカーが険しい表情を浮かべる。

対してジャックは口端を上げ、軽い口調で言葉を続ける。


「俺はアンタが善人だって信じている。善人は、困っている人を見捨てる訳ないよな?」


「だったら逆に聞くがお二人さん……アンタらは善人なのかい?」


ジャックを睨むオスカー。尚も軽薄な笑みを浮かべたまま、ジャックは答えた。


「いいや、俺らは血も涙もない悪人さ。見ず知らずの東域人をなんの躊躇いもなく血祭りに上げるような大悪人」


ジャックの目の奥に鋭い光が見えた。

オスカーは知らず知らずのうちに、汗で衣装を濡らしていた。

いや、オスカーだけではない。三郎を除いたこの場にいる人々皆、異様な程に汗をかいていた。


「つまり悪人にとって顔見知りじゃなかったら、東域人だろうがエルガイア人だろうが関係ない」


ジャックがそう言った直後、娼婦達や使用人達が次々と倒れて行った。

彼らを襲ったのは、異様な熱気だった。

オスカー・アルベルクの邸宅は、灼熱の太陽に焼かれたような、異常な気温に包まれていた。


奴隷に囲まれていた時以上の危機を、オスカーは感じていた。そして、瞬時に判断する。


「はぁはぁ……分かった!知っている事を話す!」


喉が焼けるような思いの中、必死の形相で訴えた。

するとジャックはニヒルな笑みを浮かべて指を鳴らした。


途端に、邸宅を包んでいた異常な熱気が消え失せた。


オスカーにドレジス、倒れた使用人や娼婦の周りには、失禁したかのような汗の水溜まりができていた。


「ドレジス、すぐに癒し手を呼んでこい……!彼女達は娼館の稼ぎ頭だ、死なす訳にはいかん」


息を切らしながら、オスカーがドレジスに命じた。

ドレジスも息を切らしながら何度か頷くと、急いで応接間を出て行った。


そしてその後、オスカーは苦々しい顔で三郎達の方を向いた。


「アンタら……とんでもねぇ怪物みてぇだな……」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


ジャックが恭しく一礼した。

オスカーは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、遂にアレクサンダー・スレイドに着いて語り始める。


「だがよ……これから話すのは、アンタらの想像を遥かに超える怪物の話だ」


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