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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第六十七話 キリアン・ユローの憂い

 アポロヌス四大国の一つトルミアには、王家直属の騎士団が存在する。

王立トルミア騎士団――王家の直参兵力であり、トルミア最強の精鋭部隊。

トルミアが強国たる理由の一つに、戦場で比類なき戦功を挙げる騎士達の存在があった。


 そんな勇猛果敢な騎士団を率いるのは、厳しい風貌の強面騎士でも、老獪で実践経験豊富なベテラン騎士でもない。

 肩の辺りまで伸ばした華やかな金髪、空のように澄んだ青い目、端正で美しい顔立ちの優男。

彼こそがトルミア騎士団の団長、キリアン・ユローだ。



―――――――――――――――



 トルミアの王都の街角に、キリアンお気に入りのカフェがある。

王城警護の非番の日は、朝からここに入り浸るのがキリアンの日課だった。

いつもの時間、いつものカウンター席。

窓から差し込む日差しに目を細めながら、コーヒーカップ片手にボンヤリと通りの様子を眺めていた。


「いつになく物憂げな顔だな」


カウンター越しに、低く太い声を掛けられる。

声の主は大柄の偉丈夫。

肩幅が広く、体も分厚い。かと言って太っている訳でもなく、全身が鋼のような筋肉で覆われていた。

左目には眼帯、尚且つ左側の脚は金属製の義足だった。


「そうですか?いつもこんな顔してると思うけど」


キョトンとした顔で、偉丈夫の方を向いたキリアン。


「一応お前の元上司だ。見てりゃあ分かるさ」


「うーん……()()、いやマスターには敵わないなぁ」


キリアンが団長と呼んだこの偉丈夫の名はレオポルド・ラダン。トルミア騎士団の元団長である。


数ヶ月前までレオポルドを団長と呼び続けていたので、今だにその癖が抜けない。


「いい加減マスターで頼むぞ。他の客が来た時、変に萎縮しちまうだろ?」


レオポルドが腕を組んで溜め息をつく。トルミア騎士団の団長の肩書は比類無き栄誉であり、皆に畏れられる称号だ。

しかし、それ以上にレオポルドの外見が厳つくて、マスターと呼んでも客は萎縮するであろう事は、敢えて指摘しなかった。

 キリアンが外見について何か言うと、「自分がイケメンだからって好き勝手言いやがって」と変ないちゃもんをつけられるからである。


「ごめんなさいマスター」


愛嬌たっぷりの笑顔で、キリアンは謝った。


「そんな事より……お前が物憂げな顔をする理由、よっぽどの事なんじゃないか?」


レオポルドが話しを本筋に戻した。

キリアンは厳しい表情でコーヒーを口に運び、それを飲み込んでから口を開いた。


「苦っ」


「だからぁ、無理してコーヒー頼むなよ……お前超がつく甘党じゃねーか」


レオポルドが呆れた顔でぼやいた。


「エルドアからいい豆が入ったって団長が嬉しそうに言うから頼んでみたんですよ……砂糖ください」


「ったくよぉ……」


ため息を漏らして角砂糖の入った瓶を差し出すレオポルド。

それを受け取ると、キリアンは容赦なく瓶の砂糖を全てコーヒーにブチ込み、スプーンで掻き回し始めた。


「あぁ……苦味の中に感じられる繊細な味わいが失われて行く」


砂糖に埋もれたコーヒーカップを覗いて、レオポルドが嘆いた。

そんな元上司の嘆きを無視して、キリアンは話の本筋に入った。


「一つ一つの問題はさほど面倒じゃ無いんですけど、それが一編に降りかかって来たのが結構厄介で」


「それはどんな問題なんだ?」


レオポルドに問われたキリアンは、雑務を含めた数ある問題の中でも、特に大きな三つの問題を提示した。


「まず、グラディウスの移民問題。この前()()で崩壊したグラディウスの難民をトルミアで受け入れて欲しいと、ある人から頼まれましてね。どうにも断り辛い相手だったんで、陛下も了承の上難民を受け入れたのですが……」


「元から住んでいたトルミア人との折り合いが悪いって所か?」


「流石団長!その通りなんです……」


突然の天災で崩壊したと言われているグラディウス。

事実が少し違うのをキリアンは知っていたが、あえてそこは濁した。


「まあ、住民同士の仲裁は行政官の仕事だ。お前が深く首を突っ込むこたねぇさ」


「まあそうなんですけどね……一応執政会議に参加している身としては気になってしまうんです」


キリアンはその能力を見込まれ、王や貴族達の政治会議の場に出席していた。

責任感の強い彼は、何か解決策が無いかとずっと思案しているのだ。


「何かいい策があるといいんですけどね……それで二つ目の大きな問題」


キリアンが二本指を立てて、他の問題について語り出す。


「近頃、"魔境結界"の様子がおかしいみたいで、僅かですが綻びがあったんです」


「なんだって!?」


レオポルドがカウンターから身を乗り出して驚く。

キリアンは彼を両手でカウンターの中に押し戻すと、現状について語る。


「とりあえずは陛下のお力によって綻びは解消されたのですが、何千年もの間()()と人間界を隔ててきた結界が、今このタイミングで綻びを見せた事に少し不安を覚えましてね……」


「まあ一旦解決してんなら、気にし過ぎるこたぁないと思うがね」


「そんなもんなんですかねぇ」


レオポルドは深く考え過ぎない性分だ。さっきの問題に続いて、初めは驚いていた魔境結界の問題も「あまり気にすんな」という感想だった。


正直キリアンは、レオポルドのそんな感想を求めて話をしている節がある。

騎士団団長になって数ヶ月、表には出さないが、重圧を感じる事が多々あった。

それ故に感じる不安を打ち明けられるのは、国の事情にもある程度通じている元上司、レオポルドだけであった。

キリアンにとって、レオポルドは頼れる兄のような存在だった。


「んで?三つ目の問題ってのは?」


レオポルドも、キリアンの話を聞くのは何だかんだ楽しかった。興味深そうにしてキリアンに尋ねる。


「三つ目は……その、東域の事なんです……」


「東域、か」


レオポルドの表情に翳りが見えた。

6ヶ月前の東域戦争。レオポルドが左目と左脚を失った原因でもある。この怪我のせいで、レオポルドは騎士団を辞任する事になった。


「やめときますね、話すの」


レオポルドの表情が暗くなったのを感じて、キリアンは話を止めようとした。

しかし、それに対してレオポルドは首を横に振った。


「いや、話してくれ。東域の事だからこそ気になるってもんだ」


「……わかりました」


6ヶ月前のアポロヌスと東域諸国との戦争は、"三戦帝"の活躍もあり、アポロヌスの勝利に終わった。

その影響は大きく、東域でも西端に位置する幾つかの小国がアポロヌスに恭順の意を示した程である。


「その内の一国、ヴャルガ公国からノーステミア王国に密使が入ったのです」


ヴャルガ公国は親アポロヌス側の東域諸国の中において、盟主的な立ち位置である。その使者が密書を携えて国境を接するアポロヌスの王国にやって来たのだ。


「ノーステミア王から我らが陛下に伝えられた密書の内容は、"東域にて再び挙兵の動きあり"という物です」


「いや待て、この前の戦争は東域を束ねるノーシア大公国とアポロヌスの間で交わされた条約があったはずだろ?確か内容は……」


「一年間の不戦協定。互いに相手の領域に足を踏み入れない事を約束し、軍隊を動かさないという内容です」


しかし、これが破られようとしていた。

ノーシア大公国は秘密裏に軍隊を召集しているとの噂が東域に流れているのだ。


「で、どうすんだ?こっちも軍を集めて対抗するのか?」


鋭い眼光をたたえて、レオポルドがキリアンに尋ねる。


(引退してるけど、まだまだこの人も現役だな)


レオポルドに少々気圧されながらも、キリアンは首を横に振った。


「それはできません。不戦協定はこっちから持ち掛けた物だし、今は西側の東域部族を()()()()()に染める時間が欲しい。また戦争なんかしたら有利な今の状況が覆る恐れだってありますから」


「じゃあノーシアの挙兵を指を咥えて黙って見てろって事か?」


「いいえまさか!一応手は打つ事になったんです」


キリアンの表情が曇る。


「手を打つ事になったんですが……」


「それがお前の悩みの種って訳か」


レオポルドはすぐに察した。

宿敵ノーシアの挙兵に対する一手。それがキリアンの憂いの原因である三つ目の問題なのだ。


「で、どんな手を打つんだ?」


レオポルドがカウンターにもたれ掛かり、前のめりになって尋ねた。

キリアンは苦い笑みを浮かべながら答える。


「王家の選抜した精鋭による、東域潜入調査です」



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