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雷鳴の武神  作者: ジュレー
第一章 巡り帰りしもの
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第七話 稀なる人

 トルミア王、シュレイツ・レギオン――

30の時王位を継ぐと、以降27年間、その才覚を遺憾無く発揮し、特に内政の面に置いて讃えるべき功績を数々挙げ、善政王(ぜんせいおう)の異名と共に、臣下のみならず民衆から絶大な支持を集める。

 大国トルミアを統べる権力者でありながら、質素で飾らない性格をしており、皆に対して柔らかい物腰で接する。


「少し遅くなって悪かったな。庭の畑の雑草を刈るのに手間取っておった」


トルミア王は民の気持ちを理解する為、居館の裏に小さな畑を作り、そこで野菜を育てているのだ。


「これはこれは、恐れ入った。辺境の島国の出なのもので

こちらの作法を心得ておらなんだ。平にご容赦を」


この人は他と違う、瞬時に判断した三郎がその場にに腰を下ろし胡座をかくと、両の拳を床につけ、深々と頭を下げた。


「よいよい、さあ顔をあげなさい」


シュレイツの優しげな声に、静かに三郎が頭を上げる。


「それがし、日ノ本は北奥国(ほくおうのくに)神崎庄(かんざきしょう)から参った。神崎三郎義虎(よしとら)にござる」


日ノ本式の名乗り。あえて、そうした。


「ふむ、日ノ本…聞いた事がないな。それにそなたの名前…どっからどう読めばいいのかな?」


「さすれば先ずは我が国の話から…」


それから少し、王と三郎は、国と身の上話に花を咲かせた。


「いやはや、なかなか面白い男だな三郎よ」


「はっはっはっー!王様こそ!」


2人はすっかり打ち解けた。王の明るい寛大さと、三郎の闊達で物怖じしない心が相まってこその結果だった。


「ローラちょっと顔怖いよ」


王と三郎の会話を横で聴いていたキリアンとローラ、なぜか不機嫌そうなローラにキリアンがニコニコして話し掛ける。


「そうだぞ!ニコッと笑え、キリアン殿のように」


それを聞いていた三郎がニッと歯を見せて笑顔を作る。


「お前は黙ってろ!」


ローラが三郎に怒鳴った。それを見てキリアンが笑う。


「はっはっは!すでに仲良くなっとるようだな」


3人の様子を見てシュレイツが嬉しそうにする。


「ところで王様、僕らを呼ばれたのはどのようなご用件でしたか?」


頃合いを見て、キリアンが尋ねた。


「うむ、まずは"東域(とういき)"のスパイを捕らえた件だが、ご苦労であった。だが東域の諜報活動は他国ではまだ続いているとの噂だ。警戒を怠らぬように」


先程までとは違い、威厳を感じさせる低い声音で王が話す。


「それと客人、三郎についての話なのだが…」


三郎にちらりと目を向けて王が続けた。


「異国からこの地にやってきて何かと不安も多かろう、騎士団の宿舎の空き部屋にしばらく滞在してはどうかな?」


「おお!実は王様にその提案を僕らもしようかと思っていたところなのです!」


意を得たりといった様子で、キリアンが声を上げる。


「そうと決まれば話は早い、ローラよ三郎を部屋まで案内してやりなさい」


王がローラに命じる。


「は、はい…ほら着いて来い、神崎」


苦々しい顔でローラが三郎を誘導する。


「格別の配慮を賜り、恐悦至極」


仰々しく、三郎が王に頭を下げる。


(とりあえずは従っておくか)


三郎はローラのあとに着いて謁見の間を後にした。2人が部屋を出ると大きな両開きの扉がギィと音を立てて閉まった。


「さて、あの男をどう見るキリアン」


2人を見送って手を振っていたキリアンの背に王が問いかける。


「……危険、かと」


キリアンが振り向いて一言。その顔に先程までの笑顔は無かった。


「ほう、おぬし程の強者がそう言うとはな」


「王様も魔術士でございますから、いま会ってみて見抜かれているのではありませんか?」


「あの"三戦帝(さんせんてい)"に並ぶとまで言われたそなた程ではないからな。わし1人の考えだけでは見当違いもありえたが…」


シュレイツの眼光が鋭くなる。


「このアポロヌスの均衡を崩しかねない力をあの男は秘めている。今、確信した」


王の顔に不敵な笑みが浮かぶ。先ほどの物腰の柔らかい優しい指導者の顔ではない。群雄割拠のアトラニアを生き抜いてきた、強国の王の顔だった。


「しかともてなせ、他国にあの男が流れて行かぬように」


「承知致しました、王様」


端正な顔に笑みを称えて、王の懐刀が一礼した。


(トルミアこそ、シュレイツ王こそ、このアポロヌスを統べるに相応しい存在だ)


キリアンは名君に仕える喜びを噛み締めた。


――ヴェネット城 騎士団宿舎――

 辺りに夜の帳が降り始めた頃、三郎はローラに宿舎の案内を受けていた。


「ざっと施設の案内はこんな感じだ」


宿舎には騎士団専用の浴場やトイレまで備わっていた。

 上下水の設備技術はかつてアトラニアに訪れた"賢者の時代"に他の工業技術と共に広まり、以来人々の生活を支えていた。


「…言葉が出ぬ。何と優れた技術力だ」


ヴェネットに来てからというもの、この国の優れた文明力に驚嘆するばかりの三郎。風呂や(かわや)の仕組みをチラッとローラに聞いてみたが、とんと理解出来なかった。


「ふん!辺境の蛮族の貴様にとっては難し過ぎたようだ」

鼻を明かしてやったと言わんばかりに、ローラが胸を張る。


「いやいや、恐れ入ったわい…」


祖国の村々に建つあばら屋を脳裏に浮かべ、三郎がため息をつく。


「そういえば、さっき半神の血脈とか何とか言ってたがあれはなに?」


ふと思い出し、先程の疑問をローラに問いかける。

自分をバカにして来た三郎が、無知を晒して教えを乞うている。そのさまに気分をよくしたローラが、つらつらと語り出す。


「仕方ない、教えてやる」


――半神(はんしん)血脈(けつみゃく)

 時は遥か昔、神話の時代。かつて天空より降臨した神々は、人間に多くを与えた。知能、精神、そして魔術。

 やがて人間は頂上的な存在を崇め奉り始める。人間の奇特な心掛けを神々は気に入り、交流を持ち始めた。

そんな中で生まれたのが、神と人間のハーフ、半神だ。

その血脈は神が地上から去った今まで続いており、その数は少ないが、超人的な遺伝子を持った人間は存在している。

その身体能力は人間の限界を超越し、魔術への耐性も高い。

ローラ・アンジュにはそんな血が流れていた。


 説明を終えると、誇らし気に腰に手を当てるローラ。


「教えてやったんだ。感謝しろ神崎」


「ありがとう!お陰で理解した。即ちローラは魔術も使えるということだな!」


三郎のそんな言葉にローラが視線をそらす。


「いや、何でそうなるんだ」

「え、使えんのか?」

「私は魔術士ではないから」


――魔術士(まじゅつし)

 かつて人間に厄災が降りかかった際、それを跳ね除ける力を与えて欲しいと神に願った。神々は自らの力を人間が使いやすいように、この地の自然現象を媒介として発現させる力に変えて与えた。それが魔術。

 魔術を与えられた"選ばれし王達"はその力を持って厄災を跳ね除けた。その王達の末裔は魔術を操る戦士、魔術士と呼ばれている。

 

「つまり、魔術士と半神の血脈は別物なんだ」


どちらも珍しい存在であり、彼らの存在は戦争において戦局を左右する重要な役割をようした。


「じゃあ両方の力を持つ者はなんと言うんだ?」


三郎が訊く。


「何者とも呼ばない。あまりにも珍し過ぎて名称すらないんだ。そもそも先の東域戦争(とういきせんそう)まで実在を疑われていた」


かつて人間と交じり合った神々、その多くは低級の神であり、人間に知能、精神、魔術を与えた創造神と呼ばれる神々のような力は有してなかった。よって半神の末裔は魔術を使えない。

しかし、創造神の中にも人間と交じった者が極小数いた。

そしてその血を受け継ぐ者は、例えようのない強大な戦闘力を持っているとされていた。たが現世を生きていて、その存在を目にした者はいないに等しかった。

半年前のアポロヌスとその東に位置する国々の戦争が起きるまでは。


「あの戦争の時、驚異的な力を持って東域の軍勢を蹴散らすのを見た人間が数多く存在する。まさに神の化身だ」


「実際目にしたのか?」


「私達トルミア騎士団は団長が不在の時、敵の魔術部隊の奇襲に合い、窮地に立たされていた…そこに一人の男が現れた」


その男はたった一人で東域の魔術部隊を一掃した。類を見ない強大な魔力と半神の力を持って。

そして、その男含め多大なる戦果を上げた者が3人いる。

圧倒的な強さから戦場の帝王、"三戦帝(さんせんてい)"の異名で呼ばれた。


「三戦帝のうち2人が、魔術と半神の血脈の両方を持つ者とされている」

ローラはそう説明しながら、あの日敵を殲滅した恐ろしい

戦士の姿を思い浮かべていた。


「三戦帝、か……」


アトラニアに来てから成り行きに身を委ね、大人しくしていた三郎。しかし今、心の内で何かが沸々と湧き、血が熱くたぎるのを感じていた。


「なあローラ、その三戦帝にはどこへ行けば会えるかな」

先程までの能天気な雰囲気とは一変して、大柄で鎧を纏ったような筋骨隆々とした体に闘気が漲っていた。


「い、一体どうした。サ、サインでも貰うのか?」


その異様な圧力を振り払うように、冗談めかすローラ。

三郎が不敵に微笑む。


「俺は三戦帝と戦いたい」



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