第六十五話 雷霆万鈞
それはまるで、漆黒の太陽だった。
ジャック・レインの詠唱魔術"滅却"は、超高温の青い炎を神の力へと昇華し、一極集中させた漆黒の高エネルギー体。
その漆黒は深淵の闇の如くありつつも太陽の如く燦々と照り輝き、灼熱の魔力を解き放っていた。
この様子を戦場から少し離れた丘の上で見ていたジェイド・レイン達は息を飲み、言葉を失った。
(もし学長が結界を張っていなければ、あれの熱気で皆焼き焦がされていた……)
ジェイドがいる難民キャンプにはマテウスが結界魔術を張っていた。
もし結界が無ければ、凄惨な光景が広がっていたに違いない。
「ただの傭兵だと思っていたが……奴があのジャック・レインだったとは………」
燃え盛る黒い太陽を望みながら、ローラ・アンジュが言葉を漏らした。
ジャックに感じていた底知れない不気味さの正体。それは彼が持つ圧倒的な潜在能力だった。
その力を目の当たりにして、ローラはただ戦慄していた。
そんな彼女の言葉を聞いたジェイドに鮮烈な衝撃が走る。
ローラは今確かに、"レイン"と言った。
目を見開いたジェイドがローラに尋ねる。
「あんた今、レインって言ったよな……?ジャック・レインって言ったよな?」
ローラはこの黒髪の少年がアゼルニアの王子である事をまだ知らない。
不躾な態度に眉を顰めながらも、ローラはジェイドの問いに頷く。
「ああそうだ。あの男は三戦帝の一人、炎の亡霊ジャック・レインだ」
ジャック・レイン――無論、ジェイドはその名を知っていた。
レイン家の者なら誰でも聞いた事がある。
アゼルニア王家たるレイン家に生まれながら、同族の多くを殺め王家に叛旗を翻した男。
昨日、魔術学校であの男と父や母が何かやり取りしていたのはボンヤリと覚えているが、その詳細は知り得なかった。
そして、ジャック・レインの名を聞いて驚愕したのはジェフリー・レインも同じだった。
彼もまた、昨日はエドワードの魔術の餌食となり、状況の把握ができていなかった。
「あれが……ジャック・レイン……!」
王家を灰燼に帰すと恐れられた、黒髪の忌み子。
彼の作り出した黒い太陽が動き出し、戦場で対峙する雷光を飲み込もうとしていた。
しかし次の瞬間、眩いばかりの青白い閃光が走ると同時に、大地を揺るがすような轟音が鳴り響いた。
雷撃は勢いを増し、黒い太陽と拮抗する程に大きく膨れ上がった。
そして、神々しく光っていた青白い雷撃は、禍々しさや恐怖を植え付ける紫色の光へと変化し、漆黒の太陽と衝突した。
天地が覆されるような凄まじい衝撃が広がった。
二つの高エネルギー体の衝突は強烈な閃光を生み、辺り一体を凄惨な程に焼き尽くした。
この衝撃に備えたマテウス・デュエルハルトは再び神代の遺物を手に取り、キャンプ地を覆う強力な結界をもう一つ作り出した。
強烈な衝撃波はこの結界を破壊したが、人々の身代わりとなった。
マテウスが持てる全ての力を振り絞りって作り出した結界は辛くも人々の命を救ったのだ。
力を出し尽くし、朦朧とした意識の中倒れ行くマテウスの目に映ったのは、尚も対峙する二人の怪物の姿だった。
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「正直俺は驚いている……"滅却"を凌ぎ切る奴がこの世に居るなんてな……」
ジャックの額には汗が滲んでいた。その顔にいつもの薄ら笑いは浮かんでいない。
「はぁはぁ……今のは……流石に効いたぜ……!!」
神崎三郎は息を切らし、傷を負いながらも、楽しげに笑みを浮かべていた。
ジャックの"滅却"に対して三郎が為した防御は、大技"雷神"を駆使した、高エネルギー同士による相殺だった。
しかし、これにより致命傷は避けられたが、雷神の発動が遅れた三郎は大きなダメージを負っていたのだ。
「まだ笑っていられる余裕はあるようだが……どうやら俺の勝ちは固いらしいな」
三郎のしぶとさに驚愕しつつも、ダメージを負った彼の姿を見て、ジャックは自身の勝利を確信した。
この戦いに発狂するようなスリルを求めていたが、存外に楽な幕引きとなりそうだった。
「さて、どうであろうな……?」
しかし三郎の目にはまだ、強く鋭い闘志が漲っていた。
圧倒的不利な戦況。三郎が無尽蔵の魔力を持つとはいえ、大きく体力を削られた状態では高い出力の魔術は撃てない。
そもそもジャックはあらゆる攻撃を無効化する異能を備えている。
ジャック・レインは三郎が今まで戦ってきた強者達の中でも、最上位の実力者である事に違い無かった。
かつてない敗北の危機。絶体絶命のこの状況――
――だからこそ、神崎三郎の真骨頂は発揮されるのだ。
(攻撃を受ける寸前、奴は実体のない亡霊となり、攻撃を無効化する。しかし、常に奴に触れられぬ訳では無い……)
三郎が着目したのは、変身の瞬間。
ジャックの変身は、無意識下の危険察知による完全自動防御体制。
彼の体に備わっているのは人間の反応や意識を超越した、神の加護。
人間がジャックに攻撃を当てるなど、果てしなく不可能に近い。
しかし、絶対的不可能ではない――
(奴が炎に変身するよりも速く攻撃を当てる事ができれば……!)
三郎は視線を落とし小さく一息吐くと、抜き身の剣を鞘に納めた。
そして、剣の柄に手を掛けたまま重心を低く落とし、再び鯉口を切った――
「何考えてんのか知らねーけど、お前に勝ち目は無いと思うぜ」
ジャックは未だに足掻こうとする三郎の姿を見て、いつものような軽薄な笑みを浮かべた。
彼は生き甲斐であるスリルを喪失した時、退屈や哀愁を含んだ笑みを浮かべるのだ。
「終わらせてやる」
ジャックが三郎の方へ掌を向けると、たちまち青い火球が生じ、それが撃ち放たれた。
同時に、三郎はジャックに向かって一直線に駆け出した。
三郎に火球がぶつかり、青白い閃光が弾ける。
三郎は必要最低限の魔力を使って、電撃を纏っていた。
ジャックの攻撃に対する防御である。
しかし、魔力の出力はジャックの方が格段に上だ。
「いい加減諦めな!」
ジャックによって次々と撃ち放たれる炎の魔術を受け続け、三郎の電撃の盾は削られて行き、ダメージが蓄積する。
それでも、三郎は前進を止めない。
(完全にぶっ壊れてやがる!恐怖や痛みを感じねーのか!?)
神崎三郎の執念と狂気に、ジャックは戦慄した。
三郎は強烈な魔術をその身に受けながらも、只ひたすらに集中していた。
ジャック・レインを倒すのに必要なのは、極限の集中が生み出す渾身の一撃。
一切の無駄を省いた研ぎ澄まされし一撃一刀。
(幾千年分の集中を、この一刀に懸ける……!)
前進の末、辿り着いた必殺の間合い。
ジャックとすれ違い様に、三郎は剣を抜き放った――
意識、反応、恐怖――人智の行き着くあらゆる概念を無視したその一振りは、神速をも凌駕する。
何が起きたのかジャックは理解できなかった。
しかし受け入れざるを得ない、自分が敗北したという事を。
火のように赤い鮮血が舞っていた――
「で、出鱈目な野郎だぜ……」
焼け爛れた地面に崩れ落ちるジャック。
劣勢でありながらも、戦いの最中に成長する天才的な戦闘能力。
それが三郎の真骨頂であり、最も恐るべき異能。
ジャックを斬り捨てたその太刀筋――この世に生きとし生けるもの全て、それを目に留める事はできない。
原理的には可能だが、果てしなく不可能に近い力技。
神崎三郎の、天上天下最速の剣技――
「神殺・抜刀……!」




