第六十四話 煙炎漲天
燃え上がるように赤い夕陽が、対峙する両雄を照らしていた。
ジャック・レインはタバコの最後の一口をゆっくり味わうと、指で弾いて捨てた。
「さてと……化け物とどう戦うか」
ジャックの前に立ちはだかる男は、只ひたすら戦う為だけに生まれたような存在だった。
戦の申し子、神崎三郎。神の領域に達する魔術と身体能力、無尽蔵の魔力を持つ異能。
三戦帝と呼ばれる実力者のジャックであっても、一切の油断は許されない。
冷厳な目で三郎を見据えるジャック。
一方の三郎は、口を歪め、悪鬼のような不気味な笑みを浮かべていた。
「いつになく真剣な顔をしておるな」
悪鬼がジャックに語り掛ける。嬉々としたその声は、彼の胸中を表していた。
「うるせー野郎だな。こっちは集中してんだよ……」
ジャックは眉間に皺を寄せ、そう返した。
それでも尚、三郎は笑っていた。
強者との戦い、純然たる戦闘への欲求。ただそれだけを追い求める三郎。
何かを得る為ではなく、戦いその物を目的としている男。
ジャックはそんな人間と戦った事は今までない。
故に、かつてないスリルを感じていた。
「じゃ、こっちから始めるぜ」
気付けば、ジャックも口を歪めて笑っていた。
急激に上昇するジャックの魔力。彼の周りには炎が立ち昇り、草原を焼け焦がす。
夕陽のように煌々と燃える炎は激しさを増したが、一転して蒼天のような青色に変わり、激しくも静かな火炎となった。
ジャックの扱う魔術系統は"吸収系"だけでは無い。彼は"環境系"と"開放系"の系統をも操る事ができた。
複数の魔術系統を操る事は、通常の魔術士ならば不可能である。
変幻自在の魔術、これもまたジャックの異能であった。
しかし、それは神崎三郎にも言える事だった。
「かかって来い、ジャック」
三郎も魔力を解放する。大気や地表すら歪めるような異様な魔力が渦巻く。
雷電を纏い、神々しい光を放つ三郎の姿は、恐ろしくも神秘的であった。
やがて、三郎の解放した魔力の影響により、夕焼けの空が曇天に覆われる。
雲の隙間には稲光が走り、低く不気味な音を鳴らしていた。
「天雷」
三郎が魔術の詠唱をした。
雲に溜め込まれた雷撃が、一直線にジャックの元に降り注ぐ。
凄まじい轟音が響き、落雷が大地を揺るがした。
三郎の魔術は、確かにジャックへと命中した。
常人ならば、消し炭になって風に飛ばされていただろう。
しかしジャックは違った。
「おいおい……かかって来いって言っといて、自分から仕掛けるのは違うんじゃねーの?」
揺らめく青い火炎から、無傷のままジャックが現れた。
ジャックは自分自身が炎と化して、雷撃を無効化した。
亡霊は傷も負わず、死にもしない。
炎への変化、あらゆる攻撃の無効化。それがジャック・レイン二つ目の異能。
しかし、三郎は炎の亡霊にも怯まない。
愛用の太刀"神裂き"を抜き放ち、ジャックに斬り掛かる。
大振りながらも凄まじく速い太刀筋。神裂きが、ジャックの肩口から袈裟に振り下ろされる。
さらに三郎は手首を返して、逆袈裟に亡霊を斬り上げる。
だが、これもジャックの致命者どころか擦り傷にもならない。
「無駄だぜ」
ジャックは冷酷な笑みを浮かべていた。
そして次の瞬間、太陽のような強い光があたり一面を照らし、轟音と共に爆炎が三郎を襲った。
ジャックは急激に魔力を増大させる事で、爆炎と化し、その大爆発に三郎を巻き込んだ。
一種の自爆であるが、ジャックからすればただ単に体を巨大化させただけであり、自分には一切ダメージが無い。
炎がパチパチと音を立てて、再びジャックの体を形成する。
「はははっ、流石に丈夫だな」
人の形に戻ったジャックの目に映ったのは、煤のついた顔を手で拭う三郎の姿だった。
「今のは効いたぞ」
三郎はそう言って笑顔を浮かべた。
「よく言うぜ、元気いっぱいじゃねーか」
至近距離からの爆発を喰らっても、三郎は倒れない。
やはり小手調べで済むような相手ではない。
「観念して全力を出すとするか……」
ここに至り、ジャック・レインは全力を解放する。
ジャックの纏う炎のオーラが更に激しく燃え盛る。青い豪炎は曇天を焼け尽くさんとする勢いで立ち昇り、明々とした光が辺りを照らした。
強い炎と比例するように、強大な魔力が辺りに満ちて行く――
「遍く生命よ、断罪の火焔に焼かれ、黒き灰燼に帰せ」
魔術の詠唱。ジャック・レインは人差し指の先に焔を灯して神崎三郎へと向けた。
今より放たれるのは、炎や魔力の概念を超えた、神の一撃だった。
「滅却」




