第六十二話 一悶着
グラディウス市民のキャンプ地に緊張が走る。
グラディウス崩壊の元凶とも言える三郎に勝負を挑んだのは、魔術学校の生徒であるジェイドとジェフリーだった。
「みんなにとって大切な場所をお前は壊したんだ!痛みを持って償え!!」
ジェイドが大喝すると共に魔力を解放し炎を纏う。
ジェイドと並ぶジェフリーも魔力を解放。彼が纏うのは凍てつくような冷気。
「ほう、炎と氷か」
しかし、火炎のように熱く、氷柱のように冷たく鋭利な敵意を向けられても、三郎は至って平然としていた。
この様子を後ろで見ていたローラとマリーは、ただならぬ事態に身構える。
「炎の方は中々レベルの高い魔術士みたいです」
額に汗を浮かべたマリー。高名なトルミア騎士団の魔術士から見ても、ジェイドの魔術は目を見張る物があった。
「氷の魔術士はどうだ?」
マリーは炎の方はレベルが高いと言った。だからローラは氷の魔術士の事を尋ねた。
「うーん、並ですかね。少なくとも私の相手じゃない」
マリーはジェフリーをそう評した。
彼女程の魔術士から見れば、魔術学校での成績が振るわないジェフリーは並、もしくはそれ以下の魔術士だった。
「……で、どうしますか?あの二人止めますか?」
マリーがローラに訊く。
マリーの言うあの二人とは、勿論ジェイドとジェフリーの事だ。
はっきり言って、三郎との実力差は例え用のない程開きがある。戦えば凄惨な末路を辿る事になるだろう。
「私が止める」
今ここで未来ある少年が命を無駄にする必要は無い。
ローラがこの諍いを仲裁しようと前に進もうとした時だった。
「待ちな、俺が止めるよ」
ローラを制止したのはジャックだった。
この時ジャックは、ローラやジェイド達を思って動いたのでは無い。自身の退屈を凌ぐ為に動いたのだ。
「お前に止められるのか?」
ローラはジャックの実力を把握していないし、なんなら巷に溢れているような、ごく普通の傭兵だとしか思っていない。
しかし、どこかで彼に対する違和感を覚えてもいた。
「大丈夫さ」
ジャックがニヒルな笑みを浮かべた。
ローラはこの男の底知れない何かを感じ取っていた。
そしてローラに代わり、ジャックが三郎と双子の兄弟の間に割って入る。
「おいおい、そこまでにしとけよな」
軽い調子のジャックが、ヒラヒラと手を振って兄弟の前に立ち塞がる。
それに対して反応したのはジェフリーだった。
「あなたは……」
「よう、話すのは昨日振りだな」
気の良い親戚のおじさんのように話し掛けるジャック。実際のところ親戚なのだが。
しかし、ジェフリーはそんな事知る由もない。
彼は戸惑いながらもジャックに警告する。
「どいてください……!あなたを巻き込みたくない……!」
ジェフリーはジャックに恩を感じていた。
昨日、父エドワードと兄ジェイドとの間で起きた諍い――その中でジェイドが命拾いしたのはジャックが二人の間に割って入ったからである。
「優しいな銀髪の少年。でもよ、はっきり言って君らが敵う相手じゃねーよ、コイツは」
ジャックはジェフリーの心遣いを受け取りつつ、現実を突きつけた。
ジャックが指すコイツ。即ち神崎三郎は異次元の存在。まだ未熟な少年魔術士が敵う相手ではなかった。
そして当の三郎は、尚もあっけらかんとした様子でジャックに語り掛ける。
「されどジャックよ――そっちの銀髪は初めから躊躇いが見えた。其方が割って入ったのを内心喜んでおるぞ」
その言葉を聞いた時、ジェフリーは全身を雷に撃たれたような感覚に襲われた。
ジェフリーの脆弱な心を、三郎は完全に見透かしていた。
(ど、どうしよう……体が……震えてきた……)
ジェフリーは恐怖に抗えなかった。
先程グラディウス市中でマテウスを探していた時、三郎と偶然出会した時と同じだ。
三郎に倒されたジェイドを見て、足がすくみ動かなかった。
そして、今も目の前に聳える恐怖に支配されていた。
一方、そんなジェフリーから視線を外した三郎は、次いでもう一人の少年へと目を向ける。
その目には、獲物を見据える猛禽類ような爛々とした光が宿っていた。
「こっちは中々……良き面構えじゃ」
戦の鬼が、口を歪めた。
神崎三郎を睨むジェイド・レインの目には一切の恐怖は浮かんでおらず、業火の如き灼熱の戦意に満ちていた。
「黒髪の童、名は何と言う?」
「答える義理はねぇ!!」
ジェイドはそう叫ぶと全身に魔力を激らせた。ジェイドの纏う炎が油を注いだかのように激化する。
――しかし、その魔術が三郎に触れる事は無かった。
「もうその辺にしとけって……」
ジャック・レイン――この男によって、一触即発の事態は収集する事になる。
おもむろに、ジャックが炎を纏うジェイドの方に手を翳す。
するとジェイドの周りを渦巻いていた火炎がジャックの手元へと引き寄せられ、遂には煙を残して瞬く間に消え去ってしまった。
「一体、これは……!」
ジェイドは驚愕した。
否、この場にいた誰もが驚愕した。
ジャックがどんな手を使ったのか、殆どの者は理解できなかった。
しかし数名、この原理を見抜いた者がいる。
トルミア騎士団マリー・ミシュレもその一人だった。
「まさか……吸収系の魔術士……!? でもこれは……」
魔術は炎、水、大地、氷、雷の5つの系統に分かれるが、更に細かい区分として、その出力方法の区分がある。
それが"環境系" "開放系" "吸収系"の3つである。
"環境系"は術者の周りで既に発生している自然現象を魔力で操る方法。
例として、術者が炎の魔術士ならば、自身の周りで既に燃えている炎を意のままに操る事ができる。
"開放系"は術者自身の体内で魔力を自然現象に変質させ、魔術として放出する方法。
魔術士の割合として、この開放系の術者が最も多い。
マリー・ミシュレやジェイド・レインも開放系の魔術を扱う。
そして"吸収系"――この術は既に発生している自然現象を体内に魔力として吸収してから、自身の魔術として放出する方法。
自然現象を取り込むという手間がある分、他二つより出力の効率が悪い方法である。
故に、吸収系の術は"遅れを取る駄術"と軽視される事もしばしばある。
そんな"駄術"を見て、マリー・ミシュレが驚愕した理由。
それは吸収したのが自然現象ではなく、魔術であるという事。
(吸収系の術は魔術その物を吸収する事はできない……)
吸収系の術は魔力の含まれない純粋な自然の力を吸収する術。魔術を吸収しようとすれば、魔力が相反して失敗する。
吸収系魔術は魔力を持たない物との魔力差を利用して操る物なのだ。
だがしかし――これが原理であるならば魔術を吸収する事も不可能では無い。
(天と地くらい魔力の差が開いていれば、圧倒的な物量で魔力を捩じ伏せて吸収する事ができる……!)
理論的には可能だが、果てしなく不可能に近い力技。
ジャック・レインが体現したのはそれだった。
「そう熱くなるなよ、黒髪君」
ただ呆然と立ち尽くすジェイドの肩に、ポンと手を置くジャック。
「……!!」
それで正気に戻ったジェイドは、咄嗟に腰に下げている剣の柄を握ると、後退りして間合いを作った。
「魔力取られたからって……次は剣か」
ジャックの軽薄な笑み、それを見るジェイドには重厚な圧力がのしかかっていた。
「邪魔すんなら……あんたも倒す!」
自身を鼓舞するように、ジェイドはジャックに向かって吠えた。
ジャックは表情を変えずに、ただ少年を見据えていた。
「やってみろよ」
ジャックのその一言と同時に、ジェイドは抜き打ちざま斬り掛かった。
「やめるのだジェイド!!」
剣を抜く時、恩師マテウス・デュエルハルトの声が聞こえた。しかし、頭に血が昇っていたジェイドは止まらなかった。
「うおおお!!」
裂帛の気合いと共に振り抜かれた剣は、確かにジャックの胴体を切り裂いた――
はずだった。
「ど、どういう事だ……!!」
陽炎のようだった。
あまりにも信じ難い光景にジェイドは目を疑った。
人を斬れば、吹き出すのは血液である。
しかし、ジャック・レインの体の切り口から溢れていたのは、紛れも無く"炎"であった。
――否、ジャック自体が炎と化して斬撃を無効化したのだ。
揺らめく火炎を斬る事は叶わない。
"炎の亡霊"ジャック・レイン――その異能は彼自身が炎と化す事。
「やはり……ジャックなのか……」
この様子を見ていたマテウスは、かつての教え子との歪な再会に複雑な感情を抱いた。
かつての教え子ジャックは、甥であるジェイドと相対し、そのジェイドもまたマテウスの教え子である。
(この争いを止めねば……幸いジャックから殺気は感じられない)
戦いの疲労の残る老体を押してマテウスが進み出た時、彼は身の毛もよだつ気配を感じ取る。
獰猛で禍々しい圧倒的な闘気。
真なる強者を見つけたその男は、空気を歪ませるような異様なオーラを発していた。
ジャックはそんな男が自身に向ける鋭利な視線を背に感じつつ、ニヒルに笑って呟いた。
「これから一悶着ありそうだな……三郎」




