第六十話 生か死か
グラディウスの崩壊から逃げ延びたエルガイア王国の一行は、街の外れにある丘に野営を張っていた。
とは言っても祖国から天幕などを持ってきていた訳でもないので、エルガイアの騎士や兵士達は辺りの木を伐採するなどして、王太子の為に簡易的な掘立て小屋を作り、自身らは木陰や岩陰で休んでいた。
皆疲れていた。戦いに巻き込まれた犠牲者はいなかったものの、ここまで逃げる際に怪我を負った者は少なからずいた。
しかし、そんな中でも一切の気力を失わずに王太子の護衛に当たる者たちがいた。
彼らは王太子直属の親衛隊であり、王太子自らがその能力と実力を見定め、スカウトした精鋭部隊である。
そんな精鋭部隊の要と言える人物二人が、瓦礫に埋もれた街から連れてきた囚人の男に尋問を行っていた。
「何もあんたと敵対したい訳じゃない。デュエルハルトの令嬢を連れ去ろうとした理由を教えてくれたらそれでいいんだ」
王太子親衛隊の一人、アズラクが落ち着いた口調で話す。
その相手の男は木に鎖で縛り付けられ、不敵な笑みを浮かべて黙りこくっている。
「おい!アーリとか言ったな!とっとと正体を白状しちまえ!痛い目に逢いたくねぇだろ?」
アズラクとは違って荒々しい口調で捲し立てる赤髪の大男。親衛隊きっての実力者、竜殺しのジークだ。
「ジーク、そう大声を出すな」
ただ単にジークの声をうるさく思ったアズラクが冷たい目を向ける。
「でもよぉ!こいつ完全に舐めてやがるぜ!お前が傷の手当てなんざしてやるから調子乗っちまったんだ!」
アズラクの冷めた目に対して、激情的な視線を返すジーク。
アズラクがわざわざ捕虜の手当をした事に不満があるようだ。
「この男は傷のせいで意識が朦朧としていた。話を聴くには容態を安定されなければならなかった。まあ、ここまで回復が早いとは思わなかったが」
アズラクの言い分は尤もだった。捕虜の男アーリは、アズラク達が発見した時には弩の矢が体に数本刺さり、息も絶え絶えといった様子だった。
落ち着いて話を聞く為に、アズラクはアーリの傷の手当てをした。
その甲斐あってか、アーリは驚異的な回復力と精神力をもって意識を取り戻した。
しかし、アーリは口を割ることは無かった。木に縛り付けられ、二人に詰問されても沈黙を貫いていた。
「この男の精神力は並大抵のものでは無い。きっと拷問も無駄だ。死んだ方がマシだと思える痛みを与えても耐え続けるだろう。俺は気になるんだ、この男を動じさせない原動力が何なのか」
アズラクは、アーリに深い興味を抱いていた。
苦境にあっても生を諦めないアーリ。そんな彼は口を割らない事が自身の命を危険な晒す事だと分かっているはずだ。
生と死への矛盾を並べるアーリは、アズラクにとって面白い存在だった。
「だから俺は、この男を人間として丁重に扱いたい。この世に面白い人間などそうそういない」
アズラクの目は好奇に満ちていた。
「へっ、やっぱりお前はイカれてるな。殿下に気に入られるのも分かる」
ジークは呆れた様子でそう言うと、しゃがみ込んでアーリの好戦的な目を覗く。
「良かったな家畜野郎。アズラクがいなかったら俺がしばき回していたぜ」
ジークが吐き捨てた。
アーリは尚も不敵に笑っていた。
そんな時だった。三人の元に、一人の女騎士がやって来る。彼女もまた王太子の親衛隊の一人であった。
「おい、いつまで掛かるんだ。そいつは口を割ったか?」
高圧的な口調。やって来たのはライラだった。
ライラに見下ろされて、苛立ちを覚えたジークが立ち上がる。
「偉そうに!テメェの頭をかち割るぞ!」
カッとなって吠えかかるジーク。
ただでさえアーリの態度やその口の固さに苛々していたのに、いけ好かないライラまでやって来たのだ。
アズラクにしてもジークの気持ちは理解できる。
「まあ落ち着け」
アズラクはジークを宥めるが、彼に対してライラが余計な一言を投げる。
「ではやってみるか?お前にその度胸があるなら」
挑発するように口角を上げたライラが、ジークの目の前で自らの頭を指差す。
「……ッ!!!」
ジークの顔が火炎のように紅潮する。
アズラクは全身に力を込めてジークの体にしがみつき、彼が暴力に走る事を止める。
しかし、剛力無双のジークを力で抑える事など叶うはずも無かった。
ジークは体を捩ってアズラクを押しのけると、岩石のような拳を振り上げた。
「ジークやめろ!あの男に殺されるぞ!」
弾き飛ばされて地面に倒れたアズラクが懸命に叫ぶ。
その言葉が届いたのか、彼自身の理性が働いたのかは分からない。
アズラクが叫んだ後、ジークは怒りに震えながら拳を緩めて、ライラに背を向けた。
ライラはそれを見て「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「エルガイアに帰る明日の朝までに捕虜が何も吐かなければすぐに殺せ。殿下からのご命令だ」
ジークの逆鱗に触れても、ライラは至って冷静だった。
バルカからの命令を二人に伝えると、すぐにこの場から去って行った。
「クソ女……!女狐……!尻軽……!スレイド家の人間だからっていい気になりやがって……!」
ぶつぶつと悪口を並べ立てるジーク。そんな彼の肩にアズラクは手を置いた。
「冷静になれよ。あんな小娘の戯言に一々目くじら立てるな」
そう宥めるアズラクの手を払ったジークは小さくため息をつく。
「はあ、もういい……少し頭冷やしてくる。ちょっとの間尋問は任せたぞ」
「ああ、分かった」
アズラクは、バツが悪そうにどこかに歩いて行くジークの背に同情する視線を送った。
そんな彼を見て、沈黙を貫いていた男が遂に口を開く。
「あんた、色々大変そうだな」
アズラクに話し掛けてきたのはアーリだった。
少し目を見開いて、アズラクはアーリに言葉を返す。
「まさかあんたに気遣って貰えるとはな」
「へっ……傷の手当ての礼って事にしといてくれ」
「……手当ての礼にしては釣り合わないな」
「じゃあ、何なら釣り合うってんだ?」
アーリが猛獣のような牙を見せて口を歪める。
不気味だった。しかし、そんな感情をおくびにも見せずアズラクは言う。
「あんたの知っている情報。アゼルニアとクラセナーの関係性を教えろ」
アズラクの問い掛け。アーリにしてみればこの短時間で耳にタコができる程聞かされていた。
「つまんねぇ質問ばかりだ……言うつもりはねぇ」
そう言って、アーリは欠伸をかいた。
ジークなら激昂してアーリの顔を蹴り飛ばしていただろう。しかし、アズラクは冷静だ。
「喋らないか……それにしても不思議だ。お前はグラディウスで拾った時は『死にたくない』と言っていたのに、今こうして尋問されたら何も喋らず殺されようとしている」
何も言わないアーリに対して、アズラクは純粋な自身の疑問をぶつけてみた。
そんな質問に、アーリは少し興味を持ったようだった。
「死にたくないから喋る、喋りたくないから口を閉じたまま死ぬ……人間そんな単純なもんじゃねぇだろ?なぜ喋らなければ死ぬと決まった?何故主導権が自分達にあると思ってんだ?」
獲物を見定めた狩人のような目を、アーリはアズラクに向けていた。
アズラクは彼から視線を逸らさずに訊く。
「何も喋らず、我らから逃げる自信があるのか?」
「いいや俺も馬鹿じゃないさ。さっきの大男や、お前相手に戦って勝てるとは思えねぇ」
アーリが答える。それに対してアズラクは眉を顰めた。いまいち要領が掴めない。
そんなアズラクを見ながら、尚も不敵に笑うアーリが真意を語る。
「でもよぉ、勝てないから気に食わん奴に屈するってのは納得がいかねぇ……俺にとっては、ただ生き永らえる事よりも何者にも屈せずに戦い続ける事の方が価値がある。その先に死が待ってようと、戦い続ける事が俺にとって"生きる"という事なんだ」
「つまり、口を割らないのも不屈の戦い……という訳か」
アズラクは合点がいった。
アーリは、力に屈して敗北を認める事を"死"と捉えている。屈した先に、"生"が待っていたとしても。
彼にとって"生きる"とは――反抗、戦いにあるのだ。
無抵抗、それは"死"と変わらない虚しい事なのだ。
「お前らが俺を殺そうと構わん。俺は、俺の為にやるべき事をやって生きた。俺は俺の道を歩んだ」
アズラクは、彼が羨ましく思えた。そして何故か、彼を殺したくないと思えた。
「複雑だが単純だ……俺はあんたが羨ましいよ、アーリ」
アズラクが微笑みを浮かべた。やはり彼は面白い人間だった。
「お前も俺のように生きればいい。真似したって怒らないぜ」
アーリが言った。しかし、アズラクは首を振った。
「それは難しいな。俺はあんたみたいに死ねない」
微笑みは、自嘲的な笑みだった。次にアズラクは腰の剣を抜き放つと、アーリを縛る鎖に叩きつけた。
――ガシャン、という音を立てて鎖は解かれ、アーリは身動きが取れるようになった。
「俺を逃すのか?」
アーリは不用意に喜んだりせず、冷静だった。
一方、アズラクはただ静かに剣を鞘に収めて言う。
「違う、手が滑ってしまったんだ」
それを聞いて、アーリは思わず笑みを溢す。
そして、彼には珍しく他者へ礼を尽くす事にした。
「おもしれぇ……なら、俺も口を滑らせるとしよう」




