第五十八話 交換条件
遠い昔の話だ。
とある島国で、神に叛旗を翻した男がいた。
星空から降りて来た天女と共に男は戦い、天女から授かった剣で神を切り裂いた。
神を殺した男。神を裂いた男。
男によって神が殺された地は神裂の地と呼ばれ、時代を追うごとに呼び名は変わり、神崎と言われるようになった。
神崎三郎は、神殺しの血を引いていた。
そして彼の持つ剣は、人が神を殺した記憶を今に残しているのだ。
「とにかく、この太刀に触れれば、斬られてきた者達の怨念によって呪い殺されるという訳だ。決して触れてはならぬぞ」
ジャック、ローラ、マリー。それぞれの顔を見回す三郎。
最後に、精神崩壊の末死に至ったクラセナーの姿を指差す。
「こうなってしまう故な」
呆れ顔で三郎は言った。
それから、三郎はその鋭い双眸をローラに向ける。
眉間に皺を寄せ、こちらを睨む三郎に、ローラは気圧されていた。
「ど、どうした?」
掠れた声を絞り出すローラ。
彼女を見据えたまま、三郎が口を開く。
「なんか、その赤い光眩しいんだけど」
ただ光が眩しくて三郎は目を細めていた。
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光を放つ水晶を布でグルグル巻きにして、光を遮断した後、ローラ達は地べたに座り込み、これまでの経緯を三郎に話す事にした。
正直ローラは、神崎三郎の事が恐ろしくなっていた。もはや彼は人智を超えた存在であり、単なる人間がコントロールできるような者ではないのだ。
半分ヤケクソでもあった。三郎に全て話してしまえば王命に背く事にもなる。
しかし、権威ある王であろうと三郎本人から見れば蟻のように小さな存在に過ぎない。
王が踏み潰されないようにする為にも、王の計画は頓挫させる必要があるとローラは考えた。
「つまり、トルミア王は俺がアポロヌス征服の鍵となると考え、其方らに監視させていた。そして其方らは監視の最中、俺の持つ太刀が"神代の遺物"なる物と知った。更には、神の如き力を持つ俺は制御できない危険な存在だと考え至り、あえて王の計画が失敗するよう洗いざらい白状したと言う訳だな」
三郎がローラから聞いた話を纏めた。
「ああ、理解が早くて助かるよ」
くたびれた様子でローラが頷く。
ローラは話を聞いた三郎がどんな反応をするのか少し不安だった。この男の行動は全く読めない。
しかし思いのほか三郎は冷静で、監視されていた事とかを気にしている様子は無かった。
「まあ、トルミア王も結局は権力者。野望を持ち、力を欲するのは至極当然であろう」
胡座をかいて頬杖をつく三郎。彼の表情は穏やかだった。
「俺はそういう権力者の考え……好きでは無いがな」
穏やか表情ではあるが、ローラは恐々としていた。
そんなローラとは違って、部下のマリーは緊張感のカケラも無く、リラックスした様子で脚を投げ出して座っていた。
「はあ、全部白状したらなんかスッキリしましたねー。
実は私、こういう秘密を口外しないみたいな事すごい苦手だったんですよー」
鼻につくマリーの砕けた口調。いつもはイライラするが、今は逆にローラの緊張を和らげた。
「そうか、じゃあいずれお前が口を滑らせていたかもな」
「もー、見くびらないでくださいよー。苦手ってだけで口を滑らすなんてありえませんから」
ローラの言葉に、甘ったるい調子の声でマリーが返した。
そんなトルミアの騎士達に、ジャックが質問を投げ掛ける。
「それで、これからどうする訳?トルミア王に三郎の監視を辞めるように進言するのか?」
ジャックが三郎を差して言う。
「うーん、どうしようかな……正直、陛下に楯突くのは気が引けるしなぁ……でも神崎とはあまり関わりたくないしなぁ」
顎に手を当てて考えるローラ。
悩みの種の三郎は退屈そうに欠伸をしていた。
それを見てローラはちょっとイラっとした。
しかし、問題は三郎の事だけではない。
「てかさぁー、グラディウスの難民はどうするんですか?ローラさん勢いで『私が何とかする!』ってマテウスさんから引き受けてたけど、どうやって陛下から許しを貰うんですか?」
マリーはローラが自ら抱えに行った厄介な問題を指摘する。
ローラは正義感からマテウス・デュエルハルトからの頼みを引き受けたが、正直なところ王が難民を受け入れる確証は無かった。
「そ、それは……あぁもう!どうすればいいのよ!!」
ローラが赤い髪をグシャグシャと掻き乱した。
マリーがそれを見て、呆れた様子で宥める。
「ちょっとー落ち着いてくださいよ」
「落ち着けって……そんなの無理よ!てゆうか何であんたはそんな冷静でいられるのよ!?私は一生懸命頑張って色々考えてるのに!私だけに押し付けないでよ!」
いつもの厳格な騎士たる口調を忘れ、その辺の小娘のように金切り声をあげるローラ。
旅のストレスとこれまでの緊張感が遂に爆発した。
それを見てマリーの顔は引き攣っていた。
「なんか……すいません」
「ふんっ!もう知らないんだから!」
腕を組んでそっぽを向くローラ。彼女の意外な一面を見て、マリーは何とも言えない表情をしていた。
そんな彼女達のやり取りを退屈そうに眺めていた三郎が、意外な事を口にする。
「あるぞ、二つの問題を解決する策が」
「は?」
「今なんて言った?」
ローラとマリーが驚いた顔で三郎を見る。
頬杖をついたまま、三郎は自らの考えを述べ始めた。
「王に交換条件を出せば良い。それも其方達からではなく、俺からな」
「それどういう事!?」
目を丸くしてローラが食いついた。藁にもすがる思いなのだろう。
「ローラよ其方の思いは別として……王は俺を監視下に置いておきたいのだろう?そして、其方はグラディウスの難民をトルミアで保護したい」
「ええ、そうよ」
「ならばおのずと答えは見えてこよう。俺の監視を俺自身が許可して、他国に臣従しないと誓う代わりに、難民の保護を王に許可して貰う……そういう事だ」
「な、成る程……」
三郎の考えを聞いて、感心した様子のローラ。しかし、どうしても不可解な点が一つあった。
「確かに要領は得ているけど……あんたにとってどんな利点があるのよ?」
不可解な点とは、三郎が交換条件を出すメリットが無いのだ。
確かにこの策が上手くいけば王の計画は続行できるし、グラディウスの難民も住む場所を得られる。
しかし、三郎にとってのメリットが見当たらないのだ。
そんなローラの疑問を受けて、三郎はきょとんとした顔でそれに答える。
「利点って……そんな事はどうでも良かろう。其方やグラディウスの民が困っておる故、助けるだけじゃ。別に遠巻きに監視されるくらいだったらそんなに邪魔ではないし……まあ、王に臣従する気は無いけどな」
この策は、ただの親切心だった。
困った時はお互い様、という精神が三郎にはあった。
「なんか……あんたが益々理解できないわ」
ローラが複雑な心境で言った。
身勝手に破壊の限りを尽くしたかと思えば、損得勘定抜きにして親切に振る舞う。
彼への恐ろしさが余計に増した。
しかし、三郎の考えは理にかなっている。
「……分かった、あんたの考えに乗るわ」
ローラが三郎に手を差し出した。
「おう!困った時はお互い様だ!」
三郎は屈託のない笑顔で、ローラのしなやかな手を握り返した。
そんな状況を眺めながら、ジャックは一つ気になった事を口にする。
「でもさぁ、王が交換条件を飲んだらローラ達は関わりたく無い三郎の監視を続けなきゃならないんだろ?それは良いのか?」
尤もである。三郎は危険な存在で、ローラは彼と関わりたく無いはずだ。
「それは……」
ローラが口籠る。
しかし、三郎には妙案があった。
「それも問題無い、さっき話に出た"水晶"があれば、俺の持っている太刀を介して遠くからでも監視ができる」
ローラが女魔術士エレナを倒して手に入れた古の水晶。
水晶を覗けば神代の遺物の場所が特定できる。つまり、遺物を携える者の居場所も知ることが可能だ。
「確かにそうだな……三郎、お前意外と賢いな」
誰も損しない交換条件を考えついた三郎に、ジャックは感心していた。
まあ、そもそも三郎がグラディウスを破壊しなければこんな面倒な事になっていなかったかもしれないのだが。
「さて、とりあえずここから出て話を着けに参るか」
四人の皆の考えが纏まった。三郎が景気付けに膝を叩いた後、軽い身のこなしで立ち上がる。
「目指すは……トルミアだ!」




