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雷鳴の武神  作者: ジュレー
第一章 巡り帰りしもの
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第六話 トルミアの貴人

 騎士団の詰所をでて城の中央広場を突っ切り、馬小屋の側を抜ける。すると見えてくる空堀と城壁がある。その奥の小高い丘の上に王の居館があった。

城下町との境にある環濠と城壁、さらにもう一重の堀と城壁。そして、常時城に詰めている精鋭の騎士団。トルミア王は厳重な体制で守られ、この国の政治を動かしている。


 巨大な塔のような造りの王の居館。3階建てになっており、最上階は王の居住スペース。その下が王の家族の居住スペース。最低層に王の執務室や謁見の間などがある。

 その謁見の間に三郎は通された。

キリアンとローラが三郎の動きを見張るように、両隣に立っている。なんだか息苦しく感じる。

さらに、王の権威を象徴するかのような絢爛な装飾が施された室内に、若干の居心地の悪さを三郎は感じていた。


(この煌びやかな感じは都の宮廷を思い出すな…)


三郎はこういった己の権威を主張するような類のものが苦手だった。

こういう造りを好む者は、往々にして尊大に振る舞い、自身の成してきた事柄を大袈裟に誇張して語る。

そしてやたらと潔癖で、身分の劣る者をぞんざいに扱うのだ。

中には人格者と言える人物もごく稀にいたりするが…

三郎は幼い頃から裸足で山野を駆け回り、腹が減ったら獣を狩ってその肉を喰らい、喉が乾けば水の代わりにその生き血をすすって来た男だ。その生まれからして、繊細で潔癖な貴人と呼ばれる人々と折り合いが良いはずなかった。


 しかし、腐っても由緒正しき神の血統を持つ神崎家の一員である三郎は、一応礼儀作法の心得はあった。

 今回も心を込めない形ばかりの作法を炸裂させるだけだ。

そんな三郎の心中を見透かすように、隣に立つローラが釘を刺す。


「王様の御前で無礼は絶対に許さんからな」

「はいはい、分かった分かった」


ローラから見てヘラヘラした様子で三郎が答えた。それが彼女の神経を逆撫でする。


「大体貴様はなんでそんなに偉そうなんだ!私の事舐めてるだろ!」

「いやそんな事ないんだけど…」


そうして詰められる三郎に、キリアンが助け舟を出す。


「まあまあローラ、そう怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ?」

「だ、団長まで私を馬鹿にして…!」


ローラの顔が紅潮する。そして一呼吸置くと、


「申し訳ありません…騎士ともあろう私が熱くなっていました」


急にしおらしくなった。


「なに?キリアン殿のこと好きなの?」


その様子を見た三郎がどストレートに尋ねた。


「がっ…!えっ…ハ、ハァ!?き、貴様急に何を言うんだ!!」


額に汗を浮かべて、ひどく動揺するローラ。


「そりゃ好きだろうね。僕とローラは兄妹みたいなもんだからさ」


微笑みながら爽やかに言うキリアンに三郎が訊く。


「兄妹とな?」

「そう兄妹。僕たち故郷が同じでね、幼馴染なんだ。僕が騎士団に19歳で入団したんだけど、その1年後ローラは17歳で騎士団に志願してヴェネットまで来たんだ」


17歳での王立騎士団に入団するのは、その歴史上最年少での事だったという。


「もちろん志願して誰もがなれるものじゃない。だから正直驚いたよ。もともとローラの生まれたアンジュ家は半神の血脈の家柄だったから彼女に素質は充分あった。でもそこじゃない…」


キリアンが驚いたのは、ローラがアンジュ家の当主となれる立場を蹴って、騎士団に志願してきた事だった。


「アンジュ家は代々王家の領地の代官を務める名家なんだ。当主になれば地位と富を得られる。でもローラは継承権を弟に譲って、トルミアの名誉と誇りの為自ら血を流すことを厭わない覚悟を決めて騎士団に志願した。妹のように可愛がってた幼馴染が僕と同じ志をもってくれたんだ…こんなに嬉しい事はないよ」


キリアンが笑顔でそう語った。それを聞いていたローラは嬉しい気持ちもあったが、


(……兄妹か)


どこか物悲しさを拭いきれなかった。


「いや〜、立派なもんじゃ」


感心した三郎が腕を組んで「うんうん」と頷く。


「そうでしょ?」


キリアンが三郎にそう答えつつ、ローラの方を見てニコリと微笑んだ。その笑顔にローラはキュッと胸が締め付けられた。


「てか、半神の血脈ってなんぞや?」


今キリアンの話の中に聞き慣れない単語があったのをふと思い出し、三郎が尋ねた。


「ああ、まだ教えてなかったね。半神の血脈は…」


キリアンが答えようとした時だった。


「王様の御成でございます」


執事エドモンドの声が謁見の間に響く。3人の背後にある両開きの扉が城兵によって開けられる。誰かが部屋に入ってくる足音が聞こえた。

直後、トルミア式の敬礼を取るとともに、片膝を着くキリアンとローラ。しかし三郎はそれに倣わなかった。


(やっぱり、ここはあえて)


不敵に笑みを浮かべると、何もせずその場に突っ立ったままになった。


(こいつ…!)


ローラが三郎を睨みつける。

やがて足音が3人に並び、追い越す。その主の姿が視界に入ってくる。


「え?」


三郎は絢爛な格好をした脂の乗った権力者の姿を想像していた。しかし、目に入ってきた初老くらいの男はさっき城下町で見た市民のような質素な洋服を着ており、あろう事か土まみれのブーツをはき、汚れた手拭いを首に掛けている。


「いやはや、畑仕事は老体にこたえるわ」


手拭いで頬の土を軽く拭うと、引き締まった体を玉座に落ち着けた。


「キリアン、ローラ、苦しゅうない。なおれ」

「はっ!」


キリアンとローラが起立する。


「この無礼者は後ほど必ず罰します!」


三郎を小突きながらローラが言う。

(この男が、トルミア王なのか!?)

意表を突かれ、狐につままれたような顔の三郎に、中年の男が笑みを浮かべて語りかける。


「あまり気になさるな異国の人。国が違えば文化も違う、文化も違えば礼儀作法も違う、戸惑いがあって当然の事だからな」



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