第五十七話 かんざき
約500年前、アポロヴィニア帝国によって建造された大都市グラディウス。この地の文化を象徴する建物であった円形闘技場――その姿は跡形も無く消え去っていた。
ローラは無意識のうちに、祖国の王都と崩壊したグラディウスの情景を重ね合わせていた。
心が矢で貫かれたかのように痛む。どうにも他人事には思えないのだ。
だからこそ、先ほどマテウス・デュエルハルトからの申し出を二つ返事で了承してしまったのだろう。
グラディウスの難民の受け入れ。トルミア王への報告はまだしていない。だが何としても王を説得するつもりでいる。
さっき会った少年少女や、帰る家を失った人々の悲哀を鑑みれば、放っておく事はできない。
しかし、同時に大きな責任感とプレッシャーがローラにのしかかってもいた。人々の生活が掛かっているのだ。
ローラはこれからの事をあれこれ考えながら、悩みの種を作った元凶の背中を睨み、瓦礫の中を歩いていた。
「それにしても、さっきの爺さんとトルミア王が親戚だったとは驚いたなぁ」
能天気な事を抜かしながら闊歩する"元凶"――神崎三郎だ。
「トルミア王家、レギオン家の祖は魔境結界を見張らせる為にアーサーがトルミアに残した息子の一人だからな」
三郎の隣を歩くジャックが補足した。
魔術王アーサーには三人の息子がいたが、その内の一人が現トルミア王家の直系の祖先なのだ。
「ってことはトルミアの王様も結界魔術とやらが使えるのか?」
三郎がジャックに尋ねる。
「まあ、魔術のレベルは別として――魔境結界が今も強度を保ってんなら、トルミア王も特別な力を持ってる事になるな」
ジャックはそう言うと、答え合わせを求めるかのように、顰めっ面のローラの方を向いた。
ローラは少し間をおいた後、「はぁ」と溜め息をついてから答えた。
「我らが陛下は紛れもなく優れた結界魔術の使い手だ。陛下が玉座に座す限り魔境結界が崩れることは無い」
「ま、マテウス程の使い手じゃ無いけど」
ローラの言葉に続けて余計な補足をしたのはマリーだった。ローラはマリーが不遜なのは知っていたが、余りにも無礼だったのでゲンコツを喰らわせた。
「それでもトルミア人か!陛下への不敬だぞ!」
マリーの言ったことは事実だ。しかし、それをトルミアの臣下が言ってしまうのは、本来許される事ではない。
ローラのゲンコツを受けたマリーは涙目になって口を尖らせていた。
「……ごめんなさい」
「ああ……気を付けろよ」
マリーは素直に謝ってきた。ローラは何だかむず痒い感じがしたが、それ以上は何も言わなかった。
――――――――――――――
そうこうしている内に一行が辿り着いたのは、円形闘技場の地下空間だった。
ここに来た目的――それは三郎の太刀を回収する為だ。
「てか、何で其方らも着いてきたんだ?」
地下倉庫に向かう途中、ふと思った三郎がローラとマリーに尋ねてきた。
「あ?なんとなくだ」
それらしい理由を考えるのが億劫だったローラが反射的にそう答えた。ローラは疲れていた。他にも頭を使う事が沢山あるからだ。
「ふーん。そっか」
三郎は特に訝しむ事も無く、ローラの答えに納得したようだ。
そんな二人のやり取りを見た後、マリーがローラに耳打ちする。
「ローラさん。神崎の剣が"神代の遺物"だったとしたらこの事はトルミアに報告するんですか?」
「……正直迷っている」
マリーの問いに険しい表情で答えた。
トルミア王はいずれ踏み出すアポロヌス統一への戦いに向け、神崎三郎の力を利用しようと画策し、それが叶わずとも他国に三郎が取り込まれないように、わざわざ監視の目まで付けている。
しかしローラが今日見たのは、人には過ぎたる強大な力。
戦いの中で三郎が力を振えば、敵味方問わず破滅へと導かれるだろう。
神代の遺物にしてもきっと同じだ。
神の力が宿る武器の存在を知れば、王はきっと欲しがるだろう。しかし、強大すぎる力は必ず持ち主をも飲み込んでしまう。
赤子に包丁を持たせるのが危険だという事など、誰もが知っているはずだ。
「私たちは人間だ。しかし、あれは違う。奴が神代の遺物を持つのはある意味相応しい事であり、私たちが手にして力を使うべきでは無いと思うんだ」
ローラは畏怖していた。目の当たりにした神の力を。
「……確かに、そうかもしれませんね」
マリーもまた、今日見た戦いを脳裏に浮かべていた。
そして、ローラの言葉に頷いた。
「何か手立てを考えなければな」
王を説き伏せる必要がある。ローラは再び考えを巡らしながら、静かに調査対象の後に続き歩いた。
――そして、四人は地下倉庫の分厚い扉の前に到着した。
鉄の扉は鍵が掛けられ、厳重に閉ざされている。
「どうやって開け……」
ジャックがそう言い終わらないうちに、三郎は鉄の扉を蹴破っていた。鉄の割れる異様な音と共に、土煙が舞った。
「さて、どこにしまってあるかな?」
大股で倉庫に侵入する三郎。
「やれやれ」といった様子で首を振ったジャックがその後に続く。ローラとマリーも倉庫の中へと入って行った。
意外にも倉庫の中は明るかった。天井に大きな穴が空いており、そこから陽の光が差していたのだ。
探し物をするのには好都合である。
鼻歌を歌いながら三郎は辺りを見渡した。
他の三人も物珍しげに倉庫の中を歩いて回った。
そんな時、異変に気付いたのはマリーだった。
「えっ!?なにあれ!?」
突如、驚きの声を上げたマリー。
それに釣られて、ローラが駆け足でやって来た。
「どうしたマリー?」
目を剥いたマリーの指差す先をローラが見遣る。
そこにあったのは人影。それも尋常ならざる様子だった。
鞘に奇妙なレリーフが施された剣を剣を握り、膝立ちになる男。白目を剥いて天井を仰ぎ、口からは泡を吹いている。
ローラは戦慄し、立ち尽くした。
しかし、彼女をさらに驚かせる事態が起きる。
「ろ、ローラさん!水晶が!」
ローラの腰のポーチが赤い光を放っていた。そこにしまってあるのは、謎の女魔術士から奪った"水晶"である。
水晶の光は、近くに神代の遺物がある事を示している。
そして、ローラに遅れてやって来たのは三郎とジャックだった。
泡を吹く男に赤く光るローラのポーチ。ジャックは何が起きているか理解できず困惑した。
「えっと……何が起きてるわけ?」
そんなジャックと違って、いつもと変わらない様子の三郎は「あーあ」と、呆れたような声を出して、泡を吹く男の元に近づいた。
「ん?よく見てみればクラセナーとか言う商人ではないか」
男に見覚えがあった。先ほどアリーナでの試合の際、三郎にルール説明をしてきた男である。
「浅ましいのー。混乱に乗じて俺の太刀を盗もうとしたようじゃな。それで呪われちまった訳か」
軽蔑の眼差しを向けながら、三郎がクラセナーの手から自身の太刀を取り返した。そして――
「うるさい」
と、低い声で唸った。
太刀がその手から離れたクラセナーは白目を剥いたまま地面に倒れた。彼は絶命していた。
「お、おい神崎……どういう事だ?」
ローラが声を振り絞って三郎に尋ねた。三郎はこの状況下でも異様に落ち着いていた。
「この太刀はな、呪われておる。古今この太刀で斬り殺された者の怨念が篭っておるみたいでな。斬る度に、憑き物は増えていくんだ。そして、手に持てば怨霊の声が止めどなく聞こえてくる」
太刀を腰に差しながら、三郎が軽い調子で答えた。
「俺も詳しい理由は分からぬが、怨念を溜める作りになっとるらしい。でも確か……神崎家のご先祖が神を斬ったのが原因とも、それよりも前から呪われているとも言われてたかな?」
ローラは息を飲んだ。
手にしただけで、人を死に至らしめる剣。その剣を手にしても何一つ動じない三郎。
「これが……神代の遺物……!」
ローラが思わずそう溢した。
それを聞いて、三郎は首を傾げた。
「しんだい……?この太刀の事を言っておるのか?」
三郎にそう訊かれたローラは慌てて取り繕おうとした。
しかし三郎はそんな事は気にせずに、一族の名の元になったその剣の名を口にする。
「この太刀には名がある。かつて我が祖先が神を切り裂いた剣――"神裂き"だ」




