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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
58/99

第五十六話 狂人

 

 ――グラディウス 市内――


「お祖父様!どこにいるのですか!」


少女の悲痛な声が瓦礫の町の中に響いた。

闘技場の戦いからグラディウスを守る為に命を張ったマテウス・デュエルハルトを、彼の孫メリセントは目に涙を浮かべながら探した。


「学長!」

「どこですか!」


そして、メリセントの魔術学校での学友、ジェイド・レインとジェフリー・レインも必死な思いでマテウスを探した。

 しかし、歴史ある美しい都市は瓦礫の山となり、惨憺たる光景が広がっている。マテウスが無事である可能性は低い。

それでも三人は、マテウスの無事を信じて彼を探し続けた。


 そして――


「……!あれは!」


メリセントが見つけたのは、瓦礫の山に突き刺さる"守護者の剣"だった。石造りの建物の数々が粉々になっている中、陽に照らされた刀身は美しく輝いていた。

メリセントは剣を引っこ抜くと、辺りを見渡す。


そして見つけた――瓦礫にもたれ掛かるようにして気を失っているマテウスを。


「お祖父様!」


メリセントが一目散にマテウスへと駆け寄る。

それに気付いたレイン兄弟も、瓦礫に足を取られながらも、急いでマテウスの元に近寄った。


「お祖父様、しっかりして……!」

「学長!」


三人がマテウスに語り掛ける。しかし、マテウスは力なく項垂れ、返事は無い。

手遅れだったか――メリセント達の目から涙が溢れた。


「そんな……逝かないでお祖父様……」


メリセントが声を震わせた。


「が、学長……!」

「起きてください……マテウス学長……!」


ジェイドとジェフリーが目頭を抑える。


「んん……?何を泣いとるんじゃ君達」


マテウスが眩しそうな顔で尋ねる。


「何でって学長が……って、ええ!!??」

「お、お祖父様!!」


「いやはや……どうやら気絶しとったようだ」


マテウス・デュエルハルトは生きていた。

身を起こしたマテウスは、うたた寝から目覚めた老人のような呆けた顔で辺りを見渡していたが、その顔に悲嘆の表情が浮かぶのに時間は掛からなかった。


「な、何という事じゃ……わしは……わしはグラディウスを守れなかったのか……!」


マテウスは目に涙を浮かべた。

代々一族が受け継いできたグラディウス守衛魔術士隊の長としての役目。マテウスも若き頃より、これに倣って戦ってきた。

だが、その身を捧げて守護してきた悠久の都市が無惨にも崩壊してしまった。

耐え難いショックだった。

 言葉を失うマテウス。しかし、彼は全てを失った訳ではない。


「お祖父様……生きてて良かった……!」


メリセントが、マテウスに抱き付いた。彼女にとっては唯一の肉親であり、大切な祖父なのだ。


「学長、良かったです!」

「学長が身を挺して結界を張ってくれたお陰で、多くのグラディウス市民が命を救われました!」


ジェイドとジェフリーが涙を拭って、マテウスに言う。

マテウスが大切な教え子の命や、グラディウスに住む人々の命を救ったのは、紛う事なき事実である。


「ありがとう……お祖父様は英雄です……」


マテウスの胸の中、メリセントがそう伝えた。


「皆、生きているのか……良かった」


孫娘を抱き寄せるマテウス。

マテウスは絶望の中にも、まだ自分が守るべき物が存在するのだと知った。


「さあ、一度この場から離れよう。足場も悪く危険だ」


そうして三人が、瓦礫の山から去ろうとしていた時だった――



「それにしても、歩きにくいったらありゃせんのぉ〜」


「いやいや……お前のせいでこんな事になったんだろ」


惨劇の現場に見合わない、やけに能天気な喋り声が聞こえて来た。


マテウス達が、声の方を向いた。

そこには瓦礫の中を歩く四人の男女がいた。


「あれは……!」


マテウスの視線は、その先頭を歩く奇妙な衣装を纏う大男に引き寄せられた。

そして、マテウス達の気配に大男達も気が付いた。


「あれは……さっきの爺さんではないか」


大男――即ち神崎三郎がマテウスを指差して言った。


「……マジか」


三郎の後ろを歩いていたジャックが、顰めっ面で呟いた。

そして更に、彼の後ろに続くローラとマリーは思わぬ遭遇に目を丸くしている。


一方マテウス一行は、三郎との遭遇に緊張が走り、続いて湧いてきたのは――怒り、だった。

そしてそれを真っ先に顕にしたのは、最も直情的なジェイド・レインだった。


「てめぇ!よくもグラディウスをこんな事に!」


ジェイドが今にも飛び掛かる勢いで前に進み出る。


「ああ、其方(そなた)らの家をぶっ壊してもうたな。あいすまぬ事をしたな」


三郎がそう言って一礼をする。そんな彼の余りにも素直な謝罪が、余計にジェイドの怒りを煽った。


「謝って済むと思うなよ!お前のせいで皆んな酷い思いをしてんだ!」


ジェイドが魔力を練り始めた事に気付いたのはマテウスだった。しかし、止めようにもマテウスは体力、魔力共に使い果たしてしまっている。


「待つのじゃジェイド……!」


「うおおおおお!!」


ジェイドが雄叫びを上げて、三郎に飛び掛かった。

拳に炎を纏わせ、憎き相手を思い切り殴りつける――はずだった。


一瞬の出来事、皆が瞬きした後にはジェイドは地面に倒れていた。


「ジェイド!」


悲鳴に近い声を上げてジェフリーが双子の兄の元に駆け寄ろうとした。

しかし、足元に倒れる兄を無言で見下ろす異国人に、ジェフリーは恐れを抱き、躊躇した。

そんなジェフリーを尻目に、ジェイドへと駆け寄ったのはメリセントだった。


「ジェイドしっかりして」


倒れるジェイドを抱き起こすメリセント。


「案ずるな、死んではおらんだろ」


そんな彼女に、三郎が軽い調子で言った。

メリセントは三郎を見上げ、睨み付けた。


「私の友達やグラディウスを酷い目に合わせた貴様は許さない……!」


そんなメリセントの言葉に対して、三郎がいつもの能天気な表情で応える。


「では仇討ちでもしてみるか?相手になるぞ」


メリセントは背筋に寒気が走った。

神崎三郎は一切悪気なくそう言っていた。

彼は根本からメリセント達とは違った。

人の形をした、別の生き物なのだ。


(悔しい……私は何もできない……こいつには勝てない)


メリセントは悔しさに、ただ涙を流した。

そんな彼女を見た後、三郎は隣のジャックに目配せして、首を傾げた。

何も言わず、ジャックは肩をすくめた。


この一連の流れを、少し離れて見ていたローラとマリーは目を細めて顔を見合わせていた。


「……口挟まないんですかローラさん」


マリーが尋ねる。正義感が人一倍強いローラなら、割って入って三郎に食ってかかってもおかしくなかった。


「本当は無駄に関わりたく無いんだ。神崎(あいつ)は得体が知れない。それに私達の正体もあまり知られたくないからな」


今日、ローラは三郎が理解の外側にいる存在なのだと知った。なるべく刺激せず、ただ任務の為に監視するだけだ。

 そして今も三郎と行動を共にしているのは、あくまでも"神代の遺物"と三郎の関係性を調査する為に他ならない。


「とりあえず今は……神崎の持つ剣が、昨日お前が言っていた"神代の遺物"なのかを確認する事に集中しろ」


「私ってか、例の女魔術士が言ってたんですけど……まあ、分かりました」


ローラの言葉に、マリーが眉を顰めて頷いた。

そんな時、メリセントに話しかけているであろう三郎の明朗な声が二人の耳に届いてきた。


「あ、そうだ!そこの二人とヴェネットに行くといい!あの者らはトルミアの騎士だ。きっとヴェネットに家を用意してくれるぞ!」


「へっ!!??」

「あ、あの馬鹿っ……!」


三郎は持ち前の大声で、ローラとマリーの正体を明かした。


「おい!何勝手な事を言ってるんだ神崎!!」


目を吊り上げて、ローラが怒鳴る。


「いや別にいいだろ?ヴェネットってグラディウスに似てる造りだし、この者らも落ち着くかなって……駄目なの?」


三郎が腕を組んで、首を傾げる。


「大体貴様は……!」


ローラがキレ散らかしながら三郎に詰め寄り、言い争いが始まった。

マリーとジャックは呆れた顔をして顔を見合わせた。


その様子を見ていたマテウスは思わず声を掛けた。


「赤髪の方、あなたはトルミアの騎士なのですか……!」


そう呼ばれて、ローラは気まずそうにマテウスの方を向いた。


「え、ええ……実はそうなんです」


顔を引き攣らせて頷くローラ。

そんな彼女を見つめながら、何か考える様子のマテウス。

――そして、何か決心した様子で小さく頷くと、ある提案を述べた。


「お願いです、グラディウスの難民をトルミアで保護して頂けませんか。トルミア王家とデュエルハルト家の()()()()()()で何卒……」





 ――グラディウス市内 某所――


「なあ、こいつ死んでんじゃねぇのか?」


「ふむ、確かにそう見えるな」


僅かに陽の光が差し込む中で、二人の男が会話していた。

彼らの視線の先にあるのは、死体――に見える人影。


「どうすんだ?引っ張り出すか?」


二人組の片方――身長2mを越す大男が、自分達と人影の間を遮る鉄格子に手を掛ける。

それに対してもう一人の男は、今にも崩れそうなこの空間の壁や天井を見回してから答える。


「早いとこコイツを運び出そう。天井が崩れてきそうだ。

 頼むぞ、ジーク」


「はいよ!」


相棒の頼みに、大男が威勢よく答える。そして、堅牢な鉄格子の扉を強引に引きちぎった。


「お前にはできねぇ芸当だろ?アズラク」


「ああ、そうだな」


アズラクと呼ばれた男は得意げな大男に素っ気なくそう返すと、牢獄の中に足を踏み入れ、横たわる人影に近付いた。


「間違いない。昨晩、饗宴の会場でデュエルハルトの令嬢を拐おうとした男だ」


横たわる男の顔を確認してからアズラクは言った。

そして、男が息をしているか確認する為、耳を男の顔に近付けた。


その時だった。


――グチャッという音と共に、血飛沫が舞った。


「おい大丈夫か!」


大男ジークが、慌ててアズラクの元に駆け寄る。


「……ああ、問題無い。耳を食い千切られただけだ」


顔色ひとつ変えず、アズラクが立ち上がった。彼の右耳があった辺りから、おびただしい血が流れている。


「どうやら元気そうだな」


流れる血を気にも留めず、冷淡な口調でアズラクが言う。

無論、鎖で縛られ、弩の矢が突き刺ささったまま横たわる男の事である。


「………ぺっ」


アズラクの耳を吐き出した後、男は虚な目をして口を歪めた。


「どうする?目隠ししとくか?」


ジークがアズラクに訊く。


「問題無い。あの様子じゃ視界もまともじゃないだろう。とりあえず、こいつを運び出すぞ」


そう言って再びアズラクが男に近づくが、何か思い出したようにジークの方を振り返る。


「何か口に噛ます物あるかな?もう耳を食われるのはゴメンなんだが」


ジークに問うアズラクの右耳は、完全に修復されていた。


(ったく、相変わらず()()()()()()してやがるぜ)


そしてジークは布切れを取り出すと、男の口を強く縛った。


「にしても、お前に劣らない生命力だなコイツも」


ジークが息も絶え絶えな男を見下ろして言う。


「確かに……こんな状態なら死んだ方が楽だろうに、生への執着を感じるよ」


冷たい視線を男に向けるアズラク。

まるで、その生への執着を否定するかのようだった。


「ま、そんなシケた面してねぇで、とっととここから出るぞ」


ジークは軽々と男を担ぎ上げると、鉄格子からひと足先に出た。


「シケた面って……酷い言いようだな。俺が起こしに行かなかったらお前は闘技場と共に消し飛んでいたんだぞ」


「え?なんか言ったか?」


アズラクの小言を聞き逃したジークが聞き返したが、アズラクは「やれやれ」といった様子で首を振り、彼の後に続いて牢獄を出た。



――闘技場で超常的な戦いが繰り広げられていた時、マテウス・デュエルハルトの手引きでエルガイア王国一行が脱出する直前に、アズラクは王太子バルカから密命を受けていた。


「きっと商人クラセナーは死ぬ。グラディウスの街も混乱が広がる。この隙にクラセナーの屋敷に居るであろう例の襲撃者の身柄を確保してきてくれ」


バルカはアズラクに耳打ちした。

この時、アズラクはその深い意図まだは気付かなかったが、ただその命令に頷いた。

 そんな彼を見た後、バルカは「あっそうだ」と何か思いついたように付け足した。


「あと、医務室で伸びてるジークもついでに起こしに行ってあげて」



――――――――――――――



大商人クラセナーの屋敷跡から、アズラクとジークが出てきた。

ジークが肩に担ぐのは、謎の襲撃者。

 アズラクは、この男がアゼルニア王太子とクラセナーの関係性を解くヒントになるのではと考えていた。


 アズラク達の主人バルカは、自身がエルガイアの王位を継いだ後、()()()()()()の一歩としてアゼルニアへの侵攻を計画している。

その上で、アゼルニアの情報を少しでも多く集めておく必要があるのだ。

そして、バルカが独自にアゼルニアに放っている諜報員の情報により、王太子エドワードとグラディウスの大商人クラセナーの奇妙な取引関係を知った。


――何かある


グラディウスとアゼルニア。遠く離れた地にいる二人の不自然な関係性に、バルカは目を付けた。


そしてこの男はそれを知る手掛かりになる。

アズラクは物陰で男を下すようにジークに言うと、口に噛ませていた布を解いた。


「お前、名前は?」


アズラクが男に問う。しかし、男は虚ろな目を向けたまま何も答えない。


「昨晩、なぜお前はデュエルハルトの令嬢を襲った」


更に質問を重ねるが、男は答えない。

その様子に、ジークが痺れを切らした。


「駄目だ!口を割る気が無いのか、喋る気力が無いのか分かんねぇけど何も言わねぇぞ!もう殺しちまうか!」


短気な性分のジークがアズラクに詰め寄った。

アズラクからしてみれば、尋問はこれからだというのに。

そして、ジークを嗜めようとした時だった。


「……に、たくない……まだ、死ねねぇ……」


男が口を開いた。

ジークと顔を見合わせた後、アズラクが尋ねる。


「喋れるのか。しかし、そんなに苦しんでまで何故生きようとする?」


「……ぶっ殺さねぇと……き、気が済まん奴らがいる……」


男は重体だったが、狂気と生気に満ちた目をしていた。


「誰を殺したい?お前は何者だ?」


アズラクは、個人としてのこの男に興味が湧いてきた。

そんなアズラクの問いに口を歪めた男が答える。


「お、俺の名は……アーリ……!あ、アゼルニアの王太子と、その家来を……必ず……必ず殺す……!!」



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