第五十二話 神代の遺物
――グラディウス 円形闘技場――
商人クラセナーは必死に走った。
闘技場が揺れ、飛礫が落ちてこようと、助けを呼ぶ声が聞こえようと、足を止めなかった。
「くそっ!なんて事だ!」
息を切らしながら悪態をつく。何もかもクラセナーの思い通りには進まなかった。
二人の男の戦いによって闘技場は破壊され、グラディウス市民と貴族たちは巻き添えを喰らった。
他者が犠牲となる中で、クラセナーは自身の命を守る事をとにかく優先した。
もうこうなってしまえば、権力争いがどうだとかそんな事考えていられない。
まずは命あってこそだ。そして、もう一つ。
クラセナーは走りながら、懐をまさぐった。
すると"古の水晶"の手触りが確かにあった。
この水晶があり、神代の遺物獲得への手立てがある限り、クラセナーはアゼルニア王国の王太子、エドワードの後ろ盾を損なう事は無い。
「あの王太子の力を利用して、必ず成り上がってやる……!」
強い意志の籠った声だった。貴族の身分を得るという目標の為、こんな所でくたばる訳にはいかないのだ。
そうしてクラセナーが肥え太った体を揺らし、必死に駆けていた時だった――
――ガラガラガラッ!!
突如として、回廊の脇に立つ石柱が折れ、天井が崩れ落ちてきた。瓦礫の滝は土煙を上げながら、クラセナーを巻き込んだ。
「うっ!うわあああああ!!」
恐怖に顔を歪ませ、絶叫するクラセナー。
更に――闘技場全体の揺れの影響で、脆くなっていた床にヒビが入り、崩落してしまった。
「た、助けて――」
クラセナーの悲痛な叫びは誰にも届かなかった。
瓦礫と共に、クラセナーは暗い闇の底へと落ちて行った。
一方その頃、マテウスに連れられたエルガイア人達とメリセントは、難を逃れ円形闘技場の外まで脱出する事ができていた。
「中々スリルに満ちた時間だったな」
土埃にまみれながらも、王太子バルカは機嫌良さそうに笑った。
しかし、それは彼だけだ。彼に従う他の者はかなりくたびれた様子だ。緊張の糸が切れ、その場に膝をつく者さえいた。
避難経路は瓦礫だらけで、崩れてくる壁や柱に何度も潰されそうになった。まさに命懸けの脱出だったのだ。
束の間安堵する各々だったが、一息ついている暇はそうなかった。
「まずい……!」
マテウスが闘技場の方を見て言った。
二人の男が今も戦っている闘技場では、ぶつかり合う魔力がどんどん増して行き、絶えず稲妻が鳴り響いていた。
恐らくこのままでは、魔力の衝突によって闘技場のみならず、グラディウス全体が灰燼に帰すであろう。
「お祖父様このままでは……」
マテウスのみならず、メリセントもこの危機に気付いていた。焦りと恐怖が彼女の表情に滲んでいた。
「このままではどうなる?」
一方、キョトンとした様子で尋ねるのはバルカだった。深刻そうな顔をするマテウスとメリセントを不思議そうに眺めている。
「恐らく、グラディウス全体が魔力の衝突で消し飛ぶでしょう……!」
マテウスが闘技場を見据えたまま答えた。
「ほう、それは大変だ。止められるか?マテウス殿」
他人事のように、軽い調子でバルカが返す。
それに対して、マテウスは押し黙った。
「もしやお祖父様の結界魔術を持ってしても止められないのですか?」
伝説の魔術士の沈黙に、メリセントは不安を隠し得なかった。自分も結界魔術は使えるが、マテウス程の精密性と防御性は顕現できない。
マテウスがこの戦いを止められないのなら、このグラディウスは塵と消えるしかないのだ。
そして、マテウスが沈黙を破る。
「先程、かの二人の間に割って入った時、わしは異国人の雷の魔術をモロに喰らってしまった。咄嗟に魔力の壁を張って攻撃を塞いだが、その時に殆どの魔力を使い果たしてしまったのだ……」
魔力には際限がある。
魔術戦において魔術士が考慮すべき重要な点が、魔力の使用ペースだ。戦いの最中魔力が尽きてしまえば、回復まで時間が掛かる。
マテウスもその事は重々承知していた。しかし、神崎三郎が放った一撃は、マテウスが戦術を考慮する以前に、反射的に魔力を消費させてしまう程、強力で迅速なものだった。
「本能的に反応して魔力の壁を張ったが、無意識に多大な魔力を消費してしまったのだ……なんたる不覚か」
そう言って、マテウスが拳を強く握り締める。
「それでは誰が…どうやってあの戦いを止めるのか?」
危機感を募らせていたのはバルカの側近、ライラもだった。額に汗を滲ませて、マテウスに詰め寄る。
メリセントの視線も、自然とマテウスに向けられていた。
この状況を打破できる希望を持てるのは、魔術王の再来と呼ばれた男に限られた。
そして――伝説の魔術士はその期待を裏切る事はなかった。
「一つだけ……希望はある」
マテウスの視線が、メリセントとぶつかった。
「メリセントよ、かつて爺がそなたに預けたその剣を今一度……爺に貸してくれるか?」
「この剣ですか……?まさかこれであの二人を斬りに行くおつもりですか!?」
祖父が無茶を考えているのではと、メリセントが顔を強張らせる。
しかし、マテウスの考えは違った。
「いや……神代の遺物の力を借りるのじゃ」
――円形闘技場 地下――
「う、うぐぐ……」
瓦礫の山の側でクラセナーは目を覚ました。
先程、回廊の崩落に巻き込まれたクラセナーだったが、奇跡的に命拾いしていたのだ。
どれ程気を失っていたかは分からない。しかし、揺れが治っていないのを見ると、未だ人智を超えた戦いは続いているようだった。
「くうっ…化け物どもが……!」
額から血を流しながらも、悪態をつく余力は健在だった。
クラセナーは丸々とした腹を抑えながら大義そうに立ち上がると、懐に手を入れる。
そして、懐から取り出したのは他でも無い、古の水晶だった。
「ふぅ……水晶は無事なようだ」
大切な商売道具に傷一つないことに安堵するクラセナーだったが、次の瞬間、驚愕の表情を浮かべる事となる。
「こここ、これはっ!」
なんと、水晶が赤い光を帯びているのだ。
古の水晶は、強大な力を秘める"神代の遺物"を監視する為に遥か古代に作られたもの。
水晶が映し出すのは、遺物のありか――そしてそれが近くにある事を示す妖しい光。
クラセナーが手にする水晶には、闘技場地下の景色が映り、欲する物を近くに示す光が宿っていた。
「ここは……闘技者が武器を預ける地下の倉庫か!だとすればこの武器の中に私の探し求める宝があるのか!」
クラセナーは偶然にも、地下倉庫の中に落下していた。
そして偶然にも、そこにはある男が愛用する武器を預けていた。
その武器は――神代の遺物だった。
クラセナーは肥えた体を揺すって、光の導く方へと足を向ける。神代の遺物に近づく程、妖しい光はより一層強さを増して行く。
そして――見つけた。
有象無象の武器と共に、無造作に木箱の中に納められている一振りの剣。
まるで血管のような奇怪なリレーフが鞘には巡らされ、柄には包帯のような布が巻きついていた。
水晶の赤い光に妖しく照らされたその剣は、クラセナーが手に取るように誘惑しているようだった。
「間違い無い……これは、"アレスの双剣"の一対」
戦争と狂乱の神"アレス"――彼が使用したとされる狂気の剣は、神代の遺物として時を超えて現代に存在していた。
クラセナーは悲願を遂に達成する。
自身の栄光の為、神代の遺物をアゼルニアに献上するのだ。
「遂に見つけたぞ!神代の遺物よ……私に栄誉を与えよ」
満面の笑みを浮かべながら、クラセナーがアレスの剣をその手に掴む――
その時だった
「たすけてころさないでしにたくないおまえをのろってやるゆるしてくださいもうやめてぜったいにゆるさないしにたくないころさないでいたいなんでこんなことをするんだこわいゆるしてにがしてくださいころさないでころさないでしにたくないぜったいにゆるさないそうやめてくれいのちだけはとらないでもういやだきさまをのろってやるぜったいにゆるさないしにたくないころさないでもうやめてくれみのがしてくれころさないでゆるしていたいしにたくないえいえんにのろってやるころさないでもうやめてしにたくないいたいいたいもうやめてしにたくないころさないでいのちだけはたすけておまえだけはみちづれにしてやるぜったいにゆるさないしにたくないころさないでのろってやるえいえんにのろってやるしにたくないいたいいたいゆるさないぜったいにころしてやるしにたくないころさないでもうゆるしてゆるさないころしてやるころさないでもうやめてぜっついにゆるさないしにたくないのろってやるえいえんにのろってやるしにたくないころさないでもうやめてぜったいにゆるさないころしてやるしにたくないころさないでぜったいにころしてやるゆるさないのろってやるころしてやるえいえんにのろってやるもうやめてしにたくないいたいこわいしにたくないころさないでぜったいにゆるさないころしてやるおまえだけはゆるさないぜったいにころしてやるもうやめてくださいいのちだけはたすけてくださいかみよおじひをくださいどうかゆるしてぜったいにころしてやるおまえだけはゆるさないのろってやるもうやめてくださいゆるしてくださいころさないでくださいしにたくないもうゆるしてきさまだけはえいえんにのろってやるのろってやるのろってやるぜったいにゆるさないころさないでしにたくないもうゆるしてのろってやるこわいもうやめてぜったいにのろってやるえいえんにのろってやるもうやめていのちだけはきさまはゆるさないちであがなわせるえいえんにのろってやるむくいをうけろぜったいにゆるさないのろいころしてやるころさないでしにたくないぜったいにころしてやるもうゆるしてくださいしにたくないころさないでくださいいたいよいたいよこわいしにたくないいたいよもうやめてくれぜったいにころしてやるきさまだけはゆるさないのろいころしてやるえいえんにくるしめてやるもうやめてくだいしにたくないころさないでくるしいいたいよゆるしてくだいしにたくないいたいいたいこわいよもうやめてくだいくるしいえいえんにのろってやるころしてやるぜったいにゆるさないころさないでころさないでしにたくないしにたくないもうやめてくれちであがなわせてやるえいえんにのろってやるぜったいにゆるさないおまえだけはぜったいにゆるさないころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるしにたくないもうやめてくるしいくるしいこわいもうやめてしにたくないくるしいころさないでぜったいにゆるさないきさまはぜったいにゆるさないのろいころすぜったいににがさないそのちであがなわせてやるむくいをうけろぜったいにゆるさないころさないでしにたくないもうやめてくれこわいよくるしいよころさないでもうゆるしてちであがなわせてやるえいえんにのろってやるもうやめてころさないでゆるしてもうやめてくるしいいたいよいたいよぜったいにゆるさないぜったいにころしてやるころしてやるのろってやるきさまだけはぜったいにゆるさないころしてやるもうゆるしてしにたくないころしてやるぜったいにころしてやるのろいころしてやる死にたくないもうやめて怖いよぜったいに許さないおまえだけはぜったいに許さない殺さないでもうやめてくれのろってやるもうゆるしてぜったいにころしてやる永遠に呪ってやる殺さないでしにたくないもうやめてくるしいくるしいくるしいしにたくない殺さないで死にたくない許してお前だけは絶対に殺してやる絶対に許さない呪い殺してやるその血で贖わせてやる絶対に殺してやる許さない殺さないで死にたくない苦しいよ死にたくない許して永遠に呪ってやる助けて苦しいよ死にたくない絶対に殺してやる呪ってやるもうやめて死にたくない殺す血で贖わせてやる許さない助けてください道連れにしてやる殺してやる呪ってやる殺す死にたくない苦しいもうやめて許してください絶対に殺してやる呪ってやる助けてくださいどうか慈悲を死にたくない殺してやる助けて苦しい絶対に許さない怖いよただ贖わせてやるお前だけは許さない永遠に呪ってやるもうやめて苦しい道連れにしてやる殺す死にたくない死にたくない死にたくない殺してやる絶対に許さない貴様だけは絶対に殺してやる助けてください命だけは助けてもう許して呪い殺してやる死にたくないお前を殺してやる絶対に許さないもうやめて呪ってやる死にたくない死にたくない死にたくない殺さないでもうやめて絶対に許さない貴様だけは永遠に苦しめる呪い殺してやる」




