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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第五十一話 来る日の神話

 グラディウスに(いかづち)が落ちた。

まるで信仰を忘れた人々への神罰かのように。

いや、それよりも酷な物かもしれない。

神罰が人々に悔い改める機会を与えた神の施しであるとするなら、今グラディウスで巻き起こっている混乱は、二人の人間のエゴイズムによる産物なのだ。

人々は巻き添えを喰らっていた。

 比類なき戦闘本能を持って生まれ、自らの愉悦の為にただ戦うのみ。それに巻き込まれる弱者は眼中から外れている。


 神崎三郎、そしてクレス・レイオス――二人の強者は今、自身の持つ魔力を全開放し、好敵手にぶつけようとしていた。

両者共に、その体に雷撃のオーラを纏い、鋭利な眼光をぶつける。


「いざ参らん」


決意は固く、三郎がクレスに向かって飛び掛かる。同時にクレスも駆け出していた。

両者の拳には雷が宿り、一切の躊躇い無しに相手へと打ち込む。

拳がぶつかり、稲妻が走った。

凄まじい衝撃が辺りに広がり、円形闘技場は今にも消し飛びそうだった。

しかし、戦士達に遠慮など無い。雷撃を弾けさせながら熾烈な肉弾戦を繰り広げて行く。


悠久の歴史を持つ円形闘技場が崩れ行く様を見ながら、ある老神官は声を震わせた。


「神罰が降った……グラディウスに神の(いかづち)が落ちたのだ……」



――特別観覧席――


「お祖父様(じいさま)!」


雷撃の余波と強い光が放たれる中、メリセントは絶叫した。

神崎三郎とクレス・レイオスの衝突を止めようとアリーナに降り立ったメリセントの祖父マテウスは、狂人の一撃を喰らい、その身を雷に焼かれたかに思えた。

 雷戟(らいげき)――三郎の魔術を一身に受けたマテウスはその衝撃で特別観覧席の方へと吹き飛ばされた。

 閃光と衝撃が走り、一同が目を背けた刹那、マテウスが観覧席を囲う壁に叩きつけられる音が響く。

 気付けば石造りの壁は砕け、マテウスが観覧席の中で倒れていた。


 幸い、中にいたメリセント達には怪我は無かったが、マテウスはそうは行かないはずだった。

焦燥を露わにして、メリセントが倒れる祖父の元に駆け寄った。

目に涙を浮かべるメリセントであったが、土煙の中に見えた祖父の様子は意外な物だった。


「いやはや……死ぬかと思うたわ」


腰をさすりながら、ヨタヨタと立ち上がったマテウスは普段と変わらぬ穏やかな口調でそう言った。

そんな祖父に、メリセントは思わず抱きついた。


「無事ですか!?」


「メリセント、どうした?わしが心配だったか?」


少し戸惑いながらマテウスがメリセントに腕を回す。


「てっきり、雷にその身を……」


マテウスの腕の中、僅かに声を震わせるメリセント。


「咄嗟に魔力の壁を張った故な、何とか身を守る事ができたのじゃ」


そう言ってマテウスは好々爺の笑みを浮かべる。

熟練の魔術士だからこそ為せる、高度な結界魔術の早業であった。

――しかし同時に、あるデメリットを取らざるを得なかったのだが、今は黙っている事にした。


「それよりも、早くここから脱出しなければなるまい、エルガイアの殿下も早々に避難を」


奇しくも孫娘のいる観覧席に弾き飛ばされたマテウスは、彼女が無事である事を確認する事が叶い、更には恩のあるエルガイアの王太子の無事も知る事ができた。

マテウスは彼らを無事に逃す義務があると信じていた。

 しかし、マテウスの内心とは裏腹に、王太子バルカは「避難」という言葉に眉を顰めた。


「うーん…ここからが佳境であるだろうに、避難しては勿体無い気がするが」


マテウスは耳を疑った。命の危機に瀕している事にバルカは気付いていないのだろうか。


「な、何を仰せで……!?」


「この試合を終わりまで見届けたいだけですよ」


雷の轟音が響く中、バルカが微笑んで言った。

そして彼の従者達もそれに異を唱える事なく、毅然とした態度で主人の周りを囲んでいた。

異様な光景だった。個々の命の重みをまるで感じないような――


その時、マテウスの背筋に冷たい汗が走った。


恐る恐る、孫娘メリセントの方へと顔を向ける。

メリセントは、マテウスの身を案じるように彼の背に手を置きつつも、その目はどこか遠くを見るように儚げで、尚且つ盲信するように強い意思が見てとれた。

彼女の視線は、眉目秀麗で凛々しい王太子の方へと只注がれていた。


「メリ…セント……」


マテウスが声を絞り出す。

歴戦の勇士が今まで味わった事の無い感覚だった。

愛しい孫娘は何かに取り憑かれたような、そんな雰囲気だった。

 メリセントや家来達が、目に見える死地に踏み止まる事を躊躇わない、かの男の異常な人徳――

いや、人徳と呼んで良いのだろうか。それよりも恐るべき何かをバルカ・アダマントは秘めていた。


「だ、駄目です!逃げなければ……!」


それでも、マテウスは避難させる事を諦めなかった。

必死の形相でそう訴えると、アリーナで戦い続ける男達の方を指差した。


「はっきり申しまして、あの者達の力は私を遥かに上回ります!私の結界魔術を持ってしても止める事はできない……とにかく命を守る事のみお考えください!」


類を見ない危機に、マテウスは焦っていた。

 他の観客達は既に逃げ仰せている。しかし、バルカの一行のみが未だにここを動いていない。

奇跡的に特別観覧席に雷撃が放たれていないものの、そもそもこの円形闘技場自体が崩壊しようとしているのだ。


「うーん、そこまで言うのなら……」


マテウスの必死さに、バルカも避難へと心が傾き始めていた。

そんな折、彼はふと周りを見渡す。


「そう言えば、クラセナー殿の姿も見当たらないな」


「かの男は雷が落ちるや否やさっさと逃げて行きました」


バルカの疑問に、側近のライラが答えた。

そう聞いて、一瞬バルカの目に鋭い光が宿ったが、それに気付いたのはライラと同じく側近のアズラクだけだった。

 そして――バルカは顎に手を当てて何か考える様子を見せた後、


「分かった、一旦ここから去ろうか」


と、笑顔で言った。


「ご英断かと!」


マテウスは安堵した。しかし、それに浸る余裕は無い。

今でも、アリーナの中央では人智を超えた戦いが繰り広げられている。


(ジェイドとジェフリーは無事に逃げられただろうか)


先程まで共にいた教え子の顔が頭に浮かんだが、今は祈る事しかできない。


「殿下!さあこちらへ!」


配下に対して何か耳打ちしているバルカに、マテウスが声を掛ける。


「うむ、参ろうか」


バルカは余裕の表情を崩さないまま、それに従い特別観覧席を後にする。

メリセントやエルガイアの一行もそれに続いた。


 この時、バルカの描いたある謀が動き出している事を多くの者は知る由も無かった。




 ――グラディウス 魔術学校、図書館――


 円形闘技場の戦いの余波は、言わずもがな魔術学校にも及んでいた。

 まさに異常事態だった。雷が空から落ち、地は大きく揺さぶられた。

 何千に及ぶアトラニアの歴史書が保管される本棚は倒壊し、書物が降り注いだ。


 格闘祭の観戦には行かず、歴史書を読み漁りに来ていたベルバードにとってはとんだ災難に違いなかった。


「いてて……まずい事になってるようだ」


書物の山の中から何とか這い出したベルバードは、未曾有の事態がグラディウスで起こっているのだと直ぐに察した。


「殿下はご無事だろうか?」


殿下――即ちバルカの事を心配する言葉を吐きながらも、ベルバードの目は床に散乱する書物に向けられていた。

 どれも貴重な書物である。そんな中で、一際目を引く古めかしい歴史書があった。

あまり人目につかない棚の奥に眠っていたようだ。古いが頻繁に人に読まれていなかったようで、保存状態は良好だ。

 こんな異常事態であるにも関わらず、ベルバードは書物を紐解いた。


「……神代の…遺物?呪われた戦神の双剣?」


目を引く文言ばかりだ。アトラニア神代の歴史について記された書物らしい。


「戦争と狂乱の神は冥府の女王から双剣を賜ったが、女王の怒りを買い、剣に呪いを掛けられた――」


ベルバードがページをめくる。


「戦争と狂乱の神は、反乱を企て……剣を()()()()()()に譲った……」


そして更に、書物を読み続けようとした時――


「おい!そこのエルドア人!この図書館は崩れるかもしれない、早く避難するんだ!」


衛兵の怒鳴り声が聞こえた。ベルバードは書物を読む手を止める。

辺りには散らばった書物の他に、本棚の下敷きになって絶命している者の姿もあった。

ベルバードは戦慄した。

衛兵の言う通りに、ここを去るべきだ。

 慌てたベルバードは書物を手に持ったまま、長い手脚を回して駆け出す。


「せっかく面白い歴史の一端を知れたんだ…!生き延びてもっと知るべき事が沢山ある……!」



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