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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第五十話 雷戟

 正に、世界の終末の縮図だった。

崇め奉るべき神は砕け、栄華の結晶は崩壊し、千代の伝統は失き物となった。

太陽は暗い雲に覆われ、人々は逃げ惑い、悲鳴を上げた。


 そして、一筋の稲妻がグラディウスに落ちた。


後の世に語られる"神の(いかづち)"による混乱は、二人の男によって起きたものだった。



――円形闘技場 2階観覧席――


戦いによる混乱が渦巻く中、ジェイドとジェフリー、そしてマテウスは席を立って人々に避難を促していた。


「皆んな落ち着け!落ち着いて避難するんだ!」


ジェイドが声を張り上げる。しかし、人々の悲鳴や怒鳴り声で虚しくもかき消されて行く。


「駄目だジェイド!恐怖のせいで皆んなまともじゃない!」


ジェフリーがジェイドにしがみついて言った。

ジェイドは歯軋りすると、頼るべき大魔術士に目を向ける。


「学長!一体どうすれば……!」


「ううむ……」


マテウスとてこの状況は何とかしたい。市民の命に関わる緊急事態だ。

しかし、戦いによって起きた狂乱は、いかに優れた魔術士マテウスであっても、収集をつける事は難しい物だった。


「やはり……まずは元凶を止める他あるまい」


マテウスが事態の収集の為に目を付けたのはアリーナの中央に立つ二人の闘技者。

暴走状態と言ってもいいだろう。ただ目の前の敵を倒す事のみ考える彼らを止めなければ、犠牲者は増える一方だ。


「で、でもどうやって止めるんですか?」


ジェフリーが声を震わせる。他の人々の恐怖は、既に彼にも伝染していた。

そんなジェフリーの肩に手を置き、安心させるように落ち着いた声でマテウスが語り掛ける。


「わしがアリーナへ出向き、あの二人を止める」


穏やかな声音とは裏腹に、マテウスの目には鋭い光が宿っていた。


「た、確かに学長ならあの二人を……」

「止められるかもしれない……!」


双子の顔に、希望と安堵の色が浮かんだ。

 伝説の魔術王、アーサー直系の子孫にして、その再来とまで言われた魔術士、マテウス・デュエルハルト――

彼の結界魔術は、グラディウスを災いから幾度となく救ってきた。


――それは今日も同じである。


ジェイドとジェフリーは、マテウスを信じ頼るしかなかった。


「でも、俺には何もできないのが悔しいです……」


そして同時に、ジェイドは自身の不甲斐なさを呪った。

もっと力があれば、この状況を変える事ができたかもしれない。

ジェフリーも兄同様、悔しそうに俯いていた。

こんな時にいつも、父親から言われた言葉が頭の中で反芻する。


――貴様らは出来損ないだ


そんな父の声をかき消すように、聞こえてきたのはマテウスの声だった。


「何も悔やむ事はない。君たちはまだ若い、今は力を蓄える時と心得よ。いずれ、大義を成し遂げる日は来よう――必ずな」


好々爺の笑みを浮かべたマテウスはそう言った後、アリーナの方へと向き直った。


「折を見て、君たちも逃げなさい。それじゃわしは、一仕事して参る」


そして、アリーナの方へ向かって手を翳す。

するとたちまち、氷のように半透明な魔力の階段が作り上げられ、マテウスの道を作った。


「学長!」

「お気を付けて!」


良き若者の言葉を背中受け、マテウスは混乱の元凶へと向かって駆け出した。



――特別観覧席――


「こここ、これはまずいぞっ!」


アトラス王国の第二王子ルイゼルは、高貴な身分の体裁など忘れて、酷く慌てふためいていた。

妾に抱きつき、身を震わせ、ただ喚くばかり。

 無理もない、終末の様相を呈するこの状況下で、恐怖しない者などいるだろうか。

 ルイゼルだけでは無い、他の貴族やその従者達も我先に逃げ出そうと、手足をばたつかせていた。

 ただ、一人を除いて――


「ここからの展開、メリセントはどう見る?」


エルガイア王国の王太子バルカは、未だに続く余興へと好奇の目を向けながら、隣に座るメリセントに尋ねた。


「どうって言われても……殿下も早くお逃げください!」


無論、ここからの展開などメリセントは知る由もない。そんな事よりも、バルカを早くこの場から逃すことで頭が一杯だった。


「ご令嬢の言う通りです。避難いたしましょう」


周りとは違い、冷静な態度でそう進言したのは、バルカの側近アズラクだ。

そんな彼の言葉に振り向きつつ、バルカが特別観覧席のブースを見渡す。


「逃げよと言うが、出口は酷く混み合っている。直ぐには出られないぞ」


バルカの言う通り、出口は逃げ惑う他の貴族達でごった返し、揉みくちゃになっていた。

こんな状況では、迅速な避難などできる訳が無い。

しかし、アズラクは至って冷静だ。


「ならば、私が道を作りましょう」


顔色を一切変えず、剣の柄に手を掛けた。


「おいおい、血道を開くつもりか?物騒な事はやめておけ」


アズラクは他の貴族を斬り殺してでも、バルカの逃げ道を作るつもりだった。

しかし、バルカはそれを望まなかった。

アズラクを止めた後、王太子が次に意見を求めたのは、女騎士ライラだった。


「ライラはどう思う?私は逃げた方が良いか?」


「私は殿下をお守りする務めを果たすまで、殿下がここに残ると仰せなら、私は殿下のお側を離れません」


威儀を正して、ライラが堂々と言い放った。


「流石ライラ、よく分かっているな」


「勿体なきお言葉です」


ライラは、バルカに避難する気が無い事を理解していた。

形容できないバルカの豪胆さや、純粋な子供のような果てなき好奇心を、知っているのだ。

彼への理解は誰よりも勝ると、そう自負していた。


「殿下を守るのは私達親衛隊の務め、残ると仰せなら従う他ないですね」


少し呆れた様子でそう言ったのはアズラクだった。

こんな危険な場所に残るのははっきり言って馬鹿げている。現時点で、アトラニアで最も危険な場所だろう。

しかし、アズラクはバルカの為なら命をも惜しまない。

バルカに従い、必ず生還させると腹を括った。


 メリセントはそんな主従たちの絆に心を揺さぶられた。

命を掛ける程の不思議な魅力をバルカが持っている事を自分も理解していた。

そんなメリセントに対して、ライラが冷淡な口調で語り掛ける。


「アズラクはともかく、デュエルハルトのご令嬢はここで命を掛ける必要はない、すぐに避難するのが賢明でしょう」


ライラの刺すような冷たい視線を、メリセントはその身に受けた。

しかし、その言葉に従う事などあり得なかった。

既に、バルカ・アダマントとという人間の虜になっていたからだ。


「いいえ、私もここで殿下をお守りします」


強い意志の籠る目で、ライラを見つめ返した。


「……好きになさるといい」


ライラは素っ気なくそう言うと、視線を外した。

バルカはにこやかな表情でそのやり取りを見ていたが、やがてメリセントの手を優しく握った。


「私の為に……本当に嬉しいよ。君はやっぱり特別な人だ」


バルカの爽やか且つ色気の含む声は、メリセントの耳朶には甘味がすぎた。

メリセントは返す言葉も見つからず、ただ顔を赤くするだけだった。


(ふっ、悪いお人だな)


アズラクはバルカの言葉が偽りの甘言である事を知っている。それ故に、少々メリセントが不憫に思えた。

しかし、全ては忠誠を誓った主人の為である。

アズラクは口を結んだまま、静かにアリーナへと目を向けた。



 ――アリーナ――


 鉛のような雲が、グラディウスの空を覆っていた。

その下で、三郎とクレスは静かに闘志を燃やす。

 魔術の使用は格闘祭のルールで禁止されている。しかし、この際二人にとって細かいルールなど知った事ではなかった。

目の前に立つ好敵手を全力を持って倒す。ただ、それだけだ。


 そして――神の末裔が、魔力の解放を始めた。


地が揺れ、そして大気が歪む。曇天には稲妻が走り、轟音を鳴らした。

対峙する両雄は、可視化される程の強大な魔力を纏っていた。

 魔力とは魔術を使うのに必要な神秘なる力の源で、人の目には見る事ができない。

魔術士ならば、他者の魔力を察知する事はできるが、目で捉えている訳ではない。

 しかし、あまりにも強大な魔力となれば人間の目でそのオーラを見て取る事ができるのだ。


 神崎三郎とクレス・レイオスの魔術は両者共に雷の魔術。

電撃のように弾ける魔力が、二人の周りを覆っていた。


 そんな強大な魔力の渦巻くアリーナに、一人の老魔術士が駆け付けた。

結界魔術の使い手、マテウス・デュエルハルトだ。


(何という魔力だ……!近くに寄るだけでもこの身が焼かれるようだ!)


高名な魔術士であるマテウスからしても、二人の魔力は異常な物だった。

しかし、マテウスはそれに怯む暇など無かった。

グラディウスの守衛魔術士隊の長として、彼らを止めなければならない。


「両者共!それまでにするのだ!」


自身も魔力を解放して、戦いを止めるように声を張り上げる。

それに、三郎とクレスが反応する。


「戦いの――」

「邪魔をするな」


マテウスは戦慄する。

二人の男の表情、声、佇まい――全てには狂気が宿っていた。

これ程の異常性に満ちた存在を目にするのは初めてだった。

そして間違い無く、彼らに話は通じない。


「ならば力尽くでも止めてみせる」


マテウスが両手を翳す。

結界魔術は、魔術士が自らが使う魔術の反動から護身する為に、無意識に張っている魔力の壁を応用した物。

発現させた魔力の壁を自在に操る事で、敵の動きを封じたり、攻撃から身を守る。

まさに、守護者の魔術。


そしてこの魔術により、三郎とクレスを魔力の壁が檻のように囲んだ。


「結界魔術――破壊者の棺」


敵を狭い棺のような空間に閉じ込め、その力を完全に封じる術の一つ。

マテウスの洗練された魔術の拘束を破れる者など存在するはずもなかった。


今日までは。


「――雷爆(らいばく)


狭い光の棺の中で、神崎三郎は魔術を詠唱した。


アリーナに強い光と共に雷の音が轟き、爆炎のように雷撃が半円状に広がった。

強烈な衝撃で、マテウスは後方に吹き飛ばされた。


そして、その爆心地には棺を破りマテウスを見据える三郎の姿があった。


 雷爆(らいばく)――自身を爆心として雷撃を全方位に放つ三郎の術。

これによって結界魔術による棺は跡形も無く消し飛んでしまった。もし、マテウスの棺が無ければこの円形闘技場、いやグラディウスその物が消し炭になっていただろう。

そして更に――


「お陰で自分で破壊する手間が省けたぜ」


雷爆はクレスを閉じ込めていた棺をも巻き込み、彼を棺の外に解放していた。


「何という事だ、私の結界をこうも容易く破るとは……」


マテウスは驚愕しながらも、すぐに身構え再び魔術を行使しようとする。


 しかし、その暇を三郎は与えなかった。

突如として、三郎の姿がマテウスの視界から消えていた。


「一体どこに……」


マテウスがアリーナに視線を巡らす。

そして気付く――背後にある、身を焼き焦がすような魔力に。


後ろを振り向き、咄嗟に魔力の壁を自身に纏わす。

そして目に映ったのは、手刀を作り、それを頬に添わすように構える三郎の姿だった。その身には雷を纏い、バチバチと電撃を弾けさせていた。


――防げるか


マテウスが歯を食い縛り、目を強く瞑る。


雷戟(らいげき)


魔術の詠唱。雷の宿った手刀の切先を、マテウス目掛け突き出す。

爆音が鳴った。稲妻が弾け、辺りを焼き焦がし、マテウスを吹き飛ばした――


 雷戟(らいげき)――本来は太刀に雷を纏わせ、敵を突き刺す術である。

しかし生憎、三郎は現在素手で戦っている。それ故に太刀を手刀で代用したのだ。


「案外と上手く行くもんだな」


三郎が手刀の指先にフッと息を吹き掛けた。

そして、腕を組んで今の様子を眺めていたクレスが声を掛ける。


「もう終わったか?少しはやれる爺さんだったが」


「ああ!邪魔者は退けた」


三郎が大きく頷く。

そして鋭い眼光を宿らせ、クレスを見据える。


「さあ、始めようではないか。本当の戦いを」


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