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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第四十九話 超越

 グラディウスを揺るがす地震、それは自然現象によるものではない。一人の男が両手の拳で作り出した、戦闘の余波だった。

そして震源地では、地を揺るがす程の強烈な攻撃を一身に受ける者がいた。

 他者から見れば、神崎三郎は絶体絶命の窮地に追い込まれていると思われた。

 嵐のように降り注ぐクレスの拳。人の域を超えた容赦ないパウンドは、三郎にヒットする度にその体を地面へと沈ませて行き、アリーナにはクレーターができていた。


 そんな状況下でありながら、クレスは違和感を感じていた。


(本当に効いているのか……?)


クレスの拳は、下になる三郎のガードの上や、時折顔面を捉える事だってある。三郎の顔が血で濡れ出しているのがその証拠だ。

しかし、三郎がダメージを受け、心が折れると言った様子が一向に見受けられない。


(だが、この有利な状況を捨てる訳にはいかん)


僅かな疑念を持ちながらも、クレスは手を緩めなかった。

それどころか、パウンドは一層威力を増して行き、一層地を揺るがした。


――さすがだ、三戦帝と呼ばれるだけの事はある


一方、圧倒的に不利な状況の中でも、三郎は嬉々としていた。

容赦の無い強力な攻撃。クレスの振るう一撃一撃に、彼が今まで磨き上げてきた戦闘技術の片鱗を見る事ができる。

邪魔する者のない純然たるこの戦いを、三郎はただ楽しんでいた。


しかし、いつまでもクレスのパウンドを受け続ける訳にはいかない。

この状況を打破しようと、三郎を体を捩ってクレスに顔を背けた。

しかし、グランウンドポジションにおいて三郎の動きは御法度だった。

三郎が自分に背を向けた瞬間をクレスは見逃さなかった。

パウンドを止めて、すぐさま三郎の太い首に自身の腕をスルリと回し込む。

さらに脚を三郎の胴体に絡ませ、ひしと固定する。


バックチョークの体勢だ。このまま腕に力を入れ、三郎の頸動脈を締め上げる。


「うおおおおお!!」


勝利を確信したかのように、クレスは雄叫びを上げる。

このまま頸を締め続ければ、三郎は気絶するだろう。


――しかし神崎三郎は、クレスの理解を超えていた。


地面を押し返し、膝を立てる。

そして、クレスを背負ったままゆっくりと立ち上がった――


(馬鹿なっ……何故極まらない!)


クレスが驚愕し、腕に込める力を更に強める。

三郎はそんなクレスの腕を片方ずつ鷲掴みにすると、有無を言わさない剛力で、強引に引き離し始めた。

抵抗を試みるクレス。しかし、徐々に三郎を締め上げる力は弱まり、遂には丸太の如きクレスの腕を首から解いてしまった。

そして更に、クレスの腕を掴んだまま彼を振り回して、思い切り地面に叩きつけた――

クレーターが大きさを増す。その衝撃は凄まじく、地は沈み、円形闘技場は大きく傾いた。


この強い衝撃は、クレスの体の芯にも響いた。脳が揺れ、視界にボヤが走る。

そんなクレスの顔面目掛け、三郎はダメ押しと言わんばかりに剛拳を振り落とす。

咄嗟に横へ転がり、クレスはそれを避けた。

三郎の拳によって、沈んだ地面が今度は隆起する。

地殻変動とも言える事態に観客席は遂に崩壊し始めた。


そして、未だ脳の揺れが治らない中、クレスは強い精神力で立ち上がり、拳を握って構え直す。

 ガードの狭間から見える神崎三郎の顔面は赤い血で染まっていた。そしてそこに浮かんでいたのは紛れもない笑顔だった。

目を見開き、クレスを見据え、三郎は笑っていた。

鮮血で染まった彼の笑顔は、凄惨な程に美しかった――


「やはり、こうでなくてはならん。戦いとは美しく在るべき物だ」


クレスは自身が追い求めて来た物を、遂に見つけた。


「さあ、掛かってきやがれ」


笑みを浮かべ、そう呟いた。

その直後、三郎が動いた――地を蹴って、間合いに飛び込むと、大きく腕を振るう。

強烈な一撃が来る――クレスの意識が、頭部への守りに傾く。


――そしてそれが、神崎三郎の狙いだった。


腰を深く落とし、クレスの懐に飛び込んで、その脚を掬う。


「っらぁ!!!」


打撃のフェイントからのタックル。クレスが用いた技を三郎は瞬時に学習し、仕返しをしたのだ。

しかし、技術の練度で勝るのはクレスだ。地面に倒されたクレスは、三郎がマウントポジションを整える前に、体を跳ね上げて三郎を前方に振り落とした。

そして体を捩って三郎の足を掴むと立ち上がり、彼をスイングして投げ飛ばした――

凄まじい勢いで、三郎は観客席へと飛んで行った。



――円形闘技場 2階観覧席――


「お、おい!こっちに飛んでくるぞ!」


ローラは叫んだ。クレスに投げ飛ばされた三郎の巨体がこちらに向かって飛んで来ているのだ。


「大丈夫、少し横に逸れるさ」


ジャックは落ち着き払っていた。足を組んだまま席にどっしりと座り、慌てる様子は一切ない。


「くっ!伏せろっ!」


ローラが隣にいたマリーの頭を抑え、その場に屈ませる。

その直後、衝撃と轟音が響いた。

確かに、三郎はローラ達の席から少し離れた所に投げつけられた。

しかし、その衝撃で瓦礫が砕け、一部がジャックに向かって飛散してきたのだ。


「おい!ジャックよけ……」


避けろ。ローラがそう言い終わらない内に、大きな石の破片はジャックに直撃――ローラとマリーは思わず目を伏せた。

そして塵埃の渦巻く中、恐る恐る目を開ける。


「おいおい……これは予想外だったぜ」


目を開けた先には、肩に掛かった塵を払うジャックの姿があった。

一切の怪我も無いようで、いつものように整った顔にニヒルな笑みが浮かんでいた。


「二人共、怪我は無いかい?」


ジャックの言葉だけは優しいが、心の底から自分達を心配していないのをローラは分かっていた。

それよりも聞きたいのは、彼が一切ダメージを受けていない理由だ。


「そんな事より……貴様はなぜ無事なんだ?瓦礫が直撃したはずじゃ……」


「あれ?前にも言わなかったか?俺は怪我をしない…した事が無いんだよ」


「そ、それはどういう……」


ローラがジャックの言葉の意味を尋ねようとしたが、彼の興味は別の場所に移っていた。


「おーい、大丈夫か三郎」


ジャックが声を掛けたのは、瓦礫に埋まる三郎だった。

ガラガラと音を立てながら、三郎が瓦礫をどかして立ち上がる。


「おう、ジャックか。俺は大丈夫だ」


顔にまとわりついた塵埃や血液を拭いながら、三郎が答えた。


「はははっ、ひでぇツラだな」


ジャックが笑う。

こびりついた血、アリーナの砂や塵埃で三郎の顔は赤黒く染まっていた。


「ははっ、幾らか男前になったかな」


しかし、激闘を繰り広げながらも、冗談を言う余裕が三郎にはあった。

そんな彼に、ジャックが問う。


「勝てそうか?三郎」


「分からん。しかし楽しいぞ」


友の問いにそう答えると、三郎は大きく跳躍し、再びアリーへと舞い戻って行った。

そんな彼らを見ながら、ローラが呟く。


「貴様ら……本当に何者なんだ……」


理解に及ばない存在を前にした時、人の心には恐怖が芽生える。

マリーを庇うローラの手は、微かに震えていた。



――アリーナ――


「戻ったぞ!クレス!」


英雄の剛拳を受けようと、投げ飛ばされようと、神崎三郎が堪えた様子は一切見受けられない。

頑強で豪放。三郎はまだまだこの戦いを楽しむ余力がある物とクレスは見た。


(窮地にいるのは俺かもしれんな)


パワーやスピードといった単純な身体能力の面では、三郎はクレスを凌いでいた。

一方でクレスが勝るのは戦闘技術の理解や練度。

しかし、それをも三郎は超えようとしている。

クレスとの戦いを通じて、その技術や身体操作を学習し、体現し始めたのだ。


「天才ってやつか……安直だが、そう評価するしかないな」


技の練度や戦いの思考すら、三郎はクレス程の戦士を凌駕しようとしていた。

戦いが長引く程三郎は成長し、クレスは不利になる。

だからと言って不用意に技を仕掛ければ、三郎は持ち前のタフネスでそれを受け切り、学習する。

手も足も出ないような状況に、クレスは追い込まれていた。

しかし、クレスはそれでも――


「最高の気分だぜ、神崎」


この戦いを楽しんでいた。

そして、この戦いをより激烈で愉快な物にせんと、ある提案をする。


「神崎よ、俺たちはこうして拳で語り合い、互いの力を認め合っている」


「左様、求める物は同じであったようじゃな」


三郎がクレスの言葉に頷く。それを見て、クレスが更に続ける。


「しかし、惜しくは無いか?格闘祭にはルールがあって、俺たちはそれに縛られている」


クレスの言葉の真意を、三郎はすぐに察した。


「確かに惜しいな……我らは()()を出していない」


三郎が言った。

それに対し、我が意を得たとクレスが不敵な笑みを浮かべる。


 秋晴れの陽射しが翳り始める。

大気が歪み、身にのし掛かるような、重く異様な物となって、闘技場を包む。

 揺らぐ大地、崩れ行く歴史と伝統。嘆く者もいるだろう。

――しかし、純然の求道者達にとって、それらは興味の向く所ではなかった。


戦い。ただそれだけを楽しむ為に――


「これより先は魔術を使うぞ、神崎」


「受けて立とう、クレスよ」


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