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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第四十八話 もし神がいるのなら


――円形闘技場 特別観覧席――

 

「ああ何という事だ……偉大なる女神よ……」


老神官は嘆いた。

神の為に捧げる戦いにて、それを見守る神が無惨にも砕け散ってしまった。

人は自ら生み出した業から救いを求め、神に祈る。しかし今繰り広げられている戦いは、愉悦と熱狂を求めた人々の、神罰を恐れぬ余興に過ぎない。

グラディウスの格闘歳は、既に神事としての体裁を失いつつあった。


「此度の格闘祭はもう中止すべきだ!」


自らの席から立ち上がり、老神官が喚いた。

そんな彼に冷たい目を向けるのは大商人クラセナーだった。


「何を今更言うのですか。祭りはこうして盛り上がってきた所なのです」


そう言うクラセナーの声は少し震えていた。

自分でも理解していた。今戦っている二人の戦士が、人智を超えた力をぶつけ合っている事に。そして、人々がそれに恐怖している事にも。

しかしそれでも、自らの利益を追い求めるクラセナーは祭りを中止するなど断じて許さなかった。


「確かに、今中止するのは勿体無いなぁ。ルイゼル殿もそう思いませんか?」


エルガイアの王太子バルカが、アトラスの第二王子ルイゼルに話を振る。

緊張に満ちる他者と比べると、バルカには余興を楽しむ余裕が見受けられた。


「あ、ああ!そうであるな……じ、実に愉快な試合だ」


未曾有の事態に対する恐怖を悟られまいと、ルイゼルが虚勢を張る。アポロヌス盟主国王子としてのプライドが彼にはあった。


「両殿下もそう仰せだ」


二人の王太子の方を差して、クラセナーが神官に言う。

どんな惨劇が起きようとも権力者が"余興"の続行を望むなら、クラセナーはそれに従う。いずれ手にするであろう利益の為に。


「何という事だ……!このままでは神罰が降るぞ!」


老神官がさらに声を張り上げると、クラセナーは迷惑そうに顔を顰めた。

神事としての体裁を保つ為、神への言上を述べたこの老人を丁重に扱っていたが、貴族たちの機嫌を損ねられたらたまったもんじゃ無い。


「神官殿はご気分が優れぬようですな、ここから退室して頂きましょう」


クラセナーが、そばに控える衛兵たちに顎で指示する。

少し戸惑いを見せた衛兵であったが、すぐに神官の両脇を抱えて、観覧席の出口へと神官を引き摺って行った。


「神罰が!降りますぞ!」


老神官の警告も虚しく、装飾の施された特別観覧席の石扉は閉められた。

神官を心配そうに見送ったのはメリセント・デュエルハルト。彼女にも格闘祭に暗雲が立ち込め始めている事は分かっていた。


「殿下、大丈夫なのでしょうか」


隣に座るバルカに、少女は不安げに尋ねる。

しかし、バルカはただ楽しそうにアリーナへ目を向けていた。


「案ずるな、私の側にいてくれ。これからもっと面白い物が見られそうだぞ」


 そして後に、異国人と英雄の戦いは、"グラディウスに落とされた神の(いかづち)"として後世に語り継がれる事となる――



――円形闘技場 アリーナ――


 驚嘆の声も、悲鳴も、アリーナに立つ二人の戦士には関係なかった。

神崎三郎とクレス・レイオス――両雄は互いを見据えて静かに対峙し、攻撃の機会を見定めていた。

 そして、先に仕掛けたのはクレスだった。

フッと息を吐き一歩踏み込むと、鋭いジャブを繰り出す。

それを距離で外した三郎だったが、クレスはプレッシャーをかけ続け、絶え間なくジャブを刺し続ける。


(下がり過ぎるのは不味いな)


そう判断した三郎は、先程クレスが見せたように、ヘッドスリップやガードを駆使したディフェンスを行う。

まるで、熟練の闘技者のようなそれは、クレスの驚きを誘った。

しかし、クレスは攻撃の手を休めない、ジャブの打ち終わりと同時に、強烈な回し蹴りを三郎に打ち込む。


だがそれにも三郎は対応を見せた。


僅かに横に逸れて蹴りの勢いを逃がすと同時に、腕を回してクレスの脚をキャッチすると、彼を持ち上げて、思い切り地面に叩き落とした。


クレスは咄嗟に受け身を取ると直ぐに立ち上がり、重心を低くして、大振りな右の一撃を三郎に見舞う。


それを見切って、三郎はガードを固く閉じる。

ガンッという衝撃が三郎の腕に走る。


さらにその衝撃はターゲット以外にも広がり、闘技場全体の空気を揺るがした。

観客席が揺れ、石の壁にヒビが入る。それによって闘技場の混乱は一層激しくなった。


だが、人々嘆きはクレスの意に介する所ではない。

右手の一撃の続け様に鋭いジャブを見せると、これは三郎にクリーンヒットする。

しかし、三郎は目を逸さなかった。

クレスは再び大きなモーションから右のビックヒットを狙う構えを見せた。

咄嗟に三郎がガードを高く上げる。


――そしてそれが、クレス・レイオスの狙いだった。


三郎の意識が頭の守りに取られたその隙に、クレスは腰を落とし、三郎の懐に飛び込んでその足を掬った。


打撃のフェイントからの見事なタックルだ。

三郎の体が浮き上がった瞬間、背中から地面に叩きつけられる。


「ぬうっ!」


三郎が英雄の技術に驚嘆する間もなく、クレスは直ぐにマウントポジションを取ると、岩のような拳を硬く握り、三郎へと振り下ろす。

 三郎はガードを作って頭を守るが、クレスのパウンドは凄まじい。地鳴りを起こし、闘技場のみならずグラディウス全体を揺らした。


しかし、揺さぶられたのは三郎の心もそうであった。

不利な状況にあっても、クレスの圧倒的な戦闘技術と底知れないパワーに、三郎は感動を覚えていた。



――円形闘技場 3階観覧席――


 クレスの起こした地震によって、観客たちの混乱は頂点に達した。今まで二人の戦士の戦いを見守っていた者も、遂には席を立って逃げ始めた。

我先に逃げようと人々は揉み合い、人波に飲まれ、圧死する者まで出始めた。

 

 そんな混乱の中でも、ジャックは落ち着いた様子で戦いの行方を見守っていた。


「はぁ、もうちょい静かにしてくれたらなぁ」


そう言ってジャックは溜息をついた。

 そんな彼とは打って変わって、ローラとマリーには人々の混乱が波及していた。


「何を悠長な……!この状況で落ち着いていられる奴が何処にいる!」


「ここにいる」


ローラの怒鳴り声に対して、小さく手を挙げるジャック。


「ふざけるなっ!」


「とととりあえず!落ち着きましょローラさん!」


トルミアの騎士二人はこの状況を何とかしようと思案した。人々を落ち着かせて、ここから避難させる術はないかと。

しかし、ジャックは「そんな事は意味ないぞ」と首を振る。


「二人共、そう騒ぐなよ。この混乱じゃ誰も人の話に耳を傾ける訳がないだろ。他の客が闘技場から出きった後に席を立つのが一番安全な避難方法さ」


「で、でもこのままじゃ犠牲者が増えるばかりだ」


尚も焦った様子で、ローラが辺りを見渡す。


「こうなってしまえば個人の手に負える問題じゃないさ。

 それに君達はグラディウスの衛兵でも無い。規律秩序や他人の安全よりも、自分達の心配をするんだな」


頭の後ろで手を組んで、ジャックがあくびをかいた。


「自分達の安全って……どうすればいいのよ!」


あまりにも呑気なジャックの姿に、不安が怒りに転じたマリー。語気を強めて、ジャックに詰め寄る。

そんなマリーの吊り上がった目を、ジャックが真っ直ぐに見つめ返した。


「俺の側にいろ。守ってやるよ」


底知れない自信と余裕に満ちたジャックの表情に、マリーが言葉を詰まらせる。そしてそれはローラとて同じだった。

そんな二人に対して、ジャックは更に言葉を続ける。


「それとまあ――神にでも祈るといいさ。もし神がいるのなら、聞き届けてくれるかもな」


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