第五話 尋問
トルミア騎士団団長、キリアン・ユロー。名門貴族の出身の彼は、その戦いの才能と明晰な頭脳を買われ、19の時騎士団に入団する。以来10年間数々の戦いで武功を挙げ、最近団長に昇進した。
ヴェネット城内にある騎士団の詰所の一室。
そこで三郎は、古めかしい木のテーブルを挟んで、キリアンとローラに尋問を受けていた。
「いやだから、ここまでの道中でそのおなごに話した通り俺自身もよく分かっておらんのじゃ!」
海辺で出会ってから、ローラには事の経緯を伝えてはいたが、今になって三郎自身もスパイだと疑われている事に気付く。
(罪人扱いかよ…)
面倒な事になった。
たった一人で騎士団と渡り合う実力をもつスパイ、レミロフ。そんな男を一撃で昏倒させる底知れない力を持つ怪しい風体の三郎を、上手いこと城まで連行するべくローラは一計を案じた。適当に話をしながら警戒を解いて客人のように扱いつつ、最終的に城で拘束する。
「本当はレミロフの仲間なのでは?」
疑り深かく冷たい視線を、ローラが三郎に向ける。
「いや、だから違うんだよ!」
そして三郎が否定する。そんな押し問答がしばらく続いていた。もう陽が傾き始めている。
そんな時1人の騎士が尋問中の部屋に入ってきた。一礼すると何やらキリアンに耳打ちする。そして部屋を後にして行った。
「よし、これまでにしよう。」
パンッと手を叩き、沈黙していたキリアンが口を開く。
「何かあったのですか?」
ローラが尋ねる。
「レミロフが拷問で洗いざらい口を割った。今までの尋問の様子からしても、どうやらこの人は何の関係も無さそうだ。」
ぐっと伸びをしながらキリアンが答える。
「どうやら疑いは晴れたようだな」
三郎が呆れた様子でテーブルに頬杖をついた。
「とは言え、素性もよく分からない君をこの国で野放しにはできない。客人として、身柄は暫くうちで預からせてもらうよ」
にこやかな顔でキリアンが言う。
「げっ、マジか…まあ罪人よりはマシじゃな」
自由が効かなくなるのは不本意だが、客人と聞いて三郎は少し緊張が緩んだ。
ふとローラの方に目をやると、何か気まずそうな顔をしている。
「へっへーん!俺無罪だったもんねー!」
彼女の偉そうな物言いに若干イラついていたので、舌を出して煽ってやった。
「貴様っ…!拷問してやればよかった!」
煽り耐性のない生真面目タイプだったらしく、怒りを露わにして、三郎に詰め寄ってきた。
「騎士を侮辱した罪だ!縛り上げて痛ぶってやる!」
「やれるもんならやってみやがれ〜」
怒鳴り声をあげるローラに対して、おどけた様子でおちょくる三郎。見かねたキリアンが割って入る。
「はいはい、そこまでにして。無実の人を疑った我々に非があった、僕から謝るよ三郎殿」
「あ、いや別にいいよ。そこまで気にはしてない。大体俺自身の挙動も怪しかっただろうし」
謝罪するキリアンに、三郎がカラッとした笑顔を見せる。
「いまの嫌味は、この者の反応が面白いから言ってるだけ」
「ぶちのめす!」
消火しかけたしょうもない諍いが再燃した。
「団長!やっぱこいつ火炙りにでもなんでもしてやりましょう!!」
ローラが息巻く。
「そんな事したって意味無いと思うよー」
彼女の言葉に呆れつつ、鋭い視線を三郎の方に向ける。
(本当に意味ないだろうね)
キリアンは三郎の底しれぬ恐ろしい実力を見抜いていた。
まず持って、力ずくてこの男を取り押さえる事は不可能だろう。それ故にキリアンは彼を刺激しないように話を聴くだけの尋問をする事にした。
また、ローラは気付いていないようだが、三郎は魔術を使えるのだろう。今は抑制されているものの、凄まじい魔力の波動をキリアンは感じ取っていた。
(しかも上のランク、半神の血脈かな)
キリアンの視線に三郎が気付き、ギョロリとした目をそちらに向ける。その一瞬、沈黙が部屋を包む。
「キリアン殿、俺はアトラニアに来てまだ右も左も分からん。それゆえ、時間がある時で良いから色々とご教授願いたい」
彼の心中を知ってか知らずか、穏やかな声音で三郎が言った。
「いいよ。レミロフ含め先の戦争の後処理が終わって暇してるんだ。気になる事があればいつでも聞いてよ」
キリアンが目を細める。
(こんな野蛮人にも団長は優しいんだな…)
三郎に対して微笑むキリアンに、ローラは少しの間見惚れていた。が、すぐに切り替えてこれからの対応を問う。
「この者の身柄を預かるにしても、一体どこで?」
「確か騎士団の宿舎に空き部屋があったよね?王様に許可
貰ったら、とりあえずそこで寝泊まりしてもらおう」
(空き部屋って私の部屋の隣じゃん!また隣に厄介な奴が増えるのか…)
王立騎士団の施設は城内に二つあり、今3人がいる騎士団の詰所と、その隣に建てられている宿舎である。
王直属の部隊である騎士団の面々は、戦いがない時は交代で何日か城に詰めて護衛に勤めている。その時使うのが宿舎と雑務を行う詰所である。ちなみに非番の時は城下町にある自分の家で過ごす者がほとんどだ。
「ではまず王様の許可を取りに参りますか?」
自分の隣の部屋に住まわすと聞いて少し動揺しつつ、ローラがキリアンに言う。
「そうだね…」
三郎への対応が決まって行くなか、部屋に年老いた男がやってきた。小綺麗な服装をしている。
「キリアン様、ローラ様」
男が深々とお辞儀をする。
「やあ、エドモンド。どうかしたかい?」
キリアンがエドモンドと呼ぶ男、王家の城で執事を務める者であった。
「王様がお呼びでございます」
エドモンドがしわがれた声で、短く答える。
「丁度良い、僕らも王様にお会いしたいと思っていた」
キリアンが、三郎の方に顔を向ける。
「我らがシュレイツ王に君を会わせたい。一緒に来てくれるかい?」