第四十五話 異国人
――円形闘技場 アリーナ――
爽やかな秋風が、闘技場の中心で相対するの戦士の間を吹き抜ける。
土煙りの舞ったアリーナで、クラセナーは目を細めた。
(とにかく、格闘祭の体面を保つ事はできたな)
つい先程、このアリーナに現れた赤毛の巨漢は、棄権した闘技者達の代わりとして、貴族達が送り出してきた。
名を、竜殺しのジーク。
伝説のモンスタースレイヤーであると同時に、貴族達の推薦である。クラセナーはジークの飛び入り参加を、二つ返事で了承した。
「会場の皆々様!棄権した闘技者の代わりまして――英雄に挑戦者が現れました!その名も、竜殺しのジーク!!」
闘技者が棄権したと聞いていた観客達。失望の色が漂っていた彼らに、再び歓喜の瞬間が訪れる。
「そして対するは――東域との戦争で武功を挙げ、その圧倒的な強さから"三戦帝"に数えられる男――英雄、クレス・レイオス!!」
"英雄"対"竜殺し"――両雄の名を耳にした人々は割れんばかりの歓声を上げた。
そして、アリーナを囲む観客席を満足げに見回したクラセナーは両雄に念押しするように語り掛ける。
「良いですかな?武器の使用は無論禁止、魔術の使用も禁止、そして、殺しも禁止ですぞ」
格闘祭のルールは、控えの間で何度も聞かされていた。
無愛想な顔で、クレスは頷いた。
ジークとて、格闘祭のルールなど聞き及んでいる。
「へっ、承知しているよ」
首をコキコキと鳴らしながら、クラセナーに答えた。
「では、銅鑼の音が聞こえたら開始の合図だ」
ルールの確認を終えると、クラセナーはそう言ってそそくさとアリーナから退散する。彼に付き従っていた衛兵も、同じくそうした。
アリーナに残された二人が、視線を交わす。
「お前、見た事があるな。王太子の護衛か」
クレスは、名前こそ知らなかったが、ジークに見覚えがあった。彼を見たのは昨晩の饗宴の時である。
「へへっ、光栄なこった。英雄に顔を知られているとはな」
ジークが口元を歪める。しかし、その目は笑っていない。
彼は今、苛立ちを解消する為の暴力を必要としていた。
怒りの原因は、ジークと同僚の女騎士、ライナである。
先程もそうだったが、ジークの行動に一々難癖をつけ、偉そうに諫めてくるライナは、疎ましい存在だった。
(癪に触るぜ……体を使っているから殿下に気に入られているだけなのによぉ……!)
王太子バルカの一の家臣のように振る舞うライナの事が、ジークは気に入らず、認められなかった。
常は、バルカの面前故怒りを抑えているが、時折それが
暴発しそうになる。
しかし今日、その発散の機会をジークは得た。
彼の秘める怪物の如き暴力性は、英雄クレスに向けられた。
そんな凶暴なモンスタースレイヤーを、英雄は冷静に見据えていた。
――そう時はかからん
拳を握り、左脚を前に出す。やや重心は低く、ガードは高く構えた。
一方のジークは身構えるという事もなく、手足をブラブラと振り、リラックスしている様子だった。
ただ突撃し、思い切りぶん殴る――素手での戦いなど、そんな物だという、漠然とした考えがあった。
「ぶちのめしてやるぜ……」
ジークが呟くと共に、銅鑼の音が鳴った。
降り注ぐ歓声の中、ジークがクレス目掛けて飛び掛かる。
そのスピードに、観客はどよめいた。
余りの速さに、目に捉える事ができない者もいた。
ジークが大きく腕を振りかぶり、クレスへと拳を飛ばす。
それを見切り、クレスは紙一重で距離を外した。
だが尚もジークの攻撃は止まない。
腕力頼みの大振りのパンチを、一心不乱に振り続ける。
しかし、クレスには掠りもしない。
(この野郎!なぜ当たらん!)
ジークが目を血走らせる。
クレスはどこを見るともなく冷静な目をして、ジークの攻撃を交わし続けた。
「くそったれがぁ!!!」
業を煮やしたジークが、更に一歩間合いを詰めた。
距離が近い方がパンチが当たるだろうという、安直な考え。
しかし、その瞬間がクレスの反撃の機会だった。
ジークが思い切り足を踏み込み、体勢が崩れる程の大振りの右フックを放つ。
彼の拳はクレスの顎を捉える――はずだった。
余りにも明快な攻撃。
クレスはダッキングで躱すと、体勢が崩れ無防備となったジークの顎に、ショートレンジの左フックを叩きつけた――
その時、観客達の目に映っていたのは刹那の出来事。
嵐のように暴れ回っていたジークが、糸の切れた操り人形のように地に倒れ、英雄クレスがそれを見下ろしていた。
闘技場が、静まり返る
「モンスターの倒し方は知っていても、人間の倒し方は知らなかったようだな」
クレスの呟きと共に、銅鑼の音が鳴った。
「勝者――英雄、クレス・レイオス!!」
クラセナーが勝者の名を呼び上げる。
それによって、観客が一斉に叫び声を上げた。
自身を讃える歓声を浴びながら、クレスが特別観覧席に目を向ける。
「次はどいつだ!!」
その雷声に、たじろぐ貴族とその家臣達。
「これは……参ったな、ジークがこうもあっさりやられるとは」
流石のバルカもお手上げといった様子だった。
今彼が連れている護衛の中で、ジークは最強と言っても過言ではなかった。
更に言えば、ジーク以上の実力を持つ兵士を連れている貴族は、この中にいなかった。
「どどど、どうしよう」
青ざめたルイゼルが妾に抱きつく。離れてはいるが、クレスが特別席に向ける異様な闘気に当てられて、戦慄しているのだ。
そんな特別観覧席の様子を遠目に見ながら、クレスは溜息をついた。
「おい、他に相手はいないのか?」
倒れたジークを担架で運ぶ為、アリーナに出てきた衛兵らに尋ねる。
衛兵達は恐ろしげに首を傾げると、ジークを担架に乗せて、そそくさと去って行った。
「ああ、そうかい……失望したよ」
挑戦者が現れ淡い期待を抱いたが、これ以上はもう無いら
しい。
とっとと賞金を貰ってここから去ろう、と考えていた。
――しかし、彼にとっての格闘祭は終わりではない。今より始まろうとしていたのだ。
「待てーい!!!」
突然、声が聞こえた。客席からか。否、上から――
クレスが空を見上げると、そこには宙を舞う人影が。
それは土埃を上げながら勢いよくアリーナに着地した。
クレスはアリーナに現れたその男を知っていた。
「相手がおらんのなら、俺が戦おう」
「お前は……昨日の異国人……!」
昨日、強大かつ異様な魔力を放ち、見たことの無い奇妙な衣装を纏っていた異国人。
今日この時姿を見せた彼は、闘技者用のトランクスのみを纏い、鎧と見紛うような筋骨隆々とした肉体を顕にしていた。
「どうやら、少しは面白そうな奴が出てきてくれたようだ」
クレスが不敵に笑った。それはクレスと対峙する異国人も同じ事だった。
「お前、名は何だった」
クレスが彼に問うた。
どこか楽しげな異国人が答える。
「日ノ本より罷り越した――神崎三郎だ」




