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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第四十四話 神の末裔

 闘技者の控えの間で起きた諍いは、岩砕きのアミールが英雄クレス・レイオスに喧嘩を吹っかけたのが原因だ。


「失せろ」


というクレスの言葉に身震いするような恐怖を覚えたアミールだったが、引き下がる事を矜持が許さず、クレスの前から立ち去る事は無かった。

もしくは、恐怖で身動きが取れなかったのかもしれない。もしそうだとするなら理不尽極まり無いのだが、結果的にはクレスの怒りを買い、その剛拳を叩きつけられた。


 その様子を見ていた他の闘技者は思った。


――こんな化け物に勝てるわけが無い、殺される


英雄から立ち昇る気魄と、有無を言わさない圧倒的な力。

立身出世への栄光よりも、自らの命を彼らは優先した。



 ――円形闘技場 アリーナ――


「何という事だ……これではトーナメントが成立しない」


クラセナーは予想だにしないこの事態に、焦りを感じていた。

格闘祭は重要な伝統であると同時に、グラディウス市民や各国の王族と諸侯の為の盛大な見せ物でもある。

彼らは年に一度のこの祭りを心待ちにしていたのだ。

 そして、祭りの一切の段取りを取り仕切るのは商人ギルドだ。

格闘祭が成立しなければ、ギルドの代表者たるクラセナーの責任問題となり、各国の王族や諸侯、そしてグラディウス市民から責められる恐れもある。

さらには、ギルド内の権力争いの際に、この失敗が槍玉に上げられてもおかしくは無い。

 今まで積み重ねて掴んだ権勢を、クラセナーは手放す訳にはいかなかった。だからこそ、新たな手を打って祭りを何としても成立させる必要があった。


「クラセナー殿…!ど、どうするですか?」


傍らの衛兵が、急かすように対応を求める。それが、クラセナーの焦燥を煽る。


「ま、待て……今考えているのだ!」


衛兵を睨むクラセナー。焦りからの苛立ちが垣間見える。


 そんな商人達の様子を、クレスは冷めた目で見下ろしていた。


(拍子抜けだ。こんな形で終わるとはな)


戦う相手がいなくなったから――という理由だけでは無い。

そもそも戦えると期待していた者が、格闘祭にエントリーしていなかった事に対して虚しさを感じていたのだ。

 初めは単なる賞金稼ぎで参加しようとした格闘祭だったが、昨日出会った異国人が、クレスの闘志に火をつけていた。

しかし、その異国人は集まった闘技者の中には見られなかった。理由は分からない。


(あの男とならば、良き戦いができそうだったのだが)


期待していた分、虚しさもひとしおだ。


商人の焦燥と英雄の虚無。

中天に昇った日が異なる胸中の二人を照らしていた。


――そんな時だった。


「おいおい!祭りはまだ始まんねーのか?」


野太い声が聞こえた。

不意にアリーナに響いたその声の方に、クラセナーとクレスは顔を向ける。

そこに立っていたのは赤い髪の巨漢だった。不敵な笑みを浮かべ、その視線はクレスへと向けられていた。


「誰だ」


クレスは、巨漢が自分に向ける敵愾心をすぐに感じ取った。


「俺か?俺は竜殺しのジークってんだ。

 そういうお前は噂の英雄、クレス・レイオスだったな」


赤髪の巨漢がその名を名乗った。



――円形闘技場 特別観覧席――


「殿下、本当に行かせて良かったのですか?」


「ああ、構わないさ。たまにはジークも思い切り運動したいだろうからな」


バルカが了承したとはいえ、アズラクは少々不安だった。

ジークが勝負を挑もうとしているのは、神の末裔たる英雄なのだから。


(だがそれは、奴も同じ事か……)



 ――つい先程の事である。

他の闘技者を引き摺りながら現れたクレスを見て、特別観覧席に座る各国の王族や諸侯といった貴族達も、すぐに異変に気付いた。


「あれは英雄クレスではないか」

「何が起こったのだ」

「他の闘技者はどうした?」


貴族らの間にざわめきが走ったが、程なくしてその場にいたギルドの商人に知らせが入った。


「クレス・レイオスを恐れ、他の闘技者が棄権した」


商人の口からその知らせを聞いた貴族達は驚いた。

――それではこの格闘祭はどうなってしまうのか、と。


しかし、その中で一人、この状況を愉快に思う男がいた。

エルガイア王国の王太子、バルカだ。


「クレス・レイオス――破天荒と言うべきか何というか…

 面白い事をしてくれる」


そう言って笑うバルカに対して、貴族の一人が呆れた顔で語り掛ける。


「何を呑気に笑っているのだバルカ殿。格闘祭が台無しになったのだぞ」


アポロヌス盟主国、アトラス王国の第二王子ルイゼルだ。


「私も、私の女達も今日を楽しみにしていたのだ。闘技者達の血生臭い殴り合いをな。しかも、英雄クレスも出場するというではないか――

しかし、その英雄と戦う闘技者がいないのならそれも叶わない」


両脇に侍らす妾の髪を撫でながら、ルイゼルがさらに続ける。


「それだけではない、私は国王である父から、優れた闘技者を見繕い、家臣に取り立てて来るようにも命じられている。これもまた叶わない」


ルイゼルの言葉に頷く他の王族や諸侯達。


「はぁ、無駄足だったな。既に国に帰ったアゼルニア人達を、勿体無い事をする奴らだと笑っていたが、今回ばかりは彼らが正解だったようだな」


ルイゼルが溜息をついた。

彼らにとって格闘祭は、非日常的な余興であり、自国に優れた戦士を連れ帰る為の滅多に無い機会でもある。

しかし、これが成立しないのであれば、グラディウスに来たのは無駄足になってしまう。


しかし、バルカには考えがあった。


「なにも戦える者は闘技者だけとは限りませんよ」


バルカが言う。

しかし、その真意を汲み取れた者はいなかった。

代表して、ルイゼルが尋ねる。


「それは一体どういう意味だ?」


「戦える者は、皆さまがお連れになっているではありませんか」


バルカが、貴族達の側に控えるその兵士たちを見渡しながら答えた。


「なっ!家臣共をクレスと戦わせよと言うのか!?」


目を見開くルイゼル。他の貴族も驚いた様子で互いに顔を見合わせている。


「そうです。まあそう言った意味では、新たな家臣を見繕うという目的は果たせないかもしれません。でもせめて――」


バルカがニコリと笑みを浮かべる。


「楽しみたいではありませんか」


バルカの突飛な提案。面白いかもしれない、と思った貴族はいた。しかし、そう簡単に賛成できなかった。

もし賛成したら、家臣が戦うのはあのクレス・レイオスだ。

格闘祭のルールで殺しが禁じられてるとはいえ、家臣が無事に帰って来ないであろう事は、容易に察せられる。

また、その家臣達からすればいい迷惑である。

アリーナの中央で戦う事など、ましてや英雄と戦う心の準備など、すぐにできるはずが無い。


誰もがバルカの提案に対して口を閉ざす中、沈黙を破ったのはルイゼルだった。


「ふーむ……確かに、それはそれで面白いかもしれん」


その一言に、皆驚いた。特にルイゼルの家臣達は、自分達が戦わせられると戦慄した。

しかし、彼らの主人は思いの他(したた)かだった。


「それではまず、言い出しっぺのそなたが家臣をアリーナへ送り出すのが良かろう」


ルイゼルが、バルカに向かって顎をしゃくった。

ルイゼルの家臣は、少し安堵した。そして、バルカの家臣達を不憫に思った。

アポロヌスの盟主国の王子から提案されたのだ、エルガイアの王太子とて無下にはできまい。


――そしてバルカが口を開こうとした時、それよりも早く、前に進み出た男がいた。


「殿下、それだったら俺を出してください!」


「……ジーク」


バルカが少し驚いた表情でジークを見た。

ジークがそれに視線を返す。

彼の目には、強い意志と――苛立ちが浮かんでいた。

バルカは少し考える素振りを見せたが、すぐに頷いた。


「よし、良いだろう」


「へへへっ、そう来なくちゃ」


不敵に笑うジーク。貴族らの目が彼に釘付けになった所で、バルカが紹介を始める。


「この者は私の親衛隊を務める――"竜殺し"のジーク」


「りゅ、竜殺しだと!?」


その名を聞いた貴族達にどよめきが走る。


 ――まだアポロヌスにモンスターが跋扈し、各地でその被害が大きかった時代。

そんな時代に名を馳せた伝説のモンスタースレイヤーがいた。

 モンスタースレイヤーとは、選ばれし血脈を持つ者のみが就ける、栄誉ある職業。

異形の怪物を狩る事を生業とし、怪物狩りにおいて彼らの右に出るものは何人たりともいなかった。

 そんな狩人達の中で、突出した実力を持っていたのがジークだった。

強大な最上級モンスターのドラゴンをたった一人で相手取り、幾度と無く退治してきた。

人々は、いつしか彼を"竜殺し"と呼んだ。


 ――そして、その竜殺しは居並ぶ王族諸侯の前に立ち、雄弁する。


「クレス・レイオスは神の末裔だ……しかし、それは奴だけでは無い。モンスタースレイヤーにも"狩人の神"の血が流れている――」


各国の王族や諸侯達が、伝説のモンスタースレイヤーの堂々たる姿に息を飲む。

狩人の神の血を引く選ばれし血族。ジークもその一人だった。


「神の血を引く竜殺しの戦い、とくとご覧あれ――」


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