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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第四十二話 格闘祭

 グラディウスの格闘祭――その起源は2000年以上前に遡る。かの時代は現世において"羊達の時代"と呼ばれ、天空の神々の力が地上へと及ばなくなった時代である。

 神々の祝福を失ったと嘆いた人間だったが、それでも信仰心を失う事はなく、天空へと捧げる目的で格闘を祭りとして催す文化が生まれた。一種の"贄"の儀式だ。

 古代アトラニアではこのような祭りが各地で行われ、それを大規模かつ、より文化的に踏襲したのが、かつてアトラニアに覇を唱えたアポロヴィニア帝国である。

 預言暦760年――今より521年前、帝国は支配領域各地に点在していた闘技場を一つにまとめ、主要都市グラディウスに大規模な円形闘技場を建設した。

 そして、帝国が滅びた現代でも闘技場と格闘祭は形を残し、グラディウスの重要な祭事として天空の神々に捧げられてきた。


 しかし、神々への捧げ物というのは名ばかりである。

人々が求めるは、神の祝福ではなく屈強な戦士たちによる戦いの興奮と熱狂。

現代の格闘祭は、非日常的な余興の側面を強く有していた。

 預言暦1281年の今日においても、年に一度の熱狂を求めて貴人、平民問わず多くの人々がグラディウスの円形闘技場に詰め掛けていた。



 ――グラディウス 円形闘技場――


「やっぱりすげー人混みだな!」


観覧席へと続く回廊を歩きながら、ジェイド・レインは軍隊のように列を成して歩く人々を見渡した。

 ジェイドの隣を歩くジェフリー・レインも双子の兄と同じように、整然とした隊列を見渡す。


「朝早くから並んでおいてよかったね。下手したら席が取れなかった訳だし」


ジェフリーが後ろを振り向くと、最後尾が見えない程に人の列が続いていた。


「ジェフ、お前が寝坊しなくてほんと良かったよ」


ジェイドが悪戯っぽい笑みを浮かべて、双子の弟を肘でつつく。

それに対してジェフリーは苦笑いを浮かべた。自分は朝が苦手だという事は自他共に周知されている。


「はははっ……参ったなぁ――それよりジェイドこそ夜遅くまで訓練していたのに寝坊しなかったね。やっぱり凄いよ」


ジェフリーと比べて、その双子の兄は勤勉な努力家である。昨日、魔術学校で行われた模擬戦での敗北、そして父との諍い。負けず嫌いなジェイドにとっては悔しくて堪らなかった事だろう。

しかし、その雪辱もジェイドは成長の糧とする。

その日の反省を踏まえ、彼が一人で戦いの訓練をしていたのをジェフリーは知っていた。


「ま、慣れたもんさ。いつもの事だしな!」


ジェイドはそう言って笑って見せた。自分は弟の為、そして母の為、もっと強くなる必要がある事を理解していた。

だから、ひたすらに努力を重ねているのだ。


「それよりもさ、どうせならメリセントも一緒に見に来りゃ良かったのにな」


そんなジェイドがつまらなさそうに口を尖らせた。

彼にとってメリセント・デュエルハルトは超えるべきライバルであり、親しい学友でもある。

去年の格闘祭はジェイド、ジェフリー、メリセントの3人で観戦した。今年もそうなるものと思って特に前もって示し合わせていなかったのだが――


「まさか学長と一緒に特別席で観戦するとはね」


ジェフリーも兄と同じく口を尖らせていた。

 

 

双子の兄弟は今朝、メリセントを迎えに彼女の屋敷を訪れた。しかし、メリセントはおろか、彼女の祖父マテウスも留守にしていた。

屋敷の留守を預かる執事曰く、二人は既に闘技場へと出掛けたとの事だった。

それを聞いた兄弟は顔を見合わせた。


「それじゃあメリセントは……」


「特別席で学長と観戦するって事?」


「「羨ましい〜!」」


双子の嘆きに執事は戸惑っていたが、それを尻目に二人は残念そうにして闘技場へと向かったのだ。


 

 そして今、ジェイドとジェフリーは中央のアリーナを囲む観客席に辿り着いていた。多くの人が並んでいた為、席に着くまでも一苦労である。

既に日も高く上っているが、観戦席の真上には開放された天井部に日除けの天幕が張ってある為、戦いを観戦するのに日差しは気にならなかった。


「今日は何だか暖かい日和だね」


ジェフリーが少し目を細めて、アリーナの真上に覗く空を見上げる。


「きっと天気のせいってよりも、ここにいる人達の熱気がそう思わせてんだろうよ」


席に座り前のめりになって、砂埃の舞うアリーナを見つめるジェイド。彼もまた、熱気を放つ人々の内に数えられるだろう。


そんなジェイドが、ふと視線を移した。

そこにはグラディウスの衛兵や守衛魔術士隊の面々によって警備されている特別観覧席があった。

アリーナに最も近い一階席の中でも少し高い位置に造られており、他の席と違って屋根もある。そこで戦いを観る人々の身分の高さを表しているようだった。


「あっ、メリセントだ」


ジェイド達がいるのは2階席で、丁度特別席の真正面に当たる。ここからなら特別席にいる人々の顔も窺い知れた。


「隣にいるのはマテウス学長……じゃなくて、誰だろう?」


ジェフリーが首を傾げた。

煌びやかな衣装を纏った人物が、メリセントと歓談してるのが見える。


「本当だ、誰だろう」


同じくジェイドも首を傾げていた。


「あれはエルガイア王国の王太子殿下じゃよ」


疑問に答えたのはマテウスだった。


「そうなんだ……って、学長!?」

「何でここに!?ってかいつの間に!?」


双子が驚愕する。しれっと二人の隣の席にいたのはマテウス・デュエルハルトだった。


「ほほほっ、そう驚くでない」


「いやいや驚くでしょ!てっきりあの特別席にいるもんだと思ってたから……」


マテウスはジェイドの指差す特別席を一瞥した後、ため息混じりに首を振った。


「あそこは堅苦しくていかん、わしだってたまにはお気楽に格闘祭を楽しみたいのだよ」


守衛魔術士隊の長がそんな事言っていいのかよ…と、マテウスの言葉に内心呆れたジェイドであったが、口にはしなかった。


「それにじゃな……」


「他にも理由が?」


可愛い孫娘が他所から来た王太子とイイ感じで、あそこにいたら疎外感と寂しさを感じるのじゃ…などとマテウスは言える訳が無かった。


「……いや、何でもない」


「……そうですか。それにしてもメリセントはなぜエルガイアの王太子と仲良くしているのですか?」


「うむ、話せば長くなるが――」


そう言って、マテウスは昨晩の出来事を双子の兄弟に話した。



「そんな事があったなんて……」

「でもメリセントが無事で良かったです……」


マテウスから事のあらましを聞いた二人は驚愕した。

昨晩、饗宴の会場で起きた事件は内密にされていた。メリセントの身の安全と、格闘祭当日の秩序を案じての事である。


「でもあの堅物メリセントが王太子に気に入られるなんて……」


ジェイドは事件についても驚いていたが、エルガイアの王太子がメリセントの警護を買って出た事にも驚いていた。


「惚れた相手にだけ見せる意外な一面があったという事じゃな……」


「えっ!惚れた相手!?メリセントが!?」


マテウスの蚊の鳴くような声を、ジェイドは聞き逃さなかった。


「あー、確かにあの王太子かなりイケメンかもしれない…」


ジェフリーが特別席にいるエルガイアの王太子を見て、気まずそうに言った。

遠目に見てもその佇まいに満ちる気品が伝わって来る。

メリセントが惚れるのも無理はないかもしれない。


「そ、そうか〜?別にそうでもないだろ!それに俺だってアゼルニアの王子だ!」


何故か張り合おうとするジェイド。


「う、うん……そうだね」


ジェフリーが引き攣った笑顔を作る。彼は、兄が胸に秘めているメリセントへの想いを何となく感じ取っていた。

兄を応援したい気持ちがある、だからこそ気まずいのだ。


「そ、そういえば母上と……父上も今日はあの特別席にいらしているんですよね」


何だか変な空気になったので、話を逸らしたジェフリー。

その問いにハッとした様子でマテウスが口を開く。


「いかんいかん、君達への大事な用を忘れておったわ」


そう言って、懐から一通の手紙を取り出した。


「実は昨晩、ヴィオラ様からわしの元に使者が来ての、アゼルニアの王太子殿下が急遽帰国なさるとの事で、その挨拶と君達へのこの手紙を渡されたのじゃ」


「えっ!母上はアゼルニアに帰ったのですか」


またしても驚きの事実を知ったジェイドとジェフリー。

もしかしたら今日もう一度母に会えるかもしれないという期待を胸に抱いていたが、それは崩れ去った。

母への哀愁を感じながらも、ジェイドが手紙を開きジェフリーと共に目を通す。

そこには、自分達への愛に溢れた言葉と夫へのささやかな愚痴が記されていた。


「また離れ離れか……」


翡翠色の目を潤ませて、ジェフリーが呟いた。

そんな彼の背中をどんっと叩くジェイド。


「クヨクヨすんな!俺達が元気よくしてる方が母上も喜んでくれるに決まってる!涙は再会まで取っとこうぜ!」


「……う、うん!そうだね!」


頼り甲斐のある兄の言葉に、ジェフリーは涙を拭った。

ジェイドの熱い思いやりは、いつもジェフリーの心の支えとなっていた。

自分は一人じゃない――そう思えるのだ。


(良き兄弟じゃ……同じレイン家とは思えない)


二人の深い信頼関係を垣間見ながら、マテウスはそう思った。きっとヴィオラが二人に注いだ愛が、こうした思いやりに繋がっているのだろう。


彼ら双子の父親と、その弟の関係を知るが故に、より尊く思えた。


 そんな時、闘技場中に響く銅鑼の音が鳴った。

それに続いて吹き鳴らされる管楽器の音。

客席の人々が、歓声を上げる。


「始まるな、遂に」


マテウス達三人が、アリーナの方へと目を向ける。

その中央に立つのは、商人ギルドの有力者クラセナーだ。



「僭越ながら、私クラセナーが商人ギルド……グラディウス市民を代表して、格闘祭の開会を宣言させて頂きます!」


太った体を揺らして、大声で格闘祭の開会を宣言した。

そして、それに続いて神への言上を述べる年老いた神官が姿を見せる。一応、格闘祭は神へ捧げる儀式なのである。


しかし、神官の言上をまともに聴く者など、どれ程いるだろうか、人々の歓声はその最中も止む事は無かった。


「神の怒りを買いますぞ……!言上の時くらい、客を黙らせる事はできないのですか……!?」


言上を述べ終えた老神官が、傍らのクラセナーに語り掛けた。しかし、商人はそれを鼻で笑った。


「私にはどうする事もできますまい。こうして声を上げるのは、グラディウス市民の自由意志なのですから」


「……むうっ」


クラセナーに対して、老神官は返す言葉も無かった。

この神官はグラディウスに金で雇われている身だ。

"アポロン教"が広まって久しいアトラニアで、古代の祭事を必要とする者などそうおらず、グラディウスを出れば食いっぱぐれてしまう。

雇い主に逆らう事はできなかった。


「ではとっとと下がってください、闘技者が入場します」


クラセナーは野良犬でも追い払うように、老神官に向かって手を振った。

老神官は口惜しそうにして一礼すると、アリーナから立ち去った。


(金にならん神官など続けるとは変わり者だな……馬鹿な老いぼれめ)


老神官の背に軽蔑の眼差しを送るクラセナーだったが、すぐに明るい表情を作り直す。


「さあそれでは、皆々様ご覧あれ!勇猛な闘技者達の入場です!」




 ――円形闘技場 闘技者控えの間――


円形闘技場には地下階層がある。篝火を頼りにする薄暗い地下。

そこに、格闘祭に出場する闘技者の控えの間がある。

既に規定の格闘用トランクスのみを履いた闘技者達が、控えの間に集っていた。


 石壁に囲まれた一室に集められた闘技者達は、気温の低い地下であるにも関わらず、身体中に汗を浮かべていた。


戦いを前にした緊張によるものか、あるいは戦いを前にウォーミングアップを済ませた事によってかいた汗か。


――否。皆を支配していたのは恐怖に他ならなかった。


一人の男が放つ強烈な闘気が、他の闘技者に恐怖を与えていた。

しかし、その男は他者を威嚇するような真似は一切取っていない。ただ目を瞑って鎮座し、戦いの時を待っていた。


それでも本能的に察するのだ。これは嵐の前の静けさなのだと。

その男が作り出した沈黙を、無意識の内に誰もが守っていた。


だが恐怖に抗うかの如く、この沈黙を破った闘技者がいた。

肩で風を切りながら、鎮座する男の元へと大股で近づいて行く。


「へ、へへっ!てめぇ強そうじゃねぇか」


闘技者が男を見下ろす。


「俺は"岩砕き"のアミールってんだ。半神の血脈を持つ、名の通った傭兵さ!」


その闘技者が名乗ると、一同の間にざわめきが起こった。

岩砕きのアミールといえば、その怪力と武勇を世に知られた、残虐で恐ろしい傭兵である。

この格闘祭においても、間違いなく優勝候補として挙げられるだろう。


「で、この俺が名乗ってやったんだ。そっちも名乗るのが礼儀ってもんじゃねぇか?ん?」


アミールがいまだ目を瞑ったままの男に詰め寄る。

虚勢を張り、自身を大きく見せる事は、名を売りたい場合であれば時として良い結果を生む場合がある。


しかし、それは今では無かった。


鎮座していた男が、目を開けた。そして、自分を見下ろす者へ鷲のように鋭い眼光を向ける。

アミールの表情が凍りついたように固まった。

男がゆっくりと立ち上がる。

アミールの眼前に現れたのは、鋼の如く鍛え上げられた筋骨隆々な肉体。巨大だが、無駄の一切を感じない究極の戦士の体。


男が、恐怖で顔を引き攣らせるアミールを見下ろして名乗る。


「俺の名はクレス・レイオスだ……名乗ってやったぞ

 とっとと俺の前から失せろ」



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