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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第三十九話 火種

 饗宴が終わった大会議堂には静けさが訪れていたが、武装した兵士達が警戒を解く事は無く、物々しい雰囲気に包まれていた。

 グラディウスの重鎮であるマテウスの孫娘メリセントが襲撃されたという事実は、人々に疑念と不安を呼び起こした。


 メリセントは今、大会議堂の来賓の間にてしばしの眠りについており、その傍らには祖父マテウスの姿があった。

先の一件の後、来賓の間にやって来たマテウスは、ヴィオラが孫に付けてくれた護衛と侍女に礼を述べて主人の元へ帰すと、燭台の微かな火が灯る部屋の中でメリセントを静かに見守った。

 

 そうしてどれくらい時間が過ぎただろうか、いつしか貴族達の饗宴は終わり、メリセントを護衛する目的でグラディウスの衛兵が厳重に警戒を敷いていた。

そして、この警護を差配したのは商人ギルドのクラセナーだった。

 先程、諸々の報告にやって来たクラセナーはメリセントの容態を案じると共に、マテウスの心労も案じていた。

クラセナーが事あるごとにアゼルニアの王太子の肩を持つのは気に食わないが、それでもグラディウスの友人たる彼に、マテウスは心から感謝を述べた。

 

 しかし、あの商人に対して、心の内で何か引っ掛かる物があるのは確かである。

 身内や他国の人々の思惑の片鱗に触れ、気疲れしていたのだろう。いつしかマテウスはうつらうつらと船を漕いでいた。


「お祖父様……」


不意に声を掛けられた。ハッとした様子で目を見開くと、そこには目を覚まし、身を起こしたメリセントの姿があった。


「おお、目を覚ましたか……一安心したぞ」


孫の声を聞き、気疲れが幾分和らいだように思える。マテウスはメリセントの頭を優しく撫でた。


「一体、何が起こったのですか?」


強襲を受け、意識を失っていたメリセントは事態を飲み込めてはいなかった。それ故に、彼女は不安と恐怖を覚えていた。

だからこそ事態を知る必要があった。

マテウスはさっき起きた事をメリセントに告げた。



 そうしてマテウスから事の成り行きを聞かされたメリセントがまず口にしたのは、自身の怪我を治してくれたヴィオラへの感謝だった。


「妃殿下には何とお礼をしたら良いか……」


周りを顧みず、一心に自分を治療してくれたヴィオラの優しさに、メリセントは感激した。


「いずれはアゼルニアの王妃となるお方じゃ。皆を慈しむ良き王妃となる姿が目に浮かぶのう」


自身の利益の為に身勝手に振る舞う人々が溢れる今世にて、彼女のように慈愛に満ちた人間がどれ程いるのだろうか。


「あのような方が母上であるのが羨ましく思います」


そう言ったメリセントが思い浮かべるのは、学友であるジェイドとジェフリーの姿だった。

母のいないメリセントにとって、ヴィオラのような母親に愛されている双子の王子達は、恵まれていると思えた。


「ジェイドとジェフリーの事じゃな……」

 

マテウスが目を伏せる。

彼らが恵まれた家庭に生まれたと、そう言い切る事はできなかった。

しかしそれでも、それだからこそメリセントには女親の優しさを強く印象付けるのかもしれない。


「そういえば、私の母はどんな人だったのですか?」


ふとした様子でメリセントがマテウスに尋ねる。

病で亡くなったという事は知っている。

物心ついた頃から祖父に育てて貰っていた。愛を受けて何不自由なく育ち、一片の不満を抱いた事は無かった故に、両親の話を深く聞いた事が無かった。


「ヴィオラ様にも劣らぬ優しい母であり、妻であった。名前はアメリア」


メリセントの母アメリアは、マテウスの一人娘だった。他国からやってきた男を婿に迎えて結婚し、二人の間に生まれたのがメリセントである。


「そうだったのですね…」


メリセントが頬を緩める。


「グラディウスを守る強い騎士には勿論なりたい。でもヴィオラ様や母のように優しさを忘れずにいたいです」


ベッドの上で微笑むメリセントの姿を、マテウスは晩年のアメリアに重ねた。

老父の目に、涙が浮かんだ。


「母のように優しく、父のように強くあれメリセント」


マテウスが優しくメリセントの手を握った。


「父は強い人だったのですか?」


マテウスの言葉に、メリセントが興味を惹かれる。

父についての話を、祖父に尋ねた。

メリセントの父は15年前に起きた、モンスターのグラディウス襲撃の際、勇敢に戦い戦死していた。


「ああ、勇者と呼ぶに相応しい男だった。名はアルガーと言って……」


マテウスが、メリセントの父について語り始めた時だった――


「失礼致します術士長殿、ご令嬢を見舞いたいとエルガイアの王太子殿下がお見えです」


衛兵が取次にやってきた。


「お通しして!」


メリセントが反射的に応じる。しかし、すぐに顔を赤くして、マテウスの顔色を伺った。


「……よろしいですか?お祖父様」


「おぬしが良いなら勿論じゃが……」


王太子への分かり易い好意を滲ませるメリセントに少々戸惑いながらも、マテウスは王太子を通すよう衛兵に命じた。


 程なくして、エルガイアの王太子バルカが来賓の間に入って来た。燭台の光の灯る薄暗い部屋が、彼が来た事で心なしか明るくなったように思えた。

バルカは足早にメリセントの側へと近寄ると、心配そうに声を掛けた。


「ああメリセント!さっきは側にいながら守ってやれず済まなかった…」


「滅相もございません!私こそ殿下の側にいたせいでご迷惑を掛けてしまったのではないかと……」


「私は無事だ。しかし、そなたを案じると居ても立ってもいられず、配下に命じて街の衛兵と共に警備をさせている」


エルガイアの兵が大会議堂の警備にあたっている事をマテウスはクラセナーから報告を受けていた。


「友情の証に」


バルカはその言葉を告げて、メリセントの護衛を申し出た。

マテウスはバルカの人情に感激し、今それを知ったメリセントも同じく心を揺さぶられた。


「本当に感謝します殿下」


マテウスが深々と頭を下げる。

それをバルカは手で制した。


「何も気にする事は無い、我らは友だ。故に友を傷つけた不届き者は許せない。襲われるような心当たりはあるか?」


正義感からか、バルカは事件について追及しようとしているらしい。


「分かりません……犯人に問いただそうにも、奴はいまアゼルニアの手の内にあります」


「そうであったな……私自らの手で責苦を味合わせ、洗いざらい吐かせてやりたいくらいだが……」


バルカが悔しそうに唇を噛む。

そんな彼を見て、自分の事を深く思ってくれているのだとメリセントは感じ、一層彼に魅入られていった。


「とにかく、今はゆっくり休むべきだ。私は引き続き兵達と警戒にあたる。安心して眠ると良いメリセント」


そしてバルカはメリセントの手を取ってキスすると、部屋を出て行った。

バルカの行動に胸が高鳴ったメリセントは、何か言おうとしたが口籠もってしまった。

彼が去った後も、メリセントはしばらく部屋の扉の方をじっと見つめていた。



 一方、大会議堂の大正門の前では、篝火の周りに数人の人影が集まっていた。

周囲の警戒をし易くする目的もあるが、秋が深まって来きた近頃は夜になると冷え込んでくる。なので、篝火をたいていた。


「そういやあのデカい傭兵はどこ行ったんだ」


篝火を背にして一人の男がぼやいた。

赤毛の髪を肩まで伸ばし、立派な髭を蓄えている。背は高く分厚い体躯は、見る者を圧倒した。


「それでいったらお前もデカい傭兵になるぞ、ジーク。それにあの男はもう帰った」


赤毛の男をジークと呼ぶ男。黒髪に浅黒い肌、彼も髭を蓄えており、赤毛の男程では無いが、がっしりとした戦士の体格をしている。


「しかしアズラクよぉ、奴の特徴なんてそんなもんだろ?」


自身の名を呼んだ男にジークは語りかける。


「名前くらい知っているだろ?あの英雄クレス・レイオスだ」


低く落ち着いた声でアズラクが答えた。

しかし、アズラクの発した英雄という言葉を、ジークは一笑にふした。


「はっ、英雄だか何だか知らねーが、伝説のモンスタースレイヤー、竜殺しのジーク様に敵うわけもないね。それに今や俺は王太子の親衛隊の一人だ!ただの傭兵じゃねぇ」


「その伝説のモンスタースレイヤーが食いっぱぐれて今や雇われボディーガードか」


ジークの調子を挫くように、アズラクがぶっきらぼうに言い捨てる。


「そ、それは言わねぇ約束だぞ!」


「そんな約束してはいない」


そんな二人のやり取りを耳にしながら、笑い声を漏らす男がいた。


「おい!何笑ってんだベルバード!」


その男はやや背中を丸め、篝火に手を翳していた。

火に照らされた肌の色は黒く、アトラニアの外にあるエルドア出身である事を示していた。


「ふふっごめんなさい」


二人の息のあった掛け合いが、ベルバードは好きだった。


「しかし、エルドア人の商人をわざわざ連れて来るとは殿下も変わってんな」


ベルバードの丸まった背中を見ながら、ジークが言った。


「この男はオスカー殿の右腕だ。何か考えあっての事だろう」


それに対してアズラクが答えた。

しかし実際の所、大した理由は無い。歴史好きのベルバードの休暇をかねて、彼の上役が王太子に同行させたに過ぎない。

それをわざわざ教える訳でもなく、ベルバードは静かに火に当たり続けた。


しかし、望まぬ時こそ思わぬ収穫があるという物だ。


商売においても同じような事がある。ベルバードはぼんやりとそんな事を思いつつ、篝火を見つめていた。


 そんな時、大会議堂の玄関が開き、中から人が出てきた。

エルガイアの王太子、バルカだった。

彼は私兵の女騎士ライラを連れて、三人の元へとやってきた。


「面会は済みましたか殿下」


アズラクが若き主君に尋ねる。


「まあ、首尾は上々と行った所かな」


無表情で、バルカが答えた。


「まあ、殿下みたいな色男が笑顔を振りまきゃ、どんな女子だろうと簡単な落ちちまうだろうよ」


ジークが下卑た笑みを浮かべる。その視線はバルカの隣に立つライラへと向けられていたが、彼女は気付かない振りをした。


「しかし、名家の落とし子がこれまた名家の子として育てられるとは……運命とは面白いものです」


「違うなアズラク。正統な後継者が他国に落ち延びて作った子だ。アルガーが死んだ今メリセントが正嫡だ」


バルカがアズラクの発言を訂正する。それに対してアズラクははにかんだ。


「確かにそうですね。プロウス家正嫡の彼女を味方に付ければ兄君の最大の支援者の正当性は失われる」


「そして、私が勝利する」


アズラクの言葉に、バルカが語気を強めてそう続けた。


「しかしよぉ…殿下の魅力でメロメロにして、折をみてエルガイアに連れ帰っちまおうなんて……色恋を餌にするとはすごい発想ですよ殿下。まるで傾国の毒婦が思いつくような作戦だ」


少々下品な捉え方だが、ある点を除けばジークの言っている事は間違いでは無い。


「傾国の毒婦とは、光栄だよジーク」


烈風のような強い口調でそう言ったのはライラだった。

作戦を考えたのは、他でも無いライラである。


「おっと……ま、褒め言葉として受け取っておいてくれ」


ライラが作戦を立てていたとジークは知らなかった。

彼は気不味そうな顔で視線を逸らした。


(殿下の寵愛を受けているからこそ思いつく作戦だな)


ジークは内心でライラを小馬鹿にしたが、声に出す事はやめた。


「いやはや、謀は上手く進んでいるようですね」


そんな中、火の側で体を丸めていたベルバードが火を見つめたまま言った。


「ああ、お陰様でな。お前も歴史ある都市の観光を楽しめているか?」


ベルバードの方を向くバルカ。炎に照らされた商人の顔は穏やかな表情を見せていた。


「はい、実に有意義です。今日は魔術学校の大図書館へ足を運んできました」


「そうか、さぞ面白い書物を読み漁って来たのだろうな」


「書物も、ですが。殿下にとっても面白い物を見る事ができました」


ベルバードの言葉にバルカは興味を示した。


「私にとっても面白いものか……聞かせてもらおう」


バルカがそう言うと、ベルバードは静かに頷き、王太子へと向き直った。


「魔術学校にいるレイン家の王子と王太子の諍いの現場を偶然目にしました。アゼルニアの王家はどうも荒れているようです」


アゼルニアはバルカの抱く野望への道の中で、関門となる事が予想されていた。

その王家に、争いの火種があるようだ。


「確かエドワード殿下には双子の王子の他に、妾に産ませた娘がいたはずですよね。かの御仁は王子を蔑ろにして、娘の方を大層可愛がっているとか」


エドワードが双子を遠ざけ、正嫡ではない落とし子を優遇している事はあまり知られていない。

しかし、アゼルニアに放った諜報員からの情報を、バルカとその周りの者は共有していた。


「どこにでも、血統を巡る争いの種は転がっているものですね」


火の粉がパチパチと音を立てている。ベルバードはそれを横目で見遣った。

彼の話を聞いて、バルカが笑みを見せる。


「面白い事を聞いた」


そして、篝火から生まれて弾け飛んで行く火の粉を、何気なしに目で追った。


「今はまだ火種に過ぎない。しかし――やがて氷河をも溶かし尽くす火炎となるであろう」



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