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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第三十七話 絶好の機会

 会議堂の大ホールに集まった諸侯からどよめきが上がる。

エルガイアの王太子バルカと共に饗宴の会場に現れたのは、魔術王の再来マテウス・デュエルハルト。

そして、三戦帝の一人にして雷の神の末裔、クレス・レイオス。


 人々からクレスへ、畏敬や羨望、恐れといった様々な念の籠った視線を注がれる。しかし、彼に取ってみれば慣れたものだった。

超然的で剛毅木訥な大男は、手近にあったテーブルの上に置かれた骨付き肉をゴツゴツとした大きな手で掴むと、それに食らいついた。


「この男は明日の格闘祭に出場するらしく、この場に招くのも一興と思い、私が連れてきた」


自己紹介するでもなく、目的のご馳走に手をつけ始めたクレス。そんな無頼漢をここへ連れてきた理由をバルカが語った。


「なんと…!そうでございましたか」


それを聞いたマテウスが驚きの声を上げる。

彼だけではない、居並ぶ諸侯達もそれは同じだった。

 格闘祭に集う闘技者の目的と言えば、トーナメントを勝ち上がって優勝賞金を得る事の他に、その武勇を示して王国の軍から招聘を受けるという、立身出世への機会を得る目的がある。

そして大半の出場者は後者の目的が多い。

即ち、根無草の英雄であるクレス・レイオスが、ついに士官口を求めて格闘祭へやって来たのだと、諸侯は考えた。


――英雄を我が国の軍へ迎え入れたい


この場の貴族の多くが抱いた願望。

アポロヌスは王国の連合として、その領域で平和を維持してきた。

しかし、度重なる東域との戦争や、それによって浮き彫りになり出した掟の形骸化。

群雄割拠の世を生き抜いて来た者ならば、その国の大小を問わず、時勢を読めない者などいなかった。


この平和(れんごう)は危うい、と。


 まるで、薄氷の張った湖の上を歩くかのように、小国の貴族達がバルカやクレスの方へと近寄って行く。

徐々に彼らの周りには人が集まり始める。

バルカに挨拶をするとそのままクレスとの関係性を問う者や、名高き英雄クレスに士官を口説く者、他者に先を越されて、口を挟む機会を見失った者。

時勢の波に飲み込まれまいと、小国なりの術を彼らは尽くしていた。


 そんな人々に囲まれながら、クレスはマイペースに食事を続けていた。

投げ掛けられる賛辞や各々の国の良さの話を生返事で、あるいは沈黙で受け流しつつ、飯を口に運び続けた。


(騒がしい。こんな事になるとはな)


自分の名声に群がる者が多くいる事をクレスは今日知る事となった。

立身出世を望む傭兵ならば、これ程甘美な時間は他に無いだろう。しかし、彼にとってそれは甚だ迷惑な物に違いない。


――10年前に故郷でも同じ経験があった。


相手にしない事が、面倒を起こさないで済む一番の方法だ。だが、このままでは食事の邪魔になる。

クレスはこの状況を作った張本人に責任を取って貰おうと、その男のいる方を向いた。


その男、つまりバルカはマテウスの孫娘を隣に置き、他の諸侯に囲まれて楽しげに歓談している。

あちらもあちらで、どうにかして貰える状況では無さそうだ。

「はあ」と溜め息をついたクレスは、ワインでも飲んで気を紛らそうと、辺りを見回してグラスを持って歩く給仕を探した。


そんな時、護衛に囲まれて特設の席に鎮座する、一人の男に目を奪われる。

雪原を思わせる銀髪に、翡翠色の眼。そして、氷柱(つらら)のように冷たく尖った異様な魔力。


クレスは手に持っていた骨つき肉をテーブルに放ると、周りを囲む貴族達を押し退けて、その場から去ろうとする。


「英雄クレスよ、どこへ行くのだ」


話の途中だったのに、それを遮って去って行くクラスに向かって、貴族の一人が困惑しながら尋ねた。

彼らにクレスは背を向けたまま立ち止まると、


「俺は英雄などでは無い」


そう吐き捨て、立ち去った。

その行先にある大国の王太子の席を見て、貴族たちは後を追う事を躊躇った。

皆、かの王太子を恐れていた。


クレスの向かった先にいたのは、アゼルニアの王太子、エドワード・レインだった。

エドワードの護衛達の面持ちが硬くなり、クレスの行手を阻む。

しかし、当のエドワードは楽しげに口を歪ませていた。


「良い、下がれ」


護衛にそう命じると、自身と同じように笑みを浮かべるクレスと対峙した。


「あんた、強いな」


クレスがエドワードに向かって吐いた第一声はそれだった。


「おい待て、英雄だか何だか知らないが、アゼルニアの王太子殿下に向かって無礼だぞ」


忠義の男カイル・グレッグは、主人に向かっての無礼に対して事の他敏感である。

かのクレス・レイオスだろうと恐れずに口を挟んだ。


しかし、クレスはカイルへは一瞥もくれる事は無かった。

今この男の興味は、ひたすらにエドワードへと向けられていた。


「まあ、良いではないか」


エドワードがまだ何か言いたそうなカイルを制する。

そして、手に持っていたグラスのワインを一口飲んでから、クレスに尋ねる。


「貴様の名は耳にした事がある。何の用だ」


強者との戦いをひたすらに求め、旅を続けて来た男が答える。


「俺と戦え」


その一言に、エドワードの護衛達が俄かに殺気立つ。甲冑を鳴らして身構え、剣に手を掛ける。

それを手を上げて止めるエドワード。未だ微笑みを浮かべながら、手に持ったグラスを小刻みに揺らした後、再び尋ねる。


「私に何の利がある」


クレスが眉間に皺を寄せる。


「そんなもの知るか」


クレスが逆の立場であれば、「強者と戦える」と答えただろう。しかし、自分は目の前に座る銀髪の男ではない。


クレスのあまりに勝手で厚顔なその物言いに、エドワードは思わず吹き出した。


「ふはははっ!なんと馬鹿馬鹿しい奴だ」


冷酷な王太子が大笑する姿など、滅多に見られない。

彼の周りにいた者達が目を丸くする。


「どうにもグラディウスには、血の気が多い無頼の徒が蔓延っているようだな。今日だけで三度も戦いを挑まれるとは思ってもいなかった」


ワインをテーブルに置き、肩を揺らすエドワード。

その言葉を聞いて、クレスが怪訝な顔をする。


「俺以外にも、あんたに喧嘩を売った奴がいたのか」


この銀髪の男は、おそらく神の力を受け継ぐ魔術士。少しでも魔術に心得があるものなら、命を惜しんで戦いを挑む事などしないだろう。

「それはどんな奴だ」とクレスが尋ねる間もなく、エドワードが昼間の出来事を回想して答える。


「ああ、いた。一人は私と因縁のある愚かな弟。そして、その友人と名乗る奇妙な風体の異国人」


エドワードから笑顔が徐々に消えて行き、いつもの冷たく厳しい表情に戻って行く。

そんな彼の言葉にクレスは、昼間に出会ったある男の姿を重ねた。


(……まさか)


彼の弟の方はともかく、異国人の方には心当たりがあった。

あの男なら、神の力を宿すこの王太子に挑んでも不思議では無い。


「ふっ、奇妙な風体の異国人…か」


クレスが微笑して呟いた。

エドワードはそれに何か引っ掛かったが特に追求はしなかった。


するとそこへ、ある人物がやって来る。


「今、弟と仰いましたか」


「マテウス殿…」


マテウス・デュエルハルトの登場に、夫の隣に座るヴィオラは胸を撫で下ろした。

無頼の傭兵と冷酷な王太子との間で生まれた、重く険しい空気に辟易していたヴィオラにとって、穏やかで優しい雰囲気を持つマテウスの存在は心を静めてくれる。


「ご無礼は承知でしたが、物々しい雰囲気が漂っておりましたので近寄った所、耳に入ってしまいました」


この饗宴の会場においても、グラディウスの守護者は秩序を保つべく目を光らせていた。


「それで、弟がどうした御老体」


エドワードがマテウスを睨む。

先刻の魔術学校の一件で、自身を諫めたマテウスの事を苦々しく思っていた。


しかし、マテウスとしては彼からの嫌悪など気に留める必要など無い。

エドワードの冷たい眼光にも怯まずマテウスが続ける。


「だとすれば先程殿下と揉めていたのはジャックなのですね」


その名を聞いて、エドワードが表情を強張らせ、押し黙る。

そんな夫の代わりにマテウスに答えたのはヴィオラだった。


「ええ、そうです。さっきは説明する余裕もありませんでしたが……あれは義弟(おとうと)のジャック・レインです」


「なんと……で、では……」


マテウスが言葉を詰まらせる。

思い返して見れば、魔術学校に在学していた頃の面影が確かにあった。

しかし、マテウスがそれでも彼に気付かなかったのは、少年の頃には無かった、どこか荒んだ憂鬱な雰囲気なせいだった。


(やはり()()()()は彼の心に大きな闇を落としていたか……)


レイン家に起きた悲劇と、それによって生まれた因縁を知るマテウスは、今日の一件でその因縁が更に深刻になってしまったのではないかと憂いた。

そしてマテウスが最も憂慮するのは、魔術学校の長として預かる学生の事だった。


「ご子息にはジャックの話をされましたか?」


「……いいえ、した事はありません」


マテウスの問い掛けに首を振るヴィオラ。

その時、黙っていたエドワードがドンッとテーブルを叩いた。

大きな音に皆が驚き、注目する。


「マテウス・デュエルハルト…貴様が当家の事に首を突っ込む筋合いは微塵もない。私の前から失せろ」


底冷えするような殺気を滾らせて、エドワードが低い声で唸る。


「まあ、そう騒ぐな」


身構えるマテウスを尻目に、割って入ったのはクレスだった。


「今聞こえたジャック・レインって名は俺も聞いた事がある。確か俺と同じ三戦帝。それがあんたの弟だったとはな」


クレスの鷲のような双眸に鋭い光が宿る。

 先の戦争が終わってから、他の戦帝と呼ばれる者の行方を追っていたが、足取りは一向に掴めなかった。

しかし、その兄である男が目の前にいて、探していた戦帝本人もこのグラディウスに来ているという。


クレスは心を踊らせた。


この男と戦い、その後で戦帝とも戦う。

それが叶えば何とも甘美な筋書きとなるであろう。


「こんな爺さんを虐めて何が楽しい?戦うのなら、俺と戦え」


「しつこいぞ貴様……本当に殺されたいのか?」


クレスの挑発に、エドワードが言葉に強い怒りを滲ませる。

エドワードの持つ強大な魔力が全身から湧き立つのをクレスは感じ取っていた。


「それは面白い冗談だな」


面白くなってきた。強者と対峙してこそ感じる、身を削ぐような荒々しい緊張感。

クレスも内に持つ魔力をその身から立ち昇らせる。


神の血を宿した二人の魔術士の放つ魔力がぶつかり、その異様な圧力が、饗宴の会場を包み始める。

魔力を持たない者でも、これが自身の命に危険が及ぶかもしれない事を本能的に察知した。

多くの者が身を震わせ、恐怖で脚をすくませた。


しかし、この一触即発の状況を前にして、それでも笑う者がいた。


「はははっ!人騒がせな連中だ」


エルガイアの王太子バルカは、野良犬の喧嘩でも見ているかのように、乾いた笑い声を響かせた。


「ば、バルカ様……?」


他の者同様に、息を飲んで立ち竦んでいたメリセントだったが、バルカの笑い声を聞き、狐につままれた様な顔をして彼の方を見る。

それに気づいたバルカがメリンセトと視線を合わせる。

今起こっている危機のせいなのか分からないが、メリセントの心臓が、鼓動を早める。


「あの二人、戦うと思うか?」


こちらを見つめるメリセントに問うバルカ。

愚問であろう。二人の放つ殺気は尋常ではなく、ぶつかり合う魔力は今にも大会議堂を弾き飛ばしてしまいそうだった。


「き、危険な状況です……」

「それは、戦うということか?」

「お、恐らく……」


メリセントと言葉を交わしたバルカだったが、彼女の戦々恐々とした面持ちとは正反対に、にこやかな表情を崩さなかった。


「だったら、私は巻き添い喰らって死ぬしかないな」


他人事のようにあっけらかんとした様子のバルカ。


「何を仰せですか!何かあっても私がお守りします」


バルカの自暴自棄とも取れる言葉に、咄嗟にメリセントが口を開く。しかし、すぐに出過ぎた事を言ってしまったと気付き、恥ずかしそうに口を噤む。

バルカはそんな彼女の背に手を当たると


「嬉しいよ」


と一言告げた。

たったそれだけの言葉だったが、メリセントの頬を赤く染め、胸を熱くした。

しかし、彼の次の言葉は思いもしない物だった。


「なんだか楽しくなってきたな」


誰もが恐れ慄き、立ち竦む中で、この男は無邪気な笑顔でそう言った。

端麗なその顔に浮かべた笑みは、恐ろしく眩しかった。

大きな戦意と殺意が渦巻く空間の中、メリセントは目の前のその笑顔に魅入られて、何も言わずに見つめていた。



 そして――皆が恐怖に身を固め、二人の魔術士に釘付けになっていた。

この状況は、ある男にとって――奇襲にとって恰好の機会となっていた。


突如として耳に入り込んで来たのは、大ホールの壁を何かが突き崩す巨大な音だった。

張り詰めていた緊張感が極限まで達していた時、それは起こり、人々を混乱の渦に巻き込んだ。


壁を崩した事によって生じた粉塵の中から現れた人影、それはすぐに逃げ惑う人々の波に紛れた。


――騒ぎに乗じて、守護者の剣はこのアーリが奪う


狩人は静かに、それでいて大胆に獲物へと近づいて行く。

そして、狩りの射程に獲物が入った。

視界に捉えた少女は、まだ狙われている事に気付いていない。

アーリはほくそ笑み、静かに魔術を詠唱する


「翼を授け、空を駆る狩人の力をこの身に与えよ」


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