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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第三十六話 王太子の友人

 話は少しだけ前に遡る。

祖父のマテウスと共に格闘祭前夜の饗宴会場に到着したメリセントは、同時刻エルガイア王国の使いとして馬を駆ってきた、女騎士ライナの伝令を偶然耳にした。


「私はエルガイア王国の騎士、メリオルドのライラ!

 主である王太子バルカはもう間も無く到着する!」


正門を見張る衛兵に、女騎士がその名と要件を伝える。

凛とした力強い声の口上と、漆黒の甲冑を纏ったその堂々たる姿は、騎士に憧れるメリセントの関心を引きつける。


「あ、あの入らないので?」


大会議場の玄関の扉を開けた守兵が、女騎士を見つめるメリセントに尋ねる。

それが聞こえなかったメリセントは何も言わなかったが、代わりにマテウスが守兵に応える。


「悪いのう、もう少ししたら中へ入る」

「承知しました…」


労いの意味を込め、扉を締め直す守兵の肩をポンッと叩くマテウス。

そして、目を輝かせている孫の顔をちらりと見やる。


人前ではいつも名門の令嬢として気高く、殊勝に振る舞っており、大人びて見えるメリセント。

しかし、自身の興味のある事柄や目指す夢の話しとなると、目を輝かせて一方にしか耳目が向かわなくなるのは、あどけなさの残る16の少女その物であった。


そんな孫の様子を可愛らしく思い、好々爺は「ほっほっほっ」と短く笑った。


 そして少女が、馬を降りて衛兵とやり取りする女騎士ライナを遠巻きに見ていると、新たに地を鳴らす蹄の音が遠くから聞こえてきた。


 星灯石の朧げな光が照らす夜道を進む漆黒の騎士の一団と、その使用人と思しき徒士の隊列。

それを先頭で率いていたのは、金銀の糸をあしらった絢爛な衣装を纏い、真珠のような白馬に跨った若い男。

いで立ちから一目で高い身分の貴族である事が分かった。

その男が騎士団と共に正門の前まで接近すると、ライラが頭を垂れて迎える、それに倣って衛兵もすぐに一礼する。


騎馬の一団が門前で足を止める。

先頭の男が慣れた身のこなしで馬から降りる。

彼が馬から降りるのを見ると、従っていた騎士達も一斉に下馬した。


「大義であった」


ライラに対して、短く労いの言葉を掛けると、門の中を見回しながらよく通る澄んだ声で呼び掛ける。


「誰ぞ馬を引け」


それを聞き、会議堂の敷地内で働いていた衛兵や使用人達が慌てて男や騎士らの馬の手綱を取りに走り、来客用の厩にそれらを繋げに向かう。


 そして貴人の男は、(いかめ)しい甲冑の騎士達と正門を潜り、大ホールの玄関へと向かって歩いて来る。

絢爛な衣装を着こなし、気品に満ちた佇まいと、眉目秀麗な色白の顔。

メリセントは先頭を歩く貴人の男に釘付けになっていたが、その男が彼女の視線に気付いた。

はっとした様子で目を見開くメリセントに対して、男は目を細めて微笑みを浮かべた。

この時16歳の少女には、漆黒の騎士に囲まれて歩く男が、まるで闇夜の空に浮かぶ一等星のように輝いて見えた。


「おーい、もしもーし」


頬を紅潮させて一点を見つめるメリセントの視界を遮るように手を振ったのはマテウスだった。


「えっ!お祖父様どうしましたか!?」


我に帰ったメリセントが焦った様子でマテウスの方を向く。


「ほっほっほ、顔が真っ赤じゃぞ」

「えっ!」


祖父に指摘され、恥ずかしそうに自分の顔に手を当てて覆うメリセント。

マテウスは孫娘があの貴人の姿を一目見た時、その心を奪われたのだろうと察していた。


(もうそんな年頃かの)


恋を知る年頃の孫娘の姿をこれまた可愛らしく思う一方で、一抹の寂しさを覚える複雑な心境でもあった。


(親心……いや祖父心というものか……)


そんな事をしみじみと思い耽るマテウスと、赤面して顔を手で覆いもじもじしているメリセントを、何とも言えない表情で見ていたのは、騎士を連れた貴人の男だった。


「そこの御老体にご令嬢、何やら楽し気であるな」


道の真ん中で自分達の世界に浸る二人に男が声を掛ける。

それにハッとした様子で、二人は我に帰って態度を改め、彼の行手をあける。


「これはとんだご無礼を、王太子殿下」


マテウスが深々と頭を下げる。メリセントもそれに倣った。


「殿下とは…私の配下の伝令が聞こえていたようだな。

 良い。そうお気になさるな。面を上げられよ」


二人に対して怒る素振りもなく、優しく語り掛ける男。


(このお方が、アポロヌス四大国の一つ、エルガイア王国の王太子…)


顔を上げたメリセントの前に立つのは、大国の王太子バルカ。自分よりも幾つか歳上だろうか。聞き心地の良い落ち着いた声色に、凛とした端正な顔立ち。

まだ言葉も交わしてないのに、メリセントは高貴で優雅な雰囲気のバルカに魅力を感じていた。


 間近でバルカの姿を見て再び赤面する孫娘の隣で、マテウスが腰を低くして自身の名を名乗る。


「ご挨拶が遅れました。私はこのグラディウスで守衛魔術士隊の長を務めております、マテウス・デュエルハルトにございます」


「何と…あなたが魔術王の再来と名高いマテウス殿であったか」


その名を聞いて、バルカが驚きの表情を浮かべる。

バルカだけでは無い、彼の率いる漆黒の騎士たちの間にもざわめきが走った。


「生ける伝説と目見える事ができるとは、それだけでもグラディウスに足を運んだ甲斐があるという物」

「滅相もない、このような老いぼれには過分な賛辞にございます…それよりも若き才能こそ、賛辞に値する物でしょう」


マテウスが頭を下げて謙虚にそう答えると、自身の傍らに立つ孫娘の紹介を始める。


「これは私の孫であるメリセントです。齢16にして既に魔術の才能を開花させており、ゆくゆくは私を超える偉大な魔術士となるでしょう」


自慢の孫をバルカに紹介するマテウスの顔は生き生きとしていた。

それを受けて更に顔を熱くするメリセント。緊張したまま自身の名を名乗る。


「ご、ご機嫌麗しゅう、殿下…メリセントにございます」

「マテウス殿から素晴らしい魔術の才を受け継いだようだな。会えて嬉しいぞ」


硬い表情のメリセントだったが、「会えて嬉しい」という言葉に思わず頬が綻ぶ。冷静ならお世辞と取る物だが、今の彼女の心は浮き足立っていた。


そんなふうにして、三人が挨拶を交わしていた時だった――


「おい、いつまでここで待たせる気だ?」


重く、深く、大きく。稲妻のように鮮烈な魔力の気配。

マテウスとメリセントに鋭い緊張感が走る。


騎士の隊列の後ろから巨体を揺らし姿を見せた男。

強大で底知れない獰猛な魔力を隠す事も無く纏い、鷲のように鋭い眼光を放っていた。

その男の名はクレス・レイオス。

クレスはまず、その眼光をマテウスの方へ向ける。


(魔術王の再来か……思っていたよりも、だな)


世に名高い魔術王の末裔。勿論その名はクレスも知っていた。しかし、その男を実際に目にしたクレスは興味の矛先をすぐさま変えた。

次に目を向けたのは隣のメリセント……が帯刀する剣だった。


その剣が秘める何か底知れない魔力を、クレスは看破した。


(不相応だな)


赤子に包丁を持たせるのが危険な事など、誰もが知っている物とクレスは思っていたが、そうではないらしい。


 退屈そうな表情を浮かべ、怒髪を掻き上げると、ここへ連れてきたエルガイアの王太子に向かって文句を吐く。


「美味い物にありつけると聞いて着いて来てやったが…お喋りが終わるまで待てと言うなら俺は帰るぞ」


「なんと…!殿下に向かって……」


その不遜極まりない物言いに、マテウスが驚く。

しかし、クレスにからしてみれば、どうでもいい事だった。


「まあ落ち着けクレス。すぐに中へ入ろう」


バルカが、クレスの背中をぽんと叩き、気さくな様子で宥める。


「あ、あの…殿下。この方は何者ですか…?」


バルカとクレスの奇妙な間柄を訝しんだメリセントが、不躾ながら尋ねた。


「彼はクレス・レイオスと言って、私の友人だ。

 ここに来る道中で偶然再会してな、連れてきた」


「くっ、クレス…レイオス…!?」


三戦帝と呼ばれ、雷の神の末裔と言われる究極の魔術士。

その名を聞いて、メリセントとマテウスは驚愕した。


「いつから友人になった。お前の父には一宿一飯の恩がある。それもあって今回誘いに乗ってやったまでだ」


「そう固いことを言うな、共に食卓を囲んだ中であろう」


頭に入って来る情報に、回転が追いつかないメリセント。

「どういう事でしょう」と、隣の祖父に顔を向けるが、


「何がなんだか……」


と彼もまた頭の回転が間に合って無い様子だった。

そんな二人に構わず、バルカが共に会議堂の中へ入ろうと勧める。

一国の王太子とは思えない気さくなバルカの空気に飲まれる二人。しかしそれは、英雄クレスとて同じだった。


「そうだ、せっかく大勢の者が中にいる訳だしちょっとしたサプライズを催そうではないか」


突然、バルカが皆に向かって提案する。

そして、目を細めてクレスの方をじっと見る。


「何をする気だ」


面倒くさそうに視線を返すクレス。

すると悪戯っぽい笑みを浮かべ、バルカが言う。


「喜べクレス、そなたがその主役となるのだ」


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