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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
33/99

第三十一話 推察

 不覚を取った。深刻なダメージは負ってないのがせめてもの救いだ。

バーサークの驚異的な力を身をもって体感したカイルだが、勝負に負けた悔しさを感じている暇は無い。

 瓦礫の下から自力で立ち上がり、重い足取りで路地を去ろうとするカイルに対して、周りの人々が何やら声を掛けて来るが、その一切を無視してカイルは歩いた。

 自分以外にも神崎三郎の持つ神代の遺物を狙う者がいたのだ。この事はすぐにでも王太子エドワードに伝える必要があった。


(まあ、何とか走れそうだな)


歩きつつ自分の容態を確認したカイルは気怠そうに首を回すと、一呼吸置いてから全速力で駆け出した。

 あまりの速さに群衆は呆気に取られ、カイルを追う事など叶わなかった。一人を除いて。


「ちょっ…!急に走り出して…」


ローラからカイルの尾行を命じられたマリーは、駆け出したカイルを追うべく自らも全力で走り出した。

日頃からトルミア騎士団の一員として鍛錬に励むマリーの走力を持ってしても、カイルをギリギリ視認できる程の距離を保つのがやっとだ。

しかし、この絶妙な距離感が、図らずもカイルに尾行を悟らせない結果となっていた。

 カイルは戦いのあった路地を抜けて大通りに出ると、再び別の狭い路地へと飛び込む。マリーもそれを追って駆けに駆けた。

 

 そしていよいよ日が暮れ初め、星灯石の灯りが街を照らし始めた頃、カイルがある館の付近で足を止めた。

この館はもちろん、大商人クラセナーの館である。

しかし、マリーはそんな事知る由もない。


「大きな館ね…どんな人が住んでんだろ」


遠くに視認できるカイルは、おそらくこの館の裏門であろう場所から、石壁に囲まれた敷地内へ入って行った。

 マリーは館の詳細を探るべく、大きな通りに面した館の表門の方まで回る事にした。


 大通りに出ると途端に人通りが多くなる。そして館の門前まで来たマリーは、大きな門の奥に見える豪奢な建物から、この館の主人は中々の権力者であると推測した。

そして推測を確かな物にするべく、通りを歩いていた行商らしき男を捕まえると、


「この館ってどんな人が住んでるの?」


と単刀直入に尋ねた。

急に声を掛けられた行商はそれに戸惑いつつも、グラディウスで最も有名な大商人の名を口にする。


「こ、ここはグラディウスの商人ギルドでも有力なクラセナー氏の館ですが…」


「ふーん、どうも」


マリーがぶっきらぼうに礼を言う。

行商の男はそれを聞くと訝しげな顔をして去って行った。

 マリーの予想通り、館はこの街の有力者の物であった。


(さっき狼と戦っていた男はクラセナーとか言う商人の手の者って事か。でもなぜその商人が神崎を狙うの?)


自由都市グラディウスが商人ギルドに牛耳られている事は有名だ。そのギルドの有力者が神崎を狙う理由は謎である。


(あの野蛮人がお高く留まった商人に失礼な事して顰蹙でもかったのかしら?)


実にあり得る事だ。

マリーがそんな邪推をしていた時であった。


 館の門が低い唸りのような音と共に開かれる。

そして、甲冑を纏った重装歩兵が隊列を組んで館の中から出てきた。

一糸乱れぬ行進をする数十名の歩兵。それに続いて絢爛な重装備に身を包み白いマントを靡かせながら、馬に跨った騎士の一団が門から現れる。

そして、隊列の中央には騎士団に護衛されるような形で、箱型の馬車が進んでいる。

馬車の傍らを進む騎士は、馬車に乗る貴人の身分を誇示する大きな旗を掲げている。


トルミア騎士のマリーは、無論その旗が示す王家の名を知っていた。


「アゼルニアのレイン家の旗…!」


白地に緑の獅子の紋章。アポロヌス四大国の一つ、アゼルニアはレイン家の者がこの隊列を率いている。

 隊列を見て、マリーは今日がグラディウス格闘祭の前夜である事を思い出す。

格闘祭にはアポロヌスの王侯が国境を跨いで招待される。レイン家も王家の人間がこのグラディウスに来ていてもおかしくない。

 精強なアゼルニア兵達の堂々たる行進に人々は圧倒され道を譲る。

マリーも道端からその様子を見ていたが、隊列の中に思わぬ顔を見つける。


(あれは…さっきの男!)


マリーが先程まで追っていた謎の男が、馬に跨り、馬車のすぐ後ろを守るようにして進んでいた。

先刻、薄暗い路地裏で激闘を繰り広げていたとは思えない程涼しい顔つきである。


(あの男がレイン家に仕える騎士だったとはね)


秋の夜風に靡く大国の旗を見送りながら、神崎三郎が何かとんでもない大事に巻き込まれているのでは無いかと、マリーは眉を顰めた。


 

 一方その頃、戦いのあった路地で三郎と遭遇してしまったローラは、厄介な状況下に身を置いていた。


「グラディウスは飯が美味いな!」


テーブルに並ぶ肉料理にがっつきながら三郎が喚く。


「お前肉ばっか食ってんな…野菜も食えよ」


ジャックが呆れ顔で、小皿にサラダを取り分けて隣に座る三郎の前に差し出す。


「後で食う」


それを受け取らずに三郎が再び肉料理に手をつける。

ジャックはふん、と鼻を鳴らすとニヒルな笑みを浮かべて向かいに座るローラの方へ小皿を差し出す。


「これ、食べなよ」

「…ああ、どうも」


ぶっきらぼうに礼を言うと、ローラはそれを受け取った。

 先刻、戦闘現場の路地にてばったり再会した三郎、ジャックのコンビとローラは、今グラディウスでも評判のレストランで同じテーブルを囲んでいた。


 さっき路地で三郎の顔を見た時、ローラは内心焦っていた。


『こんな所で何をしておるのだ』


そう聞かれた時、ローラは咄嗟に嘘をついた。


『観光をしたいたらマリー・ミシュレとはぐれた』


そして、たまたまこの路地に迷い込み今に至る、と。

一方の三郎達は円形闘技場でローラ達に会った後、魔術学校に行っていたらしく、学校を出た後はレストランで昼食を済ませると、宿を取って昼寝をしていたのだ。

そして、宿に面する路地から騒音を聞きつけ、外に出た所でローラと再会した、という形だ。

 そして不運な事に、ローラは夕食を共にする事を勧められ、半ば強引に今いるレストランに連れてこられたのだ。

しかしローラも考えあって、あえてこの誘いに乗った節がある。


(こいつらと話せば今の状況を探る事ができるかもしれない)


より正確な情報を得て任務を遂行する為、この不本気な会食も必要であるとローラは自身に言い聞かせた。


「しかしローラ、あのガキをほっといて自分だけ飯にありつくとは…お前もいい性格しておるの」


手にしているフォークをクルクル回しながらローラの方に向けて、三郎が目を細める。あのガキとは勿論マリーの事だ。


「貴様が誘ったんだろうが…!それにあのガキはどうでもいいんだよ。その内帰って来る」


自分をおちょくって来た三郎を睨みつけるローラ。そしてマリーを放ったらかしにしている事は気にしていない。


「せっかくならマリーさんとも食事を楽しみたかったけどな〜」


そういってワインを口に運ぶのはジャック。女好きは女がいればいる程調子が良くなるものだ。


「ところでジャックよ。こんなに美味い飯屋をよく知っておったな」


ふとした様子で三郎がジャックに言う。このレストランにはジャックの案内で来店していた。


「ああ、実はグラディウスに到着した時エレナと一緒に来ていたんだ。テキトーに選んで入った店だったがやたらと美味くてな」


少し得意げにジャックが答える。


「俺が一人で闘技場に向かっていた時か」


三郎はグラディウスに着いて脇目も振らずに格闘祭のエントリーに向かった。その時置いてきぼりの形となったジャックとエレナは二人でこのレストランに来ていた。


(あの女…エレナっていうのか)


そしてローラは二人の会話から、三郎暗殺を企てた女の名を知る事ができた。この調子で行けば、もっと情報を集められるかもしれない。


「エレナもいたらもっと楽しかったろうなぁ」


ジャックがエレナの美貌と悩ましいスタイルを思い出しながら呟く。


「この女好きめ…確かにやたらと美しい女子ではあったが、さほど良いとは思えんな」


ジャックを白い目で見る三郎。ちなみにローラも同じような目をジャックに向けている。


「はっ、何を根拠に…なかなか良かったけどな」


一方のジャックは小馬鹿にした口調で三郎に言い返す。

三郎が怪訝な顔をする。


「何の事を言ってるのか…」

「いやいや、分かるだろ?そういう事だよ」

「まあ、よう分からんがな…あの女は盗人だったやもしれんのだ」


ジャックの調子に呆れながら、三郎が言う。


(盗人だと…?)


ローラはその言葉に何か引っ掛かった。


「何言ってんだ?盗人だと?それは最初俺も怪しんでいたが何も取られず仕舞いだっただろ」


三郎の言葉の意味を掴みかねるジャック。

そんな彼に対して、その根拠が三郎から語られる。


「実はあの晩だが、俺が寝てるのをいい事にこの太刀を勝手に持ち去ろうとしておったのだ」


三郎が傍らに置く太刀を取って見せる。


「うるさいな」


事実、エレナは三郎の太刀を手に取ろうとしていた。しかし、虫の知らせで目を覚ました三郎がそうはさせなかった。


「それ本当かよ」


そんな三郎に対して、ジャックが眉を顰めて言う。


「ああ本当さ!」


三郎が目を見開いてジャックに詰め寄る。ジャックは鬱陶しそうに三郎を押し返す。


「分かった、分かったよ。まあでも盗まれそうになったのは同じ部屋に泊まるのを許したお前のせいでもあるけどな」


ジャックの言う通りであった。実際ジャックは最初はエレナを警戒していた。


「…ま、そうなんだけどな!」


正論を言われた三郎。自分の非を認めた上で笑い飛ばした。

その三郎に対して、ローラはある疑問が浮かんだ。

厳密に言えば、三郎の持つ太刀への疑問。


「そういえばお前の剣は、そうとう古めかしい見た目だが、祖国で作ったものか?」


疑問を三郎にぶつける。三郎は訝しむ事もなく素直に自身の太刀の事を語る。


「これは先祖伝来の太刀でな。伝承によれば天からやって来た箱舟に乗った女人より授かった特別な物らしい。詳しい事は忘れたが」


「天…?箱舟…?女人…?」


「ああそうだ。それで…確か…その女人と当時の神崎家棟梁が結ばれて…」


三郎が自身の家の古い伝承を、朧げな記憶と共につらつらと語り出す。

ジャックは興味深そうにその話を聞いていたが、ローラは大分曖昧な異国の伝承をこのまま聞いても混乱しそうだったので、三郎がそれを語るのを止める。


「おい、もういい。その剣が特別なのは分かった」

「あ、そうか」


三郎は聞き分けがいい。再び肉料理を口は運び始める。

ローラはそんな三郎が傍らに置く剣へと目を向ける。


(神崎の暗殺の先にあるのがこの剣だとしたら)


神崎三郎の持つ古めかしい剣。それを狙う複数の影。その意味。

まだ確信は無いが、大きな何かが裏にあるのではと、ローラは感じざるを得なかった。

 そして三郎から聞き出せそうな情報は大方聞き出せたかもしれない。そうなるともうこれ以上この場に居すわる必要は無い。それに、例の男を尾行しに行ったマリーが宿に戻っているかもしれない。彼女とも情報の共有をする必要があった。

 ローラはおもむろに席を立つと、懐から銀貨を一枚出し、テーブルに置く。


「これは私の飲み食いした分だ」

「え、帰るのか?」


急に立ち上がったローラを見て三郎が訊く。


「…そろそろミシュレの奴を探してやらなくては」


ローラが答える。


「探すの手伝おうか?」

相変わらず軽薄な笑みを浮かべて、ジャックがそう申し出る。


「いや、遠慮する。余計な借りは作らない主義でな」

「…ふーん、そっか」


ローラがハッキリと断りを入れると、ジャックはあっさり引き下がった。


「ではこれで」


ローラは側に置いていた自分の剣を手に取ると、足早にこの場を後にする。


「お気をつけてー」

「じゃあなー」


ローラを席から見送った三郎とジャック。そして再びテーブルの料理に手をつける。

もうほとんどの皿が空いており、ディナータイムも残すところあと僅かである。


「三郎、あと全部食えよ」

「え!いいのか!ありがとう!」


大食漢に食べ物を譲り、ジャックはコップに残るワインを飲み干すと、懐からタバコを取り出した。

いつものように人差し指から小さな火を出して、タバコにつける。

そして食後の一服を楽しみながら、ジャックの心中には煙のように微かに浮かんだ違和感があった。


(ローラ…探りを入れてるような感じだったな)


しかし、特段確信がある訳でもなく、彼女の目つきや挙動から何となくそう思ったというだけである。

そんな事を思いつつ、ジャックは口からタバコの煙を吐いた。

ふと横目で三郎の方を見る。既に料理を平らげていた。

満足気に腹をさする三郎。

何の悩みも無さそうに、ただ飯を喰らうこの男を見ていると、深く考えるのが馬鹿らしくなってくる。

ジャックが席を立つ。


「美女も帰っちまった事だし、俺らも退散しようぜ」



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