第二十九話 無法者
――狂戦士の変身魔術、バーサーク
その起源は古代北海、天空の神々の支配に抵抗すべく、アトラニア原初より存在する地上の神々が、自身らを支持する人間に強力な力を与え、共に戦った。
この魔術は術士を凶暴な猛獣へと変身させ、捕食者の驚異的な力を得る。さらには敵からの攻撃を受け、ダメージが蓄積すればする程、自身の攻撃力は際限なく向上して行く。
この魔術を使う者は狂気に取り憑かれたが如く、ひたすらに敵を攻撃する事のみに集中し、自身の血と敵の血を散らしながら戦う。
その姿はまさに狂戦士。
アーリはそのバーサークの力を使い、水晶を持つ謎の男を倒すつもりだが、エレナにとってはこの上ない迷惑だった。
先刻、アーリから神崎三郎暗殺の協力を取り付けたエレナは、彼と共に古の水晶の力を頼り、三郎の居場所を突き止めた。
三郎は入り組んだ裏路地沿いの宿にいるようで、エレナとアーリはそこへ向かった。
そしてその路地にて、自分達と同じく水晶を手にして行動する謎の男カイルを発見した。
同じロズブロークに属する者とは思えなかった。エレナは面倒な事になる前に、その男をアーリに始末させようとした。しかし、あくまでも暗殺という形で。
もし、攻撃して反撃を受ければすぐさま退散するという手筈だった。
だがアーリは何を思ったか男から反撃を受けた後もバーサークの変身を行い、戦いを続けた。
こんな事をしていれば騒ぎになり、目立ってしまう。更にはすぐそばの宿に滞在する三郎も騒ぎに気付いて、暗殺どころでは無くなってしまうだろう。
エレナはアーリの気を鎮めて、すぐに撤退する必要があった。
「アーリ!もうやめて、一度退くわよ!」
巨大な狼と化したアーリの唸り声に掻き消されぬよう、エレナが声を張り上げる。
しかし、餓狼にその声は届かない。
アーリは殺意を滾らせ、獲物へと照準を向けていた。
「グオオオオオ」
そして地が揺れるような咆哮を上げると、剣を構えるカイルへと飛び掛かった。
矢尻のように鋭い牙の並ぶ口を大きく開き、カイルを食い千切ろうとするも、間一髪でカイルは後ろに飛ばずさり、それを躱す。
それを見るや否や、アーリは勢いそのままカイルへと頭突きを喰らわす。
「ぐうっ!」
呻き声をあげながら、カイルが弾き飛ばされる。
気付けば地に伏していた。
目に映る景色がグルグルと回転していた。それに目眩もする。
カイルはふらつきながらも何とか立ち上がると、再び剣を構えるが、そこに生まれた隙を見逃さなかったアーリが既に眼前に迫っていた。
アーリは一気に距離を詰めると灰色の巨体を横回転させて、尻尾による強烈な打撃を見舞った。
カイルの視界がふっと暗くなった。
そして、路地沿いの建物に叩きつけられる。
その衝撃で大きな音を立てながら壁が崩壊し、カイルは瓦礫の下敷きになった。
この事態に驚いた建物の中にいた人々は、悲鳴を上げて壁にできた穴から逃げ惑って行く。
「へっ!ざまあねぇな」
カイルが立って来ないのを見て、アーリが吐き捨てる。
「あんた!騒ぎにするなって言ったじゃない!」
勝利に浸るアーリにエレナが駆け寄ってきた。人々が逃げ惑い、騒ぎになった路地を見ながら、アーリを怒鳴りつける。
「ふん!わかったよ!説教は後で受けるさ」
アーリはエレナの言葉に対して唸り声混じりに鬱陶しそうに返すと、彼女のマントを咥えて、その体を宙へ放った。
「きゃあっ!」
短く叫んだエレナは、そのまま分厚い毛皮の広がるアーリの背に乗せられた。
「とりあえず、ここからおさらばするぜ!エレナ、しっかり掴まってな!」
エレナを背に乗せたアーリはその場から大きく跳躍すると、その驚異的な脚力を持って建物の壁を走り、その屋根まで登り切った
そして、屋根伝いに跳躍しながらこの場から去る事にする。
辺りを見回して自分達の拠点の方向を見定めると、タメを作ってから大きく跳躍し、別の建物に移動する。
「しばらくはこの愉快な道中を楽しんでくれ!」
自身の背に揺られるエレナに声を掛けるアーリ。
「ふざけないで!大体なんでさっきはあんな事を!」
急展開とはいえエレナは流石に肝が座っている。アーリに振り落とされるような危うさも無く、自身の作戦を無視したアーリを責める。
「ああ、確かに作戦はあったな」
しかし、そんなエレナの怒りを嘲笑うかのように惚けた様子で応えるアーリ。
「じゃあ何故あんな無茶を…!」
「エレナよぉ…俺を分かってねーなぁ」
狼が大きな口を歪ませる。
アーリは自身と切り結び、傷をつけたカイルに対して、腹を立てていた。それ故にその怒りをカイルにぶつけたに過ぎない。
やられたらやり返す。単純明快な動機だった。
自身の衝動や欲求をただ解放する。
それがアーリという男なのだ。
「言っただろう?俺は俺の為にやるべき事を、やりたいようにやるだけだ」




