第三話 アトラニア
小波の音で三郎は目を覚ました。
「俺は一体…てかここどこ?」
辺りを見渡す。きめ細やかな砂浜、晴々とした蒼天、青く澄んだ美しい海。水平線の先には何やら建造物の様な影が薄っすらと見える。海と反対側には緑豊かな森林が広がっていた。
「あー癒されるー」
この世とは思えない美しい景色に見惚れていたのも束の間。三郎は正気に戻る。
「ま、まず状況を整理しよう俺はでいだらぼっちと戦って…」
三郎は強大な妖怪に打ち勝った、そしてその後首飾りの放つ光に包まれ日ノ本の砂浜から、飛び立った途中気を失い、この場所で目を覚ました。
「意味がわからん!!!」
軽いパニック。しかしいい意味でも悪い意味でもこの男は能天気だった。
「まあいいや、とりあえず腹減ったし食いもん探すかの」
切り替えて腹を満たすことにした。
「ちょいと歩いて見るか」
西か東か北か南か、そんな事も分かるはずもない。とりあえず左に向かって歩いてみた。
海風が、着ている直垂を靡かせる。腰に差した太刀の柄に肘を掛け、波の音と腹の鳴る音などを聴きながら歩く。
「うるさい」
やがてあるものを見つける。人の足跡だ。森の方から出てきており、海沿いに続いている。
何か情報を得られるかもしれない。そう踏んだ三郎は足跡を辿った。
やがて足跡の主に追いついた。大柄で髪を短く切っている。見慣れない形の剣を佩き、何やら荷物を担いでいる。そして妖力を激らせていた。
「おーい、少し話を聞きたいのだが」
三郎が呼び止めると男は振り返った。そして驚いた様子で聞き取れない言葉を喚き出す。
「まず落ち着け!別に襲おうってんじゃない」
三郎が宥めるも男は聞かず、剣を抜いた。
(妖術も使えるな)
男が剣を抜いた瞬間、三郎はたじろきもせず冷静に分析した。そして彼我の差を見抜いた。
太刀を抜かずにただ歩み寄った。しかし男にとっては一瞬の出来事、気付けば間合いを潰されていた。
三郎の拳が男の鳩尾を捉える。男はその手から剣を落とし、膝から崩れ落ちた。まともに息ができていない。
「少し話を聞かせて欲しいんだが、よいかの?」
三郎はしゃがみ込んで男の顔を覗く、男の目に恐怖が浮かんでいた。そしてその恐怖に抗うように男はよく分からない言葉を叫んだ。
「駄目だこりゃ」
三郎はデコピンを喰らわした。脳震盪を起こし、男は気を失った。
男が担いでいた荷物に目を向ける。何かいい匂いがする。
よく見ると革で出来た袋だ。強引に引き裂き中身を砂浜にぶちまけた。
「よく分からんが変な容器の中身は恐らく香辛料。これがいい香りの正体。そして干し肉か」
確認が取れると迷いなく干し肉を口に運んだ。美味い。
食べ終えると、香辛料の入った容器を手に取った。透明で中身が透けて見え、栓がしてある。
「いつぞや宮廷の宝物庫で見せてもらった異国の工芸品に似ておる」
かつて三郎の武名を耳にした帝に、宮廷へ招かれた事があった。その際、帝自慢の逸品の数々を宝物庫で見せてもらった。その中にこれと似た作りの品があった。
――異国の工芸品
「まさか…ここは日ノ本ではないのか」
事実ここは日ノ本から遠く遠く離れた異国の地であった。
「そら言葉が通じない訳だ…だとしたらここは中華?いや中華の者と会ったことがあるがこの男と明らかに風体が違う」
海を隔てているものの中華は比較的に近い異国だ、交易で日ノ本にやってくる中華人もいて、三郎は彼らと会った事があった。
「え、え、ではここはもっと遠い国なのか…?」
再び軽いパニック。腕を組んでその場をグルグルと歩き出した。
「おい貴様!」
不意に声を掛けられた。もっと言えば言葉を聞き取れた。
「は?俺?」
自らを指差し、声の方を向く。そこには甲冑を纏った十数人の男達――
だけではない。その先頭に立っていたのは彼ら同様甲冑を纏った女だった。赤色の髪を後ろで束ね、凛とした上品な顔立ちをしている。
「そうだ、貴様だ!」
「え、何で言葉が通じるの?」
訳が分からなかった。意思疎通がとれている。だからこそ余計に訳が分からないのだ。
「貴様の隣にいる者がどんな者か知っているのか!知っているのなら大人しくその身柄をこちらに引き渡せ!」
凛としたよく通る声で女が言う。その表情は険しい。
「いや知らぬわ!てかちょっと聞きたい事が…」
三郎が言葉を返したその時、何やら呻きつつ気絶していた男が目を覚まし、立ち上がった。
甲冑の集団がどよめきの声を上げる。
「貴様っ!逃げろっ!」
女が剣を抜き、目を覚ました男目掛けて駆ける。斬るつもりだ。
「あ、おはよう」
しかし、同時に三郎が男の脳天にゲンコツを喰らわす。男はその衝撃で砂浜にズボッと首まで埋まってしまい、再び気絶した。
「なんだと…!?あのレミロフを一撃で…」
砂浜を駆ける女の足が止まる。甲冑の集団も各々が驚きの声をあげている。
「ふぅ、とりあえずこいつを引き渡すから話を聞いてくれ。俺に敵意はない」
少し落ち着きを取り戻した三郎が砂浜に埋まる男を指差す。
「……いいだろう」
女が剣を鞘に納める。
「えー、まず聞きたいのは…ここはどこ?」
三郎の問いに怪訝な顔をして女が答える。
「アトラニアのアポロヌス連合のうちの一国、トルミア王国領内だ」