第二十八話 変身
戦端を開いたのはアーリだった。短剣を構え、撃ち放たれた矢の如く正面からカイル目掛けて飛び掛かる。
それに応じて、カイルは帯刀しているロングソードを、抜き打ち様にアーリへと浴びせる。
鋼のぶつかる音が響き、火花が散った。
アーリはカイルの剣を凌ぐと、後ろへ飛びずさり、直ぐに間合いを立て直す。
「なるほど、少しはやれるみたいだな」
アーリが舌舐めずりをする。真正面からの攻撃と言えど、自分の初撃を防げる者などそうそう居ない。
「まあ、少しは自信があるんでね」
カイルが手元で剣をクルリと回し、身構える。
そしてアーリを見据えつつも、周りの環境を視野に収め、状況を把握する。
道幅約3メートルの路地、両側には階層建ての背の高い建物。戦場は狭く、攻撃方法は限定される。そして敵の側にはもう一人女がいる。
しかし現時点では彼女から戦う意思は見えてこない。
女に警戒しつつも、剣の照準を大男へと向け直す。
この狭い路地では、ロングソードを振り回して縦横無尽に動き回るのは些か困難だ。自ずと直線的な攻撃方法に絞られてくる。
(こちらから攻めるのではなく、奴の剣をいなしてから俺の攻撃をお見舞いしてやるか)
後の先を取り、最小限の攻撃で仕留める。
カイルは腰を落とし、重心を低くする。半身になって、刀身を隠すようにして構える。
そんなカイルの思惑を知ってか知らずか、アーリは再び正面から切り掛かる。
間合いが一気に詰まる。
その一瞬の機会をカイルは見逃さなかった。
「でやあああ!!」
裂帛の気合いと共に、隠すように構えたロングソードをそのまま逆袈裟に振り上げる。
その太刀筋に沿って、鮮血が舞った。
肉を斬る確かな手応え。しかし、少し浅い。
「この野郎、ギリギリで踏み止まったな」
切先を向け再び構え直した先には、血を流すアーリの姿があった。
「やるな」
流れる血を意に介さず、アーリが言う。
速さには自信があったが、その動きに合わせたカウンターをカイルは打ってきた。何とかその動きを察知して、致命傷は免れた。
「お前、普通の人間じゃねーだろ」
カイルの反応速度や剣速は尋常の物では無い。アーリがカイルに問い掛けた。
「そうかもな」
不適な笑みを浮かべるカイル。
アーリに対して明言は避けたが、カイルは半神の血脈を持つ。その身体能力は人間の限界を超えていた。
「だがよ、普通じゃないのはお互い様だろ?」
一方でカイルもアーリの異様な身体能力を実感していた。
人の子ならば、カイルのカウンターを見切る事など不可能だ。
「ふははっ!よく分かってるな」
獣の様な鋭利な歯を見せて笑うアーリ。そして、おもむろに、短剣を鞘に納める。
「どうした、降参かい?」
それを見たカイルがそう投げ掛ける。しかし、敵が降参などする訳が無いとカイルは分かっていた。
この男はその本領を見せに来る。
「んな訳無いだろぉ…こっからが本番さ」
アーリの低い声。次第にその息遣いが荒くなる。そして遂には飢えた狼同然の唸り声へと変わって行く。
更にアーリの体は筋肉が隆起し、纏う衣服を破ると、顕になった肉体から獣のような体毛が生え揃って行く。
「グオオオオオ!」
咆哮を上げる大きな口には巨大な牙が並び、カイルを睨む鋭い双眸は自然界の無慈悲な狩人その物だった。
「狼に…変身しやがった…!」
カイルが驚きの表情を見せる。
動物への変身。この魔術には一つ心当たりがあったが、実際に目にするのは初めてである。
そして驚いてたのはカイルだけでは無い。エレナも同じだった。
「ちょっとアーリ!作戦と違うわ!変身は駄目だって言ったじゃない!」
「ガルルル…黙れエレナ」
唸り声を混じらせながら、巨大な狼と化したアーリがエレナに言う。
獲物と定めたカイルから視線を一切逸らす気は無い。狂戦士の力を持って捻じ伏せ、喰らう。アーリはそう決めた。
(畜生…騒ぎにはしちゃならねーってのに)
隠密作戦の途中であるカイルに取ってみれば厄介この上ない状況だ。
しかし、アーリの殺意から逃れるのは難しいという事は理解し、飲み込まねばならない。
手汗を馴染ませつつ、剣の柄を握り直す。
「仕方ない…狼退治はいつ振りだったかな」




