第二十六話 暗躍
エドワード達が去った後、諍いの渦中にいた人物に対してマテウスより事情聴取が行われた。
王太子一家の複雑な事情を知るマテウスは、学生二人に対する聴取はそこそこに、素性の知れない三郎とジャックに話を聞こうとしたのだが、マテウスが一瞬目を離した隙にジャックはその場から逃げ去った。
かつて魔術学校の学生だったジャックは、マテウスと面識がある。話の流れで自身の正体が三郎に露見する事を恐れたのだ。
そんなジャックを追って、三郎も逃走するような形でその場から去っていた。
常人には目で追えない程のスピードで学校の敷地から出ると、三郎とジャックは大通りから外れた狭い路地裏に飛び込んだ。
「急に走り出してどうしたというのだ」
突然ジャックが逃げ出した事に対して、面食らった三郎。一息ついてタバコを吸い始めたジャックに尋ねる。
「面倒な事になりそうだったからな」
煙を吐きながら、落ち着きを取り戻したジャック。何が面倒かは言わずもがな。
三郎はそんなジャックが何か隠しているのを勘付きつつ、事の経緯を尋ねる。
「そもそも何故あの銀髪の男と諍いになったのだ」
「……肩がぶつかったからさ」
タバコを味わいつつ、ジャックが遠い目をして答える。
「そんな事であの男は怒っていたのか…」
三郎は少し違和感を覚えたが、深く詮索せずジャックの言葉を受け止めた。
三郎に取ってみれば事の経緯はどうでもいいのだ、それより気になるのは銀髪の男の持つ強大な魔力と、それに匹敵するジャックの魔力の方であった。
「そんな些細な事であれ程強大な魔力を解放するとは…くわばらくわばら」
冗談めいた調子で三郎は言ったが、ジャックに向けたその目は狩人のような鋭い光を帯びていた。
しかしジャックは意に介する様子も無く、
「そんな事より、腹減ったし飯でも行こうぜ」
三郎の気を逸らすように、そう提案した。
そしてタイミングよく三郎の腹が鳴る。
思えばグラディウスに来てから食事をしていなかった。
「よし、そうしよう!」
腹が減っては戦はできぬ、そんな言葉もある。先程の殺気はどこ吹く風といった様子で三郎が提案に乗った。
そうして二人は和やかな雰囲気で近場のレストランに向かって行った。
――グラディウス とある宿屋の一室――
三郎とジャックが魔術学校から遁走したのと同じ頃、彼らを追跡してトルミアからやって来たローラとマリーは、グラディウスの奥まった路地に建つ宿屋に一度腰を落ち着けていた。
無闇に動けば追跡対象と再び遭遇する恐れもある。三郎の追跡地図がある以上その動きは掴めるので、ローラ達は一度落ち着いてから監視の作戦を練り直そうとしていた。
「何というか…これまた風情のある宿ですね」
軋む床やくすんだガラス窓を見ながら、マリーがぼやいた。彼女のそんな言葉を耳に入れる事もなく、ローラは追跡地図を覗いていた。
(あーあ、つまんない)
ローラは生真面目である。マリーとは必要最低限の会話しか交わさないし、マリーがちょっかいを掛けても邪険に扱うか完全無視する。
数日の旅の中で、二人の間に友情が生まれるような感じも無ければ、むしろローラはトルミアにいた時よりも一層マリーに冷たくなっている。
(前まではもうちょっと構ってくれてたのに…)
マリーはローラが自分へ向ける激情をからかって遊んでいたが、今ではそんな事も無くなっていた。
マリーは一抹の虚しさを感じていた。
(そんな真面目そうな顔して…どーせキリアン団長の事で頭一杯の癖に)
会話の無い静かな空間の中、気付けばマリーは地図を見るローラの美しい横顔をぼーっと見つめていた。
しばらくそんな状態が続いていたが、部屋の外の廊下がギシギシと鳴る音で、マリーはふと我に帰る。
どうやら隣の部屋に客が入ったようだ。壁が薄いからか、その客の喋る声が否応にも聞こえてくる。
『それで、どうやってアレスの双剣を奪おうってんだ』
『しっ!声が大きいわよ』
部屋に入って来たのは男女二人のようだ。女の方が、声の大きい男を諫めている。
それから男女は声を潜めてなにやら会話を続けた。それでも布のように薄い壁から漏れる声は、断片的にその内容をマリーの耳に運んだ。
『……のバーサーク……殺せ……』
『水晶……空から………』
『………持つ……遺物……』
何やら不穏な空気が漂っているようだ。マリーはただの好奇心から盗み聞きをしていたが、その会話の中に聞き捨てならない内容が含まれていた。
『……名は神崎三郎……暗殺』
その名を耳にして、目を見開くマリー。ローラの方へと顔を向ける。彼女も隣の会話が聞こえていたようで、同じように驚きの表情を浮かべながら、マリーの方を向いていた。
ローラは物音を立てないようにそっと壁際まで近付くと、耳を壁に寄せた。マリーもそれに倣う。
――そして、壁の向こうでは闇の結社が暗躍せんとして、その謀を巡らしていた。
「カンザキ……サブロー……」
その男の風変わりな名前を復唱して、アーリが顎髭を撫でる。エレナに依頼されたのはその男の暗殺だった。
「あんたのバーサークの力を持ってすれば、可能なはずよ」
普段は粗野なアーリを疎ましく思って避けているエレナが、直に彼を頼ってくるという事は、余程の実力者なのだろう。もしかしたら、酷く厄介な仕事かもしれない。
しかし、アーリの目に映るエレナの美貌は、金銀財宝よりも煌びやかだった。
「少し厄介そうだが、お前に頼まれたんならねぇ…エレナ」
下卑た笑みを浮かべるアーリ。美しく妖艶なエレナの頼みを断るはずも無かった。しかし色欲だけではなく、同時に見返りがあると分かっての事だ。
組織の幹部への推薦。それがエレナが提示した見返りだった。
(俺はいずれロズブロークの総帥となる。今回の暗殺はその為の大きな一歩だ)
――ロズブローク
約500年前、略奪を生業とする北海の部族の王が作った秘密結社である。この組織を作った王は、かつて神々が地上に残した秘宝"神代の遺物"の存在を知り、それに宿る神の力を利用してアトラニア全土の征服を目論んだ。
王は神代の遺物を巡る旅の途次で人生を終えたが、その意思は彼の遺した組織に受け継がれた。
現代もロズブロークの構成員はアトラニア各地に潜み、連携を取りながら遺物を集めるべく暗躍している。
そんな組織の一員であるアーリは、総帥となり神代の遺物の力を持って世界を蹂躙するのを夢見ている。
彼は彼の祖先の気性を、生き写しのように受け継いでいた。
「あんたと、あんたの一族の望みは分かっている。この頼みを断るはずないわよね」
そして、エレナはアーリの魂胆を見抜いていた。今回はそれを利用する形を取ったとも言える。
しかし、アーリにとってはどうでもいい事だった。
「俺の一族どうこうは関係ない。俺は俺の為にやるべき事を、やりたいようにやるだけだ」
そう言うと、おもむろにエレナの元に近寄る。
「ちょっと!なんなの!」
迷惑そうに煙たがるエレナ。しなやかな腕でアーリを押し返すが、彼はそれを掴んでエレナを強引に壁際に押さえ付けた。
目を合わせないように顔を背けるエレナ。そんな彼女の耳元に顔を寄せると、アーリはその冷酷で傲慢な性根が滲むような胴間声を聞かせた。
「まあ見てな、俺に殺れない奴なんていないさ」




