第二十三話 黒髪の忌み子
魔術の試合が終わった後、項垂れながら会場を出たジェイド。彼を一番に出迎えたのは双子の弟、ジェフリーだった。
「お疲れ、ジェイド」
「おう、ジェフか」
ジェイドがメリセントに勝負を挑んで、負ける。そして、意気消沈した彼のもとにジェフリーやって来て励ます。
お約束のような、いつもの展開だった。
「今回はいつもより惜しかったと思うな」
ジェフリーがジェイドの肩に手を置く。
「そう思うか?作戦は悪く無かったと思うんだよなー」
「体術を織り交ぜて魔力の消費を抑えるのは定石ではあるしね」
双子のレイン兄弟は仲が良かった。どこに行くにも一緒だった。
ジェイドが父親に疎まれていても、ジェフリーはそれを庇い続けていた。その結果、二人とも故郷を離れる事となった。しかし、それで良かった。互いに信頼する兄弟がいれば、どんな困難も乗り越えて行けると信じているからだ。
「じゃあ、今度は二人でメリセントに挑むのはどうだ?」
「ええ!?でも僕がジェイドの足を引っ張っちゃうだろうし……」
「そんな事ないさ!」
秋晴れの空の下、そうして二人が談義している時だった。
「ジェイド、ジェフリー」
「母上!」
ヴィオラが客席を出て、二人の元にやって来た。
「さっきの試合見事だったわ」
結果はどうであれ、ヴィオラは息子の戦い振りを誇らしく思っていた。魔術もアゼルニアにいた時より洗練されている。
「いや、不甲斐なかった」
しかし、ジェイドは悔しそうに俯く。成長した自分を見せるチャンスだったのに、これでは父を見返す事はできない。
「全くその通りであるな」
不意に、聞き覚えのある冷厳な声が聞こえた。
「父上…!」
会場の出口から現れたのは、共の者を連れたエドワードだった。
「殿下、私は先に失礼致します」
エドワードと共に会場を出てきた商人クラセナーが、王太子一家の歪な空気を察して、そそくさとその場を後にする。
それを止める事もなく、エドワードが話を続ける。
「グラディウスに来て、多少はマシになっているのかと思えば、詠唱をしてあの程度の魔術とはな」
嘲りの表情を浮かべて、エドワードが吐き捨てる。
それに対し反論する事ができず、ジェイドはただエドワードを睨んでいた。
「忌々しい黒髪の出来損ないが」
「あなた、そんな事を言わないで」
ヴィオラがエドワードとジェイドの間に割って入ると、エドワードは次いでジェフリーの方に目を向ける。
「ジェフリーよ、元気そうだな」
「は、はい父上…」
エドワードの鋭い眼差しに萎縮するジェフリー。
「グラディウスで王子としての責任も無く、兄と遊び回っているのだから当然と言えば当然か」
酷い軽蔑の言葉だった。エドワードはかつて自分に逆らったジェフリーを許してはいなかった。
「忌み子の味方などせず、王宮で学ぶ事を選んでいれば良かったものを。貴様は間抜けだ」
続けて、ジェフリーを責めるエドワード。
「もうやめて!それでも父親なの?」
息子達への暴言を聞きかねたヴィオラが、エドワードを止める。
「黙っていろ!」
エドワードがヴィオラを押しのける。そして、ジェイドに向けて、罵倒を続けた。
「忌み子として生まれただけでなく、今日貴様はレインの名を背負って戦い、そして負けた!家名に泥を塗った!」
エドワードの怒りの理由は、ジェイドがレインの名を名乗りながら、戦いに負けた事だ。元々忌み子として疎まれた事もあり、その怒りは一層強い物となっていた。
しかし、ジェイドはどれだけ父に貶されても、彼を睨むのをやめなかった。
「なんだその目は」
それがエドワードの激情を煽った。
その父の様子にジェイドは凍るような寒さを感じ始める。これは恐怖から来る物なのだろうか。
否。この凍てつくような冷たさは、ジェイドだけではない、この場にいた一同、更には魔術学校の中にいる者全てが感じていた。
この場に流れる恐怖のまあり、呼吸が荒くなるジェフリー、口から吐き出される息はまるで冬の日のように白かった。
やがて空に分厚い灰色の雲が広がり、段々と風が強くなりってきた。
「あの殿下、気をお沈めください」
異様な雰囲気を察したエドワードの側近カイル・グレッグが、主人を宥めようと近寄ろうとした。
しかし、足が動かない。
恐る恐る足元を見るカイル。
彼の周りの地面が氷結し、根を張るように彼の足を凍らせていた。
これは近寄るなという警告。
「忌み子はやはり殺すか」
先程の激情に駆られた怒号ではなく、冷たく静かにエドワードが言った。
(まずい!)
ジェイドはすぐさま逃れようとしたが、カイル同様、足元を凍結されていた。そして氷は徐々にジェイドの体中に広がって行く。
これを防ぐ為、炎の魔術を繰り出そうとするジェイドだったが、何故か魔術が使えない。
「ど、どうして!?」
ジェイドは魔力を練ろうとするがそれができない。
「貴様とは魔術の次元がそもそも違う。これは神髄に到達した私だから成せる技だ」
嘲笑うエドワード。そして氷はジェイドを覆い尽くそうとしていた。
「やめてー!」
ヴィオラはそれを止めようとするも、彼女も周りを凍結され、身動きが取れないでいた。彼女だけではない、ジェフリーも、エドワードの護衛達や侍女も同じだった。
(くそっ…俺はこんな風に死ぬのか)
全身が死体のように冷たくなって行くのをジェイドは感じていた。そして視界が霞んで意識が遠のいて行き、その顔からは血色が無くなり、青白くなって行く。
「せめて安らかに眠らせてやる」
エドワードは忌み子を見下ろしながら、冷ややかにそう呟いた。
黒髪の禁忌を断つ事は、レイン家の為いつかはやらねばならぬ事だった。
ヴィオラやジェフリーの叫び声が聞こえてくる。
しかしその時、彼が耳にしたのは家族の声だけではなかった。
聞こえてきたのは呪いのように付き纏う、"亡霊"の声だった。
「寒いのは苦手なんだ。勘弁してくれないか」
聞き覚えのあるその声が耳に響き、脳裏にある男の姿がよぎる。
声の方にゆっくりと振り向くエドワード。
そこに見えたのは紛れもない弟の姿だった。
「……ジャック」
驚きよりも憎しみをその顔に浮かべ、エドワードがその名を口にする。
名を呼ばれたジャックは、自身の黒髪を整えるように撫でると、軽薄な笑みを口端に浮かべる。
「久しいな、兄上」




