第二十話 ジェイドとジェフリー
教授室での面談を終えたジェイド・レインとジェフリー・レインの二人は、母親と共に魔術発表会が行われる学校の中央広場へ向かっていた。
「二人が元気そうで良かったわ」
1年振りの再会だった。愛する二人の息子は幾分か背も高くなり、ますます彼らの父親に似てきていた。
「僕も母上がお元気そうで嬉しいです」
そう言って頬を綻ばせるのは銀髪の少年ジェフリー。
日頃の成績不振のせいで、教授から説教を受ける覚悟をして教授室に向かっていたが、扉の先にいたのは故郷にいるはずの母ヴィオラだった。
「魔術の事もしっかり学んでいるようだし、母として誇らしいわ」
「う、うん……」
ヴィオラは先程の教授のお世辞を鵜呑みにしていた。ジェフリーとしてはそれで良かった。母の前で教授から叱責を受けるなんて事は避けたかった。
心配性でいつも自分達兄弟のことを憂いている母に、余計な心労を掛けてしまう。
今日ばかりは、アーメイス教授の地位と名声への卑しい姿勢に感謝していた。
一方、ヴィオラと楽しげに話すジェフリーとは違い、ムスッとした面持ちで、ズボンのポケットに手を入れて歩くジェイド。
母は高貴な生まれの温室育ちだ。捻くれた卑しさとは無縁の人生を送ってきており、いつもは自分達を叱りつけてばかりいる教授のお世辞を真に受けても仕方ない。しかし、自分達はその高貴な母の名声によって守られている事を、今日改めて実感した。
そして同時に、自分の弱さも実感した。
「せっかく母上が来てくれたんだから、ジェイドもちゃんと挨拶したらどうなんだ」
先程からずっと仏頂面で口を利かないジェイドに、ジェフリーが注意する。
「……来てくれてありがとう」
思春期の気恥ずかしさもあり、俯いたまま呟くようにジェイドが言う。
「いいのよ。あなた達をここに送る前、会いに来ると約束したじゃない」
そう言って微笑むヴィオラ。
ヴィオラはある理由から、愛する我が子を遠く離れたこのグラディウスへと送り出していた。
それは二人を守る為である事を、彼らも理解していた。
しかし、その理由となった人物も、このグラディウスにやってきていた。
「でも、母上だけでアゼルニアを出てきた訳じゃないですよね?そんな事は……」
「父上が許さない」
先程とは打って変わって、表情を曇らせたジェフリーに続き、ジェイドが厳しい口調で言った。
「ええ…殿下も一緒に来ているわ」
少し俯きながら、バツが悪そうに答えるヴィオラ。
アゼルニア王国王太子、エドワード・レイン。
双子の兄弟の父親は、アポロヌス四大国の一つに数えられるアゼルニアの王子であった。
「父上は格闘祭に招かれてグラディウスまで来ているのでしょう?」
ジェイドがヴィオラに問うと、彼女は小さく頷いた。
自分達の様子を心配して、グラディウスまで足を運ぶような父ではない。
例年、グラディウスの格闘祭の日には、商人ギルドによってグラディウスに所縁のある貴族が招待されていた。
もちろん招待を受けずとも貴族は歓迎されるが、商人達に招かれた客人は特別待遇がなされる。
レイン家はグラディウスのある商人と親交があった。さらに、王太子妃であるヴィオラの生家、ウォースフィールド家は魔術学校へ多くの寄進をしている事で知られている。
アゼルニアはグラディウスとの縁が深い国なのだ。
「あなた達がよければ、父上と会ってみる?」
二人とその父親の関係性を知っているものの、血の繋がった親子である。複雑な心境でヴィオラは訊いた。
答えに窮して、双子の兄の方を見るジェフリー。本心を言えば、会いたくなかった。
しかし、ジェイドは違った。
「俺は…父上に会いたい」
彼はこの魔術学校に来て、自身が成長している実感があった。叱られてばかりの弟ジェフリーを庇い、教授と口論になる事はしょっちゅうで、その心象は良くないが、ジェイド自身の成績は学校で2番目に良かった。
「俺はレイン家では忌み子かもしれないけど、この学校に来て、魔術の腕を上げた自身がある。今なら父上を見返す事ができるかもしれない」
ジェイドが堂々と言い放つ。その目には攻撃的な熱い光が宿っていた。
「ジェイド、本気なのかい?」
その様子を見てたじろくジェフリー。
「ああ本気さ。母上、発表会が終わったら父上の元に連れて行ってください」
「…分かったわ。でも手荒な真似はよしなさいね」
ジェイドの様子を見て、釘を刺すヴィオラ。
「はい、何も暴れるつもりはありません」
本当は父親に魔術で挑みたい所だが、魔力を読ませて、実力が底上げされた事を知らしめられたらそれで良い。
「では、後ほど殿下の元に連れて行くわ」
ヴィオラは少し心配だったが、親子の縁を尊重したいと思っていた。
そうして話しながら歩いている内に、学舎の外へと出た。
出入り口の外では、ヴィオラの護衛兵2人と侍女が、三人を出迎えた。
「ヴィオラ様」
そう言って侍女が一礼する。護衛二人もそれに倣う。
「待たせたわね。広場に向かいましょう」
そうして魔術発表会が始まる広場に向かおうとした時、ヴィオラは見覚えのある人物がこちらへ向かって来ているのに気づく。それはジェイドとジェフリーも同じだった。
「奥方様それに若君、ご機嫌麗しゅう」
家紋をあしらった胸甲を装備し、その上に熊の毛皮で作った羽織を纏う壮年の男。エドワード・レインの私兵の騎士、カイル・グレッグは主人の家族に挨拶をする。
「サー・グレッグ。あなたがなぜここに?」
カイルはエドワードの護衛も務める側近だ。カイルに尋ねながら、ヴィオラは彼がここにいるという事が何を意味するか薄々気付いていた。
そしてカイルが頬にある古い刀傷を歪ませながら、その理由を答える。
「エドワード殿下が、この魔術学校にお見えです」
「やはり、殿下が…」
ヴィオラが心配そうに、息子達を見る。
ジェフリーは動揺しているのか、母と兄の方に忙しなく視線を泳がせていた。
一方で、ジェイドは不敵にも笑みを浮かべていた。
「ちょうど良い、発表会で俺の魔術を父上に見せつけてやる」




