第十九話 魔術学校
グラディウスが自由都市として機能できている理由に、商人達の圧倒的な経済力という側面がある。しかし、富だけでは市民による自由は守り切れない。大切なのはその使い方だ。
グラディウスの商人ギルドは都市防衛の為に多くの傭兵を常備兵として雇っていた。
だが商人達が都市に迎え入れたのは傭兵だけではない。
――魔術士、彼らこそがこの巨大な都市の守りの要だった。
そして、グラディウスにやって来た最初の魔術士によって後裔の為に建てられたのが、"グラディウス魔術学校"である。
三郎とジャックは、市中に伸びる広い通りに面した魔術学校の門前に立っていた。
開かれた門の先には、アーチやドームをあしらった、学舎と思われる石造りの建物が見える。
ジャックは手持ち無沙汰になった三郎に観光案内をしてやろうと思い立ち、彼の興味を引きそうな魔術士の集まるこの学校に連れてきたのだ。
「なあ、勝手に入っていいものなのか?」
三郎が訊く。
「ああ問題無いさ。何せ今は前座祭の期間中で、魔術学校でも催し物が開かれるからな」
グラディウスの格闘祭は闘技者による戦いが祭典のメインイベントではあるが、その前座として前3日間にも祝宴などの催し物が開かれる。
その間街はまさにお祭りムード。普段は厳粛な魔術学校の門も開かれ、学生による魔術のお披露目会が行われていた。
そして三郎とジャックが話している間にも、多くの市民が学校に集まり出していた。
「丁度いいタイミングで来れたみたいだな」
ジャック曰く、学生の魔術発表会は正午を過ぎた辺りから始まるらしく、今が丁度その時間帯だ。
「やけに詳しいなジャック」
「まあ、昔来た事があってな」
三郎の言葉を軽くあしらうと、ジャックが門の中に入って行く。三郎もそれに続いた。
魔術学校の敷地は広大だ。学生が講義を受ける学舎の他に、魔術の歴史や術式に関する書物が保管されている図書館。さらにはグラディウスの外から魔術を学びに来た学生の為の宿舎などが建てられており、田舎貴族の城程度ならゆうに超える敷地面積だった。
そんな魔術学校の構造を、ジャックは事細かに理解していた。
「なあジャック、厠ってどこかな」
魔術発表会が行われる広場に向かっている途中、尿意を催した三郎がジャックに尋ねた。
「ああそれなら――」
ジャックがトイレの場所を分かりやすく教える。
「俺は先に広場に行って席を取っておくぜ」
「おう、承知した」
そして説明を終えると、三郎と別れた。彼には広場の場所を教えてある。人が多いのでいい席を先にとっておきたかった。
(懐かしいな…)
一人で広場に向かいつつ、ジャックはここで過ごした青い日々を思い出していた。
ジャックはかつて、魔術学校の学生だったのだ。
ある理由から父親によってこの学校に送られ、13から16までの3年間、ここで魔術を学んだ。
学んだと言っても、講義はサボってばかりだったが。
広場が近づくにつれて、人だかりも多くなっていった。その中には発表会の準備の為、忙しげに動く、学校指定の制服を着た学生らの姿も見えた。
それを目にしつつ、物思いに耽って歩いていると、前から走って来た何者かと肩がぶつかってしまった。
「うわっ!」
そう声を上げながら、勢いよく転ぶ音がした。
「おっと、大丈夫かい」
ジャックが振り返り、手を差し伸べた。
その時、ジャックは思わず息を飲んだ。
「痛てて……すいません」
転んだその少年が、謝りながらジャックの手を取る。
歳は15くらいだろうか、北国の雪を思わせるような銀髪に、翡翠のように美しい深緑の目、端正な顔立ちだがどこか自信の無さそうな影のある表情をしていた。
ジャックはこの少年にある人物の姿を重ねていた。
「……怪我はないか?」
少年を引き上げると、その翡翠のような目を見つめて訊いた。
「い、いえ大丈夫です」
「そうか、なら良かった」
そして、お互い気不味そうに少しの間相対していたが、
「おい、ジェフ!早くしないと教授に怒られるぞ!」
ジャックが歩いて来た方から、少年を呼ぶ声がした。
声の方を振り向く少年。そこには、同じ背格好をした学生が立っていた。
黒髪を短く切り整えており、ジェフと呼ばれた少年同様、翡翠色の美しい目をしていた。そして顔立ちだけ見れば二人は瓜二つだった。
「ぼーっとしてないで早く行くぞ!」
「ジェイド!ま、待ってよ〜!」
黒髪の少年の後を追う形で、銀髪の少年も駆け出す。
二人の背を見送りながら、どこか複雑そうな表情でジャックは呟いた。
「兄貴そっくりじゃねーかよ」
一方で三郎はジャックの案内通り無事トイレに到着し、用を足した。その後すぐ広場へ向かうつもりだったのだが、途中にある巨大な建物に目を引かれていた。
神殿のような造りのその建造物は魔術に関する書物が保管されている図書館だった。
三郎はそんな事知る由もなかったが、何故か直感のような物が働き、そこに足を踏み入れた。
図書館の中は古代帝国式の列柱や回廊、十数万に及ぶ書物を保管する本棚や、それを読むための机や椅子が並べれていた。高い天井を見上げれば、神話を模した絵画が描かれている。
「なんじゃここは……」
天井を見上げたま三郎が彷徨っていると、前から書物を読みながら歩いて来た男と衝突した。
「ぐあっ!」
男が声を上げて、ひっくり返る。
「あ、すまんな。よそ見しておった」
肩をすくめて謝る三郎。
「いやいや、こちらこそ申し訳ない。書物を見ながら歩いていたから」
そう言って坊主頭を撫でながら男が立ち上がる。
その男は黒い肌の色をしていた。背は高く、スラリと長い手足。精悍な顔立ちだが、その表情はとても優しげだった。アトラニアの旅人が着るフード付きの貫頭衣を着用しており、グラディウス外部の人間と思われた。
「すごい日焼けだな」
もの珍しそうに男をジロジロと見る三郎。
「日焼けじゃないさ、元々こういう色なんだよ」
失礼な三郎に怒る事もなく、男が教える。
「見たところ、君も僕と同じようにアトラニア出身ではなさそうだ」
そして男が三郎を興味深そうに見つめ返す。
「ああ。俺は日ノ本から来た神崎三郎だ」
「ヒノモト…うーん聞いた事がないな」
「辺境の国らしいからな!そなたは何処から?」
「僕の出身はエルドアさ。名前はベルバード」
エルドアとは地理的にはアトラニアに属しておらず、その南西部にある大陸である。エルドア北部にはアトラニアの王国の支配地域があるが、それより南部はほとんど未開の地となっている。肌の黒い人々が住み、独自の文化圏を築いていた。
ベルバードはそんなエルドアでも北部に故郷があり、縁あってアトラニアに移住していた。
「それにしても、君の出身のヒノモトって国。凄く興味が唆られるよ。是非話を聞かせてくれないかな?」
ベルバードは世界各地の歴史や文化などを独自に研究しているらしく、聞いた事の無い日ノ本という国は彼の知的好奇心をくすぐったのだ。
(まあ、そんな時間掛からないだろ)
ジャックを待たせているのは分かっていたが、三郎もこのベルバードという男に対して興味が沸いていた。
「よし、いいだろう!」
近くにあった席に座って、二人は故郷の話を始めた。
そして、話が始まってからかれこれ1時間くらい経過した。
ベルバードの好奇心は凄まじく、あれやこれやと話に枝葉がつき、彼の絶妙な相槌や質問力の前に三郎もいささか気分を良くして話を続けた。
「それにしても、歴史好きのそなたが何故魔術学校に来ているのだ?よもや学生という訳でもあるまい」
ふと思った三郎がそう尋ねた。
「魔術の起源は神話の時代まで遡る事ができる。アトラニアの歴史を知る上で魔術の歴史を知る事は避けて通れない道なのさ」
天井の絵画を見上げながらベルバードが言う。
彼の言う通り、アトラニアの歴史は常に魔術と共にあった。その魔術を知る上で、グラディウス魔術学校の図書館はうってつけの場所だった。
しかし魔術士では無いベルバードは、学校に入学する訳にいかないので、こうして前座祭の日を狙って、書物を読み漁りに来ていた。
「そういえば、図書館に来たって事は三郎は魔術士なのかい?」
ベルバードが三郎に訊いた。
ベルバードのような者ならともかく、一般人が魔術の事をわざわざ学ぶ為にここへ入って来るとは思えない。
「左様、俺は魔術士だ」
三郎は何も分からず直感で図書館に入ったが、ベルバードとの話の途中で、ここが魔術に関する書物を保管する施設だと気付いた。
直感を信じて良かったと三郎は思っていた。戦いに有益な情報を得られるかもしれないからだ。
「何か魔術に関する書物で面白いものはないか?」
昨日もこの図書館に来ていたというベルバードに三郎が尋ねる。
「うーん、色々あるからなぁ。例えばこれとか?」
そう言って先程本棚から取ってきた書物を広げて見せる。
「これは500年前に書かれた"魔術論"という書物の写本なんだ。魔術を学ぶ者なら誰もが必ずこれに目を通すのさ」
500年前、帝国の宮廷魔術士アレシウスによって編纂された書物"魔術論"は、かつて帝国最強の魔術士であった彼の戦闘技術や、魔術の種類、アトラニア各地域特有の魔術体系などが記されている。魔術論は魔術を極める上で必要な基礎中の基礎を学べるのだ。
魔術論のページを開き、目を通す三郎。異国の地から来た三郎にとっては目新しいものだった。
(日ノ本では陰陽道の呪術が細かく体系化されているが、妖術に関してはここまで詳しく学ぶ事はできぬな)
基本的な魔術は、自然現象を元にした、炎、氷、水、大地、雷の5つで、
さらにそれは環境系、吸収系、開放系などに分かれている事。
他にも魔術士の戦いにおける最終手段についての記述がされているページを三郎は読んでいたのだが、
「まずい、そろそろ戻らなくては!」
すっかりジャックを放ったらかしてしまった。流石に無礼なので、そろそろ広場に向かう事にした。
「ありがとうベルバード、有意義な時間であった!」
ベルバードに一礼する三郎。
「こちらこそ、楽しかったよ!」
そう言ってベルバードが手を差し出す。
同じく三郎も手を出して、二人はガッチリと握手を交わす。
「それでは」
そしてベルバードに見送られながら、三郎は急足で図書館を後にした。
――魔術学校 教授室――
三郎が図書館を出る少し前に時間は遡る。
魔術学校の一画にある学舎の一室。そこに二人の学生が呼び出されていた。
二人は翡翠色の目とその顔立ちは瓜二つだが、黒髪と銀髪という髪の色の違いから見分けをつけるのは容易だった。
少年達の他には、学校の教授にして魔術士である男と、もう一人。赤茶色の長い髪に宝石をあしらった髪飾りを差し、翡翠色のドレスを纏った美しい貴婦人がいた。
「アーメイス教授、息子達は弛みなく勉学に励んでいますか?」
貴婦人が、隣にいる少年達に目配せしながら男に問う。
「もちろんでございます。さすがは名門レイン家のご子息でございます」
背中を丸め身を低くして、媚びた声音でアーメイスが言う。そして、仰々しい賛辞をさらに続けた。
「ジェフリー・レインとジェイド・レイン。二人はいずれアゼルニア王国の歴史に名を残す魔術士となりましょう」




