第十八話 想定外
三郎を追跡するローラとマリーもグラディウスへ到着していた。
三郎に勘付かれないよう、距離をとり少し遅れてグラディウスに入った二人。彼の姿は見えないが、追跡地図には格闘祭が開催される闘技場付近にその反応があった。
地図を頼りに、二人は闘技場へと向かった。
闘技場に向かう道すがら、ローラが伝書魔鳥を売っている店を見つける。
「一度ヴェネットに連絡を入れておこう」
そう言って、籠に入ったカラスのような黒々とした羽をもつ鳥を金貨で購入した。
伝書魔鳥とは魔力を持った鳥類で、行き先と伝言を書いた紙を食べさせてから空に放つと、指定した行き先まで飛んでいき、伝言を書いた紙を吐き出して届けてくれるのだ。
特殊な調教が必要だが、便利な連絡手段として重宝されており、大きな都市には伝書魔鳥を売っている店が必ずあった。
そしてローラは予め用意していた伝言を書いた紙を魔鳥に食べさせると、空に放った。
甲高い鳴き声と共に、魔鳥は空の彼方へ飛び去った。
「さあ行くぞ」
鳥を見送ったローラはマリーと共に、再び闘技場を目指して歩き出した。
――グラディウス 円形闘技場付近――
やがて闘技場に辿り着いたローラとマリー。もう一度地図を確認する。
「まだこの辺りにいるな」
反応はこの近くにある。ローラが辺りを見渡していた時だった。
「ローラさん!あれ……」
先に三郎を見つけたのはマリーだった。彼女の指差す先をローラが目で追う。
そこには、道端の段差に腰掛けて項垂れている三郎の姿があった。
俯いている為その表情は分からないが、漂う雰囲気から酷く落胆しているように見える。
「何してんのあいつ?」
訝しげな視線を送るマリー。
「さあな」
三郎の心情などどうでも良い。とりあえず標的が見つかって一息つくローラ。
そして、どこか監視できる物陰でも無いかと再び辺りを見回していた時だった。
「そこのお嬢さん達、ちょっといいかな?」
不意に声を掛けられる。
二人が同じタイミングで声の方を振り向くと、そのには見覚えのある男が立っていた。
(こいつは!)
(神崎と一緒いた傭兵!)
驚きのあまり、声すら出せなかった。
よりにもよって、監視対象に近い男と接触してしまうとは、思いもよらぬ不覚だ。
「おーい、もしもーし」
男が二人に呼び掛ける。
変に勘繰られてもまずい。持っていた追跡地図をしまいながら、平静を装ってローラが応じる。
「どうかされました?」
「いや〜今人を探していてね。変な服を着たやたらと図体のデカい男を見てないかな?」
明らかに三郎の事だ。経緯は分からないが彼らははぐれていたようだ。
今、三郎の位置を教えたらこの男が三郎をこちらに呼び寄せるかもしれない。そうすれば自分達がここにいる事がバレる。
「あっちにいたような…?」
ローラが三郎が座っているのとは違う方を指差す。
「ああ、そうか!ありがとう…」
男が礼を言う。これでどこか違う場所に行ってくれるとローラとマリーは思ったのだが……
「それより、二人とも凄く綺麗だね」
男は急に二人を口説き始めた。
そう、男の目的は最初からナンパする事だったのだ。
(何を言ってるんだこいつは!)
ローラは愛想笑いをしつつ、内心苛ついていた。
「俺はジャックっていうんだけど、君達は?」
自身の名を明かし、二人に問う男。
「え、えーと…マリー」
マリーが答える。本当は偽名を使うべきだったかもしれない。しかし動揺して気が回らなかった。
「……ローラです」
マリーが本名を答えてしまったので、もう仕方なく自分も名を名乗った。
「素敵な名前だね」
そう言ってジャックが微笑む。
ローラはこの男から感じられる軽薄さに嫌気が差していた。
「で、名前を聞いてどうするんですか?」
思わず冷たく強い口調で聞き返してしまった。
「せっかくこうして知り合ったんだ、良ければお茶でもどうかな?」
しかし、にこやかな表情を崩さないジャック。
「えー…どうしますかローラさん」
どこか満更でも無さそうなマリーがローラに目を向ける。
(このガキ……ちょっと顔が良いだけの男に誘われたからって、なに嬉しそうにしているんだ)
苛立ちを隠さず、マリーを睨み返す。
そうして二人がジャックに気を取られていた時だった、
「ん?ジャックではないか。その者らは?」
聞き覚えのある低くはっきりとした声。
「おう、三郎そこにいたのか」
ジャックが声の方に手を振っている。
振り向きたくないローラとマリー。そこにいる男が誰か知っているからだ。
(振り向かず、走り去ろう)
ローラが決意し、促すように肘でマリーをつつく。
しかし、もう遅かった。
「あれ、そなた達はトルミアの」
三郎はローラとマリーの後ろ姿を見てもう気付いていた。
固い動きで三郎の方を振り向く二人。
「何だ、知り合いか三郎?」
ジャックが意外そうな顔で尋ねる。
「ヴェネットの城にいた時少々世話になってな」
三郎がそう言うと、二人の紹介をジャックに始めた。
トルミア騎士団の騎士と聞いたジャックは少し驚いていたが、お構い無しに二人に対して色目を向けている。
「して、その騎士が何故グラディウスに?」
三郎の質問で、ローラとマリーに緊張が走る。
表情の固くなるマリーに対して、毅然とした態度のローラがそれに答える。
「王様の命でグラディウスに来た。格闘祭に参加する闘技者で目ぼしい者がいたら我が軍に勧誘せよとの事だ」
「ほお、成る程ね」
最もらしい嘘だった。三郎は疑う様子も無い。
「こんなに美しい騎士と共に戦場を駆けれるのなら、俺立候補しようかな」
口端を上げてジャックがそんな戯言を吐く。
「どこの馬の骨とも知れん者を、易々と連れて帰る訳がないだろ」
身分も明かされて取り繕う必要の無くなったローラが、いつもの強い口調で撥ねつける。
「え、俺嫌われてる?」
「いやそんな事ないと思うぞジャック。俺に対してもローラはこんな感じだ」
(ああ、じゃあ嫌われてるわ)
三郎の言葉から、ジャックは察した。
「それより三郎、おまえエントリーできたのか?」
そういえば三郎は格闘祭にエントリーしに闘技場まで来ていたはずだった。ジャックがそれについて尋ねる。
すると途端に三郎の表情が曇りだし、肩をがっくりと落とした。
「…………できなかった。せっかく三戦帝と会えたのに」
そして、三郎の口から事の経緯が語られた。
「はははっ!そいつは残念だな」
ジャックが話を聞いて笑い飛ばした。
「そんなに笑うでない」
ムスッとした様子で三郎がジャックを睨む。
そして懐から何か取り出す。
「これ見てくれ。俺を気の毒に思った係の者がくれた出場者に配る試合用のトランクスなる物だ。
これだけ貰って出場できないとは何と惨めだろうか」
そう言って三郎が溜め息をつく。
「まあ、怪我せずに済んでよかったじゃないか」
見下すような目を向けて言ったのはローラ。そもそも三郎がクレスに勝てると思っていなかった。
「出会えただけありがたく思いなさい」
それに便乗する形でマリーが野次る
「はあ、戦いたかった」
より一層肩を落とす三郎。そのまま地面にしゃがみ込んだ。
そんな彼を見て気分の良くなったローラ。
「じゃあ、私達は忙しいので。これにて失礼するわ」
わざと貴族の令嬢のように仰々しく一礼すると、マリーを伴って去って行った。
「あーあ、いい女だったのになー」
二人の背を見送りながらジャックが独りごつ。
「あ、いい女で思い出したがエレナは?」
ハッとした様子で、三郎が立ち上がる。
「それがな、俺がトイレで用を足してる間にどっかに消えちまったのさ」
ジャックはその埋め合わせでナンパをしていた訳だ。
「ふーん、まあどうでもいいけど」
心底関心の無さそうな口調で三郎が言った。
「ま、そうだな」
三郎と同じように興味無さげなジャック。
実はこの男、この20日間の旅路の途中に三郎の目を盗んで、何度かエレナと夜を楽しんでいたのだ。
つまり、もうジャックなりの目的は果たしていた。
「さて、格闘祭にも出れずとなるとどうするかな」
切り替えの早い所は三郎の長所でもある。グラディウスで何かできる事は無いだろうか。
とは言っても、グラディウスの事は無知に等しい三郎。
ただ一つ分かっている事と言えば、クレス・レイオスがこの街のどこかにいるという事だ。
彼を探し出し、街中で勝負を挑むか――そんな考えが頭によぎった時、ジャックがある事を思い出して三郎に提案する。
「なあ三郎、"魔術学校"を覗いてみないか?」




