第十七話 探求者
もう10年も前の事だ、故郷を失くしたのは。
かつてアトラニア南西に存在したフリーバルト王国に故郷の町はあった。
町の神殿に勤める大神官の息子として生まれたが、自身に流れる血の運命に導かれ、12の時に初めて戦場に出た。
多くの敵を討ち取り、血を浴びた。
自分の居場所を見つけた気がした。
その日を境に戦いの魅力に取り憑かれた。
それから戦功を挙げ続け、20の頃には王国の将軍にまで登り詰めていた。
王国の人々は口々にその名を讃えた。
「フリーバルトに栄光を与えし者、英雄クレス・レイオス」
だがその頃には、王国の倒すべき敵は居なくなっていた。
次に始まったのは強大な力を得た国を意のままにせんとする王や諸侯たちの蹴落とし合いだった。
彼らはクレスを利用しようと、甘言を囁いた。
金、所領、地位、権力、女。
どれもクレスが本当に欲している物では無かった。
王や諸侯たちは、自分達の誘いに見向きもせず、思い通りに動かない無礼なクレスを疎ましい邪魔者と断じた。
しかし、強大な力を持つクレスに面と向かって批判を浴びせる者は誰もおらず、触れてはならない忌まわしき存在としてクレスは孤立して行った。
しかし、クレスは孤独を苦にするような男ではなかった。
彼にとっての苦しみは、戦いが無くなった事だった。
そして同時期に、私利私欲の為の権謀術数に浸かり、国政を蔑ろにし始めた王や諸侯達への不満が民の間に広まっていた。
そんな民が頼ったのは、英雄クレスだった。
「クレス様、悪しき王達を討ち倒し私達を救って下さい」
民の言葉に心を動かされた訳ではない、自身が戦いを待ち望んでいたから、すぐに腰を上げた。
クレスはたった一人で王国を相手取った。
当然、苦戦を強いられた。
絶え間なく続く敵の攻撃、絶体絶命の状況。
だが、人生で最も厳しい戦いの中で、クレスは至上の愉悦を感じていた。
そしてその戦いを楽しむ狂気が、彼の潜在能力をより引き出し、一挙手一投足ごとに強さを増していった。
――俺はまだまだ強くなれるのか!!
自身の持つ可能性に、心が踊った。
そして10日に及ぶ激戦の末、フリーバルト軍はクレス一人によって殲滅された。
戦場となった王国の領土全体は焦土と化した。無論民の多くも犠牲となった。
生き残った者たちはクレスに言った。
「悪魔め、私達はこんな事を望んでいたのではない」
憎悪に満ちた言葉。しかし、クレスはもうどうでも良かった。
「この地にはもう俺の求める戦いは生まれない」
己の強さを磨く戦いを求めて、灰燼の舞う故郷をクレスは去った。
―――そして、10年が経った。
クレスは今、三戦帝と呼ばれる程の強さを示し名声を得ていた。
しかし称号などは欲していない。求めるのは更なる強さと戦い。
だが10年たった今でも己を満たしてくれる相手に巡り合っていなかった。
東域戦争の後、同じく三戦帝と呼ばれる者達が他の局地戦で活躍していた事を知り、行方を探しているが、一向に足取りを掴めていない。
クレスは世界に失望しかけていた。
そんな失意の中、僅かな期待を持ってグラディウスの格闘祭に参加するべく、同地に足を運んでいた。
――グラディウス 円形闘技場――
クレスは今しがた格闘祭へのエントリーを済ませた。
その名を聞いて、その場にいた誰もが驚いていた。
クレスは周りの出場者を見渡してみたが、彼の興味を引くような者は一人もいなかった。
(どうやら、食い扶持を稼ぐだけの格闘祭となりそうだ)
この様子だと賞金は楽に取れるだろう。
虚しさを目に浮かばせながら、人だかりの中を抜けた時だった。
異様な気配。反射的に目を向ける。
少し離れた所にその気配の正体を見つけた。
妙な風体の大男。風変わりな衣服の上からでも分かる、鎧を思わせる屈強な肉体。まるで獲物を狙う猛禽類のような眼光を放つ双眸。長い髪を後ろで纏めて結いており、腰には身幅の広い剣を差している。
全身に闘気を漲らせ、漏れ伝わってくる魔力は今までに感じた事の無い異質なものだった。
そして不敵な笑みを浮かべたその男がクレスを真っ直ぐ見据えたまま近づいて来た。
近づいて分かったが背丈や体格はクレスを少し上回っていた。
「クレス・レイオス殿とお見受けした」
低いが、辺りに響く重厚な声音。
「ああ、そうだ。何か用でもあるのか」
同じような低く重厚感のある声でクレスが答える。
「俺はあんたと戦う為に格闘祭に参加しに来た」
何故かは分からないが、この男はクレスが格闘祭に参加するのを知っていたようだ。
そして男は小さく一礼するとクレスの側を通り過ぎ、受付へと向かって行った。
(少しは面白そうな奴が出てきたな)
ただの賞金稼ぎの祭典になると思っていたが、もしかしたら自分の求める物が得られるかもしれない。
思わず笑みが溢れる。
クレスは期待を胸にその場を後にした。
そして、遂に三戦帝の一人クレス・レイオスとの邂逅を果たした三郎。彼が秘める実力は三郎とて一目見ただけでは計り知れない程、強大で底が見えない。
そしてその出会いに多くの言葉など必要ない。
あとは拳を交え、語り合うだけで良かった。
三郎の異様な雰囲気に圧倒され人々が道を開ける。
そして受付の係員の元に辿り着いた。
「俺は神崎三郎。格闘祭に参加する」
その強い熱意を感じる語気に口籠る係員。
そして微かに声を上擦らせながら答えた。
「さっきの方で出場者の定員を満たしたのでもうエントリーできません」




