第十四話 その理由
酒場で食事を終えた三郎とジャックは、エレナと共に今夜泊まる部屋に向かっていた。
宿の使用人に案内されて、部屋の前までやって来た。
「こちらです」
腰を低くして、部屋を指し示す使用人の男。
「どうも」
ジャックが礼を言うと、男はぺこりと頭を下げ、そそくさとその場を後にした。
ジャックが部屋の扉を開ける。がたぴしした音を立て開かれた扉の先には、ベットが一つ置かれた殺風景な空間があった。三人が入るには幾分余裕があったが、うち二人は地べたで眠る事になる。
「さ、どうぞレディ」
扉を抑え、ジャックがエレナを先に通した。
「ふふっ…」
ジャックに熱い視線を送りながら、エレナが部屋に入る。
微笑む彼女に応えるように、ジャックも視線を返した。
香水を付けているのだろう、彼女の通った後には花のような甘い香りが残された。
「ありがとう!」
それに続きギシギシと床を軋ませて、三郎が入っていく。
彼からするのは鼻を突く血の匂い。ドラゴンの血を浴びた直垂をそのまま着続けているのだから無理もない。
「三郎、服を洗った方がいいと思うぜ」
「大丈夫、気にしてない!」
「いや……」
ジャックは何か言いかけたが、呆れた感じで溜め息をつき、それ以上何も言わなかった。
エレナは部屋に入るなり、纏っているケープを脱ぎ始める。ケープを奥のベッドに投げ捨てると、自らもベッドに向かい、腰を下ろした。
「はあ〜、何だか疲れちゃった…」
そう言って大きく伸びをするエレナ。一層強調される胸。シャツのボタンが今にも弾けそうだ。
思わずそれに目を奪われながら、ジャックが扉を閉める。
「二人が床で寝るのに、私だけ申し訳ないわね……」
自分がベッドを使うのがさも当たり前と言った様子で、エレナが言った。
(申し訳ないだって?どうせ口だけだ)
ジャックはそう思ったが口には出さずに、
「気にしないでくれ。こんなのには慣れてるさ」
そう言って、床に座った。
「ああ、気にするな!俺は床だろうがぐっすり寝られる」
三郎は全く気にする様子もなかった。腰に佩いた太刀を外すと、手近の壁に立て掛けた。そして、その場にドカッと腰を下ろした。
「……!」
三郎の立て掛けた太刀に、エレナの視線が吸い込まれていく。今までの甘ったるい媚びるようなものではなく、獲物を見据える狩人のような鋭利な眼差しだった。
「エレナ、どうかしたかい?」
そんなエレナを見て、ジャックが訝しむ。
「え…!?いや何でも無いわ……」
首を振るエレナ。
だが三郎は彼女の視線に気付いて、そちらに顔を向ける。
「……エレナ、この太刀に絶対に触れてはならぬからな。
大切な物なんだ」
笑顔を添えた、いつもの能天気そうな口調だった。しかしその様子を見て、エレナは却って不気味さを感じた。
「ええ…分かったわ。でも別に変な気があった訳じゃ…」
「じゃあ、俺は寝るよ。おやすみ!」
そしてエレナの言葉を聞き終えないうちに、三郎はそう言なり、大の字で床に寝転ぶ。
程なくして、気持ち良さそうな彼の寝息が聞こえてきた。
「……眠っちゃった」
少し驚いた様子でエレナが呟く。
「そうみたいだな、さて俺も寝るとするかな」
ジャックがそんな三郎を見て苦笑いしつつ、大義そうに床に仰向けになる。
「え〜、もう寝ちゃうの?」
そんなジャックに対して、エレナが鼻にかかった甘ったるい声を掛けた。
「何かあった?」
寝転んだまま、ベットに座る彼女を見やる。
「私、まだ眠くないの。少しお話ししましょ……」
とんとん、と自分の座る少し横を叩くエレナ。ここに座れという事だろう。
逡巡したジャックだったが、立ち上がると彼女の隣に座った。
「ねえ……あなたっていい男ね」
ジャックが座るなり、エレナが彼に身を寄せる。
「そいつはどうも」
言われなくても、といった感じで素っ気無く返答するジャック。
「こっち見てジャック」
寄り掛かる勢いで、エレナが顔を寄せる。普通の男なら頭に血が昇って正気ではいられないだろう。
しかし、ジャックは異様な程に冷静だった。
単に女に慣れているというだけではない、
(あいつがいるせいで気が乗らない……)
原因は三郎だ。呑気に寝息を立てる大男の姿が、旺盛なはずのジャックの色欲を削いでいた。
「あの旦那なら眠ってて起きないわよ」
気を引こうとエレナが彼の腿に手を置く。しかし、ジャックは三郎を冷たく見据えたままいた。
(いや、あいつは起きる)
ジャックは三郎のセンサーを恐れていた。例え三郎が起きなくても、彼の存在が気になって行為に集中できるはずがない。
「やっぱり俺は寝るよ」
エレナから離れて立ち上がる。
「連れない事言わないでよ〜」
ジャックの着ているマントの端をつまんで、エレナが引き止めようとするも、彼は意に介さずその手を振りはらう。
そして、再び床に寝転んだ。
「ねえ、本当に寝ちゃうの?」
エレナの猫撫で声が聞こえたが、ジャックは遮るように目を瞑った。
(俺だって不本意だよ……)
心の中でそう思いつつ、モヤモヤしたまま眠りについた。
「はぁ、残念」
一方、誘いを断られたエレナは溜め息をついてベッドに横になる。
(滅多にいない色男だったのに……味見したかった)
彼ほど容姿が良く色気のある男はそうそういない。
(ま、切り替えて任務に集中するか)
――そして、夜も更けた頃だった。
エレナがベッドから体を起こす。すぐ下で寝息を立てるジャックと少し離れた所で大の字で寝ている三郎の姿を目を凝らして確認する。
(よし、目を覚ます様子は無さそうね)
エレナは夜目が効くように訓練を受けている。
ベッドから降りると、物音一つ立たずに三郎が立て掛けた太刀の近くに忍び寄る。
そして腰のポーチから林檎の果実ほどの大きさの水晶を取り出した。
すると水晶がエレナの手から浮かび上がり、微かな光を帯びる。
「間違いない、"アレスの双剣"だ」
口端を上げてエレナがそう呟くと、水晶を手に取って再びポーチにしまった。
「ついに見つけた……」
そして、不思議な紋様の刻まれた鞘に収まる、三郎の太刀に手を延ばす。
「おい」
その時、低く太い声が部屋に響いた。
エレナの背筋が凍り、冷や汗が額から伝う。
恐る恐る、声のした方を振り向く。
猛禽類のような眼を見開き、胡座をかいて鎮座する三郎の姿がそこにはあった。闇の中、爛々とした眼光で突き刺すように、エレナを見据えていた。
「ひぃっ!!」
戦慄を煽る言い知れぬ異様さから、エレナは腰を抜かし、掠れた悲鳴を上げた。
そして三郎はゆっくりと立ち上がる。床を軋ませながらエレナの方に近寄り、彼女を見下ろした。
あまりの恐ろしさから、エレナは三郎の顔を見上げる事ができなかった。
「どけ」
三郎の低く冷たい声。
エレナは体を震わせながら、赤子のように床を這って太刀から離れた。
「全く、触れてはならんと申したであろう」
呆れたような口調で言ってから太刀に手を伸ばす。
「本当にうるさいな」
手に取った太刀を見ながら、獣が唸る様な声で言った。
そしてその太刀を床に置くとその傍に自らも寝転んだ。
「あの、その……珍しい感じだったからちょっと気になって……!」
しばらく言葉を失っていたエレナが取り繕うように喋り出す。
しかし、その言葉を耳に入れる事なく三郎は眠りに入っていた。
「はあ、はあ……」
息を荒くするエレナ。気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。
やがて、息を整えると壁を支えにして立ち上がった。
(厄介な者の手に渡っていたようね……)
自分の狙う"アレスの双剣"を持つ男、神崎三郎。
この任務を全うする事の難しさを今、理解した。
――しかし、諦める訳にはいかない。
組織の大いなる理想の為に……
「"神代の遺物"は我らロズブロークが必ず手に入れる」




