第十二話 想い
昇る太陽がヴェネットの街を照らし、人々に朝の訪れを告げる。秋晴れの気持ちが良い日和だった。
人々の生活が始まる頃、ローラとマリーの二人は、城の謁見の間にて、既に王に旅立ちの挨拶を終えていた。
王から見送りの言葉を掛けられた二人は、一度騎士団の宿舎に戻った。追跡地図を見ても三郎に動きがないので、出立前に朝食を取る事にしたのだ。
特に会話もなく、二人は黙々と食事をした。
先に食べ終わったのはローラだった。マリーがまだ食べているのを見ると、席を立って詰所に向かおうとする。
「あれ、どこ行くんですか?」
「……トイレ」
マリーの問い掛けに嘘をついて、その場を後にした。
――騎士団詰所――
騎士団の詰所には、団長専用の執務室がある。
その扉の前にマリーは立っていた。
一呼吸置くと、扉をノックする。
「キリアン団長、ローラ・アンジュです」
「どうぞー」
扉の奥からキリアンの声が返ってくる。ローラは少し緊張した面持ちで、執務室に入った。
「おはようローラ」
何やら書類仕事をしていた様子のキリアン、席を立ってローラの方に歩み寄った。
執務室の窓から差す朝日に照らされて、キリアンの笑顔はより輝いて見えた。
「おはようございます……」
何だか気恥ずかしくて、ローラは目を逸らすように一礼した。
「丁度良かった、君達を見送りに行こうと思ってたんだ。
あれ?マリーは?」
キョトンとした様子でキリアンが尋ねる。
「奴は朝食の途中です」
「そうなんだ。でもどうせなら一緒に来たら良かったのに」
キリアンはローラが出立の挨拶に来たのだと思っている。
それは間違ってはいない、しかし
「その……二人でお話しがしたかったので……」
ローラはあえてマリーを連れて来なかったのだ。
「二人?」
キリアンが首を傾げる。
(しばらく会えなくなるんだ。今、気持ちを伝える)
ローラは前夜から出立前に自分の想いをキリアンに話そうと決めていた。
勇気を振り絞って、一歩キリアンに近づく。
「わ、私は……その……」
今にも彼を抱き寄せたいという衝動があるのとは裏腹に、心に燻っている言葉は喉の奥につかえて声にならなかった。
「……っ!」
無意識のうちにまた一歩キリアンに近づく。彼の美しい顔に触れられるような距離感。ローラの頬が紅潮し、その目は朝露を差したように潤んでいた。
(やっぱり……言えない)
幼い頃から兄妹のように一緒だった二人。どこに行こうといつも後ろを着いてくるローラに、キリアンは優しかった。そんな関係が崩れるのが怖くて、想いを告げる事がずっとできずにいた。
だが、時と共に彼への憧憬は強くなり、彼の背を追って騎士団の一員にまでなった。
(それなのに、言葉を伝える事もできないなんて……)
そうローラが自分の臆病さを呪った時……
キリアンが微笑みを浮かべ、彼女を優しく抱き寄せた。
鍛え上げられた彼の逞しい体のその温もりが、呆気に取られるローラに伝わる。
「きっと今回の任務が不安なんだね。大丈夫、君なら上手くやれるさ」
キリアンが静かな声で励ます。彼にとってローラは、故郷にいた頃から一緒にいる、本当の妹のような存在だった。
幼いあの頃と同じように、不安そうなローラを安心させる為、抱き寄せたのだ。
「キリアン様……」
震えた声で彼の名前を呟く。
(任務なんて……ただ私はあなたと離れたくないだけ…)
彼の胸の中、一筋の涙が頬を伝った。そしてその想いは結局、声にならなかった。
その頃、食事を終えたマリーは、帰ってこないローラを探して詰所を彷徨っていた。
「ったく、どこ行ったのよ」
そんな事をぼやきつつ、辿り着いたのは団長の執務室だ。
何やら中から声が聞こえた。
(ふっ、どうせここに来てんでしょ)
マリーは鼻をならして、扉をノックする。
「どーぞ」
キリアンの声が帰ってくる。
「失礼しまーす」
それに応じて、扉を開けるマリー。そして目に入って来たのは、抱擁するキリアンとローラ。
「やあ、おはようマリー」
「ミシュレ……こ、これはその……!」
爽やかに挨拶をするキリアンと焦るローラ。
「失礼しました」
扉を閉めるマリー。
「何してんのよ……」
なぜか苛立ちを覚え、足早に扉の前を離れる。
そして、執務室が飛び出したローラがマリーを追う。
「待てミシュレ!これはその、違うんだ!」
「誤解するなって事?別にあなた達の関係に私興味無いんで」
「この事は誰にも言わないで…!」
「……そんな事しないわよ。それより早く準備して出発しましょう」
「そ、そうか……ああ、準備しよう」
マリーの返事に安堵しつつも
(なんで、コイツが不機嫌になってるんだ)
と、ローラは疑問に思った。
一方のマリーも
(なんで私イラついてるのよ…!)
自分の感情に違和感を覚えていた。
「おーい、二人とも!」
呼び止められて、二人が振り向く。
「いってらっしゃい。気をつけて!」
執務室から出たキリアンが二人に見送りの言葉をかける。
「……行って参ります」
複雑な感情のまま、挨拶を返すマリー。
「はい!行って参ります!」
心残りがありつつも、威勢よく挨拶を返すローラ。
――帰ってきたら、次こそは必ず想いを伝える
そう心に固く誓った。
こうして、ローラとマリーの三郎追跡の旅が始まるのだった。
――ヴェネットの街――
一方、朝を迎えて酒場兼宿屋を後にした三郎とジャック。既に街全体を囲む城壁にある、巨大な門の近くまで来ていた。
「良き日和だな」
手を翳して、空を見上げる三郎。思えばかつて故郷を旅立った日も、今日のような雲一つない晴々とした空が広がっていた。
かつての旅立ちに重ねて、これから始まる戦いの旅に思いを馳せる。
「ああ、いい天気だ」
そしてその隣を歩くのはジャック。彼もまた、新たに始まる旅で、自分の求める刺激を得られるだろうと高揚していた。
やがて、巨大な街の門が目前に迫って来た。
門の外まで石畳の道は続いており、グラディウスまで繋がっているという。
「ヴェネットもグラディウスもかつて存在した帝国の主要都市だ、その名残でいまも街道が繋がってんのさ」
ジャックが遥か地平線に目を向けて、三郎に教える。
「そうか、では行こう」
あまり興味ないのか、素っ気ない三郎。
「マジで戦いにしか興味ないんだな」
呆れた様子で苦笑いするジャック。
「俺はただ強い奴と戦いたいだけだからな」
今から進む道の先を見据え、そう口にする三郎。
その目には空に昇る太陽のような、爛々とした光が宿っていた。
「さあ、もう一度戦いの旅を始めよう」




