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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第二部 契約者の詩
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第109話 殺活自在

 その眼差しは、曖昧なものだった。

僅かに伏せられた、全てを見通すような深い色の眼には何が映っているのだろうか。


剣聖は、その長身の影に隠すように剣を構える。


何の迷いも、躊躇いも無かった。


ただ剣を振るうのみ。


視線を、ひと所に囚われるな。

俯瞰。

天から全てを見下ろしているかのように。


見える物は、斬れる物だ。



 三郎の勘が囁いている。

ユリウス・ベルナールド渾身の一撃が今より放たれると。


地を蹴って間合いを詰めてくるか。

はたまた誘い込み、後の先を取ってくるのか。


刹那の思考。しかし、それは捨てる事になる。

三郎は咄嗟の判断で、膝を曲げて大きく身を屈めた。


ほぼ同時に、漆黒の闇が閃いた。


世界が断ち切れたかのような衝撃が広がった。

いや、実際にそうなっていた。


荒野が背にする地平の彼方まで続く山々、空を覆っていた鉛色の重い雲。


それらが、切り裂かれた。


空間そのものが、剣聖の一閃によって断絶された。


奥義――"絶界"


三郎の(もとどり)が解ける。

あと寸分遅れていれば、その首が飛んでいたであろう。

三郎は言葉を失った。


「……避けましたか」


ユリウスが僅かに目を見開く。

確実に首を狙った。

しかし、三郎はこれすらも躱した。


(だったら、先程のような攻撃にこれを混ぜる)


造作もない。術理の極地に立つとはそういう事だ。


剣聖が、本領を見せんとする。


一方、三郎は距離を保ちながら、ひたすらに脳を回転させる。


("あれ"を使うか)


三郎にも剣の技がある。

ユリウスと同じ三戦帝の一人、ジャック・レインを斬り捨てた抜刀術。


しかし、"あれ"はジャックの油断と彼自身が魔術の反動で動きに隙ができたからこそ可能だった芸当。


現段階で、ユリウスに隙はない。


(この者には当らん)


太刀を構え直す。


構え直した所で、勝ち筋は見えない。

今の大技をユリウスが連撃に混ぜて来たら、勘と目で避ける事はまず持って不可能。


(万事休すか)


圧倒的劣勢。

影無き剣が、命の芯を捉えかけている。


それでも――


「面白くなってきたな」


剣には剣で勝負し、超えるしかない。

イメージしろ、ユリウスのように。

水流の如き柔軟かつ剛毅な剣を。


(剣……水……いや駄目だ)


既存の思考では、既存の物を超えることはできない。


水。それすらも捨て置け。

剣は剣にて超える――本当にそれしか無いのか?


概念に、形に囚われるな。


自分自身すら世界に溶け出すような感覚を。


目を置く場所を、ひと所に囚われるな。


やがて――万物の輪郭が曖昧になる。


しかし視界はより明瞭になり、世界の色彩が一層鮮やかに映る。


三郎は静かに瞼を閉じる。


目を瞑っても空気の揺れと細微な音が全ての動きを教えてくれる。


(もう、考えるな)


神崎三郎はこの局面にて、無意識のうちに魔術という選択肢を拾い上げる。


放出ではない、内側に。

天地をも灰燼に還す雷撃を、己の内で循環させろ。


三郎の体内で、神力にも匹敵する超大な魔力が増幅する。


しかし、肉体は弛緩している。

剣を握り込むのではなく、手に馴染ませる。


気張るな、もっとゆとりを持て。


もっと――楽しめ。



 ユリウスが異変を察知した。


同時に、三郎が動く。


速い。あまりにも速かった。


ユリウスの瞳の奥が揺らぐ。


揺らぎは、間隙を生む。


産毛の太さにも満たないような、ほんの僅かの間隙。


だが事ここに至っては、その小さな隙でさえ、命を落とすきっかけになり得る。


ユリウスが剣を振り下ろす。


影無き剣が、空を切った。


直後、神裂きが一閃される。


青白い光を放ちながら、諸刃が縦横無尽に走り回る。

その様は形容するに難い。

音など、とうに置き去りにされている。

神速。それすらも凌駕している。


ユリウスは"返し"の機会を見失っていた。

術理――速度を超えたタイミングと、力を御した精度。

それが上塗りされている。


弾く。流れるように次が来る。


止まらない。


その中で――ほんの僅かに差し込んだ、一縷の光。


ユリウスは見逃さなかった。


上段から、至高の一刀を振り下ろす。


しかし――戦の申し子は、低い姿勢を保ちながら、その双眸を影無き剣へと向けていた。


一縷の光は、虚であった。


魔術、力、肉体、本能、殺意、そして――楽しむ心。


神崎三郎の、飾りなき、純然たる一振り。


冷たい金属音が荒野に響いた。

剣の切先が宙を舞う。


三郎の太刀に宿った新たな理は、影無き剣を叩き折った。


ユリウスは今、究極の術理を目の当たりにしていた。

そして、無意識のうちに(こぼ)していた。


「――美しい」


ああ、そうか。皆、この事を言っていたのか。


洗練された、あまりにも美しい術理。

剣を賞賛する者達の目に映っていたのは、血でも臓腑でもなかったのだ。


ユリウスが、剣の柄を手放した。

折れた影無き剣が、乾いた地面に突き刺さる。


「私の負けです」


そう言って、目を閉じる。


「そうだな。楽しかったよ」


三郎は白い歯を見せて笑う。

そして、神裂きを鞘に収めた。


鯉口が鳴る音を聞いて、ユリウスが目を開ける。


「なぜ、殺さないのですか?」


戦いとは、命の取り合い。負ければ死ぬ。


「お前の存念はよく分かる。戦いは殺し合いだ。されど、もう勝負は着いた」


三郎の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


「俺が思うに、勝利とは選ぶ側に立つ事だ」


その言葉は、雷に打たれたかのような衝撃を、ユリウスに与えた。


剣は殺しの道具。それ以上も以下もない。そう思っていた。


しかし剣は、その振るい方によって価値を変える。


「生かすも殺すも、自分次第と?」


ユリウスの目に光が宿る。


三郎は、ただ静かに頷いた。


剣の――術理の極地。ユリウスは、自分自身でその可能性に蓋をしていたのだ。


「三郎さん、少し話しませんか?」


「ああ、構わんよ」


二人の剣士が言葉を交わす。


曇天はいつしか晴れて、昼下がりの晴天は仄暖かい日差しで世界を照らしていた。



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