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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第二部 契約者の詩
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第104話 アウトサイダー

 ――ノーシア大公国 南部――

 

 東域の冬には珍しく、晴天が果てしなく広がっていた。


「日は出ていても寒いですね」


長身、白金の髪、雪のような肌。

その男は、これから強大な魔術士を狩りに向かうというのに、実に日常的な内容の話ばかりをしている。


「ベルナールド殿、少しは緊張感を持った方が……」


長身の男の隣を歩くのは、東域南部に領地を持つ若い公、アーヴェル。

ベルナールドと呼ばれた男は、遠くの空を見上げたまま、アーヴェルに言葉を返す。


「ユリウス、でいいですよ」


三戦帝の一人、"剣聖"ユリウス・ベルナールド。

彼は今、東域へ侵攻してきたアゼルニア軍を迎え討つため、ベルザン公国へと向かっていた。


その足取り、口調は朗らかそのもの。

戦場に向かう緊張感は一切感じられない。


だからこそ、アーヴェルは心配になっているのだ。


ヴァルグリム城で見たユリウスの気魄は、確かに三戦帝の異名に相応しい物だった。

しかし、今アーヴェルの目に映るユリウスの姿は、まるで少年のようであった。


「少し、腹が減りましたね」


唐突に、ユリウスが言葉を漏らす。


「どこかで休憩しません?」


アーヴェルに尋ねる。


「はぁ、分かりましたよ」


正直言って、アーヴェルは早く領国に戻りたい。エドワード率いるアゼルニア軍の脅威が迫っているからだ。


しかし、ユリウスと共にいると、どうにも調子が崩される。


アーヴェルは仕方なく辺りを見渡し、どこかに宿屋がないかと探し始める。


そんな折、彼の耳に聞き覚えのある歌が運ばれてくる。


 暗い十字路 暗い十字路

 囁き声が聞こえるよ

   

 ひとつふたつの願い事

 約束の詩が聞こえてくるよ

   

 名前を呼んだら山羊が顔出す

 約束破れば夜風が連れ去る


 暗い十字路 暗い十字路

 秘密の約束 逃げられない


明るい旋律と優美な歌声。東域に根付く童詩だ。

アーヴェルの視線が歌声の主に吸い寄せられる。


羽飾りのついた帽子、鮮やかな色彩の衣装。味のある音を奏でる古びたリュート。


吟遊詩人の男が、道の端で立っていた。


その男とユリウスの視線がぶつかった。


どちらも逸らさない。

やがて、吟遊詩人は目を伏せて、帽子のつばを摘んで、恭しく一礼する。


「初めまして旅人よ」


「どうも」


素っ気なくユリウスが返す。

吟遊詩人は軽やかな足取りでユリウスとアーヴェルの元に近づいて来る。


「何かお探しのようですね」


妖しい微笑み。


「宿屋を探している。昼食を取りたくてな」


アーヴェルが明朗な声で答える。


「それでしたら閣下。私が願いを叶えて差し上げます」


吟遊詩人が目を細める。


「随分大層な口振りだな」


頬を綻ばせて、アーヴェルが言葉を返す。

ユリウスは黙ったまま、吟遊詩人を見据えている。


「では、これから言う約束を、必ず守って頂きたい」


吟遊詩人の表情は仮面のように変わらない。


「約束とは?」


アーヴェルが尋ねる。

吟遊詩人の口端が吊り上がる。


「はぐれないように、しっかり着いてきてくださいね!」


吟遊詩人はそう言って、道案内を始めた。

アーヴェルは明るい表情でユリウスに目配せし、ユリウスはただ頷き、後に続いた。




それから少々歩いた先に、賑わいを見せる宿屋が目に付いた。


「ここでございます」


大袈裟な手振りで、宿を指し示す吟遊詩人。


「うむ。礼を言う」


アーヴェルが吟遊詩人に礼を述べる。

そんな彼に対して、吟遊詩人は媚びるような視線を送る。


「良ければ、私も同席しても?」


「なんだ、歌ってばかりで腹が減ってしまったのか?まあ、いいだろう」


少し呆れた様子のアーヴェルがそう言いつつ、ユリウスへ目を向ける。


「私は構いませんよ」


ユリウスは飄々とした様子で答えた。

こうして、三人は共に宿屋に入る事となった。


一階の酒場。旅路の途中、ひと時の安らぎを求めて、多くの旅人が飯を食い、酒をあおっていた。


席はあまり空いてない。


狭い通路を歩き、ようやく見つけたテーブル。

隣の席ではどこか物々しい雰囲気の一団が、酒と飯を食らっていた。


(軍人だな)


ユリウスはすぐに見抜いた。

手前に座る、赤髪赤髭の大柄の男は大声を出しながら隣に座る浅黒い肌の男に話しかけていた。


「ったくよぉ〜!酒が不味くて堪らないぜ!とロボスブルクの酒が恋しいったらありゃしねぇ!」


ロボスブルク。アポロヌスの地名だ。


違和感を覚えたユリウスは密かに聞き耳を立てる。


「ジーク。声が大きいぞ」

「別に大丈夫だろ?ただの行商人って事にして何とやり過ごすせるさ!」

「だが、万が一という事だってある」


二人の軍人が言葉を交わす。

そこから推測できるのは、彼らが何か密命を受けて東域にやってきたという事だ。


(ロボスブルク……確か、エルガイア王国の王都だったな)


ぼんやりと、そんな記憶が蘇る。

ユリウスが更なる情報を得ようと耳に掛かる髪をかき上げた。


その時、軋む音を鳴らして、酒場の扉が開かれた。


一同の耳目が、そちらへと向けられる。


天井を突くような長身。衣服の上からでも分かる、厳しい肉体。やや長い金髪を後ろで束ね、深い青色の目で酒場の中を見渡している。


そこにいるだけで、酒場の空気が変わった。


人々の話し声が俄かに静まる。


男は、ゆったりとした足取りで、こちらへと向かって来る。

彼はユリウスの隣の席に腰を下ろした。

古い椅子が、彼の体重を受けて軋む。


「お戻りかい」


先程まで威勢よく声を上げていた赤髭の男が静かな声で言った。

金髪の男は何も答えない。ただ、机に置かれていたライ麦パンを手に取って千切り、口に運ぶ。


ユリウスは無意識に、彼の様子をまじまじと見つめていた。


「ちょっとユリウス殿、失礼だぞ」


腕を引くアーヴェルの言葉を無視して、ユリウスは視線を送り続ける。

吟遊詩人は先程とは打って変わって、静かにこの様子を見守る。


「何か用ですか」


そして、男がパンを口に運ぶのを止める。

深い青色の目がゆっくりとユリウスを捉える。


「アポロヌスの方ですよね」


ユリウスが尋ねる。

男は一度ユリウスから視線を外して、赤髭の男の方を見る。

赤髭の男が気まずそうに髭を撫でたのを見た後、軽い溜め息をついた。


「いかにも、アポロヌスから来た」


男が頷いた。


「あなた、相当な実力を持った軍人でしょう。見れば分かる。なぜ東域に?」


ユリウスは最短で核心をついた。

男の視線が、ユリウスの目から、髪をかき上げた方の耳に向けられる。


「君もそうだろう。()()()()に白金色の髪、白い肌」


深い青色の目が覗く。


「エルフか?」


「うーん、惜しいですね。ハーフですよ」


ユリウスが髪をかきあげて、もう片方の耳を見せる。そちらは、他者と何ら変わらない普通の形をしていた。


「アルセリア人か」


男が言う。

ユリウス静かに頷いた。


「じゃあ逆に聞きますけど、あなたはアポロヌスのどこから来たのですか?」


ユリウスが尋ね返す。

男は少し黙り、思案を巡らせた後、抑揚の無い声で答えた。


「エルガイア王国だ」


その言葉に彼の仲間達が顔を見合わせたが、誰も口を挟む事はしない。

彼らの力関係が滲んでいた。


ユリウスは、さらに踏み込んだ問いを投げ掛ける。


「何のために東域へ?」


「大した事ではない。人を殺しに来た」


躊躇いもなく、男が答える。


「あなた程の人物がわざわざ出向くとは、相当な実力者なのでしょうね」


ユリウスの眼に鋭い光が宿る。


「私は彼の事をよく知らない。頼まれたから殺しに行くだけだ」


何も感じさせない口振りだった。ただ、庭に生えた雑草を抜き取りに行くような、何気ない口振り。


そして男が、質問を返す。


「君は、なぜ旅をしている。アルセリアはアポロヌスよりもさらに西方だ。何故わざわざこんな土地まで?」


ユリウスは一瞬遠い目をした。たがすぐに男の目を覗いて答える。


「自分の剣を、否定したくて」


含みのある言葉。

アーヴェルと吟遊詩人は顔を見合わせた。


「あ、いや……抽象的な答えになってしまいましたね。あなたと同じように簡潔に答えましょう」


ユリウスは照れくさそうに頭に手を置いて、答えを改める。


「人を殺しに向かう所です」


「ほう、奇遇だな」


男の冷たい表情が僅かに動いた。


それを見て、ユリウスは更に問いを重ねる。


「名前を訊いても?」


その問いに、男は少しの間を置いて、低い声で答える。


「アレクサンダー・スレイド」


ユリウスは知っていた。地上最強の騎士の名を。


「これは……驚いた」


「あ、アレクサンダー・スレイドだって!?」


アーヴェルもその名を知っていた。

二十年前に勃発した、第五次東域戦争。

それに纏わる、東域人にとっては救いのないお伽話の如き実話。


"鉄血の騎士が半刻も経たぬうちに、五万に及ぶノーシア軍を殲滅した"


たった一人でだ。

その超常的存在が、いま目の前に座っている。


「差し支えなければ聞きたい。誰を殺しに?」


ユリウスが訊く。

今度は間を置かず、アレクサンダーが答える。


「エドワード・レインだ」


その名を聞いてユリウスの口角が上がる。


「奇遇ですね。私もです」


その答えに騒めいたのは、エルガイア人達である。

アレクサンダーは手を翳して、それを鎮める。


「今度は私から聞く。君の名は?」


アレクサンダーの問いに、ユリウスは微笑みを浮かべたまま答える。


「ユリウス・ベルナールド」



――――――――――――――――――



陽が中天に差し掛かる頃、ユリウスは吟遊詩人と共に宿屋を出た。


「良いのですか?アーヴェル様を置いて来て。おまけに任務を人任せにするとは」


言葉の内容とは裏腹に、吟遊詩人が声を弾ませて尋ねる。


「まあ、業務委託といった所ですよ。彼なら確実に仕留めてくれるでしょう。私はその間に、例の魔術士の捜索に当たります」


例の魔術士とは、ヴァルグリム城近郊にて雷を放ち、地形を歪ませた謎の存在である。


「こっちはこっちで、骨が折れそうですけど」


軽く首を回すユリウス。

そんな彼に対して、吟遊詩人は甘美な囁きを告げる。


「その魔術士の居場所。お教えしましょう」


ユリウスが振り返る。


「何故、知っている」


「私は吟遊詩人です。各地を飛び回る者ですから、情報には聡い」


吟遊詩人がほくそ笑む。

ユリウスは真っ直ぐに吟遊詩人を見据える。


「それを教えて、あなたにメリットがあるのですか」


ユリウスの問い。


「あなたには、直接的に何かを求めない。私はただ……」


吟遊詩人がユリウスを見つめ返す。


「水面に石を投げ入れる事が出来ればそれでいい」


吟遊詩人が指を鳴らした。


空間が歪む。時空が駆け巡る。


ユリウスが剣を抜き放つ前に、彼は先程とは全く別の土地へと移動していた。


「ここは……」


「ロノド公国。その首都」


未だ目の前に立つ吟遊詩人が笑みを称えて答えた。


「代償は不要です。遠慮なく、魔術士をお探し下さい」


そう言って、吟遊詩人は踵を返す。

ユリウスはそれを止める。


「何者だ」


「……今は水面を眺める者、ですかね」


そう言い残し、吟遊詩人は人波に消えた。

石畳の道に、詩人の足音がいつまでも響くような錯覚をユリウスは覚えた。



―――――――――――――――――――――



――東域 南方 ベルザン公国隣の小国――


 アーヴェルは酷い緊張と恐怖に苛まれていた。

彼の傍を固めて歩くのは、天をつくような長身と分厚い体の赤髪の男。そして浅黒い肌に、顎髭を蓄えた、冷たい表情の男。


さらに、彼の眼前には、圧倒的な気迫を放つ、地上最強を謳われる騎士。


「ベルザン公国までは、あとどのくらいですか?」


怖い程に丁寧な口調で、アレクサンダーがアーヴェルに尋ねた。


「明日の昼頃には国境を越えられるかと」


震える声で、アーヴァルが答えた。


「道は?」


「このまま、この街道を進めば到着します」


ただ素直に答えるのみ。アーヴェルに断る術はない。


「そうですか。では、もうあなたは帰っていい」


「えっ」


思いもよらないアレクサンダーの言葉にアーヴェルが絶句する。


「だからよぉ!帰れって言ったんだよ!」


赤髪の男、ジークがアーヴェルの尻を引っ叩く。


「ぎゃっ!わ、分かりました!」


深い考えを巡らす間もなく、アーヴェルは来た道を引き返して走り去る。


「巻き込む必要性はない」


彼の背を見送り、アレクサンダーが呟いた。


「意外と優しいのですね」


顎髭の男、アズラクがアレクサンダーに語り掛ける。


アレクサンダーは深い青色の目をアズラクへと向ける。


「邪魔なだけだ」


彼の目の奥には何かが潜んでいる。

それに捕らえられれば、逃げる事は叶わず、ただ殺される。

目を合わせたアズラクは無意識に息を呑んでいた。


「進むぞ」


アレクサンダーが前を向く。

怪物の眼光は、街道のはるか先を見据えていた。


標的は神の末裔、冷血の王太子、エドワード・レイン。


決戦の時は、刻々と迫って来ていた。


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