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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第二部 契約者の詩
106/115

第100話 追う者たち

 ――ロノド公国 中部の森――

 

 夕焼けが、血の海をより一層赤く染め上げていた。

首と胴が切り離された死体や腹部に()()を開けられた死体が血溜まりの中に転がっている。


それらを見下ろす形で、一人の男が立っていた。


風に靡く艶やかな金髪。澄んだ青空のような碧い目。

その手に握られているのは血塗れの剣。


「いち、に、さん……計六人か」


冬の夜風のように冷たい視線と声音。

その男――トルミア騎士団団長、キリアン・ユローは辺りを静かに見渡した後、そう呟いた。


「団長、こちらの被害ですが、負傷者は哨戒にあたっていた者一人だけです」


キリアンの背後からそう声を掛けたのは、ローラ・アンジュ。トルミア騎士団の副長である。

彼女の持つ剣もまた、血に濡れていた。


「初動で奴らを叩く事ができた。正直、冷や冷やしたけどね」


奴ら。そう言うキリアンの視線は血溜まりの中の死体に向けられたままだ。


「ここから離れた方がいいかと。敵はこの六人だけとは限りません」


ローラが厳しい表情を浮かべて言う。

キリアンはそれに静かに頷いた。


「うん、そうだね」


そう言って、血溜まりから視線を外す。

キリアンとローラの周りには、騎士団の面々――そして、ジェイドとジェフリーがいた。


「じゃ、行こうか!長居は危険だろうからね」


二人の少年の姿を認めたキリアンが、いつものような柔らかい表情と声音で、皆に伝えた。


――――――――――――――――――


 湿気の漂う森の中をトルミア騎士団は進んでいた。

夕暮れ時、薄暗い。

いつ何時、東域側からの襲撃があるか分からない。

既に複数人の怪我人を抱える騎士団の移動速度は、泥濘に足を取られたように遅い。


(敵は狩りに慣れている)


先頭を行くキリアンはこの潜入期間中に受けた数度の襲撃を思い返していた。


 初めは様子見だった。やがてその攻撃の手は激しさを増し、騎士団は削られて行った。 

しかし、深追いはしてこない、


泳がせて、その目的を探っている。


キリアンはそう推察した。

だから、それを利用した。


人気のない森へと入り、野営地を築き、留まった。

誘き出すために。


そして、敵はその誘いに乗ってきた。


襲撃を予測していた騎士団は即座に反撃に出る。

厳密に言えば、キリアンとローラの二人がそれを担った。

交戦による犠牲を最小限に抑える為だ。


敵は六人。数で勝る騎士団を翻弄し続けた精鋭。黒衣の呪術師たち。


 だが、正面からのぶつかり合いにおいて、キリアンとローラの力は過分な程に発揮された。



 ジェイドとジェフリーは二人の騎士の圧倒的な戦いを間近で目撃した。


今、レイン兄弟はその騎士達の背中を追って森の中を進んでいる。

兄弟の間に会話はない。戦いの余韻が、頭の中を支配している。

そんな折、前を歩いているローラが、二人の方を振り返って声を掛けてきた。


「どうした?やけに静かだけど」


彼女の表情は柔らかい。

しかし、ジェイドとジェフリーどうにも緊張感が抜けず、不自然に目を逸らしてしまった。


「い、いや……」

「別に……」


「……?そうか」


小首を傾げた後、ローラは再び前を向いて歩く。


(この人、あんなに強かったのか)


ジェイドの中で、赤髪の女騎士が戦う姿が何度も反芻される。


ローラ・アンジュ。半神の血脈を持ち、人間の限界を超えた身体能力を誇る。そして、それに付随する練り込まれた剣術と体術。

派手さは無い。しかし、そのフィジカルと技を持って呪術を退け、二人の呪術師を葬り去った。


しかしそれでも、彼女がトルミア騎士団の"最強"ではない。


(でも……この人の戦い振りを見たら、ローラさんの強さが霞む)


ジェフリーは自身の前を歩くキリアンの背中を見つめていた。

容姿端麗、柔和。彼の第一印象だ。

その印象から想像する難い、冷徹な程の戦い振り。

容赦なく、風を走らせ、敵の命を絶った。


キリアン・ユロー。風の魔術士――

第六次東域戦争後、三戦帝にも並ぶと噂された、トルミア最強の騎士。


「なあ、ジェフ」


ジェイドがジェフリーを呼ぶ。


「どうしたの?」


ジェフリーは前を向いたまま返す。


「学ぼう。この人達から」


ジェイドの言葉には熱が籠っていた。


「うん」


ジェフリーはそれをひしと感じ取っていた。


「そうそう!あなた達みたいな未熟者は私達をお手本にして、しっかり勉強しなさい」


二人の間に割り入る声。

トルミア騎士団一番隊隊長、マリー・ミシュレだ。

ジェイドのジェフリーの肩に手を置いて、得意げな顔をしている。


「ちっ……耳元でデカい声だすなよ」


ジェイドがマリーの手を払って舌打ちする。


「なによ、可愛くない子ね」


マリーは眉を顰めて、ジェフリーの腰に腕を回す。


「まあまあ、そう険悪にならないで」


苦笑いを浮かべるジェフリーが二人を宥める。

そんな彼に顔を寄せて、マリーが頬を綻ばす。


「ほんとジェフリー君は可愛いなぁ!双子なのに何でこうも違っちゃうかな」


そう言われて顔を赤くするジェフリー。

ジェフリーの頬を指でつつくマリー。


ジェイドがキレる。


「おい!俺の弟を弄ぶな!」


「なによ!嫌がってないからいいじゃん!」


二人が同時に喚き出す。


背後からの騒がしい声を背中で受けたローラが溜息をついた。


「団長、黙らせましょうか?」


呆れ顔でキリアンに尋ねる。

キリアンは目を細め、柔和な笑みを浮かべていた。


「それには及ばないさ、場が和む」


肩越しに背後を見遣る。

依然足取りは重いが、マリーとレイン兄弟のやり取りを見た騎士団員達の間に、笑い声が生まれていた。


「ジメついてばかりだと、気が滅入るからね」


「団長がそう言うなら、ほっときます」


言いつつも、ローラの口端にも笑みが浮かんでいた。


「早い所、野営できそうな場所を見つけましょう」


「そうだね、()()()()()()まで道のりは長い」


キリアンがローラの言葉に応えた。


 一方、ジェイドとマリーの口喧嘩はまだ続いていた。


「てか君さ!ジェフリー君を見習ってもっと大人しくできない訳?」


「余計なお世話だよ!大体アンタ、俺らと歳そんなに変わんねーだろ!子供扱いすんじゃねー!」


「ハァ!?私19!君たち15!四歳も違うじゃない!」


「誤差だろ!」


ああ言えばこう言う。

マリーに肩を組まれたままのジェフリーは複雑な表情を浮かべている。


「大体よぉ!さっきの戦いの時、アンタ何もしてなかったよな!ホントは口ほどにもないんじゃねーの?」


「うっさいわ!人には適材適所、役割ってもんがあんのよ!」


ジェイドが吠える。マリーが吠え返す。

自然とマリーの腕にも力が入り、ジェフリーの腹を締め上げる。


「ぐ、ぐぇ……」


ジェフリーがマリーの腕をタップする。

その苦しそうな顔に、マリーがようやく気付いた。


「あ!ごめん!」


マリーに解放されたジェフリーは完全グロッキーだ。


「やばい、吐きそう」


青い顔でジェフリーが言う。


「まずいな……どっかその辺の茂みで……」


ジェイドがそう言って周辺を見渡す。


その時、森の中に大きな音が響いた。


木枝の端折れる音、野鳥の鳴き声と羽の音。


異変。


騎士団の面々は反射的に臨戦体制を取る。


ジェイドは音の方へと目を向ける。

少し離れた森の奥。何か黒い影が落下して来るのを、その翡翠色の目が捉えた。


「あっちだ!」


反射的に駆け出すジェイド。


「あ、待って!」


ジェフリーがそれに続く。


「おい、隊列を離れるな!」


ローラが大喝するが、二人の少年は弾かれたように駆け出し、止まらなかった。

ローラはキリアンに目配せする。

キリアンは頷く。


「僕はローラと二人を連れ戻してくる。皆んな少しだけ待機しててくれ、勿論……戦闘体制でだ」


静かにそう命じると、ローラと共にレイン兄弟の後を追った。




 道を外れた森の中、老木にもたれかかる狂獣の姿を、レイン兄弟は見つけた。


「あっ!コイツ!」

「僕らを襲って来た奴だ」


忘れ難いその獰猛な気配。

それは昏倒しているが、全方位を突き刺すような荒々しい気迫は消えていなかった。


やがて、レイン兄弟に追いついたキリアンとローラも、この獣の姿を視認する。


「団長、これは一体……」

「思わぬ展開だね……」


バーサークの魔術士、アーリ。血を流し、瀕死の状態。

レイン兄弟にとっては、明確な敵対者。


だが、この状況においても、キリアンの判断は早い。


「とりあえず彼を運ぼう。何か情報を得られるかもしれない」


その言葉にジェイドとジェフリーは顔を見合わせる。

ローラも少し驚いた様子で、キリアンに言葉を返す。


「こいつを、仲間達の元に連れて行くのですか?」


滲む警戒感。無理もなかった。


「心配になるのは分かる。でも今の混沌とした状況の中で……」


冷厳な目をアーリへと送るキリアン。次いで、レイン兄弟の元へとその視線を変える。


「彼は貴重な情報源になり得る」


その目に迷いは浮かんでいない。


『君達は駒じゃない。ただし、守る以上は任務の一部になってもらう』


ジェイドの胸の内で、騎士団との同行を決めた日にキリアンが自分達に言った言葉が反芻される。


「……俺たちにとっても好都合だぜ」


ジェイドが真っ直ぐな目でキリアンを見返す。


『利用されるなら、俺達も利用する。駒になんてならない』


キリアンの胸の内で、彼らと出会った日に聞いた言葉が反芻する。


「じゃあ、戻ろうか」


キリアンの短い言葉に、ジェイドは静かに頷いた。



―――――――――――――――――――――



いつしか日は沈み切り、森には夜の帳が下りていた。

少し開けた場所を見つけたトルミア騎士団は、簡素な野営を張り、焚き火を囲んでいた。


この場所は周辺に比べて小高い丘になっており、見晴らしがいい。敵襲にも気付き易いはずだ。


星空。遮る木々が無いため、世界を覆う夜空が視界いっぱいに広がっていた。


ジェイドは焚き火から離れ、一人で星を眺めながら、過去の出来事を振り返っていた。


幼い頃、祖国アゼルニアでの思い出。母はいつでも優しかった。

魔術を学んだグラディウスでの思い出。マテウス学長やメリセントとの楽しかった記憶。


しかし、反芻される温かな記憶を覆い隠すように、辛い現実がそれを塗り潰して行く。


グラディウスは崩壊し、学長は殺され、メリセントはエルガイア王国に奪われた。

母とは音信不通。


消えゆく温もりを否定するように、ジェイドは空から視線を外した。


多くを失いつつある。これからも何がこの手に残るのか分からない。


ただ、今確かな事。

それは父エドワードが東域へと進軍して来ている。

そして、彼の命を狙う影もまた東域へと侵入している。


父に会わなければならない。

その理由はまだ見つからない。


ジェイドが再び空を見上げた。


「もう逃げない」


その時、背後に気配を感じた。

振り返れば、ジェフリーがいた。


「焚き火にあたらないの?」


ジェイドの様子が気になって、ここへ来たようだった。


「なんとなく、浸りたくてね」


冗談めかしてジェイドが答える。

ジェフリーは軽く笑い声を上げた後、兄の隣に並ぶ。


「理由、見つかった?」


「理由って……なんのだよ」


「分かるでしょ?父上だよ」


ジェフリーが星を見上げながら言った。

ジェイドが、ジェフリーの横顔を見遣る。


「俺も、お前と同じ顔をしてんのかな」


「?そりゃ双子だし」


「馬鹿、そういう意味じゃねーよ」


憂いを感じさせながらも、どこか澄み切ったような雰囲気がジェフリーにはあった。


「てかさ、俺たち気付いてんのに目を逸らしてるだけなのかもな。色んな事から」


ジェイドが言った。深い意図は無かった。直感的な言葉である。

それを聞き、ジェフリーがジェイドに向き直る。


「でも、もしそうだとするなら」


――もうこれ以上失いたく無い。 

そんな言葉が脳裏によぎった。

しかし、口に出す事はなかった。


しばし、静寂が訪れた。

二人して黙り込んだあと、口火を切ったのはジェイドだった。


「とにかく……騎士団はベルザン公国に向かう事になった。父上も多分そこにいる」


キリアン率いるトルミア騎士団は、東域諸国の軍備拡大を調査するべく同地に潜入していたが、ジェイド達の存在と、二人が持っていた情報によって、潜入調査の方針を改める事になった。


東域諸国の調査は大前提とし、それに付随する形を持って、アレクサンダー・スレイドとエドワード・レインの動向の注視が任務に付け加えられた。

これは、キリアンの判断である。


アゼルニア王国王太子と、エルガイア王国の鉄血の騎士。

二人の取る行動によっては、アポロヌスの運命を大きく揺るがしかねない。


「俺達は今、騎士団の助けが必要だ。彼らと共にベルザンに向かう」


「そして、父上に会う」


ジェイドとジェフリーの視線がぶつかる。

互いに、その強い意志を感じ取った。


父に会い、何が起こるのか、それは分からない。

しかし、これ以上後悔を重ねたくない。

今あるのは、ただそれだけだった。


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