第十話 旅立ち
「その強大な力で、トルミアがアポロヌスを統べる為の協力をして欲しい!」
王の思いも寄らぬ言葉に、三郎は呆っ気に取られた。
「それは一体どういう…?」
理解が及ばぬ様子で三郎が首を傾げる。しかしそれは、三郎だけでは無かった。
「王様、アポロヌスを統べるとはどういう事ですか?」
ローラ、マリーにしても思いがけない王の言葉だった。
「うむ、いい機会だ。ここで話すとしよう」
そして王は、自らの秘めた野望を臣下の前で語り出した。
アポロヌスの統一という大それた野望をシュレイツが抱いたのは、半年前に起こった東域戦争の後である。
アポロヌスの掟として、連合に属する国が外敵から攻撃を受けた際は、他の全ての国が軍を出し、攻撃された国を助けるという事になっている。
今回は東域に面する国、ノーステミア王国が攻撃にあったので、それを援護する形で戦争が起こった。
ノーステミアはトルミアの隣国である。掟に従い、トルミアは王直々に軍を率いて馳せ参じた。
しかし、他の国々はトルミア程迅速な動きを見せなかった。特に、アポロヌス4大国に数えられる、アトラス王国、アゼルニア王国、エルガイア王国の三国の対応は目に余るものだった。
「アトラス王国はアポロヌスの盟主であるというのに正規軍ではなく練度が低く統制の取れていない寄せ集めの傭兵部隊を送りつけてきた」
シュレイツの言葉に怒りが滲む。
アトラスの傭兵部隊は統制が取れていなかった為、戦列を乱し、敵が攻撃する隙を作った。
「アゼルニアは主戦場のノーステミアに軍を送らずに、敵の背後を突くなどと宣い、東域に単独で攻め込んだ」
アゼルニアはアポロヌス南方の半島にある大国だ。海を挟んだ対岸にある東域の一国に、身勝手に攻撃を仕掛けていた。
「そしてエルガイアに至っては、一人たりとも兵を送って来なかった!」
シュレイツの怒号が響く。
結局、遅れてやってきた他5つの小国の軍隊と共に、トルミアを主戦力として東域の大軍勢と衝突した。
「三戦帝の活躍もあって結果的には勝利したが……もし彼らがいなければ我らは負けていたかもしれない」
戦いの後、シュレイツは思い知った。
――古き伝統を守る誇りを、アポロヌスは失ったのだ
誇りを失くし、大切な掟が形骸化したこの連合をそのままにして置く訳にはいかない。
伝統と誇りを重要視するシュレイツはアトラスを始めとする大国を排して、新たなるアポロヌスを創り上げると決心した。
「しかし、そう簡単なものではない」
事実、トルミアが他の大国に挑んだとしても勝ち目は薄かった。
アトラス王国はトルミアの2倍以上の国土を持つアポロヌス最大の国。国内の中央集権化が進み、統制の取れた精強な大軍を有している。
アゼルニア王国はアトラスに次いで広い国土を持つ。
王族は皆が強力な魔術士として知られており、王自ら率いる魔術部隊は少数精鋭で、他国の大軍に引けを取らない。
「そしてもし戦争になった時、何より厄介なのがエルガイアだ」
エルガイア王国――
国土、人口、兵力ではトルミアと差はない。
しかし、エルガイア王はアポロヌスのうち、
エールレンド王国、フロウ・スタン王国
この二つの国の王子に娘を嫁に送って政略結婚をさせており、それぞれの王家と縁戚関係にある。
「もしエルガイアと戦いになれば、その2国も敵となるだろう」
さらにもう一つ、厄介な問題がある。それはアトラニアで最も有名な武器商人、オスカー・アルベルクが敵になるという事だ。
「アルベルクはアポロヌスの武器交易を牛耳る大商人。
しかもルガイアの庇護を受けている」
戦局を左右する武器。その供給線をエルガイアは握ることができる。
「それにもし戦いになった時、その他の小国がトルミアの味方となって戦ってくれるとも限らないし、大国同士で同盟でも結ばれたらこちらの勝利は絶望的だ」
厳しい現実をシュレイツは理解していた。
しかし、一筋の光明が差した。
「だが三郎、おぬしが現れた」
「俺?」
三戦帝の行方が掴めない今、三郎は強大な戦力を補填するのには持ってこいの人材だった。
「禄は弾む!アポロヌスの秩序とトルミアの栄光の為、我が臣下となって力を貸してくれ!」
王が三郎の手を取って、縋るような眼差しを向ける。
(わしとキリアンの目に狂いはない!この男は必ずトルミアを勝利に導いてくれる!)
王の気持ちは昂っていた。
しかし、三郎は握られた手を丁重に離した。
「買い被り過ぎですよ、シュレイツ王」
王の目を見ながら静かな声で言った。
「いや、そんな事はない!おぬしの力は三戦帝にも及ぶだろう!」
「はははっ!どうでしょうかね」
三郎はこの話に乗るつもりは一切なかった。
権力者の臣下となり、思うがままに動けなくなるのは真っ平ごめんだった。傭兵のような報酬の為の一時的な雇用関係とは訳が違った。
「某がおらずとも、王にはキリアン殿を始め
優れた戦士がついておるではありませんか」
騎士団の面々を見渡して、三郎が言う。
「それに、某にはアトラニアでの目的ができたのです」
「目的…?」
「左様。それ故、このヴェネットから出ていくつもりでいます」
三戦帝を見つけ、戦う。他者の思惑など介さない、純度の高い血湧き肉躍る戦いを三郎は求めているのだ。
「王様の申し出はお断り致します」
強い決意の宿った濁りのない目を王に向ける。
「……仕方ない、決意は固いようじゃ」
残念そうに王が俯く。
「おい神崎!王様から賜った栄誉を無下にするつもりか!」
ローラが怒りの声を上げる。
「そこまでにしときな、ローラ」
キリアンが優しい声で制する。そして三郎の方に目を向ける。
「僕は君の意見を尊重するよ。何よりもさっき助けてもらった。何も言い返せやしないさ」
キリアンが自嘲的な笑みを浮かべる。その言葉を聴いたローラはムキになった自分を少し恥じた。
「理解して貰えて良かった、ありがとう」
三郎が王とキリアンを見てから、一礼する。
「では三郎、せめてレミロフの暴走を止めてくれた礼をしたい」
王が近くにいた執事エドモンドに目配せする。
するとエドモンドが何やら小包を抱えて、三郎の元に近づく。
「これは?」
「この中にはアトラニアの地図とその方位磁針、そして僅かばかりだが金貨が入っておる」
王が三郎の問いに答えると、エドモンドが小包を手渡した。
「良いのですか?」
先程の戦闘中に地図がどこかに飛んでいった事もあって、この贈り物はとても喜ばしい物だった。
「実はさっき謁見の間でキリアンと話しておったのだ。
もしこの申し出を断られたらどうするかと」
三郎の闊達な性分を王は気に入っていた。またレミロフを捕まえる事ができたのは三郎のお陰でもある。
「断られても、褒美を出して気持ちよく送り出してやろう。そんな結論に辿り着いたのだ」
王が笑顔で言った。
「何とありがたき幸せ…」
その心遣いに、三郎は目頭を少し熱くした。
「さあ行くがよい、おぬしは自由だ」
「短い間だったけど楽しかったよ、じゃあね!」
王とキリアンが別れの言葉を投げかける。
「世話になり申した!これにて!」
長ったらしい言葉は必要ない。深々と一礼すると、城壁の狭間からその場を後にした。
そうして神崎三郎の新たなる旅路が始まったのだ。
「なんて簡単に諦めるはずがなかろう」
三郎が去ったあと、王が厳しい表情でそう言った。
「キリアンよ、追跡用の魔力のマーキングはしかと済ませているな?」
「はい、心配は無用です。この追跡地図に既に三郎殿の位置が浮かんでいます」
キリアンが答える。
「えっ!一体どういう事ですか?」
ローラは二人のやり取りの意味を今一つ掴めずにいた。
「番の方位針!」
ハッとした様子で、マリーが言う。
「そ!正解。どうやら上手く行ったみたいだ」
作戦成功、とキリアンが嬉しそうにしている。
番の方位針。アトラニアで取れる磁石のように引かれ合う性質を持つ2種類の魔鉱石を利用した物で、番で作られる。片方が離れていてもその魔力を捉えて、もう片方がその位置を特殊な地図に写し出すのだ。
「三郎殿に渡した方位磁針、実は今僕が持ってるやつの番って訳」
「作戦通り、これで三郎の位置を追える」
三郎がヴェネットに留まらないと言った時の為に、その位置を把握して、監視するという対策を立てていた。
(呆気なく諦めたと思ったら、こんな策を……)
心のどこかで、もう三郎と関わらずに済むのだとローラは安堵していた。しかし、今になって嫌な予感がしてきた。
「そして、ただ位置をこのヴェネットから見ているだけではない!」
王が声高らかにその考えを述べる。
「誰かが彼を追跡して近くで監視し、伝書魔鳥を使って知らせを送るようにするのだ!」
「そして、その役目を信頼できる騎士団の誰かにお願いしたい」
王に続けてキリアンが話し、騎士達の顔を見渡す。
「これは重大なお役目だぞ」
「トルミアの命運が掛かっているんだ」
「是非私にその役目を」
騎士達が我こそはと言った面持ちでキリアンに視線を返す。
一人を除いて。
(ぜっっったい行きたくない!)
ローラだけはキリアンと目を合わせないようにしていた。
三郎の事はいけ好かないし、何よりキリアンの顔をしばらく見れなくなるのが嫌だった。
いつもだったら四六時中見つめていたいキリアンの顔を今だけは絶対視界に入れようとしなかった。
「うん、皆んなトルミアの為に尽くしたいという心意気が伝わってくるよ」
キリアンが嬉しそうに語る。
「でもこれは重大な任務だ騎士団の中でも特に優秀な人に任せたいと僕は思っている。本当は僕も行きたいけど王様の手助けを仰せつかってる」
キリアンは王の懐刀として、トルミアの政治の中枢にも関与していた。彼がヴェネットを離れる訳には行かない。
そうなるとおのずと人選は限られてくる。
「だから僕に次いで力のあるローラ、君に頼みたい」
ローラにとって最悪の宣告だった。
「は、はい」
血の気が引いた顔で頷く。
「やはりローラ副長か」
「あの人しかいないと思っていた」
「あの方こそ適任だ」
「やっぱ美人だなー」
騎士達から畏敬の念が籠った言葉が発せられる。
しかしそんな中で、
(あんな蛮族の追跡だなんて、ご愁傷様)
マリーだけがこの結果を嘲笑っていた。
(どーせキリアン団長と離れるのが辛いんでしょ。下心が見え透いてんのよ)
青ざめたローラの顔を見て思わず笑みを浮かべた。
しかし、その笑みもすぐに消えることになる。
「そしてもう一人。ローラのサポート役としてマリー、君にも追跡に参加してもらうよ」
「えっ……」
思いもよらぬ成り行きに言葉を詰まらせる。
「1番隊隊長が選ばれたぞ」
「くっ、あのガキが選ばれるとは…」
「妥当な人選だな」
「ローラ副長と2人だなんて羨ましい!」
騎士達が思い思いの言葉を発している。しかし、マリーの耳には入って来なかった。
(何で私が…よりにもよってローラさんと2人だなんて)
政治の中央から離れれば、それだけ出世の道を遠回りする事になるとマリーは危惧した。
「まあでも、この役目は交代制にするから。3ヶ月したら
他の人と交代してもらうよ」
キリアンが役目についてそう補足する。
「さ、3ヶ月……」
キリアンの顔を見れなくなる期間だ。ローラに取ってひどく長いものに感じた。
「……承知しました」
こうなったら腹を括るしかない。何かしらの成果をあげて、ローラを出し抜いてやるとマリーは決意する。
「さて、人選は終わった。荷物をまとめて明日の朝には出立してもらうぞ」
王の宣言によって、三郎追跡の人員が決定した。
――ヴェネット とある酒場
街中にある人気の酒場、先程見たドラゴンと妙な風体の男の戦いを思い返しつつ、酒を味わう男が一人。
ドラゴンが討伐されたという情報が街に知らされ、人々は平穏を取り戻していた。
遅い時間だというのに酒場には活気があり、皆食事や仲間と飲む酒を楽しんでいる。
(さっきの奴、何者なんだろう)
椅子にもたれ掛かり、ただ一人虚空を見つめた。他人に興味を示す事は滅多に無いが、あの男は自分の興味を掻き立てる強さを持っていた。
(もし、さっきの奴とあいつが戦ったらどっちが勝つだろうか)
知り合いの顔をぼんやり思い浮かべて、さっきの男と比較してみる。
(魔術自体は似ている気がするなあ)
そんな事を考えていた時だった。
「いやー、腹減った」
酒場に入って来る者がいた。存在感のある巨軀と風変わりな格好は人々の目を引いた。
(あいつは、さっきの!)
間違い無い、ドラゴンと戦っていた男だ。彼は今、人々で
溢れかえって店内をキョロキョロ見渡して席を探していた。
「おい、あんた!こっち空いてるぜ!」
騒がしい店内で掻き消されないように、大きな声で呼ぶ。
「おお!ありがたい!」
それに気付いた大男が、席の合間を身を捩らせて進み、こちらへやってきた。
「いや〜、美味そうな匂いに誘われて来たものの、こんなに賑わっているとは」
ごつい大きな手で腹をさすりながら、男が同じテーブル席に着く。
「異国の人が慣れない土地で困ってたら親切にするってのは俺の故郷での教えでね。お節介だったかな?」
「いやいやとんでもない!礼を言うよ」
一見強面だが、話してみると明るく陽気な感じがする。
「せっかくだ、名前教えてくれるかい?」
「ああ、俺は神崎三郎という。日ノ本から来た。」
「ヒノモト…聞いた事ないな」
「まあ、辺境の国だからな!そういうそなたの名は?」
三郎がその親切な男に訊く。
「俺はジャック。しがない傭兵さ」
男はそう名乗った。
ジャックは諸国を周り、気ままに傭兵稼業をしているらしい。
「そういや腹減ってんだろ、何か注文したらどうだ?」
「あ、確かに。でも何があるのかさっぱりでな…」
「だったら無難に鶏のステーキなんてどうだ?」
「じゃあそれで」
「おーい!鶏のステーキを1つ頼む!」
三郎に代わって、ジャックがカウンターの店員に注文する。すぐに「はいよ!」という威勢のいい返事がきた。
「何から何まですまんな、ジャック」
「いいってことよ」
そう言うと、一口酒を含むジャック。醸造酒の香りを楽しんでから飲み込むと、三郎に先程の戦いについて聞き始める。
「実は、城壁でドラゴンと戦っているのを見た」
「ああ、そうであったか」
それで彼が自分に興味を持ち、声を掛けたのだと三郎は知る。
「どうしてあんな事に巻き込まれたのか気になってね」
テーブルの上で腕を組み、前のめりになるジャック。
「まあ、少し長くなるが……」
そう言って三郎は、今までの経緯をすべて話し始めた。
――ヴェネット城 騎士団宿舎、ローラの部屋――
夜も更けた頃。ローラは壁に開けられた穴から星空を眺めていた。その手には、キリアンから渡された三郎追跡地図があった。
視線を地図の方に移す。三郎はまだヴェネットから出ていなかった。
(夜が明けてから出発するつもりだな)
見知らぬ土地で夜間に動くのは得策ではない。妥当な考えだろう。
「明朝出発するのは丁度いいかもな」
そんな事を呟いた時だった。
「わあっ!」
背後から急に大声がした。
ローラを驚かすつもりだったのだろうが、そんな事でこの女騎士は動じなかった。
「勝手に部屋に入って来るなミシュレ」
冷たい声で、マリーを諫める。
「はあ、ほんとかわいくなーい」
つまらなそうにマリーが言う。
(うざっ…!)
イラつきながらも、まともに相手にすると疲れるだけなので、無視する。
「それはそうと、もう気持ちの切り替えできました?」
嘲りを込めてマリーが訊く、もちろんキリアンの事についてだ。
「……なんの事だ」
ローラはキリアンに対しての自分の気持ちは、誰にもバレていないと思い込んでいた。
まさかと思いつつも、平静を装うローラ。
「ハッキリ言ってバレバレですから。ローラさん団長の事好きでしょう?」
「え、いや…はっ、はぁ!?別に違うし!!」
バレていた。
(分かりやす……でも、それよそれ)
あまりの慌てように若干引きつつも、マリーが見下すような笑みを浮かべる。
マリーはローラへの単なるライバル意識から挑戦的な発言をして来たが、最近はローラの今みたいな反応を求めて、突っ掛かる事が増えていた。
(ほんといい顔するわ、この人)
マリーがそんな事思っている間に、ローラが平静を取り戻す。
「で、何の用だミシュレ」
「いや別に、旅の前に親交を深めとこうかなーって」
(心にもない事を言いやがって)
「ちっ」
ローラは舌打ちすると、再び地図に目を向ける。
(あの野蛮人は三戦帝と戦いたいと言っていた…)
即ち、想定できる三郎の行動パターンは、
三戦帝のいそうな場所、例えば戦場などに向かう。
または三戦帝の情報を掴むため、多くの情報が行き交う場所に向かう。
といった所か。
(だが、奴はアトラニアに慣れてない。三戦帝以外の情報も欲しがっているはずだ)
そうなると闇雲に各地を歩き回るのでなく、情報が集まりやすい大きな都市などに向かうはずだ。
「そう言えばー、あいつのお目当ての三戦帝ってどんな名前の人達でしたっけー?」
構って欲しいの何なのか、マリーが考え込むローラに話し掛ける。
無視するとまた邪魔してきそうなので、少し相手してやる事にした。
「一人は戦場で私達も目にした事のある者」
東域戦争の際、奇襲を受けたトルミア騎士団を救った男。
雷の神の末裔、クレス・レイオス
「そして、三戦帝で唯一、"魔術士でも半神の血脈でもない男"」
剣聖、ユリウス・ベルナールド
「3人目だけど、この男は戦争の前から名前は知られていたな」
「あー、なんか噂になってましたね」
その男はアゼルニア王国の王族出身だったが、一族を相手に戦いを挑み、多くの死傷者を出した。その後、罪人として指名手配され、アポロヌス中にその名が知られていた。
「なぜ戦争に参加していたのか分からんが、この男の活躍によって我らが勝利を得たのは事実だ」
「どんな力を持っているか知ってます?」
「私は見た事も会った事もないからな、ただ炎の魔術士というのは確かだ」
――炎の亡霊
その不可解な能力から付けられた異名。
「名前は確か…ジャック・レイン、だったかな」




