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零零 ーゼロレイ 異能犯罪武力対策局ー  作者: 綾川八須
第一部 ー女神の幼体編ー
4/8

4 異能と非能 異相の女児


「高木、お前は店内を確認しろ! 今ので負傷者が出てるかもしれない!」

「わかりました! でも、零さんは!?」

「ぐるっと回って負傷者を建物の中に避難させる!」

「この状況でですか!?」

「この状況だからだよ!」


 あまりにも危険すぎる。いつガラスが暴風の渦に巻き込まれて巨大ミキサーに変貌するのかもわからないのに。それ以前に、窓が割れればガラス片が豪雨のように降り注ぐ。そちらにせよ、重傷か死亡に至る結果には間違いない。引き留めるべきか、いや引き留めるべきだろうと高木は二秒の間で逡巡したが、返答は了解だった。事実、現状はひっ迫している。危惧する最悪の未来は刻刻と迫っているのだ。


 高木は、桜太郎を信頼しているし尊敬している。情報捜査官たちが静佐を尊敬しているほど――否、それ以上に。桜太郎がいくら自分より下等級の三等とはいえ、自分以上に様々な異能事件を生き抜いてきた猛者であり、二十二年前の異無日本内戦の数少ない生還者だ。三等捜査官に甘んじている彼が歯痒いと何度も悔しんできたほどの実力者であることは間違いない。たったの数年ではあるが、同じ死線を潜り抜けてきたからこその強固な絆があるのを感じた。きっとそれは自分だけではない。


 ――本当の零桜太郎という人物を知る者であれば、誰しもが桜太郎を信頼する。


「お気をつけて!」

「そっちは任せた!」


 高木は店の奥に、桜太郎は歩行者通路を沿うように駆け出した。


 桜太郎は内心で「内戦の時よりかはマシだから」と自分を安心させるように呟いた。戦場であることに変わりはない。だが、二十二年前の異無日本内戦の際は、多種多様な異能が入り混じって襲い掛かってくるので、毎分毎秒が絶体絶命だった。今は二次被害に襲われている状況だが、攻撃は互い一身に集中されている。標的が自分ではないというだけでも動きやすい。


「もうちょっとだけ、風の異能が広がってくれりゃあなあ……」


 被害を拡大させるつもりはない。むしろ、被害を押さえるための願望だった。片桐はランクCの風異能力者。であれば、あと十メートルでも異能の範囲を広げてくれさえすれば――その風力は弱体化する。


 異能の弱点は、範囲だ。異能力者の誰しもが、特に物体やエレメントを操る異能力者であるほどに狭い範囲であれば、強大な異能を操ることが可能だ。しかし、範囲を広げるほどに、異能の力は拡散されて弱まっていく。唯一この弱点を有さない異能といえば鳥獣化や身体強化など、自身に変身や付与を行うものになる。


 大波はさざ波に。暴風はそよ風に。雷は静電気に。炎は熱気に。豪速は鈍速に。サイコメトリーであっても、追跡の際に調べる範囲が広がるほどに精確性は曖昧になっていく。瞬間移動も同様だ。


 ――例外も、いるが。


 桜太郎は異無日本内戦において、非能力者の敗戦の決定打となった夜を思い出した。


 白い火飛沫を上げる蒼炎の大波に沈没した街並み。溺れるように地上で藻掻く黒い人影。吐き気を催すほどに目まぐるしい陽炎に揺れる空の亀裂。


 ――微笑みを浮かべる、美しき炎の魔人。


 東都京 鴻上こうがみ区・柄本つかもと区・灯宮とうぐう区を、十万人以上もの非能力者ごと焼滅ぼした炎は、たった一人の男の異能だった。結界と炎の複合異能力者は、その二つの異能を組み合わせて青い地獄を東京に顕現した。彼は炎の魔人と畏れられ、異能力者が有力な地位に立ち、特に複合異能力者が台頭するこの時代においての王に君臨する存在だった。その手腕を知らしめられたからこそ、断言できる。


 正しく、邪知暴虐の所業だった。桜太郎はあの日の青い炎の大津波を思い出し、最悪の旧懐を振り払った。過ぎて戻らない過去を想起するより、現在と未来の救済に集中しなければ。


 きっと、ギリギリだろう。桜太郎は推測した。実のところ、長谷川の推測にも同意するところがある。「巨大風力ミキサーのような、そこまでの被害を及ぼさないだろう」という部分だ。片桐の異能のランクはD。狭範囲であればどんなものでも吹き飛ばす威力を発生させることが可能だが、渋谷のスクランブル交差点と大差ない範囲のこの八光スクランブル交差点を風で吹き上げるので精一杯のはずだ。周辺の建築物にも暴風は届くものの、風圧で粉砕するまでの威力には至らないはずなのだ。


「アンの予知外れに期待するしかねえよな」


 アン――桜太郎はFRSを、特殊な事情があってそう呼んでいる。


 FRSの利点はあまりにも有用的ではあるのだが、利点を覆すほどの欠点も三つ存在している。


 FRSの基幹となっている異能【未来予知】をランクに当て嵌めるとAとなる。どの異能にも共通する力の上下関係性として、自分の異能ランクよりも上位のものに対しては自分の異能の効能が弱化することがある。つまり、FRSは自分のランクであるA以上、ランクSとランクXの異能力者による事件・事故の予知精度が低下するのだ。発生を予知できない。できたとしても粗い。強力な異能力者による深刻な異能犯罪を予知できないことは痛手だった。


 二つ目は、未来予知の変質だ。この現象は、ランクが低いほどに多発する。発生するはずの事件・事故は不発に終わる、もしくは、結末が予知結果と変質しているかのどちらかだった。桜太郎の任務は、この未来予知の変質によって消滅したのである。二例の前者は有り難いことだが、後者になると面倒だ。殺害が傷害に変わるならばまだしも、傷害が殺害に変質すると厄介この上ない。つまりは、FRSが正確かつ高精度に予知できるのはランクABCの三つなのである。


 三つ目は、【透明人間】を予知できないことだ。この透明人間は、異能による透明化ではなく、異能を消失させる力を持つ【アンチ・サイ鉛鉱】を肌身に所持している人物への呼称だった。アンチ・サイ鉛鉱の特性は異能の干渉不可と発動不可。干渉不可は外部からの異能干渉を指し、発動不可はアンチ・サイ鉛鉱を装着している異能力者の異能の発動を不発させる現象を指している。いくらランクXの異能力者といえども、アンチ・サイ鉛鉱の効能は絶大だ。すなわち、それはFRSにも適応されることで、未来予知に容疑者及び被害者の存在が透明化しててしまうのである。


 桜太郎が期待しているのは、欠点二つ目のの未来予知の変質だ。せめて結末さえ変わってしまえば――第二次異無日本内戦勃発の決定的な起爆剤にはならないかもしれない。


 さて、どうする。架蓮の到着がいつ頃になるかはわからない。とりあえず、避難活動を継続しながら戦況に応じて進退を見定めなければ。


 桜太郎が横転した軽自動車の後ろに回り込んだその時――アスファルトに咲き誇る小規模の花畑が広がっていた。添えぞれの春夏秋冬を代表する顔ぶれの花々の、その中心に、小さな女児が、頭を抱えて花の中に隠れるように縮こまって座り込んでいる。白いワンピースの裾はくしゃくしゃになって地に着き、その上に毛先にかけて黒くグラデーションのかかったグレープ色の髪が広がっている。


 頭から血の気が引き、悪寒が背筋を滑り落ちていく感覚。桜太郎は女児に駆け寄った。


「君! 大丈夫か!?」


 声をかけると、子供はビクッと飛ぶように身体を跳ね上がらせた。恐る恐る顔が上げられ、乱れた髪の間から涙に濡れたアメジストの色をした目が向けられる。その顔立ちは西洋人で、驚くほどに愛らしい。

 素早く女児の状態を確認する。落ち葉や砂埃に巻かれて薄汚れてはいるが、外傷は無いようだった。しかし、安堵の息を吐くにはまだ早い。一刻も早く避難させなければ、この女児が戦闘の流れ車やら投げれポールの被害者になってしまうかもしれない。


 周囲に人はいない。保護者となる人物とは逸れてしまったようだ。


「君、名前は?」


 「……――」唇が小さく動いていたので、ちゃんと名乗ってくれたらしいが、車に吹き付ける風や戦闘音でまったく聞こえなかった。桜太郎は体制をさらに下げ、女児の唇に耳を寄せた。「ごめんな、もう一度言ってくれるか?」


「……アリス」

「! そうか、アリスか!」


 桜太郎は戦場に見合わなない明るい笑顔を見せた。


「よし、アリス。今からおじちゃんが、アリスを怪我から守ってくれる所まで連れて行く。ここにいたら危ないし、怖いからな。抱っこするけど、いい? 大丈夫か?」


 アリスはこくんと頷いた。その仕草がまたなんとも可愛い。


 許可を得たので、桜太郎はアリスを抱き上げた。車に背を付け、戦場を確認すると、二人が少し、桜太郎たちの方に接近していた。たった数十秒の間に、この場の危険度が上がっている。首の後ろに腕を回しているアリスが、ぐす、と鼻を啜って首筋に顔を埋めた。


「怖いよな。すぐにここから逃げよう」


 抱きかかえる腕に力を込める。戦闘の切れ目を見て離脱しようと二人を注視していると、斎藤の様子がおかしいことに気付いた。涎を垂らし、目は白目がちに引っ繰り返り、しかし口元は大きく笑った形をしている。明らかに正気ではない。


(何だ、あいつ。何か薬物でもやってるんじゃ――)


 桜太郎は、六年前に起こったビースト・マインド連続薬物事件を思い出した。ビースト・マインドと呼ばれる違法薬物を摂取した異能力者たちが異能を暴走させ、異能力・非能力者問わず無差別に殺傷したという事件だ。ビースト・マインドの開発者をはじめとした専属製造者たちは異武によって検挙されたことで事件は沈静化し、ビースト・マインドの存在は葬られたものの、第二のビースト・マインドのような効能を持った違法薬物が開発されていてもおかしくはない。


 最近のトピックとして世間が取り上げる事件は、異能力者の相次ぐ失踪と、非能力者への無差別殺傷事件が二大メインであり、おまけのように違法薬物による事件が短く報道されるばかりだった。異武でも違法薬物の流通が問題視されて捜査チームが組まれて捜査に当たっているが、こちらでも二大メインの解決が最重要解決事件とされているので、どちらかというと影が薄かった。


 斎藤和也は後天性異能力者だ。異能を発現させて有頂天になっている彼に、違法薬物の売人が「異能力の強化」を謳って売り付けていたとしたら?


 三つ目の巨悪の予感に、桜太郎は歯を食いしばった。アリスがいるので、舌打ちだけは堪えた。



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