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零零 ーゼロレイ 異能犯罪武力対策局ー  作者: 綾川八須
第一部 ー女神の幼体編ー
3/8

3 異能と非能 戦況、動く


 到着当時ほどの群衆はないものの、暴動のような一斉逃散によって負傷者があちこちにいる。風に巻き込まれないように必死に遮蔽物となる物の裏に隠れていたり、桜太郎と同じ思考の武装捜査官に介抱されながら避難している民間人もいる。


 現場に何人の武装捜査官が動員されているかは不明だ。おそらくは十名にも満たない少数。この被害規模を予知しておきながら、あまりにも人員が少ないのではないだろうか。


 物影があるたびに潜みながら戦況を確認し、低い体勢を保ちながら小走りで移動していく。横断歩道を渡り、ベルトを外して小銃を下ろしていると、「零さん!」と呼びかけられる声がして振り向く。電化製品販売店の店内に武装した青年がしゃがんでいた。よく知っている人物だった。同じ武装捜査部の高木たかぎ陽一よういちという二十八歳の一等武装捜査官だ。


「高木!」

「こっちどうぞ!」


 桜太郎は誘われるままに高木と合流した。店の奥がざわついている。逃げ込んだ人々が最奥でひしめいているのだ。不安は声を弱らせ、不満が声を荒ませている。子供の泣き声が痛々しい。一刻も早く事態を収束させなければ、と被害規模の拡大を抑えるためにも強く決心した。


「アイツら何で喧嘩してんだ?」

「あれが喧嘩に見えるんすか? オレには殺し合いに見えますけど!」

「異能力者のガチの殺し合いはもっと過激で派手で凄惨だ」

「年数積んでる分、場数も踏んでるからいろんな現場見て来てるっすもんね。まだこの被害規模で可愛い方か。んで、喧嘩の原因ですっけ? それがわかんないんすよ。未来予知フォーサイト・レディ・システムも発生することだけで、喧嘩の原因までは教えてくれないっすから」


 五年前から異武が開発導入し管理する異能犯罪予知警告システム【フォーサイト・レディ・システム(FRS)】により、日本国内で発生する異能力と関係性のある事件・事故を早期収束、未発生収束という形で解決できるようになった。だが高木の言う通り、FRSは事件事故の発生を予知しても、それがどういう起因なのかという発生前の現場の様子までは予知できない。


 この被害規模で喧嘩の原因が肩がぶつかったからでした、なんていう理由だったら流石に桜太郎も拳を放つ気があった。実際に、それが理由で異能力者同士の殺し合いに発展する事例もあり、それが広範囲に及んで非能力者の殺傷に繋がることもある。被害者からすればたまったもんではない。そして現状、理由不明の喧嘩により、二人は街並みを破壊し無関係の民間人たちに負傷者を出している。死者はまだわからない。ぐったりと倒れている民間人が、ただ気絶しているだけなのを願うことしかできない。


「チンピラ風の男の方が後天性異能力者ってことは?」

既耳すでみみっす」

「す、既耳?」

「すでに耳に入ってる、ってことっす。っていうか、またっすか? 最近多すぎ。この二か月間で十一件っすよ? 絶対裏で何か起こってるでしょ」


 高木はため息を堪えもせずに吐き出した。桜太郎も頻発する後天性異能力者による殺傷事件の裏で、強大な何かの関連性を疑わずにはいられない。そしてその考えは、異武全体で同様だった。


「織田さんは何て?」

「可能であれば捕えろ、だとよ」

「やっぱりっすか。でも、捕まえたところで――《《どうせすぐに死んじゃうでしょ》》」


 二人の会話が止まり、風の音が強い存在感で耳朶を打つ。


 後天性異能力者による連続殺傷事件が一向に解決に向かわないのは、聴取の際に相手が必ず死亡するからだ。その死に様もあまりにも凄惨かつグロテスクなもので、咽頭が爆発し、血飛沫を撒き散らしながら事切れる、という方法なのだ。初めて事件の被疑者への聴取を行った情報捜査官は、真正面から血飛沫と肉の欠片を浴びて絶叫していたという。無理もない。まさか、たった一言の証言を得る前に死んでしまうとも思わない。捜査補佐官のサイコメトリーが死体から情報を読み取ろうとしても、上位の異能力者による仕業のため読み取ることができない。


「ランクBのサイコメトリーがまったく読めないとなると……A以上。多分、S」

「Xの可能性は?」

「あり得なくは……ないだろうけどな。でも、どんだけ希少性の高い存在なのか知らねえわけじゃねえだろ。アンチ・サイ鉛鉱よりも稀なんだぞ。……でも、もしもマジでXだったとして、敵側の存在ってんなた最悪の展開だ」

「考えたくもないっすね。考えちゃうけど」


 等級は下からランクFで始まる。世界平均はランクD。ランクをピラミッド状に振り分けてみるると、大多数を占めるのはF~D。これがほぼ均等だ。ピラミッド図の上澄み三層には数少ないランクAがあり、その上にはさらに少ないSがあり、小さすぎてもはや見えないまでにあるその部分にXがある。Xの由来は数学や科学の分野で「未知数」や「変数」として用いる記号からであり、ランクXの異能力者の強さの未知さを表している。現在確認されているだけでも、世界に十名ほど。


 ランクの低い異能力者は、上位の異能力者へかける異能の干渉が弱体化する。ランクA以上の異能力者自体が少数なので、捜査補佐官として迎え入れたくてもそもそもが見つからない。日本の異能犯罪武力対策局には、幸運なことにランクSの異能力者が三名在籍しているものの、情報収集に長けた異能力者ではないために、上位レベルの情報を搔き集める際には情報捜査官たちとランクBのサイコメトリーたちが一から対処する。


 ちなみに、所属しているランクSの異能力者は、鳥獣化と雷電の複合異能力者の尾崎架蓮。怪力と単独瞬間移動の複合異能力者である夕村ゆうむら理空りくう。そして、瞬間移動の単一異能力者である樋口ひぐち駿しゅんの三名だ。


「ランクBでも非能力者による殺人事件なら犯人も動機も方法も判明しちゃうのに。零さん、お知り合いにいたりしません? ハイランクのサイコメトリーさんとか……」


 高木が横っ面を殴られたかのような勢いで桜太郎を振り返った。その表情は失言を自覚して自発的に猛省している。桜太郎は高木に叱られる柴犬の幻覚を見ながら苦笑した。


「あー……」

「す、すみません――っと!?」


 桜太郎と高木は左右に飛び退いた。その瞬間、二人の間を青い巨大な板が手裏剣のように回転しながら横切っていく。ガガガン! ……あり得ないほどの騒音と悲鳴が轟きながら、商品棚がなぎ倒されていく。音が止み、反響が消えると高木は恐るおそる振り返った。


「うおぉ……、あっぶね、案内標識ですよ、アレ」


 湖仙こせん区、洞壇どうだん区、新丘にいおか区への進行方向を矢印で指し示す案内標識が、商品棚をへし折りその中に挟まっていた。激突の衝撃で変形し、表面も削れて細い進路が縦横無尽に書き足されている。


「動いたな」


 桜太郎は外へと飛び出した。小突き合い程度だった戦闘が本格的に開戦している。


 斎藤が操る五本もの標識柱が、追尾ミサイルのように執拗に片桐を貫こうと向かうが、片桐は強力な風の渦を発生させて標識中の軌道を四方八方に逸らして防いでいる。斎藤はまだ異能を発現させて日が浅いのだろうが、片桐よりも等級は上のようだ。未熟さが戦況を拮抗させている状態だった。もしも斎藤が異能を使い慣れていたら、おそらく片桐は苦戦していただろう。


 片桐は暴風の渦を拡大させていく。広範囲に異能の風を展開することで、斎藤の異能を操縦を阻止する狙いのようだ


 風が鼻先を撫でた瞬間、一気に体が暴風に飲み込まれた。上下左右と混ぜ込むような屈強な負荷が全身にかかる。眼球を瞬く間に乾燥させる風の中で、桜太郎は目を細めた。黄金色の虹彩が露わになる。

 鍛えているといっても、桜太郎よりも身長が低く体格も薄い高木はほとんど座り込むような体制で抵抗している。


「ちなみに、零さん!」

「何だ!」

「システムが予知したこの戦いの最悪の被害って何か聞きました!?」

「いや、何も! ただ情報だけだ! 何が起こる!」


 高木は一層、声を張り上げた。


「この風の異能が周辺建築物の窓を割ってガラス片を巻き込んで、巨大な風力ミキサーみたいになっちゃうんです! 多くの民間人を切り裂いて、大多数の死傷者がでます!」

「ハア!? 大規模テロ並みの被害が出るってわかってて、何でアンチ・サイ弾丸の使用許可が出なかったんだ!? いくらこのジャケットに百鬼孔の怪物の鎧毛がいもうを加工したもんだからって、流石に耐久限度があるだろ!」

「ローランクの異能力者の事件予知は変動することがあります! それに何より、ランクDの異能力者に、そこまでの被害を出すことはできないだろうという見解だったんです!」

「どんな事件も発生から終結までは疑えと教わらなかったのか!? 見解出した情報捜査官は誰だ! 静佐なわけねえよな!?」

「ヒッ! お、織田捜査官は別件に取り掛かってました! 尾崎ちゃんが担当してる、ヤマタノオロチに類似する怪物の目撃情報です! この件を担当したのは長谷川はせがわです!」


 現場で慢心する武装捜査官もいるが、異武局内で余裕をぶっこく情報捜査官もいる。情報捜査官はいわばインテリで、昇級するほどエリートという箔がついていく。武装捜査官の場合はベテランという箔だ。そうすることで出来上がってしまうのだ、自分に酔い痴れる愚か者が。


 インテリエリート。桜太郎にとっては価値がわからないが、人によってこの肩書は宝石や高級車ほどの高級品になる。そしてそれを獲得した者は自分自身に大いに自信がつき、初期に抱いていた真面目さと真摯さを疎かにしてしまいがちになる。もちろん、全員ではない。だが命の奪い合いが激しい異能犯罪対策という職種では、一人でも現れてはいけないし、陥ってもいけないことである。


 武装捜査官は現場の苛烈さと苛酷さを骨に染み込ませるほどに知り尽くすことになるので、早期のうちに強制的に自信過剰を尿と共に排出してズボンを濡らす。誰かが叱責して尻を蹴飛ばさなくても、自然に気を引き締めて任務を遂行するのだ。


 しかし情報捜査官の場合は、実際に深刻な負傷者や死者が出てみなければ知らしめられることはない。手遅れになってやっと思い出すのだ。


「静佐に叱ってもらわねえとなあ」


 もしかしたら、今頃怒声で呼び付けられている頃かもしれないが。とくかく、今回は長谷川に過失がある。現場の武装捜査官を危険に晒している。FRSが自分よりもダウンランクの異能力者による事件事故の予知をした場合に、内容が変動する可能性があるという特質を失念していたことも問題だし、ランクD程度だからと侮ってしまったのも不味い。


 静佐はきっと、長谷川のプライドを粉々に砕くほど叱責するだろう。彼の中に、パワハラという言葉は存在しているものの、それを恐れる心はない。生死に直結するこの職業である。パワハラだなんだとは問答無用。理不尽なことで怒鳴りつけているわけでもない。長谷川の不用心で死者が出るかもしれないという危険性を、プライドへの一生癒えない傷という形で刻み付けてでも自覚させるためである。


 静佐は情報捜査官たちに慕われている。長谷川も例外ではないだろう。だからこそ、本局で静佐と共にいる三等捜査官の存在を気に入らないようでもあるが。尊敬する静佐に本気で叱られたとあっては、長谷川も心底反省せざるを得ないはずだ。


 最近の若いモンは、とは言いたくはないが、甘ったれが増えたように感じる。これからの長谷川の改心と成長と進化に期待しよう。桜太郎は振り返った。




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