⑨
「急用でして、失礼します」
オースティンに頭を下げた後、エルダは急いでドアを開けて校舎の中へ入った。
誰か来るとしたら、アランしかいない。
話を聞かれてしまった。
急いで階段を駆け降りると、思った通り、すぐ下の階にアランの姿があった。
エルダは、アランの背中に向かって、待ってと声をかけた。
アランの足はピタリと止まったが、振り向いてはくれなかった。
「アラン、もしかして……話を……」
「誰でもいい……か」
アランの言葉を聞いて、ドキッと心臓が揺れて、バクバクと暴れ始めた。
「一人で舞い上がって返事をして、エルダには迷惑をかけてしまったね」
「アラン……、違うの……」
「いいんだ。今まで選ばれることなんてなかったから……夢を見てしまった」
「アラン、聞いて!」
何とか話を聞いてもらおうと、エルダはアランの肩に手をかけたが、それを振り払うようにアランは一歩前に出た。
「ごめん、エルダ。何も言わないで、しばらく、一人で考えたい」
「…………」
エルダはアランの腕を掴もうと手を伸ばしたが、その言葉で触れることができなくなって、静かに腕を下ろした。
アランは何も言わなかった。
肩を震わせた後、階段を降りていってしまった。
アランを追いかけたい衝動に駆られたが、強く否定されてしまい、エルダはそれ以上どうすることもできなかった。
窓の外から、祭りの賑やかな声が聞こえてくる中、エルダはその場に立ち尽くしたまま、長いこと動くことができなかった。
学園祭の後、学園は長期休みに入ったが、エルダは家に閉じこもったまま、一歩も外へ出られなくなった。
心配した両親が、友人のティアラに声をかけたので、ティアラが家に来てくれた。
エルダの部屋に入ってきたティアラは、ベッドに入ったままのエルダを見た後、閉じたままだった部屋のカーテンを開けた。
「うう……眩しい……」
「一週間もベッドにいたら、根っこが生えるわよ。そろそろ出てきなさい」
布団からのっそり顔を出すと、エルダの顔を見たティアラは、ひどい顔ねと言ってきた。
「それで、何があったの?」
「……………」
「当ててあげようか。アランに、誰でもいいって告白したことバレたんでしょう?」
「うぅ……」
エルダが唸り声を上げると、ティアラはやっぱりねと言って、ベッドの端に座ってきた。
「謝ろうと思ったけど……アランにしばらく一人で考えたいって言われちゃって……」
布団にくるまってポツリとこぼしたエルダを見て、ティアラはハァと息を吐いた。
「貴方が殿下に積極的だったの有名だったから、いつかは知られることよ。こうなったら仕方がないじゃない。後はどうしたいかよ」
「どうしたいか……」
「前に言ったみたいに、お試しだったから、ダメになったら仕方がないって諦める?」
「そんなっ! そんなのは嫌!」
「だったら、ウジウジしないで立ち上がりなさいよ。どうして諦めたくないの? その答えが分からなければ、二人で行った思い出の場所にでも行って、よく考えてみたら?」
心に漂っていた濃い霧がスッと消えていくような気がした。
エルダはティアラにありがとうと声をかけた。
やっと冷静に考えられるようになり、布団から出たエルダは、身支度を始めた。
夜の帳が下りる頃、ボート乗り場は大勢の人が訪れていた。
今、王都で一番人気のあるカップルのデートスポットだ。
池は夜になるとキラキラと輝くので、雰囲気はバッチリで、告白やプロポーズの場所として、知れ渡っていた。
どこを見渡しても、仲の良さそうな男女が肩を寄せ合って歩いている姿を見て、エルダは一人で来ている自分が少し恥ずかしくなった。
ボートに乗るための列に並んだエルダは、前回ここに来た時のことを思い出していた。
アランは寒くないようにと上着をかけてくれて、ドレスの裾が汚れないように持ち上げてくれた。
何かと気を使ってくれるアランに、エルダは無理をしなくていいと言った。
するとアランは不思議そうな顔をして、無理をしているわけではなく、好きでやっていると言った。
そう言われたら、やめてと冷たく言うわけにいかない。
あまり甘やかさないでと言うと、ごめんと謝られてしまった。
誰かのために自分が何かをできるということが、こんなに楽しくて嬉しいものだと思わなかった。
そう言って笑ったアランを見て、エルダの胸はトクトクと鳴った。
手を繋いでくれるだけでいいのよと言って、アランの手を取ると、アランは頬を染めて嬉しそうな顔をしていた。
アランの温かい眼差し、少し柔らかい手は、優しさで溢れていた。
「そうよ……私は……」