⑥
「市場に、カフェ、買い物、観劇に遊技場、公園で鳥鑑賞にボート、ずいぶん色々行ったわね」
始めはすぐに終わるだろうと思っていたアランとの付き合いだったが、気がつけばひと月、そしてふた月が過ぎていた。
その間、週末を利用して、アランは色々な所へ連れて行ってくれた。
下調べをしてきたのか、どこへ行っても、詳しく説明してくれて、エルダがよく知っていてすごいわねと言うと、照れながら嬉しそうにしていた。
久々に家に泊まりにきたティアラに、デートに行った場所を報告すると、ティアラはすごいと驚いていた。
「ボート乗りに行った時は、小さな犬が近づいてきて、アランがよーしよーしって言って撫でようとしたら吠えられたの。アランはビックリして池に落ちて、頭からびしょ濡れになったわ。私もアランを引き上げたからびしょ濡れに。おかげでボートには乗れずに、そのまま帰ることになったけど、もう可笑しくて……、ふふふっ、思い出すとまた笑っちゃう」
口元に手をあてて、クスクスと笑っているエルダを見て、ティアラもクスリと笑った。
「なによ、楽しくやってるじゃない。せっかくパーティーの招待状を持ってきたけど、もう必要ないわね」
「パーティー?」
「そう、半裸のイケメンを眺めるパーティーよ。それで気に入ったのがいたら、お持ち帰りしちゃうってやつ!」
「いー、ムリムリ、そういうの無理だわ」
オースティンに夢中だった時も、俗っぽいパーティーは避けていたが、今になっても少しも心が惹かれない。
それよりも、アランが醸し出す、癒しのオーラにすっかりハマってしまったエルダは、早く会いたいと思うようになっていた。
「アラン•パラディオンを調べてみたけど、疑うくらい何もない、真っ白な男よ。今まで付き合った人もいないし、ひたすら真面目で、成績は優秀、将来は王宮勤めで安泰だと思うけど、私からしたらつまらないくらい。誰に聞いても、出てくるのは兄の話題ばかりだったわ」
アランの兄、ユリウスについては、エルダも思うところがあった。
まだ会ったことはないが、家族のようにどんな人なのか知っている。
それはアランが繰り返し、ユリウスの話題を持ち出すからだ。
おかげで、生まれた日や時刻、食事の好き嫌いから、寝相が悪いところまで、全部知ってしまった。
アランは兄が好きなようで、聞けば嬉しそうにして答えてくれるが、妙に胸がモヤっとしてしまう。
アランといるのは楽しいが、このことだけが、エルダの中で引っ掛かっていた。
「巨星のように輝く兄の後ろで、ひたすら地味で存在感のない弟」
「え?」
「それってどういう気分かしら。私達は令嬢として、また立場が違うから分からないけど、男は実力主義なところがあるし、戦いが好きで、張り合うものよ。エルダの話を聞いていたら仲は良さそうだけど、本当だったら険悪でもおかしくないんじゃない?」
「アランは優しいから……」
「だとしたら、我慢しているのかもね」
もう寝るねと言って、ティアラはあくびをして隣のベッドに寝転んだ。
もうパジャマパーティーは終了したようだ。
ランプの灯りを消して、暗くなった部屋でエルダは一人考えてしまい眠れなかった。
アランは優しい。
誰にでも優しい。
人に謝ることを苦だと思わない人だ。
それが一緒にいるとよく分かった。
争うことを苦手としているし、穏やかに笑っているのを好む人。
だけど、彼にだって欲があるはずだ。
誰かに認められたり、褒められたり、兄の話ばかりしないで、エルダはそういう話が聞きたかった。
次に会った時、話をしてみようと思いながら、エルダは空が白み始めてから、ようやく目を閉じた。
ポンポンと花火の音が鳴って、ゲームの重要イベント、学園祭が始まった。
今頃、ヒロインちゃんは、攻略に忙しくしていることだろう。
入学後、ヒロインはオースティンとすぐに仲良くなり、一緒に歩いているところを、たくさんの人が目撃していて、二人が付き合うのも時間の問題と言われていた。
すでにゲームの設定からは遠のいたエルダにとって、もうどうでもいいことになっていた。
エルダのクラスは展示のみで、忙しくはなかったが、アランのクラスは出し物があって事前準備から忙しくしていた。
聞けば、劇をやるらしく、木の役だと聞いていた。
ちなみに主役の狩人役は、攻略対象者のイケメン君だったが、アランの薄い顔に慣れたエルダには、目が痛くなって少しも魅力的に映らなかった。
昼過ぎに少し落ち着いてからクラスに顔を出すと、アランの同級生から舞台袖にどうぞと言われて入れてもらえた。
エルダはアランの彼女として知られていたので、すぐに声をかけられた。