③
「……もう、綺麗になっても仕方がないわ。オースティン様とはお付き合いできないし」
「まぁ、ご飯を食べるのも忘れて自分磨きをしていた子が、何を言っているの? また素敵な男性と巡り会えるわよ」
エルダは十六歳、いわゆる、社交界では売り時の歳である。
何もしなくても貴族の令嬢として、親が見合いの話を持ってくるだろう。
しかし、もう何もかもどうでもよくなってしまった。
いくら頑張っても、オースティンに好かれることはないのだと思うと、何もやる気が起きない。
なぜ、ヒロインに転生できなかったのか、そればかり嘆いていた。
鏡台から立ち上がり、力なくベッドに転がったエルダを見て、ティアラは重症ね、と言ってベッドの端に座った。
「こんな時はパーティーよ! うちでカッコいい男性集めてやろうか?」
「いい……」
「うーん、じゃあ、紹介は? 彼の同僚で、見た目も体もいい男性がいるわよ」
「………いい」
落ち込んでばかりいられないが、今はそっとして欲しいと毛布にくるまった。
そこでエルダは、もう一人、告白をした人のことを思い出した。
「私さ、オースティン様にフラれてヤケになって、近くにいた知らない人に告白した」
「ええ!?」
「何バカなことをやったんだろう。もう外を歩けない」
「その人は誰? 学園の生徒?」
「……知らない。生徒だと思うけど、顔は覚えていないし、名前も知らない」
今度はティアラが頭に手を当てて、ベッドに倒れ込む番だった。
「付き合おうって言ったの? その方はなんて?」
「何も……困った感じだったから、正気に戻って、ごめんなさいして逃げてきた」
あまりに混乱していてその時の記憶が曖昧だが、向こうから返事がなかったのは確かだ。
どう考えても、変な女がいきなり告白してきたと、ドン引きしているに違いない。
「突然でびっくりって感じか。まぁ、向こうはそんなに気にしていないでしょ。気持ち切り替えて、落ち込んでないで元気だしな」
考えすぎないようにか、ティアラが明るく背中を撫でてくれたので、エルダの心は少しだけ軽くなったような気がした。
笑い方も、身のこなし、指一本の動まで、オースティンの好みに合うように必死に身につけてきたつもりだ。
だからフラれてしまって、どう笑えばいいのか、よく分からなくなった。
私は昔、どんな風に笑っていた?
ティアラが心配するから、頭の中でエルダは自分に問いかけたが、答えは返ってこなかった。
「あの、エルダ……さん」
麗らかな午後の日差しの下、学園の廊下を歩いていたエルダは、誰かに声をかけられた。
振り向くと、見たことのない男子生徒が立っていた。
背はエルダよりも高いが、ヒョロっとして筋肉の少ない体つき。
平凡な栗色の髪に、糸のように細い目、小さな鼻と口という、目を背けたら一瞬で忘れてしまいそうなくらい、特徴のない人物だった。
「何か?」
「あ、あの! この前の返事……言えなかったから……」
もじもじしながら、男子生徒がそう口にしたので、エルダの頭の中であのヤケになった告白の記憶と線が繋がった。
「あ……ええと……それは……」
「ぼ……僕でよかったら!」
「え?」
「僕でよかったら、エルダさんとお付き合いしたいです」
顔を上げたエルダの目に入ったのは、記憶に残らなそうな薄い顔だった。
しかし、わずかに染まった頬見えて、あんなに赤くなるんだと思ってしまった。
エルダが反応しなかったので、男子生徒は恐る恐るといった顔で、手を差し出してきた。
それを見て、エルダの頭はやっと動き出した。
「よろしく……お願いします」
自分から告白しておいて、オーケーされたら、断るなんてできない。
エルダは名前も顔も知らなかった男子生徒と、握手をした。
どうやら初めてお付き合いすることになったらしい。
何一つ実感がなかった。
貴方の名前はなんて聞けないので、必死に目を凝らすと、胸についた刺繍が見えた。
「……アラン」
「え? わわっ、ははい!」
突然、名前を呼ばれたからか、男子生徒は握手していた手を慌てて離してしまった。
「ご、ごめんなさい! そ、そうですよね。お付き合いするなら、名前で呼び合いますよね。初めてで、よく分からなくて……僕も、エルダと呼んでいいですか?」
エルダが壊れたロボットのように、ガクガクと頷くと、男子生徒、アランは、糸目をもっと細めて、よかったと言って笑った。